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第二十五章:白の塔の矜持

 扉から現れたのはコンラートの部下たちではなかった。

 現れたのはグレーゴール。ここ白の塔の長官である。その長官が自分の部下たちを引き連れてきたのだ。見るからに偉そうな格好と態度。その眼差しは長年白の塔を支配してきた者の傲慢さが滲んでいた。その男が部屋の中を一瞥すると、この場を仕切っているようにみえるトゥルーに向かって問いただす。


「これは何の騒ぎだ?責任者は?」


 トゥルーは少し考える。本当の話をしても良いのか?ローテンブルクで手に入れた資料にはグレーゴールの名前はなかったが、だからと言ってグレーゴールが無関係という保証はない。しかしこの状況で誤魔化せるものでもない。


「反乱です。ガルーダ帝国が国境に迫っています。そこにいるコンラートたちは王都内で蜂起する計画でした」


 グレーゴールはトゥルーの言葉にかなり動揺していた。再びトゥルーに詰問する。


「それは本当の話なのか?証拠はあるのか?」


「証拠もあります。今ごろは王宮にもロンベルク伯爵から報告が行っているはずです」


「ロンベルクか……余計なことを」


「それで急ぎロンベルク伯の所に戻り、反乱軍の全容を掴んでこれを鎮圧しなければなりません」


「そんなものに許可を出した覚えはないぞ」


「時間がありませんでした。それに誰が反乱軍か分からない時点で許可申請などは……」


「そんなことは言い訳にならん。コンラートもお前たちもここにいてもらう」


「それは駄目です。ここ白の塔にも反乱軍は入り込んでいるんですよ」


「白の塔に反乱軍はいなかった。ロンベルクにはそう伝えとく。そしてお前たちには白の塔で騒ぎを起こした責任を取ってもらう。いいな!」


「何の冗談ですか?国家の危機ですよ」


「お前たちの考えることではない。もうおとなしくしておけ」


 グレーゴールはそう言って会話を打ち切ると、部下たちに軽く手で合図を送る。それを見た部下たちはトゥルーたちに襲い掛かってきた。

 

 トゥルーは跳んで逃げようとしたが、それより早く瞬間移動が阻害される。同時に部下たちは様々な呪文を飛ばしてくる。なかには致命的な呪文も混ざっており、その手数も多い。それに対しトゥルー側には守らねばならない者が多く、援軍も期待できない。こちらから致命的な呪文を放つわけにはいかず、次第にジリ貧になっていく。生成した鉄の壁は融かされ、結界も破壊される。その度に修復するのだが、それが間に合わない時もある。すぐに制圧できると見込んでいたグレーゴール本人もじれてきて時折り強力な呪文を放ってくる。トゥルーたちは防御に精一杯で攻撃に手がまわらない。状況を打破する方法が見つからないまま時だけが過ぎていく。


「トゥルーさん、大変そうですね。何か手伝いましょうか?」


 虚空からナオが現れる。これが何度目かは分からないが、ナオはその場の全員の視線を集め、全員の動きを一瞬止める。


「新手だ。あれを使うぞ!」


 グレーゴールの側近らしき男が部下たちに不穏な命令を出す。部下たちは一瞬躊躇したような動きを見せたが、その間もトゥルーたちへの攻撃は止まない。トゥルーは何とかその間隙を縫って呪文の発動を阻止しようとするが、数で押されてままならなかった。


「極大焦熱界(アルティメット・ヘルファイアー!)」


 ナオを中心として透明な球体が現れ、その中に焦熱地獄が召喚される。その中に捕らわれた物はすべて焼き尽くされ、灰すら残らない。膨大な魔力を使う集団魔術。過去の遺物。紛うことなき禁呪である。

 地獄の業火の中にナオの姿が消えていく。


 その時、その瞬間。それを見たトゥルーの全身が沸騰し、その目から正気が消えた。狂気の宿った冷徹な目で正確に複雑な呪文を唱える。それはまるで古代の魔王が蘇ったかのようだった。


「極大次元断裂(アルティメット・ディメンションブレーク!)」


 それは古の魔法王国が使用した災いの極大呪文。白の塔の上空に巨大な積層魔方陣が現れ、そこから地面にかけて空間に幾つもの亀裂が走り、途上のすべての物は切断されて崩れ落ちた。白の塔には各所に強固な魔法障壁が張ってあったが、まったく役に立たなかった。トゥルーは創立以来破れたことのない王都の要のひとつ、白の塔を、そこにいた多数の魔術師ごと半壊させてしまった。


 辺り一帯が瓦礫の山と化し、動く人の気配が消えてしまった白の塔。それを目の当たりにしたトゥルーが我に返る。


「あ……あぁー」


 トゥルーが声にならない声をあげる。すべてを失ったような虚無感と罪悪感。今まで感じたことのない心の痛み。体に力が入らない。体が自分のものでないような感覚。考えることがまったくできない。


 そんなトゥルーの前にある透明な球体の持続時間が終わり、地獄の業火が消えていく。


「あら、結構死にましたね。生き返らせます?」


 禁呪の球の中心にいたはずのナオが何食わぬ顔で現れ、わざとらしく辺りを見回すとトゥルーにそう聞いてきた。


「あっ、あぁ頼む」


 トゥルーはわずかに残っていた正気をかき集め、平静を装って返事をする。


 瓦礫の中から小さな色とりどりの淡い球がふわふわと浮かび上がる。そこで人の形となり瓦礫の上に横たわる。ナオがトゥルーの心を読み、死んでほしくない人を生き返らせたのだ。超越者にとって人の死とは単なる単細胞生物の状態異常のようなもの。トゥルーがそれを望まなければ、正常に戻すだけだった。


 生き返った者たちは全員自分が死んだことを覚えていた。反逆者はほとんど抵抗することなく王都の警備兵によって捕縛され、白の塔の反乱を隠蔽しようとした長官も宮廷の近衛兵によって捕縛された。これによって国内反逆者の鎮圧劇はほぼ終息した。


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