第十八章:隣国の脅威
ワイマン家屋敷での後始末を大将エルヴィン伯の部下に任せ、一旦盟主ロンベルク伯の屋敷に戻ろうとした時、ロスマン家に向かった部隊から制圧完了の報が届いたとのこと。こちらとは違い、戦闘らしい戦闘は起きず、けが人もほとんど出さずに当主を捕縛したとのことで肩透かしを食らったようだ。
今回の大捕り物は、合わせて数十人のけが人は出たが死者は一人も出ず、捕縛対象者は一人残らず捕まえられたという信じられないほどの大成功を収めた。
盟主ロンベルク伯はこれからの後始末は大変だが、国を裏切った反逆者は捕まり、死者が一人も出なかったことに喜び、疲れているであろう国王軍をもてなす宴を開きたいと申し込んでくれた。
しかし、大将エルヴィン伯は王都に戻って国王に罪人を引き渡すまで休むことはできないとそれを固辞し、全軍に王都へ戻る準備を始めるよう部下に命じていた。
ボンデロたち魔術師一行も宿に戻り、王都へ戻る準備を始めた。とは言ってもこちらは馬でも馬車でもなく瞬間移動なので、白の塔への報告書を書いて自分たちの荷物をまとめるだけである。
そんな中、トゥルーは大将エルヴィン伯やボンデロとの挨拶もほどほどに家路を急いだ。まだ日は高いのでナオとのアフタヌーンティーの約束には間に合いそうである。
高級住宅街近くの大通りを早足で歩いていると、通りに面した喫茶店のテラスに大きく手を振る若い女性がいた。ナオである。トゥルーは驚きながらナオのもとに走る。
「トゥルーさーん!こっちこっち!」
トゥルーは地下水路や抜け道を通ってきたので埃だらけ。そこに若い女性が大きく手を振って自分の名前を大声で叫んでいる。かなり恥ずかしかった。
フードを深めに被って顔を隠し、走る方向を少しずらしてできるだけ無関係に見えるよう振る舞う。
「ナオさん、遅くなりました」
トゥルーはナオに小声で話しかけながら、滑り込むようにナオの向かいの席に座る。
「ホントですよー。あっ紅茶は頼んでおきました。ティスタンドは席に届いたばかりなので、一緒に食べましょう!」
「是非!」
ナオはことが終わったことを知っていたのだろう。準備万端だ。それからトゥルーとナオはおしゃれな喫茶店のテラスで優雅なアフタヌーンティを楽しんだ。
(こういう優雅な時間が必要だよなぁ。前回は酷い邪魔が入ったから……)
「トゥルーさん!大変です!」
ボンデロがテラスに駆け込んできた。トゥルーは悪い予感に頭を抱えながらボンデロに何事かと問いただす。
「いったい何事です?二度目ですよ」
「隣国が攻めてきました。ガルーダです。あと一週間足らずで国境を越えてくるだろうと」
「うそ!そんな急に」
「本当です。先ほど国境警備隊から連絡が。逆戻りになって申し訳ありませんが、ロンベルク伯の屋敷に集まってください」
トゥルーは文字通り頭を抱えながらナオの方を見る。何も言わないが、明らかに「またですか?」という目をしていた。
「ナオさん、すみません。聞いての通り、ちょっと出かけなければなりません。夕飯までに戻れればいいのですが……」
「そんなこと、放っておけばいいのに……とは参りませんね。いいですよ」
「すみません、ナオさん」
トゥルーはナオに頭を下げ、ボンデロと共にロンベルク伯の屋敷へと急いだ。
屋敷に着くと、先ほどまで一緒に作戦成功を祝っていた魔術師たちと盟主ロンベルク伯。そしてその家臣たちが神妙な面持ちでテーブルの上に広げられた地図を凝視していた。
「で、ガルーダの軍はどこまでか?」
「主力はまだ国境の街ミトラには着いておりません。そこで侵攻のための編成が行われるでしょうが、それでも国境を越えるのに一週間はかからないかと。ただ、数百人規模の先遣隊は既に散開して国内に侵入していると思われます」
「早いな。宣戦布告は?」
「ありません。あっても我が国の国境守備隊と戦闘が始まってからかと」
「常設の守備隊は数百。この街ですぐに動かせる軍も千に届かない。ガルーダ軍の規模は?」
「概算ですが三万ほどでしょう」
「三万か……なら、ここローテンブルクは落とせても、王都ハイデンレースラインは落とせない。それどころか、反撃されてガルーダ軍は潰走することになるぞ。一体何を考えてるんだ?」
「……」
軍の常識として、攻める方は守る方の三倍の戦力を必要とする。守る方が有利だからだ。しかし、隣国ガルーダはここヴィーゼ国と比べて戦力的には劣っている。しかも今回はガルーダ国の持つ戦力の半分ほどしか出しておらず、最初は勝てたとしても最後は必ず負け戦となる。何かとんでもない秘密兵器でもあるのか、その場の誰にもその意図が分からなかった。
「おそらくワイマン家以外にも国内に内通者がいるのでしょう。内乱。それも大規模なものが計画されていると思われますな。ガルーダはヴィーゼ国内で内乱が起き混乱が生じている隙に、ヴィーゼ国内のガルーダ人保護を名目に国境を越えてくるでしょう。迷惑なガルーダ人は最近増えてますからね」
「何と!それでは」
「戦端を開かせないために、先に国内の反乱分子を叩くのです。内乱の狼煙が一切上がらなければ、作戦は失敗したものとしてガルーダは軍を引かざるを得ません。お急ぎを」
トゥルーはロンベルク伯に進言した後、これから自分がやらなければならないことを考えると涙が出そうになった。もちろんロンベルク伯の前では老練な魔術師の体を崩さなかったが、心の中では投げ出したい気持ちで一杯であった。
(できるのか?そんなこと)――この国の未来が、彼の手に委ねられようとしていた。




