第十三章:杜撰な陰謀の行方
全員で屋敷を飛び出し、外で待っていたサリバンに依頼成功の報告をする。
「おらー、やったぜー!」、「お宝も手に入れたぞー!」、「約束の報奨金、よろしくー!」
依頼は大成功。コスイネンからサリバンへ依頼のお宝を渡し、代わりに報奨金を頂く。予定であったが、サリバンが報奨金を持ってきてないと言い出し、ちょっと険悪な雰囲気になった。
「サリバンさん、金を持ってきてないって、どういうことや?」
「ですから、報奨金は館の方で。こんな場所に大金を持ってきたら危ないと思いませんか?」
「……まぁえぇ。ならお宝は渡せへん。金と引き換えや」
「大丈夫です。きちんとお渡ししますから」
コスイネンがサリバンに文句を言いながらも話を進めた。他の者たちもぶつぶつ文句を言いながらもサリバンが案内する館に向かって歩き出す。
街外れの高級な住宅街の奥にその館はあった。先ほどの館の3倍はあろうかという豪勢な館で、その通用口から中に案内された。
案内された部屋は豪華な客間ではなく、倉庫のような部屋であった。もちろんコスイネンが文句を言う。
「必死の思いでお宝を取ってきてやった俺たちに、感謝の念が足りねぇんじゃねぇかぁ?」
「そんなことはありません。少々お待ちください」
そんなごたごたの中、奥の扉から小柄でかっぷくの良い、ちょっと偉そうな初老を過ぎた男が現れた。
その小男は何か怪訝な顔をしてサリバンを呼び付け、小声で耳打ちする。
「なぜ全員いるのだ?」
「それがなぜか全員生き残ってまして……」
サリバンのその言葉には明らかな動揺があり、計画の杜撰さを露呈していた。
「まぁいい。おい、お前たち。よくやってくれた。報奨金を渡そう。その前に例の物を見せてくれ」
その小男は偉そうな感じで依頼品を渡すよう、要求してきた。その態度に苛立ったのか、コスイネンが噛みつく。
「その態度はねぇんじゃねぇか?だいたい、お前誰なんや?」
サリバンが青い顔をして慌ててコスイネンを止めようとする。
「まぁいい、わしの名はローレンス。ここの執事長だ。冒険者を雇って家宝を取り戻すようサリバンに命じたのはわしだ。今回はよくやってくれた。礼を言う」
「最初からそういう態度ならいいんだよ。これが依頼のお宝だ。確かめてくれ」
名前負けしてるローレンスが冒険者たちに改めて礼を言うと、コスイネンはちょっと気まずい感じで依頼品を渡し、確認されるのを待った。
「うむ、間違いない。ではこれで失礼させてもらう。サリバン、後は頼んだぞ」
「かしこまりました。後はお任せを」
ローレンスはサリバンに後を任せ、部屋を出ていった。サリバンは扉の方向にうやうやしく頭を下げる。その後こちらを振り向くと、人数分の報奨金を手にした。
「では皆さん、報奨金をお渡ししますのでこちらに」
「おーこれはこれは、悪りぃな」、「こりゃ大金だ。帰りは注意しねぇとな」、「冒険者ギルドの依頼なんかクソだな」
皆、報奨金を手にしてかなり浮かれていた。トゥルーもナオも報奨金を受け取り、皆と一緒に館を後にした。
コスイネンが皆で飲みに行こうと誘っていたが、トゥルーとナオは用事があると言って断った。他の者は飲みに行ったようである。
トゥルーは他の者と別れた後、ナオと軽く食事を取り、部屋に戻ると目立たない服に着替えた。
「ではナオさん、行ってきます。心配はいらないんで先にお休みになってください」
「物体探知(サーチ・オブジェクト!)」
「不可視化(インビジブル!)」
「飛行(フライ!)」
トゥルーは追跡の呪文を唱え、巻物の位置を把握した。まだあの館にあるようだ。トゥルーはそのまま姿を消すと館の方に飛んで行った。
館に着くと、そのまま探知呪文に反応がある三階の端の部屋の外に張り付いた。窓から中を覗くと、背もたれの高い椅子に座る男がいた。上品で豪華な服を着た細身の老人。テーブルの上には先ほどの巻物、裏切りの盟約書があった。
しばらくすると、小柄でかっぷくの良い男、執事長のローレンスが現れた。
「後はこれを王宮に送るだけですね。生き残った冒険者たちはどうしましょうか?」
「盗賊の男以外は皆死んでいるんじゃなかったのか?特に白の塔の魔術師が生き残ってるとなれば、この線は使えんな。上手く使えると思ったのだが」
「まさかワイマン家の亡霊から逃れるとは。運が良かったのでしょう。消した方がよろしいでしょうか?」
「今更だな。念のために口封じしておきたいが、ワイマン家の陰謀を暴く過程で死んでもらわないと、ワイマン家に近い白の塔の動きを封じるには弱い。それよりこれを確実に王宮に届けるように」
「はっ。明朝に早馬で」
どうやら男はロスマン家の当主らしい。トゥルーたちはワイマン家追い落としに利用され、ついでに白の塔の関係者には死んでもらい、その状況も利用しようとしていたが、生き残ってしまったため、そっちは利用できなくなっていた。
ただ、裏切りの盟約書は手に入れているので、それでワイマン家の追い落としはできると踏んでいるようだ。
「ロスマン家もワイマン家もクズだな。分かってはいたが……さて、どうしよう」
トゥルーが考えを巡らせている間に、裏切りの盟約書は机に仕舞われ、当主は出ていった。
「罠は……ないな。入るか」
トゥルーは息を潜め、月明かりの中を滑るように窓を越えると、豪華で大きな当主の机を調べた。引き出しに鍵穴はあるが、当主は鍵をかけてはいなかったので、そのまま開ける。
「あった。鍵は掛けないと意味ないよな~」
トゥルーは裏切りの盟約書を手にすると、引き出しを閉め、鍵を掛けた。その鍵も懐に仕舞う。多少の時間稼ぎになるとの計算半分。嫌がらせ半分だ。そのまま宿に戻る。
宿に戻ると、ナオはまだ起きており、含みのある笑顔で迎えてくれた。
「トゥルーさん、お帰りなさい。今から何をやられるんですか?」
「まぁ色々と。数日後に王宮で騒ぎが起きますから、楽しみにしててください」
トゥルーは裏切りの盟約書を広げると、ワイマン家の署名の後にロスマン家の署名を書き加えた。その出来栄えに満足したトゥルーはニヤニヤしながら床についた。
翌朝、トゥルーはナオと共に大通りに面した喫茶店に入った。テラス席で通りを行き交う人々を眺めながら、優雅に紅茶とアップルパイを頂く。
すると突然、トゥルーが呪文を唱えた。
「物体移動(アポート・オブジェクト!)」
トゥルーが呪文を唱えると、テーブルの上に置いてあった布袋がふっと潰れた。布袋の中身が消えたようだ。
「ナオさん、終わりましたよ。今日はゆっくり街を回りましょう」
トゥルーは笑いを抑えながら甘いアップルパイを頬張った。トゥルーはハイデンレースライン王宮への定期便の中に、裏切りの盟約書を放り込んだのだ。トゥルーは一時期王宮に出入りしていたので、ローテンブルクから王宮への定期便があることを知っていたのだ。これは二日後には王宮に届き、ワイマン家とロスマン家には有罪前提の厳しい調査が入ることは間違いない。トゥルーはこれから起きることを考えると、含み笑いが止まらなかった。ただ、この時のトゥルーはまだ知らなかった。これから国を大きく揺るがす大事件が起きることを。そしてトゥルー本人がそれに巻き込まれてしまうことを。




