第十一章:怪しげな依頼
サボの村を救い、本当に心のこもった感謝祭を受けた翌朝、トゥルーは何だか報われたような清々しい気分で起きることができた。
(久々に充実してるなぁ。本当に来て良かった)
トゥルー様のことは末代まで語り継ぎますとか、港の中心にトゥルー様の銅像を建てさせてくださいとか、村人から色々言われたトゥルーであったが、無理のない範囲で大丈夫ですと、やんわり断っていた。ただ、白の塔の不誠実さを訴えますという話については、そうですよね~と、後押しするような返事を返していた。
窓から外を眺めながら、今日もお祭りの続きかなと思って部屋の中のナオを見ると、「終わりましたよね」という顔をして軽く頷くそぶりを見せた。トゥルーはとっさに目を逸らしたが、すぐにナオの方に向き直り、恐る恐るもう少しここにいたいことを伝えた。
「ちょっと待ってください。やはりここはせめて皆さんにお礼を……」
言い終わらないうちに、一瞬で景色が変わる。そこは潮風香る部屋の中でも、祭りの後の雑多な港でもなかった。
今回も目立たぬよう、都市に向かう橋の近く、街道沿いの小さな丘にトゥルーたちは出現した。ナオもそこは心得ていたようだ。
商業都市ローテンブルク。そこは王都には及ばないまでも非常に大きな都市である。通りは人と荷馬車でごった返し、異国人も多い。露店では異国の食べ物や雑貨が並んでおり、香辛料の香りと異国の言葉が飛び交っていた。商館では穀物や生糸といった貿易品がうず高く積まれ、色鮮やかな布地が風にうるさくたなびいていた。
もちろん飲食店の数も多く、異国の料理を出す店も多い。名店と呼ばれている店も多いが、騒がしい店が多く、治安はあまり良くない。
街に入ったトゥルーたちは、物見遊山もそこそこにサボの村で食べそびれていた朝飯をとるため、通りに面したおしゃれな店に入る。
「ナオさん、ここはそば料理がおいしいそうですよ。ここにしましょうか」
「そうですね。バターのおいしい匂いもしますし、変わった料理は大好きですよ」
ついさっきまで潮風そよぐサボの村の宿屋で寝ていたことが嘘みたいだが、起きがけで腹が減っていたトゥルーはその匂いにつられて店に飛び込んだ。
「そばって癖があると思ってたが、意外と。ただ小麦の代替品ってわけじゃないんだな」
「バターとガーリックが食欲をそそって。おいしいですね、トゥルーさん」
異国情緒香る店で良い気分でそば料理を食べていると、身なりはきちんとしているが、どこか怪しい雰囲気を持った細身の中年男が話しかけてきた。
「白の塔の魔術師の方ですよね」
トゥルーは食べている途中なんだから声掛けはやめて欲しいと思い、その中年男を見る。
その中年男は自分の格好を見て白の塔の魔術師だと思ったんだろうなと思うと同時に、白の塔の魔術師に一体何の用があるのかを不思議に思い、否定しようとした。
「残念だが……」
「偉大な魔術師トゥルー様に、何の用ですか!」
(え~!)
ナオがいきなり煽ってきた。嘘だとは言いづらいが、話をおもしろくしようとしていると思われた。
「そのトゥルー様に、ぜひお願いしたい件がございまして。あっ申し遅れました。私、ロスマン家にお仕えしておりますサリバンと申します」
(ロスマン家、ロスマン家……。確か結構大きな貴族だったかな。ワイマン家と仲が悪いことで有名な。白の塔にいた時もロスマン家に関わりはなかったはずだが……)
その男サリバンが言うには、ロスマン家が昔使っていた屋敷の地下に魔物が棲み付いて困っている。大事な家宝を魔物から取り返して欲しい。また、できればだが魔物をすべて退治してきて欲しい。そのために信用ができて実力のある方々に声を掛けさせてもらっているとのこと。
なぜ正式に冒険者ギルドに依頼しないのか?なぜ屋敷に魔物が棲み付いているのか?など、不審な点は多かったのだが、確かに興味を引く話ではあったのでトゥルーは依頼を受けることにした。
「ナオさん、どう思います?」
「貴族の方からの依頼ですよね。楽しそうで良いんじゃないですか」
「はぁ(ん~、胡散臭いんだけど、ナオさんは楽しいんだろうなぁ)」
翌朝、約束していた街外れにある古びた大きな屋敷の前に行くと、昨日声をかけてきたサリバンと冒険者らしい男が四人集まっていた。ただ装備や体付きを見る限り、実力がある方々とは思えない。さすがに初心者ではないようだが、ベテランや腕利きでもないようだ。トゥルーはかなり不安になり、そのうちの一人に声をかけた。
「こんにちは、あなたも声をかけられて?」
「そうやけど、あんたは?」
「申し遅れました。私はトゥルー。こちらは親戚の娘でナオ。見ての通りの魔術師です」
「おう、俺はコスイネン。見ての通り冒険者や。先日サリバンさんに頼まれてここに来た。報酬も良ぇからな。俺に声をかけるなんてサリバンさんもお目が高いで!」
その男コスイネンの身なりは、一流の冒険者というより、冒険者くずれの盗賊のようだった。細身で筋肉はあるが、装備は薄汚れた薄い皮鎧。剣は小さく手入れされているようには見えない。魔物相手の戦いには不向きと思われる。ただ強面で目つきが鋭く口が達者なので、この場を仕切っているように見えた。
トゥルーは声がけしても不安が増しただけであったが、ナオはそんな不安そうなトゥルーをじっと見つめていた。その目は何かを期待しているような嬉しさが感じられた。




