Rinaria
まともな恋愛を書こうとした結果がこれです。
…なぜに?
途中で無理だと思った方は、
早々に他の素晴らしい作品を読まれることをおすすめします。
もし、恋をするならば、それは甘く、幸せな気持ちを与えてくれるものだと…思っていた。
††††
「ねえ、香奈。今日帰りにカラオケ行かない?」
茜。
私の大事な大事な、親友。
ふわふわした髪。薄化粧の色白の肌。まんまるな瞳。私が憧れた「女の子」そのもの。
かわいい、私の自慢の親友。
「うん。いいよ」
かわいい、茜。
そんな、彼女に、
――私が寄せているのは、親友以上の……情。
††††
茜を、大切な親友をそんな風に見たのは、いつからだろう?
茜が他の子と仲良さげにいるのを、苛立たしく思ったのは?
その思いは、少しずつ私の中に溜まり…大きくなっていたのだろう。
そして、
「あのね、香奈。私、好きな人ができたの…」
その言葉に、告白に嫉妬に燃える心に、自分が彼女に抱いていたキモチに気づいた時には…、
――もう、後戻りできぬほど、私を侵していた。
ねえ、茜。好きだよ、大好き。私だけを見るように、捕えてしまいたいほど。他の人に視線を向けないように。一分一秒でも長く、一緒にいたい。二人っきりでいたい。親友なんかじゃ、物足りない。
でも、わかっている。
わかっているんだ、こんなのキモチ悪いだけ、なんだって。だって、普通じゃない。当たり前、じゃない。
どうして、なんだろう。
どうして、茜なんだろうね。
普通に恋したなら、茜と気持ちを共有できたのに。
幸せな、キモチになれたのに、ね…。
笑う茜を見ると、私も嬉しくて、
泣く茜を見れば、胸が引き裂かれそうで、
怒る茜を見れば、それすらもかわいいと思えて、
ただ、茜を見ているだけで、私は満足で、
いつだって、その姿を探してる。
ああ、茜、好きだよ、本当に好き―――――ごめんね。
「ねえ、香奈ってさ、好きな人いないの?」
「んー、まだそういうの興味ないんだよねー」
嘘。いるよ、好きな人。茜が、いるよ。
「香奈ってさ、私に甘くない?助かってるからいいけど」
「小さいころからの親友だもの、当たり前だよ」
嘘。好きな人の為なら何でもしたいだけ。
「香奈、宿題教えて。今日当たるのに、全然やってないっ」
「しょうがないなあ、今回だけだよ」
嘘。もっと、私を頼って。もっと、私を必要として。
「私、香奈のこと、好きだよ。当たり前じゃん」
「ありがとう、私も茜が好きだよ」
嘘。だって、茜と私の好きはちがうとわかってるのに。
††††
カラ、と教室のドアを開ける。
SHRもとっくに終わった時間帯。外から聞こえる声が遠く響くだけで、校舎の中はひどく静かだった。
夕暮れ色に染まる教室内、どこか切なさを掻き立てるその色が、昔から好きだった。薄く闇に浸食された、色。
そんな中、机に突っ伏す影――茜、だ。
先に帰っていいって、言ったのに…。
そう思いながらも、口は緩やかな弧を描くのが自分でもわかる。嬉しい、ただ嬉しくてたまらない。
なるべく音をたてないように近づき、覗き込む。
安らかな寝息を立てる顔は、昔と全く変わっていなくて…どこか安堵した。変わらないものが、あることが、また嬉しい。
する、とふわふわとした髪に指を通す。きちんと手入れされているからか、絡みもなく指通りはいい。
本人が起きないことをいいことに、何度も何度も、それこそ指先がその感覚を覚えこむほど、繰り返し髪を梳く。
起きてほしい。早く起きて、あの声で私を呼んでほしい。
でも、起きないで。この至福の時間が少しでも続いてほしい。
ああ、でも、起きて。いや、やはり起きないでいて。
相反する思いがせめぎ合う間も、指は茜の髪を弄びつづける。
こうしているだけで、幸せになるなんて、我ながら単純すぎるけれど、けれど笑えない。
この恋の果てに待つのが「ハッピーエンド」じゃないのが、わかっているから。
そう思えば、苦しくてたまらないのに、忘れてしまおうと思うのに、
茜の笑顔を見るたびに、名前を呼ばれるたびに、好きといわれるたびに、幸せになって――また叶わぬ恋路に返る。淡い望みを心の支えにしてしまう。
何度も、何度も、繰り返し抜け出せないまま…。
ループの中で、何度も何度も
この恋からの、「脱走」と「回帰」を繰り返す。
そっと、掬った髪の一房。いつか、私じゃない誰かが、これに触れる日が来るのだろう。それを、想像するだけで苦しい。
そっと、その髪に、茜の一部に―――口づける。
茜、好きだよ、大好き。
あなたがその真意に気づかなくても、何度も言うよ。
それだけしか言えないから。
「愛している」なんて、言えないから。
その代りに、何度でも「好き」と「大好き」を繰り返す。
でもね、茜。
「愛している」と囁こうとする口に蓋はできても、
――――この淡い恋心に、蓋することだけはできない。
もし、この世に、カミサマがいるのなら、それは
―――きっと、とても残酷なひとなんだろうね………
【リナリア――植物】
ゴマノハグサ科の多年または1年草。原産地は西地中海沿岸。季節は5〜6月。花の色は、赤、ピンク、黄、紫、紅、オレンジ、白。和名は「姫金魚草」。
花言葉
「私の恋を知ってください」