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ダンジョンタウン  作者: 京海道
第一章:灰の姉妹
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第6話:ルーシーと美味しいハンバーガー【挿絵付き】

「タヌライじゃない!」


 春の風のような柔らかな声が、突如として住宅街に響き渡る。思わず、えっ、と振り返ればそこにいた人の姿に、タヌライの口角こうかくは釣りあがった。


「ルーシー! ルーシー・キャメル!」


 叫んで返すと、声の主も満面の笑みでタヌライに駆け寄り、互いにハグをわして喜びを伝え合った。


「お帰りなさい、タヌライ!」


「ただいま、ルーシー!」


挿絵(By みてみん)



 胸元ほどに埋まった頭が上を向き、にぱっと笑って花のような笑みをこぼす。それに対し、タヌライも太陽のように暖かな笑みで返して、握手をした。


 処女雪のようにけがれのない純白の毛に包まれた手がタヌライの手を包み、黒真珠のような丸々としたつぶらな瞳が喜びの色を写した。つんととんがった鼻がひくひくと嬉しそうに震える。


「いつ帰って来たの!?」


「あはは、今日の朝だよ。さっきまでお昼食べてて、今はお客さんが来てね、クレバシが難しい話をしてるからボクは出て来たんだ」


「そうだったんだ、お姉さんも帰って来てたのね。あとでご挨拶しなくちゃ」


「ルーシーは仕事かい?」


「ううん。アタシもお昼休み」


「そっか。配達員に なれたんだね」


「うん」


 えへへ、とはにかみながら、ルーシーは照れくさそうに若草色の制服を揺らす。深緑のスカートをふわりと風に揺らしながら、制服と同じ色の郵便帽を手で撫でる。帽子の角穴つのあなから飛び出た二本の角を指先でひっかきながら、ルーシーはタヌライから二歩、後ずさり。


「ど、どうかな。似合って、る……?」


 肩から下げた郵便バッグが飛ばないようにしっかりと抑えながら、くるり、と一回転。にこっとほほ笑む彼女に、タヌライは。


「うん、とっても素敵だよ」


「ほんと!」


「ほんと、ほんと!」


 タヌライの言葉に上機嫌になったルーシーは再びタヌライに抱き着き、タヌライもハグで返す。


「嬉しい! アタシすごくがんばったの! お父さんもお母さんも、半年前にやっと配達員のお仕事を任せてくれたのよ!」


「すごいじゃないか、ルーシー! おめでとう!」


「ありがとう!」


 二人で手をつなぎ、ぴょんぴょんと踊るように跳ねながら喜び合う。


 ルーシー・キャメル。


 彼女はタヌライの友人である、ビーストという種族の人間だ。


 人と獣が合わさったような姿をする種の一つであるビーストに属する。俗に半獣半人と呼称されることもあるが、彼らは獣とは異なった進化を歩んだ人たちだ。ビーストの中にも様々な人種がおり、様々な動物に似た姿をした人たちがいるが、ルーシーの家系はヤギに似た姿をしている。


 ルーシーの家系は代々郵便屋をいとなんでおり、彼女ルーシーもまたそこで働く若手の職員である。しかしタヌライが以前会った時にはまだ事務作業員であり、彼女はかねてから配達員になることを希望していた。


 それに対し、彼女の両親は厳しく指導していたことはタヌライも耳にしていた。ルーシーはそのことを口にはしなかったが、配達員になるためにはたくさんの勉強と課題があったのだと。それが晴れて認められたらしく、これにはタヌライも喜びを隠せない。友人の成長に、タヌライは歌い、踊りたい気分であった。


「それならお祝いしなくちゃ。ルーシー、お昼ご飯はもう食べた? ボクが御馳走ごちそうするよ」


「まだだわ。それならいつものハンバーガーにしましょ、おじさんもおばさんもタヌライに会いたがっていたもの」


「いいねー! ボクも久しぶりに食べたいところだったんだ」


 ルーシーの提案に、タヌライも笑顔で返す。先ほど昼食を食べたばかりだというのに、大好物のハンバーガーを想えばもうお腹が鳴って来た。


「そういえばタヌライ、いつも背負ってる大きな斧はどうしたの?」


「ああ。あれなら今朝、塔から戻ってきた時に工業区の鍛冶屋かじやに預けて来たんだ」


「また壊したの!? 呆れた。ほんとタヌライってば、馬鹿力よね」


「ち、ちが……わなくもないけど! 壊さなくても点検には出すよぉ」


「やっぱり壊したんだ」


「むぅ……」


「あはは! アヒルみたいな口!」


「でも、それだけじゃないよ。すっごい物を見つけて来たからね、今までより頑丈がんじょうになるように強くしてもらってるんだ」


「へー。今度は壊れないといいわねー」


「ボクだって壊したくて壊してるわけじゃないんだよぉ……」


 二人は手を繋ぎ、一緒に歩き出す。陽で温まった石畳を歩きながら、優しく吹くそよ風を頬に受ける。二人の歓談をいろどるように風に揺らされた木の葉がささやいた。


 ルーシー・キャメルはタヌライがこの街に来て最初の友人であった。


 当時まだ二十過ぎの幼いタヌライがクレバシと共にこのダンジョンタウンに来て右も左も分からぬ頃に、少し年下のルーシーと出会い、色々と街の中を案内されたものだ。


 それからしばらくしてタヌライとクレバシは塔にもぐるパーティに参加するようになり、数年感覚で街から離れることが多くなる。ルーシーとも離れ離れになることが増えた。


 しかし彼女は帰る度にタヌライたちを温かく迎え入れ、家を建てた時にはキャメル家総出でお祝いをしてくれたのも記憶に強く残っている。


 こうして時々街に帰って来ては友人と語らう時間はタヌライにとって大事なものだ。次はいつ塔に潜って、いつ帰って来られるかわかったものではない。塔の攻略はタヌライにとって重要なものだが、同じくらい友と過ごす時間も大事なものであるのだから。


 タヌライは雑談にきょうじながら、目的の店へと向かった。


        〇


「いらっさい! お、ぼんじゃねえか!」


「あらま、タヌちゃんじゃないの!?」


「おじさん、おばさん、久しぶり!」


 風に乗って鼻孔びこうをくすぐるのは焦げた肉の匂い。


 じゅう、じゅう、とあぶらが跳ねる音はさながら祭を盛り上げる楽器の演奏のようである。肉と共に塩や胡椒こしょうの香りがふわりと風に乗って踊り、熱い鉄板の上に立ち込める煙が雄弁ゆうべんに胃へと語り掛ける。美味いぞ、と。


 昼飯を食べたばかりだというのにタヌライは大きく腹を鳴らし、ルーシーは恥ずかしそうにタヌライを睨みつけるが、店主の男とその妻はむしろ嬉しそうに二人を迎え、タヌライもまた涎を垂らして近寄った。


「タヌちゃんいつ帰って来たの?」


「朝方に!」


「あら~、それならお腹いっぱい食べられるわねぇ。タヌちゃんいつものにする?」


「うん!」


 ニコニコと頷くと、よし、と女は腕まくりをしてニカっと笑う。


「お嬢ちゃんはどうする?」


「うーん、うーん……」


「ルーシー、このスペシャルバーガー美味しいよ?」


「タヌライみたいに大食らいじゃないの! チーズバーガー1つください」


「あいよぉ!」


 気前の良い返事と同時に大きなパティが五つと、それよりは幾分か小柄のパティが一つ、ボールのように固められたものが鉄板の上に転がり、それを丸い鉄板で上からプレスする。途端、脂が跳ね、じゅわぁぁぁ……と大きな音を立てると同時にこうばしい香りが沸き立ち、タヌライたちの瞳が輝く。


 その隣では女が大きなバターの塊を鉄板に押しつける。かぐわしくも優しい匂いが鉄板広がれば、そこには大きなバンズの断面が押し付けられ、肉とはまた違う香ばしさが鼻と口いっぱいに入り込む。


 かおりと焼き色がつくとバンズはすぐに引き上げられ、今度は何枚ものベーコンがかれた。その隣で店主がパティをひっくり返すと、焦げた肉が激しく音を立てて食欲を誘う。


 一方、オーブンからはオリーブオイルの香りを放つジャガイモがいくつも取り出され、店主がそれらにガーリックバターを塗りたくって再びオーブンに放り込まれた。


「おじさん、今のは!?」


「ああ、うちの新商品だよ。ぼん、1個食っていきな」


「やったー!」


 両手を上げて喜ぶタヌライに、店主もしたり顔だ。


 住宅街と商業区の間に位置するこの店は、『アッパー・バーガー』。住宅の一部を店舗に改変したもので、客は店前のテーブルと椅子を利用して食事をするというものだ。バーガーが匂いに包まれながら美味しいバーガーを頬張ほおばるこの店は、立ち上がりこそ小規模であったが今は席数を増やし、連日たくさんの客でにぎわう店である。


 タヌライとルーシーもまた、店主たちがこの街で店を開いたころから見届けて来た客の一人だ。特にタヌライはここを気に入り、塔から帰る度に寄る程度にはお気に入りである。


 大きなバンズ、巨大な5枚のパティ、とろとろのチーズをはさみ、カリカリに焼いたベーコンにしゃきしゃきのレタス、分厚いトマトを挟んだ名物、クラウンバーガーがタヌライの大好物である。これを食べなければ力が出ないというほどにタヌライは愛食しており、塔に向かう前と帰った後は必ず口にしなければ気が済まない。


「おまちどうさん!」


 大きな皿にどっかりと乗った巨大なバーガー。この店の名物、クラウンバーガーが目の前に鎮座ちんざしてタヌライは目を輝かせる。見るだけでも腹が膨れそうなそのボリューム。香り立つ肉と脂とチーズとバンズ。まさしく肉の塔と呼ぶに相応ふさわしい。


 一方ルーシーの前に置かれたのはバンズには一枚のパティと大盛のチーズ、レタスとオニオン、トマトが挟まれたベーシックで小柄なサイズだ。


 さらには小皿に盛られたポテト。アコーディオンカットがほどこされ、オリーブオイルとガーリックバターが塗られたポテトが六つ、皿の上に並び、さらにはサワークリームが添えられている。


「おいしそー!」


「よその地方から来たお客さんに教えてもらってな、うちでも作ってみたんだよ」


「バーガーおっきいのに、こんなにポテトまで……タヌぅ、食べられる?」


「もっちろん!」


 いただきます、と両手を合わせて、さっそくポテトを一つ取って噛り付いた。がりっとした歯ごたえのあとにはたっぷりとにんにくとバターの香りが口中に広がるや、同時にポテトのホクホク感と甘味、そして塩と胡椒の辛みがそれらを引き立てるように踊り出す。


 口の中はまさにカーニバルだ。熱々のポテト祭にタヌライは涙目になりながら熱い息を吐きながら、しかし満足そうに口の中で転がし、なんとかごくりと飲み込んで、冷たい水を流し込む。


 ぶはぁ! と大きく息を吐くと、その瞳は一層輝いた。


「おじさん、おばさん! これめちゃくちゃ美味しいよ!!」


「ははは。坊がそこまで喜んでくれるとこっちも作り甲斐かいがあるわい」


「タヌちゃん、ルーシーちゃん、いっぱい食べてね」


「うん!」


「いただきまーす」


 バーガーにもかじり付き、ポテトも頬張り、タヌライは満面の笑みで嚥下えんげする。ルーシーもまた、タヌライほど大口を開けることはしないが、チーズバーガーとポテトを食べながら楽しげだ。


 穏やかな時間。


 タヌライはようやく街に帰って来たのだと実感した。


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