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ダンジョンタウン  作者: 京海道
第一章:灰の姉妹
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第5話:ハイマンとエルフ

「クレバシ、ボク少し出かけてくるね」


「はいはーい」


 少し張り詰めた空気の中、タヌライの優し気な声が遠ざかっていく。どうやらクレバシと二人だけの商談になりそうだ。


「タヌライはどちらへ?」


「お散歩じゃないかしら。あの子、知り合いが多いからね。近所に挨拶回りもよくしてくれるのよ。お陰でたまにしか帰ってこなくても温かく迎えてもらえるわ」


「彼女、随分と若いのに、立派ですね」


「んー、まあね。今年で五十歳くらいだったかしら」


「五十!? 成人したてじゃないですか!」


 クレバシの口から出た年齢に、パメラも思わず大声を上げて驚いた。五十という年齢はタヌライの見た目からある程度想像できていたが、思っていた以上に若かったのだ。


「しっかり者でしょ。ちょっと甘えん坊なところが抜けないけどね」


「貴女達、ハイマンですよね……?」


「そうよ。耳が丸っこいでしょ。見ての通りハイマンよ」

 髪をき上げて見せた女の耳は、確かに丸い、ハイマンのものであった。


 ——ハイマン。


 それは世界中に広がる種族の中でも取り分け多い種族の一つである。


 パメラが属するエルフ族と唯一寿命と文化レベルで比肩ひけんする種族であり、その寿命はエルフと同じくおよそ千年と言われる。成人扱いされるのはおよそ五十歳前後とされることが多いため、タヌライが如何いかに若いかがうかがい知れよう。


 古代からハイマンとエルフは政敵せいてきであり、領地を奪い合って戦争を繰り返して来た間柄あいだがらである。


 耳長で耽美たんびな顔立ちが多いと言われるエルフに対し、丸耳で優しく愛らしいと言われる顔つきとされるのがハイマンだ。


 両者の文明は非常に似通っており、同じように田畑を開墾かいこんして麦や米を栽培し、文明を栄えさせ、街を作り、城を建て、領地を獲得して支配と流通を広げて来た。そして互いの歴史を紐解く時、必ず互いの存在が幾度も衝突し合ってきたのがハイマンとエルフなのだ。


 とは云え、どちらの種族も一枚岩ではない。


 種族という括りだけで見ればハイマンとエルフは二分されるが、それぞれの国、領土、地域によって両者の関係は異なる。両種族間でさかんに交易こうえきを行い、技術や文化を取り入れ合うところもあれば、今も激しく戦争を繰り返している国もある。それどころか、ハイマンはハイマン同士で、エルフはエルフ同士で戦争を行うことも少なくはなく、それに対し両種族が手を取り協力することも多い。


 この様に一側面だけでははかれないのがハイマンとエルフの関係である。この両種族を合わせておよそ世界人口の6割に相当されるとされ、世界的な権力者もまたこの種族たちに集中している。


 そんな背景を持つ両者が出会うのだ。パメラもまた緊張感を隠せぬというもの。


 しかしクレバシはどこか呑気で、気取った様子も見せない。


「酒場で会った時から不思議でした。ハイマンとエルフの関係は良好ではないと、私は教わってきましたので。何故なぜ、私をかばってくださったのですか?」


 当然湧いた疑問。パメラは口にすると、クレバシは肩をすくめて、そんなことか、と言わんばかりに溜め息を吐いた。


「貴女も酒場を出て、ここに来るまでに見たでしょ。この街では色んな種族が区別なく生きてるわ。差別や偏見がないとは言わない。それでも外よりはだいぶマシだと思うけど」


「えぇ。私の領地でも差別は他国より緩やかではあると思いますが、ここはそれ以上です。誰もが当たり前のように手を取り合って、親切にし合う。まるで、楽園のような……」


「そんな華々しいものじゃないわよ。協力し合わないと死ぬ、それだけよ」


 ぴしゃりと、クレバシは言い切った。


「外界から多くの人や物資が流れて来るのは、私たちが目指す塔の攻略とそこから得られる資材に高い価値があるから。それらを取りに行くには、死が隣人りんじんになるからよ。宗教観だとか、種族の違いだとか、そんなところに拘ってたやつはみんなとっくに死んでる。互いの強みを活かして、行けるところまで行って、出せるだけの成果を出したやつが生き残って、もうける。シンプルでしょ?」


「だから、人々は協力し合える、と?」


利己的りこてきと考えるかしら?」


「……いえ。目的のためならば人々は一つになれる。それを体現するのは素晴らしいと思いますが、不思議にも感じます。普通、領地を維持いじするうえで多種族国家であることは面倒になりやすいですから」


「権力者がほとんどいないのよ。この街の北には貴族たちが住む一等居住区があるわ。でもそれは、武力や権力で勝ち取ったモノじゃない。大昔に攻め込んできて、この街の連中に負けて北に追いやられただけ。権威けんいは息をしていないわ。見栄のために大きな屋敷を立てているだけで、彼らに力は無いもの。あるのは財力だけよ」


「財もまた力では?」


「肉を食い慣れた犬が、骨に執着しゅうちゃくするとでも?」


 カラカラと、クレバシは笑う。


 パメラもまた、なるほどと頷いた。道理どうりで立派な民家が多いはずである。


「あるいは、国も身分もバラバラな権力者が集中して、お互いが邪魔で動けないといったところかしら」


「では、この街のおさに相当する方が一番の権力者なのですか?」


「そうでもないかしらね。権力の一極集中を危惧きぐして、ここでは各区画ごとに区切りが合って、区長はいるけど、街全体の統括者とうかつしゃはあまり深くは関わっていないとも聞くわ。議会のようなものが生まれてもいないし、宗教に権威を持たせないためにも色んな縛りがある。どうあれ、形としては極めて平等を保っているわ」


「……驚きました。こんなおさめ方があるとは」


所詮しょせんは一つの街だからよ。国家単位となると無理でしょうね、どうしても階級は生まれるし、この街だって完全に無いわけじゃないわ。ただ外部から入ってくる貴族や宗教者に力を持たせないやり方は徹底てっていされているけど、もしこの先を考えた時、果たしてどれほどこの平和を保てるか……あたしはやっぱり、王に相当する人が必要だと思うけどね。ただし、偏見へんけんを持たない、この街がこの街でいられるような価値観を持った人が……」


「それです。この街には道中、いくつもの宗教の建物がありました。ですが、戦争が起きた形跡もない」


「信仰の自由があるからね。あれも貴族と同じよ。昔この街を起こした人は相当なやり手だったらしいわ。ま、もう亡くなってるけど」


「……素晴らしい人徳者ですわね」


「性格が悪いのよ。他者に権力を持たせないやり方を、善良者ぜんりょうしゃが思いつくものですか」


 お茶を一口。


 パメラは思う。


 クレバシが口にするほど容易よういな道筋ではなかっただろうが、それでも、そんな素晴らしい指導者が名を上げることもなく、この街を制定したという事実。もし自分の領地にその人がいたらどうなっていたであろうか。叶わぬ願いであるが、考えずにはいられない。是非ぜひとも教えをいておきたかった、と。


「さ。差別問題の話はこれで終わり。ここではあたしも貴女も、ただの女であり、塔に挑む者かどうかだけよ。納得出来て?」


「ええ、もちろん」


「そ、話が早いわ。ならまずはこちらが上げた功績と、その価値について話しましょう」


「お願いします」


 クレバシとパメラの、長い話が始まった。


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