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ダンジョンタウン  作者: 京海道
第六章:深淵への挑戦
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第45話 再開、第六層の攻略!

 第五層におけるクレバシとパメラの修行が開始して、気づけば一年もの時間が流れていた。体力面、魔力面の強化を目的として朝晩問わず厳しい修行が続けられている。


 住人たちは次第にクレバシたちの騒音にも慣れたのか、あまり口を出すこともなくなり、タヌライは毎日、瞑想と五層の人々の仕事の手伝いに明け暮れ、それはもう穏やかな生活をしていた。


 一方でパメラと言えば朝から走り込みが始まり、瞑想による魔力操作のトレーニング。並行して寝てる間も覚めて間もバリアを維持しながら、魔法で作り出した身の丈の何倍もある大岩を持ち上げてスクワットをしたり、クレバシと組手をしたりと、パメラはもちろん、それを教える姉も大忙しだ。


 タヌライも一緒にやろうかと提案したのだが、基礎の体力に差が開きすぎてタヌライに見合ったトレーニングを横でやっているとパメラが落ち込むからと出禁を食らってしまった。寂しいが、彼女と一緒に大岩を持ち上げるクレバシの姿は面白かったので良しとする。


 ——懐かしいな。ダンジョンタウンに来る前は、ああやって一緒に修行してたっけ。


 そんなことを思いながら、タヌライは二人の修行を一年間、見守り続けた。

 パメラが行っているトレーニングは、かつてタヌライもクレバシと共にしていたものだ。クレバシの師匠の元で共に修行に励み、タヌライは肉体面が、クレバシは魔力面が大きく成長した。パメラはそのどちらも鍛えているが、たぶんクレバシ寄りに成長するだろう。


 友の成長を喜びながらタヌライもまた瞑想に耽る。目を閉じ、意識を暗闇に溶かし、心の中の風景に目を向け、意識を深く、深く、深く——。


        ○


 雲上の村は大きな規模とは言えない。塔の階層をいくつも登ってさらに奥地も奥地。第六層の手前ともなれば一般人でここまで来られる者は随分と限られてしまう。この地に住居を築き、インフラを安定させ、生活を形作るのは困難極まるからだ。


 塔が現れて最初の十年は調査団が塔の生態を調べ、内部に居住区を作り、ダンジョンを調査し、そしてまた先で新たに居住区を造る。これを繰り返した最奥がこの第五層、雲の上の第二拠点区である。


 そんな大事な村を巻き込むわけにはいかないと、パメラとクレバシの修行は村から離れた場所で、しかしなるべく魔物の生活圏に入り込まない場所で行われることになっていた。


 辺りには雲の塊がモヤモヤと蔓延はびこるばかりで邪魔する者はない。魔物の気配も遠く、うってつけである。この一年パメラとクレバシはこういった場所で修行に励んでばかりいた。


「準備体操は済んだかしら?」


 あくびを一つ、クレバシはパイプから煙を吹かして見遣みやる。彼女の格好はラフなもので、普段のポンチョは外し、麻のシャツと腰巻、そしていつものズボンだ。ハットも無い。


「クレバシこそ、昨夜のお酒は抜けまして?」


「あんなのただの寝酒よ、酔いもしてないわ」


 対するパメラと言えば、こちらもサーコートやマントを外し、インナーシャツや麻のズボンという動きやすい出で立ちである。これが彼女の修行着であった。


「ルールはいつも通り。このパイプを捕れたらパメラの勝ち。第六層の本格的な攻略に乗り出しましょう」


 ごくりと、パメラの喉が鳴った。


 この一年、パメラに課された修行の一つがこれである。


 肉体の強化、魔力の強化に加え、クレバシからパイプを捕るという鬼ごっこのような修行が追加されている。


 ただし当然、ただの鬼ごっこではない。体術と魔術を駆使し、全霊の力をもってクレバシから奪うというのが条件だ。そしてこれを達成できた時、パメラは修行完成という判断が成される。


 言うに及ばないことだが、パメラはこの一年、この試練をクリアできていない。パメラの脳裏には、いつかのホワイトバケダヌキに見せられた故郷の滅びる姿が何度も浮かび上がる。


 その度に嫌な汗を掻きながら先に進もうと提案したが、資格なしといつも突っぱねられてきた。今日こそはと何度も挑んでは、何度も敗北をきっしてきた一年である。


「ただし、今日もダメだったらまだまだ修行期間は伸びるわよ。伸びに伸びて、そろそろ初春かしら。地上で漬けておいた梅酒も美味しくなってるそうね。そろそろ梅を抜く頃合いだけど、うちの妖精たちは覚えているかしら」


「今日こそは勝ちます!」


「そうして欲しいものね。待ちくたびれて、お日様だって深酒しちゃうわ」


 腰を落として構えるパメラに対して、クレバシはパイプから煙を吹きながらぼんやりとしている。これはいつ挑みかかっても良いという合図である。


 ——落ち着け。落ち着いて、心を乱さず。冷静にクレバシの動きを見定めて。


 故郷のことを忘れるわけではない。だが、今は目の前のことに全力で集中するのだ。わずかでも心に淀みがあると、クレバシは決して捉えられない。この第五層での修業が始まってから今日まで、パメラは痛感していた。余計なことを考えて勝てる相手ではないのだ。


「——行きますっ!」


 言葉と同時に地面を蹴り、パメラの弾丸のように飛び出し襲い掛かる!


「やあぁぁっ!」


 振り抜いた蹴りは悠々とクレバシの腕に阻まれ、それどころか掴まれた。そのままぐるぐると投げ回されてしまい、思わず悲鳴が上がりそうになるのを堪えながら、パメラはもう片方の足でクレバシの顔を蹴りつけようと振り抜こうとするが、その前に手放され、勢いのままに投げ飛ばされてしまった。


 体は雲の大岩に叩きつけられ、ぼふん、と跳ねる。痛くはないが、身体はあらぬ方向へと跳ね飛ばされ「きゃーっ」とパメラは声を上げた。


「こ、このぉっ!」


 跳ね飛んだ身体は浮遊魔法にて宙で急停止し、目が回るのを我慢しながらクレバシがいた方を睨むが、そこにクレバシの姿はない。


 ——しまった!


 歯噛みをするが既に遅く、テレポートで背後に回ったクレバシの姿を捉えた時には両手をハンマーのように打ち付けた一撃でパメラは地上に叩きつけられる。だが今度までやられてばかりではいられない。


 先んじてテレポートを使い、着地地点で待ち構えるクレバシ目掛けて魔法弾を撃ち、クレバシはそれを迎撃しようと同じように魔法弾を撃って——掛かった! ぶつかり合った魔法弾は途端に煙へと変わり、煙幕になってパメラの身を隠す。


 煙の中に潜んだパメラは気配を頼りにクレバシの影へと突撃! 体重を乗せて拳を振り抜くが、なんとクレバシの幻が魔法で浮かび上がっていて、またもやパメラの攻撃はすり抜けてしまった。


「狙いは良いわ、惜しかったわね」


 どこに逃げたのだと見回していると、なんとクレバシは伏せていただけだ。両腕を地面につけ、逆さまに立ち上がりながら勢いのままに強烈な蹴りをお見舞いするが、パメラはこれを受け、逆にクレバシを蹴りつける。ずん、という確かな衝撃。なのに紙を叩いたように柔らかな衝撃でクレバシは逆さまのまま吹き飛び、口元はにやりと笑ってまるでダメージを受けている様子がない。


 ——ならダメージが入るまで続けるまで!


 パメラは飛び込み、クレバシは立ち上がる。回避が間に合わぬ距離と判断したか、防御態勢に入った彼女へと、パメラは目にも止まらぬ連続蹴りを浴びせ続ける。まるで驟雨しゅううのように激しく隙間のない蹴りはクレバシに逃げ場を与えない。


 これで決着をつけるべく、より重い蹴りを放った直後、クレバシはこの近距離でさらに距離を詰め懐へと潜り込むではないか。これではキックに十分な重さと威力が行き渡らず、クレバシの腰がパメラの太ももを受け止めて蹴りの威力を相殺してしまった。


 さらに懐へと潜り込んだクレバシは防御の構えのまま拳を振り抜いてパメラの顔面を打ち抜き、さらに二度三度のジャブ。これから逃れようとパメラは反射的に身体を丸めて両腕でガードを固めるが、そうなればまるでカカシも同然だ。矢継ぎ早にクレバシのラッシュが始まり、パメラへの反撃を許さない。


 退いて距離を取ろうにも、パメラの股にクレバシの足を差し込まれ、動きを極端に制限している。どうする。どうすれば。ここから反撃の一手はないのか。そんな甘い考えがよぎった時、ガードが跳ね上がった。違う。クレバシのアッパーがパメラのガードを突き崩したのだ。


 そして、大きく振りかぶった拳が真正面から迫り——いや、ここで怯んでなるものか!


 パメラは咄嗟に反らされた身体を持ち直し、足腰の力を入れて額で拳を迎え撃った。


「——っ!?」


 ごっ、と額と拳がぶつかる音が脳内反響して、一瞬目の前が真っ白になる。揺さぶられた頭の中で衝撃が何度も反射しているようで、パメラの意識は吹き飛びそうになった。だが、しかし、確かに、見える。予期せぬパメラの反撃で、拳の反動を殺しきれず、仰け反るクレバシの姿。思考の外にあった反撃方法に驚嘆きょうたんするその表情。


 今だ。今しかない!


 パメラは根性だけで体勢を立て直し、もう何も考えずクレバシの顔面へと拳を伸ばした。今日こそは、そのパイプを奪う。


 けれど——ああ、なんて女だろう。


 ニィ、と笑いながら相手も既に体勢を立て直していて、こちらを迎え撃つような返しの拳で待ち構えていたというのだ。


        ○


「はっ?!」


 目を覚まして真っ先に目に入るのは、爽やかな青空と太陽。そしてぶるりと身体を貫く寒気に遅れて気づき、そこで初めて自分が横たわっていることを自覚する。


 おお、寒い。一瞬何が起きたのか理解できなかったパメラだが、徐々に記憶を取り戻し、自分がクレバシとのトレーニングで気絶したのだと理解した。


「起きたわね」


 驚くことではない。いつものことだ。いつものことだが、悔しい。そんな思いを噛みしめていると、いつも通り横から聞こえて来るクレバシの涼やかな声。パイプを吹かしながら、汗の一つも掻かず飄々《ひょうひょう》とした彼女がいつも通り、そこにいる。


「クレバシ……」


 そうか、気絶していたのか。ぼんやりと、気を失う前を思い出した。同時に、今日もまた彼女には手が届かなかったのだ、とも。


「うん、うん。気絶してもバリアはちゃんと維持されてるわね。だいぶ強めに吹っ飛ばしたけど、ちゃんと修行の成果は出ているわ」


 彼女は満足げに頷く。


「お陰様で……」


 パメラは嘆息しながら、自分のバリアが一切の淀みなく正常に続いていることを確認して、また大きな溜め息を吐いた。


 そう、この気を失うというのも修行の一つなのだ。


 第六層の毒の沼地を攻略するには、常時毒除けのバリアを張っている必要がある。空気が淀み、腐り、存在する全ての生物が道を阻む猛毒の塊である。それらから身を守るためにはバリアを張り続けることが一番の課題だ。それは意識を失っている時でも変わらない。


 ただの睡眠時にもずっとバリアを張り続けることから始まり、僅かでもバリアが弱まればクレバシが叩き起こしてバリアを張り直させるという修行は一年近く続いた。


 最初の間は眠気のあまり、頭がおかしくなりそうだった。いや、実際に当時のパメラは何日も続く睡眠不足のせいでおかしくなっていた。それでもクレバシは優しさを見せず、僅かでも魔力が弱まれば殴り飛ばしてでもパメラを起こし、バリアを張り直させた。


 気づけば——本当に気付いた時に、もっと言うと一瞬だけ寝落ちて、すぐに意識を取り戻した時。意識が無くてもバリアが維持されているという状態に到れるようになっていたのだ!


 あの時は歓喜した。これで眠れると、心の底から喜び——実際は熟睡したらまたバリアが消え、クレバシに叩き起こされたが——それを契機に寝ている間も魔力が弱まることのない状態を掴めるようになった。


「ここまでくれば上出来ね」


 そう言って優しさを見せたあの日の彼女を忘れない。何故なら、その次の瞬間には意識を狩り取られ、気絶させられ、それでバリアが消えたと叩き起こされ叱られたからだ。あまりにも理不尽!


 それからは今日まで、二十四時間、一度としてバリアが解けることのないようにという修行を課せられ、気絶してもバリアを張り続けろと強制的に気絶させられ、魔力と肉体双方の強化の修行も合わせて行われ——頭がおかしくなって廃人になってしまうのではないかと日々恐怖し続けていた。


 どうやら、今の自分はそれを乗り越えられたらしい。


「はぁ……」


 蒼穹そうきゅうが眩しい。目が痛いほどに、蒼い。


 これまでを思い返せば涙も出そうだ。タヌライたちと出会って七年近くも経つ。それはすなわち、弟テットと別れて——故郷アルテトを離れて七年ということだ。


 焦る気持ちはある。故郷はまだ大丈夫なのか、と。それでも信じるしかないと修行に打ち込み——打ち込んだは良いけど、故郷のことを忘れそうになるくらい厳しい修行だった。心が折れてしまいそうだ。いや、心は折れていた。折れていたのに、それでも無理やり動かすものだから、もう折れているのが前提になっている。


「強くなったなぁ……私」


「あら、己惚うぬぼれ?」


「適評です」


 さすがに、振り返るとそんな感想も出る。よく頑張っている方じゃないか。故郷よ、愛するアルテトの街よ、フランカ王国よ。どうか、もうしばらく持ち堪えていてください。私は強くなっています。


「そうね。実際よく頑張ってると思うわよ」


「え?」


 思わぬ評価が隣から飛んできた。


「この一年、あたしが組んだメニューをよくこなせたわねって褒めてあげてるのよ。相応の実力はついたと思うわ」


「ど、どうしたんですか、クレバシ!? 変な物を食べて寄生虫が頭に……っ!?」


「あんたがあたしのことどう思ってるのか分かったわ」


 この女が妹以外で人のことを褒めるのかと、パメラは戦慄した。


 七年も付き合えばわかる。クレバシは人に対して求める水準がとにかく高く、それに到らない相手なら興味は薄く、まして褒めるということは表向きの付き合いのみで本心からというのはほとんどない。


 ストイックなのだ。自分に対しても、他者に対しても。


 それは彼女が本気で塔を攻略したいと思っているからであり、同時にこの塔は彼女が求めるレベルの人材であってもまだ能力不足であると言えるほどの難関な場所である。


 だからクレバシは褒めない。褒めれば油断、慢心に繋がるから。他人のためにならないのだ。あのクレバシに褒められた図に乗れば、それだけで浮かれてしまうというほどの立場に、彼女は成ってしまっている。


 そんな彼女からぽろりと出た、褒めの言葉。すなわち、彼女が求めるレベルへと至ったという何よりの証拠。



「……見なさい、これを」


 そう言ってクレバシが差し出したパイプには、見覚えのない真新しい傷。ヒビが入ったような、小さな傷だ。


「こ、これは……?」


「言ったでしょ、よく頑張ったって」


 ぽん、とパメラの頭を撫でるその手の温かさと、優しい口ぶり。その意味が最初は判らず、しかし徐々に言葉の意味を理解し、その現実をじわり、じわりと、ハンカチが水をゆっくりと吸うように心の中へと実感が沁み込み——パメラの心は震えた。


「く、クレバシ! ま、まさかこれって——」


「おめでとう。試験合格よ」


 パメラの手が、ついにクレバシへと届いたのだ。


「……っっっっ!!! やったー!!!!」


 初めて。


 生まれて初めて、パメラは両の手を突き上げ、空一杯に広がるほどの歓喜の声を叫んだ。こんなに嬉しいことは、本当に、本当に初めてであったのだから。


 困難な試練を突破する。その壁の高さ、打ちひしがれ続けた現実、諦めずに挑み続けた意志、それでも毎日襲い来る絶望と己への落胆。


 それら全てが報われた今日。パメラは、努力で無理とも思われていた難関の壁を乗り越えたのだ! その喜び、もはや言葉を尽くしても語るに不可能。極上の成功体験が、今生まれて初めて彼女を包んだのだ。自然と、涙も零れていた。


「まったく、子どもみたいに喜んじゃって——うわっ」


 苦笑するクレバシに、パメラは抱き着いて喜びの声を上げた。歓喜のハグは、それだけパメラの喜びである。戸惑いながらもクレバシは受け入れ、二人で笑い合いながらパメラの成長を喜んだ。師と生徒でもある友たちは、心の底から喜びの声を上げた。


        ○


「タヌ、準備をなさい。六層に突入するわよ!」


 いつも通りの修行を終えて帰ってきた途端、クレバシは声を張り上げた。


 隣には目が真っ赤に充血して、目の周りがれたパメラ。彼女を見て、クレバシの発言を聞いて、驚きはなかった。


 そうか、ついに成し遂げたんだ。


 タヌライは、姉の言葉の意味を理解する。


「わかった。ボクの方はいつでもいけるよ」


「タヌライ、本当に長い間お待たせしました」


「パメラ……おめでとう」


「はい。ありがとうございますっ!」


 固い握手を交わし、抱擁ほうようを交わし、二人は喜びを伝え合う。パメラの成長の喜び、何も言わず待ち続けてくれたタヌライへの感謝と友情に。


「何度も挑んでるから、もう荷物に間違いはないでしょうけど、ちゃんと最終チェックすることね。タヌライ、パメラ、準備に時間が掛かるものがあるならあとで私に言いなさい。問題が無ければ明日、ここを出発するわ。言うまでも無いけど、毒ならしのための修行じゃない、ガチで六層突破のための出発よ。もう二度とここに戻ることは無いつもりで準備なさい」


 もう二度とこの町に戻ることは無い。その言葉に、微かな緊張が走る。


「わかったよ、クレバシ」


「わかりました」


 二人は頷き、宿の自室へと戻る。そしてすぐ様パメラは荷物を確認し、何度も見直し、自分たちの衣服や旅に必要な道具、預かった金銭などを確認し、一切の漏れがないことを確認した。


「そうだわ、この町の人たちにも挨拶をしなくちゃ」


 一年、もう一年だ。随分と長い間、世話になった。そして、故郷の惨状を知りながらも足を止めてしまった。全ては、自分に力が無いから。


 いや、そんなことを考えていてはならない。


 確かに故郷を憂う気持ちはあるが、それは心の支えにするべきものであって、不安と郷愁に足を囚われていてよいものではない。


パメラは痛感した。ホワイトバケダヌキとの出会い以降、パメラは急かされた気持ちで、ここまで来た。だが、あのまやかしの世界に心が囚われていては、ダンジョン攻略など不可能。ただただ焦りと無理をする気持ちばかりが煽られ、必ずパーティの害になる。


 そう思えば、この一年の修行はそういった心をしずめるためでもあったのかもしれない。自分の未熟さ、我がままに付き合ってくれた姉妹には感謝の念が絶えないものだ。


「何にせよ、いよいよ明日……」


 今パメラに出来ることは、挨拶を済ませ、保存食を作り足し、明日に向けてしっかりと休む。そして絶好の体調で六層へと挑むのだ。


 ついに時は来た。長くつらかった修行は報われ、混沌の地へと挑む準備が出来た。だが、それを乗り越えてなお、その先に広がるものはさらなる脅威か。


 不安と希望に胸をはやらせながら、パメラは修行着を脱いでこの町で買った麻のワンピースに着替え、挨拶回りへと向かうことになった。


 そして翌日、もう何度目かになる第六層への攻略。そして、今度は二度と戻らぬ旅。大きなリュックサックを三人は背負い、着慣れた対毒用の装備を身に着け、ゲートの前に立つ。


 初めてこの場所に挑んだ時、入った時には何も出来ずに倒れ伏した。死んだと思った。夢が破れて自分はここまでなのだと、痛感した。


 今こそ、あの日の想いを乗り越える時。


「さあ、行くわよ」


 クレバシの号令と共に三人はゲートをくぐり、終ぞ彼女らはこの町に戻ってくることはなかった。


        ○


「なっがいわ!!!!」


 三人の姿を見送ってから、怒りの咆哮が雲の町にとどろく。からすの濡れ羽のように美しい黒髪は逆立ち、ギラギラとした目の中には怒りの炎が渦巻く。


「あいつら長過ぎよ! こんなところで悠長になにやってんの!? あの雑魚エルフが修行してるなーって思ったらめちゃくちゃ時間かかってるじゃない!」


 彼女の名はロミルダ。クレバシたちを尾行してつけてきた、もう一つの探索者チームの、一応のリーダーである。二つ括りの髪をぶんぶんと振り乱し、地団太を踏みながら怒りを露わに、今にも火を吐きそうなほど怒りに燃え狂っている。


「いやー、まさか別件の仕事を片付けてから半年遅れで追いかけたのに、まだ五層の村にいたなんてねー」


 と、赤いおさげ髪の女がぽつりと呟けば。


「半年よ、半年! 半年間もここでぼさーっとあいつらが進むのを待ってたのよ!? 頭狂うわ!」


 と、ロミルダは怒りが収まらない様子で、彼女たちが消えたゲートを睨んだ。


「このロミルダ様を半年間も待たせて……っ!!」


「じゃあ先にオレたちだけ行っちゃえばよかっただろ」


 と、狼型のビーストの男がロミルダに進言してみるも。


「おばか犬! 私たちだけじゃ六層の道がわからないでしょ、あいつらをこっそり尾行するのが一番正しい手順よ!」


 と、ロミルダは怒りの割に冷静な言葉を返す。


「ロミってそういうところあるよねー」


「どういうところよ。くそ、まさか今日出発するなんて思わなかったわ。何も準備してなかったじゃない。リタ、ピット! すぐに準備を済ませて追いかけるわよ!」


「はいはい」


「へいへい」


「返事は、はい!」


「母ちゃんかよ、おめぇ」


 くして、タヌライたちの裏でうごめくもう一つのチーム、ロミルダ達の暗躍は再始動し、数時間遅れで後を追い始めるのであった。


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