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ダンジョンタウン  作者: 京海道
第六章:深淵への挑戦
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第44話:毒の沼地攻略作戦とジャックツリー

 雲の上の世界というのは、さえぎるもののない風にあおられ続けて、日中夜寒い。太陽が傍にあるのに存外温かくはなく、むしろ眩しいだけで寒さを和らげることすらなかった。


 クレバシ曰く、太陽が照って暑いのは大地が熱を吸収していて、熱された地面の熱で気温が上がっているからだという。


 そんな与太話を聞いたのもいつのことだろう。この塔の中で季節が巡っているのか分からないが、朝と夜が繰り返すのを数えていたら、気づけば三ヶ月。パメラ達は、未だ六層を攻略出来ず、足踏みを食らっていた。


        ○


「そう、その調子よ」


「く、くくぅ……っ、ぅうっぅ……っ!!」


 パメラの全身から吹きあがる蒸気のような白い光が明滅し、それは徐々に炎のように力強く灯りを放つ。身の丈よりも高く吹きあがる薄緑の炎は、パメラが身体に力を入れているのに呼応して強くなっているのだと分かるだろう。


「そのまま、そのままよ。その状態を保ちながら、範囲を少しずつ抑えていくの。密度は薄くしちゃダメよ。あくまでもそのままのパワーを維持したまま、自分の身体の周りにだけまとわせるイメージでやるの」


「は、はい……っ! ぐ、ぐぐぅぅ……」


 クレバシのアドバイスを受けながら、パメラは吹きあがるエネルギーの調節を試みている。体の二倍も三倍も大きかった炎はしかし、ゆっくりとその勢いを落として体の周りだけで発光し、その規模はさらに小さく、服の上、皮膚の上、髪の上だけに張り付くようにその炎の燃え上がりを穏やかにしていく。


「パワーが落ちてる! もっと出力を上げなさい!」


「は、はい……っ!」


「また膨れすぎてるわよ! エネルギーの密度を維持したまま、勢いを落としなさい」


「はい……っ!」


「またパワーが落ちすぎよ! やり直し!」


「ぐ、ぐぅぅ……っ」


 パメラの周りを纏う光が、強く、弱く、大きく、小さく、不安定に明滅する様がもう何時間と繰り返されている。


 これは何の光景だろうかという疑問には、バリアをコントロールする修行と答えよう。


 タヌライたちが六層に入ってからこの三ヶ月の間、パメラは何度も毒で苦しみ、撤退を何十、何百と繰り返しながら少しずつ活動範囲を広げ続けていた。


 だが、目的のゲートまでは遠く、とてもではないがこのままではパメラが毒を克服こくふくするのに十年以上かかってしまう。それがクレバシの目算であった。


 だがそんなに悠長に待っている暇はないと、パメラは毒への抵抗を身に付けようと果敢に挑戦し続けていたが、このままでは彼女の体力がもたない。どうやらエルフ族はことさらに毒に対して、他の種族よりも耐性が低いようなのである。


 ならばとクレバシは一計を案じることにした。


        


「パメラ。あんた、バリア系の魔術は使えるわよね?」


「え? え、えぇ……。六層に入る時も使っていますが」


「ふふーん。ならば話は早いわ」


「何がですか?」


「修行のお時間ということよ」


        


 そんなやりとりがあったのも、既に一年近く前のことだ。クレバシはパメラのバリアを見て、エネルギーが無駄に消費されていることと、その割には出力が足りていないという二つの弱点を即座に看破した。ならばあとは単純な話だ。


 範囲は極小さく、自分の周りだけを守る。パワーの濃さは最大レベルまで引き上げつつ、それを極めて極省のエネルギーでキープし続ける。それがクレバシがパメラに課した修行であった。


 その結果はというと、前述の通りである。


 パメラは繊細な魔力のエネルギー調整と、最低の魔力放出で最大のパワーを出力するという二つの修行を全く同時に行わされることになり、なかなか成果が出ない状況にあった。これにはタヌライもあくびをしながら釣りに興じるか、座禅を組んで瞑想に耽って待つくらいしかやることがない。


 膨れ上がる魔力と、急速にしぼむエネルギー。それを何度も交互に繰り返すのは、全速力で急発進と、急停止する走り込みを延々《えんえん》とやらされるようなものだ。身体や精神に掛かる負荷は尋常ではなく、ついにパメラは何度目かになる気絶にも似た脱力で、雲の上に倒れ込んでしまうのであった。


「よし、いったん休憩にしましょう。三十分経ったらまた始めるわよ」


「……っは、はっ、はっ、はっ……」


 もはやまともに返事をする気力もない。クレバシが傍に置いた水を入れた革袋を掴むことも出来ず、パメラは大の字で倒れ伏した。無理もないだろう。こんな訓練、今までしたことがなかっただろうから。


 断っておくと、パメラに素養がないとかそういうことは一切ない。むしろこの短期間で彼女の魔力調整はみるみる上達していき、期待させるものがある。


 ただ、これはまだまだ基礎の段階であり、魔術の使い手であれば割と早い段階で習熟するような技術なのである。本来ならば何年もかけて通る工程を、クレバシは一足飛びでパメラに叩き込んでいるから、こんなことが起こっているのだ。


 パメラは修道院にいて、そこで魔術を習ったという。治癒や蘇生はそこで得た技術だが、基本的に彼女は貴族であり、冒険に出ることや魔術を磨く生活を前提としていなかったため、こういう技術も教わっていなかったのだろう。いや、修道院自体が魔力操作の修行を行うようなところではないのかもしれない。


 パメラは膨大な魔力の増幅と収縮、そして維持という修行をしたことがない。これは本来時間を掛けて体になじませるべきもので、クレバシがどんなに無理のある修行をしていたかはわかっていた。


 けれどパメラもまた、それに応えるだけの土壌は育ちつつある。何より、本人が長い時間を掛けたくないと拒否をするので、大急ぎで仕上げるなら、これが最善の道はとなった。


 今のパメラであれば最大二週間は毒の沼地で活動もできるが、突破の目途はおよそ一ヶ月。残念だが、まるで耐久力が足りない。それなら打てる手はもう、魔力のコントロールと強力なバリアを無理なく張り続けるというこの修行しか、手は残されていないのだ。


 寝転がっている間にようやく体力が回復し、冷たい風に火照りを冷やされて動けるようになったのか、パメラは水袋を掴んで一気に飲み、渇きを癒し始める。水を煽る姿もずいぶんと様になってきたものである。


「よーし、休憩は終わったわね。じゃあ起きなさい! さっそくトレーニングの続きをするわよ!」


「は、はい……っ!」


 パメラの声は既にかすれ、今にも倒れそうなほどにふらふらだが、目の光は死んでいない。この苦しい環境を乗り越えようとする強烈な意志の光が見える。なんて強い眼光だろう。思わずタヌライは感動しさせする。


「なんだ、結構余裕ありそうじゃない。じゃあ全速力の走り込み三時間コースよ! 後ろから魔法弾で撃つから死ぬ気で逃げなさい!」


「……はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ——え、なに……?」


「魔力で肉体強化した状態で三時間ずっとダッシュって言ったのよ! パメラはとにかく体力が少ないからね、合わせて強化していくプランでいきましょう。大丈夫、大丈夫。あたしが師匠から受けてた虐待ぎゃくたいもとい修行よりはランクをずっと落としてるから、問題ないはずよ!」


「ほ、本当に問題ないんですかぁっ!?」


「……問題ないかも。わはー」


「わはーじゃなくて!!」


「さー、全速力でダッシュよ! 死ぬ気で走りなさい!」


「あ、待って! なに、そのホウキ!? そんなので飛べるとか今まで見せたこと——きゃぁあああああっ!!」


「あーっはっはっはっは! もっと鼓動を高鳴らせて疾走はしれーっ!!」


「鬼! 悪魔! 魔女ーーーーーっっ!!!」


「そうよ、あたしが魔女の弟子よーっ!!!」


「助けてタヌライぃぃぃっっ!!!!!」


「助けるんじゃないわよタヌライぃぃぃっっ!!!」


「………………」


 閃光と炸裂が加速度的な勢いで遠ざかって行く。友の瞳が涙ぐんで、姉は友の強き意志と覚悟を認め無上の喜びを嚙み締めた笑みを——。


「ほほほーっ! 無防備な獲物を後ろから撃つのってなんか楽しいわ! 楽しいわ!!! 師匠の気持ちが今になってわかったかもー! わははー!」


「シンプルに性格が悪い!!!」


「………………っ」


 いや、擁護ようごするのは無理があった。


 見なかったことにしよう。


 タヌライは頷き、悪魔のような笑みを浮かべる姉と、泣き叫びながら絶望のランニングに繰り出した友を意識の端から追い出し、買い出しに出ることを決めた。


 遠くの方で爆発音が木霊こだまし、色味が真逆の絶叫が二つ飛んできても、タヌライは気にしないことに決めた。


 ——後味が悪いから、せめてパメラが好きそうなものくらいは用意しておこう。


 罪悪感を誤魔化ごまかすように、そんなことを考えながらタヌライは出かける準備に取り掛かった。


        ○


 姉と友人が地獄の鬼ごっこをしているという現実から目を背けてタヌライが向かったのは、村の外れにある畑の方である。


 誰もが知っての通り、雲の上では野菜の栽培が一般的ではある。雲の中に種をばらまき育てていくというのは、農家でなくても耳にすることは人生の中で何度もあるだろう。だが、その中でも特別美味しい野菜が実るパターンを知っているだろうか。この第五層である雲の上の村では、まさにその特別美味しい野菜が実るパターンを引いていたのだ。


 タヌライは背中に大きなカゴを背負い、クレバシが事前に用意していた財布を握りしめながらトコトコと畑の方へと歩いていく。時折遠くから聞こえて来る爆発音と悲鳴が心臓に悪い。どうか仲間だと思われませんように。そんなことを祈りながらフードを深く被り直して、他人のふりをする。村人の迷惑そうな視線など、きっと気のせいだと心の中で呟きながら。


「ごめんくださーい」


「お、探索者のぼっちゃん。あ、いや、お嬢ちゃんだったね。いらっしゃい」


 村を少し離れた所にある畑のど真ん中には、日焼けして、最近白髪が増えたと愚痴をこぼす初老のハイマンのおじさん。彼はタヌライからカゴを受け取ると、「何をご所望で?」と尋ねる。


「とりあえず、いつも通り適当にバランスよく詰め込んでください」


「あいよ。いつもご贔屓ひいき感謝ですよっと」


 タヌライから預かったカゴを持つと、畑の主のおじさんはそれまで自分の身体を寄りかからせていた大きな“それ”に向き直り、よじ登る。


 その巨大な大きさ。雲を突き破って遥か下にまで伸び、上は太陽を目指してどこまで伸びて高さの先がどちらも見えない。複雑に巨大なツルが絡み合い、互いに巻きつき合い、幹のように伸びる巨大な巨大な緑の柱。もうわかったことだろう。


 そう、これこそが、あのジャックツリーである!


 もはや語るまでもないが、語らずには終われない。ジャックツリーとは時々雲の上に生える、豆の木である。巨大なツルが絡み合い、柱のように大地と空を突き刺す豆の木である! これには色んな野菜や果物が実るというのも誰もが知っていることだろう。


 見よ、ツルの中に身を付けるナスを、キャベツを、トマトを。角度を変え、高さを変えて見てみればリンゴに、桃に、ぶどうまで実っている。他にも大根やいちじくなど、種類豊富にたくさん身を付けているではないか。


 さすがジャックツリーであると思わず頷いてしまうことだろう。これほど立派なものは塔の外でだって、雲の王が住まう国くらいにしか見たことは無いはずだ。第五層においての食料自給は鳥釣りだけではない。ジャックツリーから生える野菜と果物も豊富にあり、これがあるからこそ、村も出来たと言っても過言ではない。


「はい、どうもー。いつもあんがとね。今日はお姉さんいないんだね」


「う、うん……まぁね。ありがと、おじさん。はい、お金。財布の中に必要な分だけ入れてるってお姉ちゃんが言ってたから、足りるはずだよ」


「ほほ、相変わらずしっかりしとるお姉さんだ。どれ、ひー、ふー、みー…………うん、しっかり。釣り銭も出る余地ないね。面白みがないお姉さんだ」


「あははは……」


 今まさに遠くで面白いことをしているとはとても言えない。どうか彼の中で姉が面白みのない真面目で勤勉な姿のままでありますように。


「それじゃあ、あとはおまけの卵だね。お嬢ちゃんたちは三人連れだったね、じゃあ三回分」


「わーい」


 そう言っておじさんが取り出したのは、足元でダンスでも踊るように首をカッコンカッコンと前後に揺らす一匹のにわとりである。その子を抱きかかえながらお尻をタヌライの方に向けさせると、タヌライはその子のお尻の下に両手をお椀のようにして広げるのだ。


「よーし、よしよし。ほら、卵を産んであげなさい」


 こけー、と鶏は一鳴きしてから踏ん張ると、ころんと丸っこい卵が一つ。さらにもう一つ。


「わーい、生みたて卵だー」


 タヌライはこの時間が好きだ。この無限に卵を産む鶏は、ここで野菜を購入するとパーティの人数分だけ卵を産んでくれる。少々大きさや形にばらつきがあり、それがなんだかおみくじのようで、タヌライは大好きであった。


 こけー、と大きな声を上げて、鶏がさらに踏ん張る。最後の一個をひりだそうと頑張ってお尻に力を込め、ぷりんとしたお尻から卵の先端が先を覗かせる。


「——あっ」


 微かにそれが見えた時、思わずタヌライはびっくりして声を零してしまった。


 こけーっ!


 鶏が大きな鳴き声と共にひり出した卵が、ころん、とタヌライの手の上に零れる。それまでの卵とは違う、ずしんと来る重さ。明らかにサイズ感に対して、重さの比重が他とは比べ物にならない。いや、重さも他の卵より一回りほど大きいか。何より、ぴかぴかと金色に輝くそれが、一目で異質さを伝えている。


「お? お、おおぉーっ!? す、すごい! 金の卵! 金の卵じゃないか!!」


 おじさんは大声を上げて子供のように目を輝かせ、タヌライも噂だけに聞いていたその金の卵を初めて目にして絶句してしまった。


 金の卵。


 それは無限に卵を産む鶏が、生涯に数回だけ、ランダムに産み落とす幻の純金の卵である。


 どんな餌を与えているとか、若い個体だとか老いた個体だとか、条件は全て謎。ある者は気候や気温が影響しているというが、その仮説をあざ笑うかのように研究者が設けた条件で金の卵が産まれたことはない。


 本当にただただ鶏の気まぐれ。無限に卵を産む鶏が珍しいこと、さらにいつ、どこで、突然現れるかもわからず、人に懐くかも出会ってみなければわからず、仮に懐いても一生金の卵を一つも産むことなく——あるいは既に産み終えた後ということもあってか、この幻の卵は世界的に見ても非常に珍しい特別な宝として、しばしば世界中のおとぎ話にも名前が出て来る伝説中の伝説の卵である。


 それが今、タヌライの手の中に。


「おぉぉぉ……こ、これが金の卵……っ!」


 おじさんは感動に打ち震え、鶏を抱きながらタヌライの手の中にあるそれに見惚れる。


 地上でこれを売れば、数代先まで遊んで暮らせるほどの大金になるだろう。また探索者テイカーや冒険者としてはこれを手に入れたという事実それこそが、とてつもない箔付けとなってその知名度を押し上げること間違いない。


「………」


 なのだが、タヌライは少しばかりがっかりしていた。


 いや、無学のタヌライと言えどもさすがにこれの価値がわからないほどのバカではない。けれど、しかし。


「いやー、素晴らしい物を見せてもらった! ありがとう、お嬢ちゃん。きっとこの金の卵は今日お嬢ちゃんの元に行く運命だったんだろう。卵は手にした人のもの。それが鉄則だ。持って行きなさい」


「は、はぁ……あの、普通の卵とか」


「とんでもない! お嬢ちゃんは三つの卵をもう持っただろう、また明日以降ね」


「…………はい」


 タヌライは、普通の卵が欲しかった。


 この金の卵、純金で出来ているのだから当然切ったところで中まで金がびっしりしてるだけだ。そして卵はパーティの人数以上は絶対にくれないし、鶏もなぜか絶対に産んでくれない。今日の卵、タヌライの分は抜きということになる。


「……そんなぁ」


 金の卵をポケットに忍ばせながら、タヌライは自分だけが食べられないという現実に涙した。姉の分を自分の分ということにしてしまおうか。


 出世欲や金銭欲よりも、圧倒的に食欲が強いタヌライは何とかして自分も卵を食べられないかと、めそめそと泣きながら宿へと戻って行くのであった。

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