第41話:動き出す、もう一つの策謀
時は少しばかり遡る。
それはマルトーの一件が片付き、タヌライとクレバシ、そしてパメラが装備を整えて何度目かの塔へと向かった日のことであった。
意気揚々と大きな荷物を背負い、新たな仲間たちとパーティを組むことが決まった三人は待ち合わせ場所へと向かいながら和やかな空気で歓談を行い、歩調を合わせて歩いていくその後ろで、事件は起きていた。
「あー、くそぉっ!」
地団太を踏みながら悔し気に吠える少女が一人。地面を蹴りつける様は淑女とは程遠く、二つ括りにした黒い髪を左右に揺らしながら、紫色の眼をかっ開き、今にも泣きだしそうなほどに激昂していた。
夜闇を閉じ込めた布で仕立てたような紫色のシャツの上からは、コウモリの翼のような黒い色のケープのようなものが彼女の身体を包む。そして漆黒のスカートからは、夜明け前の空を写したようなタイツが足を包み、石畳を蹴りつける足は黒曜石を思わせる鮮やかな黒のブーツが彼女の足を守っている。
「やめなよ、ロミ」
そんな少女を宥めるのは、黒い笠を被った赤毛の少女だ。鮮やかな翠の瞳を細め、少女をじとりと見つめ。
「みっともないし、はしたないし、見苦しい」
ぼろくそにこき下ろした。
「おだまり! 言い過ぎなのよ、それでも友達なの!?」
当然少女はさらに怒りに火が付いたが、もう赤毛の少女は見向きもしていない。どこ吹く風とばかりに空を仰いで、ロミ——ロミルダの話なんて聞いちゃいない。
「あー、もう! 最悪よっ、最悪よっ! またパーティを追い出されちゃったわ! もう、どうすんのよ! また五層より奥に行けなかった! なんでよぉ!」
「ロミが周りを見ずに暴れるからだと思うよー。人間台風みたいな仲間なんて傍に置いといたら自分たちが危ないし」
「私の実力についてこられないザコどもが悪いのよ!!」
と、ロミルダがとんでもない暴論を吐き捨てた。
「あーん、もう嫌よー! どこ行っても追い出されてばかり! 未だに最高到達点は誰でも行ける第五層まで! 敵はみんなザコばかりなのに、味方もザコばっかり! どこかにいないのー? 私の実力を見抜いて、「一緒に塔の最奥に行こう! 君の力が必要なんだ!」って言ってくれる奴とかさぁ!」
ついには地面に寝そべり、じたばたと暴れ狂う。山のように溜まったストレスが、どうやら彼女を幼児退行させるほどに追い詰めたらしい。
「なんでみんな私を見つけてくれないの!? なんで私の真の実力を見抜いてくれないの!? 私をスカウトしなさいよ! そしたら誰よりも最高の実力を披露してどんな困難だって楽々突破よ! 本当なら毎年、その年のベストオブテイカーの称号は私のものだったはずなのに、誰も私を見つけられないせいで本当の実力を発揮できないじゃない!! もう万年底辺の探索者なんて嫌よぉぉぉぉ……なんで私が自らスカウトされてやっても良いって言ってんのに、声を掛けないのよぉぉぉ……!!」
「……うわ、泣きだした。みっともない」
「ただただ時間を食うだけの、安定が約束されたのらりくらりとした旅ばっかり……そりゃ初めて一層に入った時はワクワクしたし、魔物退治に怯えたりもしたわ。でもそんなのどれだけ前の話なのよ。ずっと評価は上がらない……私自ら高ランクのパーティに加入してやっても良いって持ち掛けてやったのに鼻で笑って相手にしないわ。六層以下で満足するなんて嫌よ。もっと私を評価しなさいよ。私は誰よりもトップに立ちたい。みんなを見下すほどのトップになれる実力があるはずよ……私を見つけない世界が悪いんだわ……だから聖冠も未だに手に入らないのよ……もう終わりだわ。私の人生、こうやって華々しい表舞台に立つことなく、安穏とした安い給料の仕事で終わるんだわ。実家に帰りたい。ママのご飯が食べたい……ザコでも我慢してあげるからパーティから追い出さないで……」
「そうやって他責してるから、追い出されるんじゃねえか?」
「なんですって!?」
あんまりにもな酷い言い草に、一緒に歩いていた狼型のビーストの男がこれまたさらりと酷いことを言い、ロミルダの怒りに更なる燃料が注がれた。
「あんただってお腹を空かせて暴れたじゃない! そうよ、絶対あんたのせいよ! みんなの食料だって食べ尽くすし!」
「オレは腹が減ったら我慢できないのは知ってんだろ!」
「知ってるからなによ、この妖怪メシ食い虫! 残飯まで食う男! 腹空きバーサーカー!!」
「ロミルダてめぇえっ!!」
「なによ、やったろうじゃないのよぉっ!!!」
男が全身の紫の毛を逆立て、爪を伸ばし、牙を剥けば。
ロミルダも怒髪天を衝くと言わんばかりに黒髪を逆立て、拳を握り応戦の構えに出る。
「あー……」
やってられんと言わんばかりに溜め息を吐く赤毛の少女は、ふと何気なく目を辺りに這わせ、それが道端に落ちていることに気づくのだ。
「……?」
それが落ちている先に、談笑している三人が見える。フードの少年か、あるいは少女なのか分からない小さな若者。その左右にはハットを被り、ポンチョを巻き付けた灰色の髪の女。そしてもう一人は大きな緑の外套を纏った金の髪のエルフ。あの一団が落とした物だろうか。
それを拾い上げると、紙の束であることはわかった。ぱっと見は羊皮紙だが、強い魔力が込められている。こんなに強く、繊細に魔力を込めた紙は見たことがない。インクでなぞられた謎の模様から、大事な書類であることはわかるし、このインクにも大量の魔力が込められている。
絶対に風化しないように、絶対にインクが消えないように、特別な施しがされた魔法の紙とインク。
なるほど。これだけでもかなりの値打ちものだ。紙そのものに施された魔術がすごい。魔術方面の好事家が視れば、きっと涎を垂らしてそこそこの金を払ってくれることだろう。
「なにしてんのよ、リタ」
赤毛の少女——リタに向かって、ロミルダは大量のひっかき傷とたんこぶをこさえながら尋ねる。
「あ、ロミ。これ拾ったんだけどさ」
そう言って、リタは拾った紙をロミルダに渡す。
ロミルダはすぐに目を通すと「あー、これ地図ね」とそれを理解した。
「あんた文字読めないもんねぇ」
「まぁね」
「誇るな」
彼女に限ったことではないが、平民以下の多く、いや、貴族でさえも文字を理解できる人はそう多くない。平民以下に至ってはほぼ十割が文字を理解できないと言っても過言ではないだろう。
ロミルダは珍しく、言葉だけでなく文字としても全種族が公用語として使う『共通交易言語』を理解出来ている女であった。地図であることはリタにも理解できたが、何の地図かはさっぱり見当がつかない。
文字とかいうものは、どう見てもリタにはただの模様にしか見えないし、一応その地図が何を目的としたものであるかは大抵見ればわかるが、見たことない地図ではさすがにどこを指しているのかが不明なのだ。一応、文字らしき模様は至る所に細かく書かれているが、やはり読めないリタには謎の地図でしかなかった。
その点ロミルダは便利で良い奴だ。ふんふん、と頷きながらその地図に目を通し、「あー、これ七層の地図なのかー」と早くも解読出来たらしい。え、七層の地図?
「え? な、七層の地図ー?!」
「えぇぇぇーっ?!」
一度は流したロミルダが再度地図を読み直してその価値に気づくと、リタと狼の男も驚きのあまり絶叫してそれを見た。
「お、おい、ロミルダ! マジなのかよ!?」
と慌てて男が吼えると同時に、ロミルダは自分の荷物が入った鞄を漁り、ひっくり返し、いくつもの紙の束を出して『七層の地図』と見比べ始める。それは彼女が何度も塔を攻略するために業者から高額で買った、各層の地図である。
「………っ」
「おい、ロミルダ」
「うっさいわね、ピット! 黙ってなさいよ!」
脂汗を浮かべながら地図を見るロミルダは鬼気迫るものだ。ロミルダにぼこぼこに殴られて大量のたんこぶと目を腫らした狼の男——ピットも思わず言葉を飲み込み、その様を見つめる。
「……いや、せめて家でやらない?」
とは言え、路上で荷物を投げ出し、地図を広げ、地面を這うその姿ははっきり言って仲間だと思われたくないくらいには、リタには周囲の目が痛かった。
けれどロミルダはそんなことを意にも介さず、血走った目で地図を視ているのだからその真剣さは称賛したくなる気持ちと、怖いという気持ちが仲間たちの間でせめぎ合う。
「ほ、本物かも……っ?!」
全ての地図を確認し終えてから、ロミルダは、震える声でそう言った。
「ど、どの地図とも合致しないわ……リタ、これどうしたの!?」
「あの人たちが落とした」
そう言ってリタが指さした先には、もうかなり小さくなった三人組の背が見える。ロミルダとピットも慌ててその姿を見ようとして、目を細めると。
「あー……あれ? あれってクレバシじゃない?」
「クレバシ」
魔力を目に集め、その姿をはっきりとロミルダは捉える。
「そうよ、間違いないわ。あいつトップ探索者のクレバシよ。あの灰色の髪、見覚えがあるわ。金髪のが、最近加入したとかいうやつだったかしら。じゃあ、あのフードのチビがタヌライ?」
「あー、なんだっけ。えっと、ラロ……ラロ……隣にいるのフードの奴は男っぽいし、灰の姉弟だっけ?」
「そんな名前だっけ?」
「いや、横にいるフードの奴は妹だろ。臭いが女だ」
鼻をひくつかせ、ピットは体臭からフードの若者が女だと言い当てる。すると「あー」と二人は納得したように頷いた。
「そうそう、確か灰の姉妹だったわね。クレバシ・ラロイントと、タヌライ・ラロイント」
「ピットのそれ、便利だよね」
ビースト族は全般的に他の種族より嗅覚や視覚が鋭い者が多い。これほどの距離があっても、ピットはクレバシたちの臭いを嗅ぎ分けることが可能なほどに鋭敏であった。のだが。
「けど、なんか妙だな」
「妙って?」
とロミルダが尋ねると、ピットは眉を顰めて腕を組みながら不満そうに零す。
「あの小僧、臭いとか気配とか、全体的にぼやけてやがる。女だってのは判るんだが……」
「……認識阻害系の魔術? でも掛かってる感じしないし」
「ふん、そんなんでオレの鼻が誤魔化せるかよ。魔術じゃねぇな。もっと違う何か……」
さらに眉間の皺を深めながら、ピットは「それによぉ」と零す。
「姉妹っていうが、あいつら臭いが全然違うぜ。普通家族なら同じ臭いが混じるはずだ」
「……確かに、灰の姉妹って言うには目の色も違うし、顔もあまり似てないね。姉妹っていうのはよくある通り名なのかも」
「そんなのどうでもいいでしょ!」
灰の姉妹の妹の方が、何やらおかしいという話はこの際議論すべきことではない。
パチン——。
指を鳴らすとロミルダとピットの傷は癒え、衣服は戻り、たちまち体力も快調に戻る。それほど得意でもない回復術をロミルダが使用するほど、いま彼女の機嫌は最高潮であった。
「ロミ?」
「すぐにあいつらの後を追って出発するわよ! 正直、半分くらいニセモノかと思ったけど落としたのがあの灰の姉妹なら話が変わるわ! あいつらが解散した元パーティは唯一、第七層へと到達したって実績があるもの。だったらこの地図、本物に違いないわ!」
「返さねえのか?」
「おバカ犬! 良いこと、これは神さまが健気に頑張る私を見て与えたチャンスなの。今こそ私がトップ探索者になる時が来たのよ……っ」
「拾ったのわたしなんだけど」
「嗚呼、可哀想な私。今までろくでもない探索者たちと組んでたせいで足を引っ張られ、六層以降へ行けなくて……ううん、ロミルダ。あなたはよく耐えたわ。さぁ、あいつらを尾行して上手いこと六層まで切り抜け、七層から出し抜いて私たちが一番奥へ行くのよ! あっはっはっは! 記録の塗り替えよ! リタ、ちゃんと記録用のメモとインクとペンを用意しておくことね!」
「なぁ、リタ。こいつ一旦ぶっ飛ばしていいか?」
「うざったいのはわかるけど、久しぶりに元気だし、放っておこ」
「さ、準備してさっさと追いかけるわよ! 灰の姉妹! ……と、ザコそうなエルフ! あんたたちは私たちの踏み台になるのだわ、光栄に思いなさい! あーっはっはっはっは!」
「……これ見つかった時、面倒なことになりそうだね」
「だなぁ」
ロミルダの高笑いが街中に響き渡り、リタとピットは呆れながらも荷物を背負い直し、とりあえず探索に向かうための買い出しに向かうことに決めた。
——彼女らとの出会いが後にタヌライたちの命運を大きく左右する、まさに運命の出会いであることを、今はまだ、誰も知らない




