第39話:もふもふでころころ
タヌライが持ち帰ってきた巨大魚は、到底クレバシたちのパーティだけで食べきれるものではなく、かと言ってそれほど日持ちがするものではなかった。仕方なく、無償で他チームにも譲渡する形で切り分けられたが、これにはクレバシは否定的である。
基本的に物々交換が前提として成り立っている塔の探索に於いて、そのルールを壊すような真似をすることはクレバシは望まない。彼女はいい加減に見えて、その場所ごとのルールを順守するタイプであるのだ。
「まぁまぁ、今回は食べきれなくて腐らせるのももったいないしさ」
「うーん……」
と、まだクレバシはしかめっ面である。しかし本当のところ、他の人たちにも食べてもらわなければ無駄にしていた可能性は大いにあるのだから、これが妥当か。ならばせめて、何かの折に自分たちを優先してもらおうと、クレバシが思考を切り替える一方、新鮮な巨大魚の肉にありつけた仲間たちは——特にタヌライは、焼き立ての白身魚を大きな口で頬張り、美味しそうに満面の笑みを浮かべているのだ。なんとも正反対な表情である。
「しかし、これでは食べるのに時間が掛かりそうですねぇ」
と、不満気味に嘆息したのは今回の旅で馬車を出してくれたビースト人の猫人族であるハリュである。
「そんなに急いでるの? 別に魚を食べるくらいだったら、一時間、二時間も到着に影響でないと思うけど」
「ああ、いえいえ。そうではないのです」とハリュは首を横に振る。
「実はですね、最近第一層で長居をするとですね、食料が消えているという事件が起きているのですよ」
「食料が?」とパメラが首をかしげる。
「えぇ。商隊とか、我々のような旅団だとか。区別なく、皆、食料を失くす事件が起きているのです。まぁ、だいぶ少量らしいですが」
「ふーん」とクレバシはあまり興味が無さそうにしながらも。「他のチームがこっそり盗んでるとかじゃないの?」と、返す。
「そう思われていたのですが、どうにもそういうわけじゃ無さそうなのです。ちゃんと食料の見張りも置いていて他の人が来ないことを確認していたのに、気づいたらなくなっているという始末。怖いですにゃ~」
「なんともまぁ。まるでおばけの仕業ね」
大口で魚に被り付いていたから喉にでも引っかかったのか、タヌライが噎せ、げほげほとえづく。ハリュは慌てて背中をさすり、彼の仲間がタヌライに水を差しだした。ごくり、ごくりと水を飲み込み、咳き込みながらも、タヌライは嚥下することに成功する。
「タヌライ、そんなに慌てて食べては行儀が悪いですよ」
「あ、あはは……げほっ、げほっ……ご、ごめん……」
仲間たちはタヌライの様子を笑い、タヌライはばつが悪そうに頬を掻く。
昼食の時間は穏やかに流れ、塩焼きにされた巨大魚もみんなで分け合い、消化されていく。タヌライたちも魚の塩焼きと、トマトスープと、目玉焼きとソーセージを二本ずつと分け合って、和やかに過ごしていた。
「あ。そうだわ」
と、食事中にも拘わらず珍しく席を立ったのはパメラだ。
「どうしたの、パメラ?」と問うと。
「パンを用意していたのを忘れていました。取ってきますね」
と、馬車の方へと向かっていく。
「げっ。あたし、もう食べられないんだけど……」
やったーと仲間たちが喜ぶ中でクレバシだけは眉を顰める。彼女はあまり胃が大きい方ではなく、食事量も少なく、そのくせ酒ばかりはやたらとガバガバ飲むので、付き合いも五年目になったパメラにとっては酒よりも食料を彼女の胃に突っ込んでやりたいところであった。
食器を置き、パメラは自分たちの馬車へと向かう。パンと言っても庶民が食べる雑穀混じりの安いパンだ。堅くて、ぼそぼそして、風味も良くない。それでも塔の中においては貴重な食材である。食べられる時に食べるべきである。
「あら?」
馬車の中に入って、パメラは首をかしげる。入ってすぐのところに用意しておいたパンが、器はそのままに、無くなっているのだ。切り分ける用のナイフは傍にあるのに、バゲットだけがない。
不意に、つい先ほど出たばかりの食料泥棒の話が思い浮かび、嫌な汗が出た。
他のチームを疑いたいわけではない。だが、塔を攻略する者同士のトラブルなど、この五年の中で嫌ほど見た。盗みだって、何十、何百と見たかわからない。
やはり、誰かが盗んでいったのか。
嫌な気持ちになりながら、仲間たちに警戒を呼び掛けなければいけないその息苦しさを耐え、とりあえず戻ろうと馬車の外に出て。
「……え?」
——そいつは、突然姿を現した。
向こうも、え? とでも言いたげに振り返り、固まった。
その奇妙な姿、何と言うのだろうか。
まず、全身が白い。真っ白である。そしてずんぐりむっくりとした、丸い体。物を詰めた革袋のような、丸くて細長くて不格好な尻尾が生えている。尻尾の先は黒く、そして目元にもマスクのような黒い模様が入っている。
その表情。
なんだか、マヌケだ。何も考えていないようにぼーっとした顔つきであり、頭の上に生えた丸い耳が似つかわしいほどに、顔も丸々としている。
短い手足でよちよちと歩いていたのだろう。口元にはパメラが用意していたバゲット。それがパメラと目が合った瞬間、硬直のち、ぽとっと口元から落ちた。びっくりしたのだろうか。
「……い、犬?」
見たことがない生物だ。白くて、尻尾が細長くて、でも先端の方は膨れている。顔の模様がマスクのように黒い、全身が白い犬なんて見たことがない。でも、どの動物に一番近いかと言われたら、犬かもしれない。
その犬——らしきものは、しばしパメラと見つめ合うと、何も考えて無さそうな、ぼーっとした顔のまま再びバゲットを口で拾い上げ、何事もなかったかのようにとっとこと歩いて去って行く。口元にバゲットを加えたまま、のんびりと、そんなに早くない足取りで、とことこと川辺の方へと去って行った。
全身がまっしろで、もふもふとしていて、ころころとした身体の動物なのか魔物なのかわからぬ、未知の生物。
「な、なんなの……あれ……」
初めて出会う衝撃に、パメラはショックで動けなかった。
○
「あ、俺の食料が減ってる!?」
「うちのもだ!? おい、誰が盗りやがった!」
程なくして、そんな激昂の声が聞こえてきて、パメラは我に返った。慌てて戻ると、「あれ、パメラ遅かったね」とタヌライは呑気な声。どうやら各所でも食料の盗難騒ぎがあり、多少揉めているようだ。
「いやー、今回も発生しましたねぇ、食料泥棒。いったい何なのやら」
ソーセージを口に含みながらハリュは大きな溜め息だが、パメラはそれどころではない。
「あ、あのあの、あの……っ! い、犬! 犬が……っ」
「はぁ? 犬? って言うかパンは?」
「あの、白い犬が、いえ、犬じゃないのかもしれませんが、なんていうの? あのもふもふでころころの! 持って行って、パンを、変な動物が……っ!」
「あー、はいはい。とりあえず落ち着きなさいな。ほら、水飲む?」
「飲みます!」
水筒を渡してやると、パメラは慌てて水を飲み、ごく、ごく、と喉を鳴らして嚥下する。その間にも仲間たちはマイペースに食事を飲み込んでいるが、水を飲み終えたパメラは落ち着きを取り戻したのか、大きな声で叫んだのだ。
「食料泥棒がいました! 白い犬みたいなのが、私たちのパンを加えてあっちの方へ走って行ったんです!」
パメラが発した叫びはすぐにその場にいた他の探索者たちの気を引くものであった。彼女が指さしたのは、河原の方面。パメラが突然大声を出したことに驚いたのか、タヌライは再び咳き込んだ。
「なに、白い犬?」
「そ、そうです。見たこともない、丸っこくて、白っぽい、犬じゃないんですけど、それしか近い生き物が思い浮かばなくて……」
「そいつがあたしたちの食料を持って行ったってこと?」
「はい。きっと、皆さんの食料もその生き物が原因ではないでしょうか」
ふーむ、とクレバシは顎に手を当てて考えるそぶりを見せ、他の旅人たちも皆、白い犬について思案し始める。犬型の魔物など、ありふれたものだ。白いものなどそれこそ掃いて捨てるほどにいる。
「パメラがどんなのを見たのか知らないけど、まぁ一応調べに行く?」
「えぇ、行ってみましょう。今後ここを通る人たちのためにもなるかもしれません」
「俺たちも行くぞ!」
「食料を盗られてそのままでいられるか!」
「ぼくたちも行きますにゃー」
探索者たちは次々と腰を上げて士気を高める。未知のモンスターか、はたまた取るに足らない動物か。相手は未知数であったが、塔の中において食料を奪われるというのは最も死に直結する行為である。捨て置くことは出来ない。
「あ、あのー……」
皆のやる気が高まり、珍しく姉のクレバシまで調査する気でいる中、タヌライは控えめに声をかけるので、誰もが不思議そうに小首を傾げた。
「あのさ、そのー……犬? って結構小さいんでしょ? パメラの話を聞く限り、パンを一個咥えて、引きずる程度の。だったら、たぶん放っておいても害は少ないんじゃないかなぁ……なーんて。あはは……」
「………」
「せいぜい、野菜一個とか、ベーコンの一つとか、その程度しか一回に運べないと思うし、どんな魔物か動物なのかもわからないのに、わざわざ小さなロスのために危険を冒すのもどうかなって、ボクは思うんだけど……」
「行くぞー!!」
「うおおおおおおお!!!!!」
「ああ、待って!! 待ってみんな!!!」
タヌライの言葉など誰も耳を貸しはしない。雄叫びを上げて走り去って行く一団を、タヌライは残った食料をまとめて口の中に放り込んでから、慌ててみんなの後を追い始めた。
○
結果から言うと、彼らは全滅する。
タヌライの言葉に耳を貸し、ここで大人しくしていれば余計な被害を防げただろう。
タヌライの静止は、正しかったのだ。
今日は21時にもう一本更新します




