第37話:さらなる挑戦へ
「すごいよ、パメラ!」
ふらつき、倒れそうな身体を支えてくれたのはタヌライだ。肩を貸し、成果をねぎらい、携帯用の水筒を手渡してくれる。
からからだった喉は一刻も早い水分補給を求めていた。バリアを張って守ってはいたが、高熱高温の炎に包まれた時は目も痛かったし、喉もひりひりしていたのだ。ありがたく受け取り、品が無いと分かってはいても、ごくごくと煽り飲むことを止められない。
ひんやりと冷たい水が口の中に入った瞬間、ひりついていた口の中が急速に冷やされ、喉の奥が早く来い、早く来い、と急かしているのを感じる。どばどばと溢れる水が喉の奥へと流されるや、なんとも言えない甘露さが口いっぱい、いや、脳一杯にまで広がり、言いようのない幸福感が満たした。水はさらに奥へ、食堂を駆け抜け、胃の腑へと落ち、火照りに火照った身体の中を満たし、一気に温度を下げていく。
「ぷはっ」
息をするのも忘れ、ごくごくと水を飲み続けていても、さすがに息苦しさが阻んだ。乾いた身体で一気に飲んだせいか、突然の水の補給にむせ返る。よしよし、とタヌライが背を撫でてくれて、少し落ち着いた。それでもまだ身体は水を求めており、残りの水を一気に飲み干す。
「五年の間に、貴女も豪快になったわねぇ」
そんなことをクレバシが言うが、頭に入らない。なにせ頭の方も熱に浮かされて、考えがまとまらないのだ。顔は真っ赤になり、口端からは水が垂れ、なんともはしたない。それでも、彼女が全力全霊を尽くした確かな証拠は、その体を包む疲労感が教えてくれていた。
「少し休んでなさい。タヌ、傍についていてあげて」
「うん、わかった」
言い残すと、クレバシは辺りを見回し、何かを拾い上げ、そして森の外へと向かっていく。それを見届けてから、タヌライはパメラを座らせ、自身も胡坐を掻くと、足の上にパメラの頭を乗せて横にさせた。膝枕、というには少し男らしすぎるだろうか。
「……ありがとう、ございます」
「いいよ、いいよ。気にせずしっかり休んで」
「……はい」
いつもならば遠慮したりする余裕くらいはあるのだが、今のパメラには指一本動かすことさえ億劫であった。倦怠感と疲労感、身体の節々に走る熱い痛み。タヌライがパメラの頭に手を乗せると、それらが和らぐ。“気”という生命力を操作する技術だ。タヌライは自身の気をパメラに分け与え、回復術を使う余裕のないパメラの身体を癒してくれている。ゆっくりと、指の先がじんわりと温かく、くすぐったく、ぴりりと電気が走るような感覚を覚えた。
「少し休んでなよ。あとで起こすから」
「はい……」
身体中の痛みが和らいで、強烈な眠気が襲う。タヌライの言葉に甘え、今はしばし、目を閉じ、優しいまどろみに身体を預け、舟を漕いだ。
数舜して、すぅ、すぅ、と小さな寝息が夜虫の鳴き声に混ざってタヌライの耳に届く。
「本当に、お疲れ様」
再度、ねぎらいながら、タヌライはパメラの頭を撫でた。
○
クレバシが戻ってくるのはそれほど長い時間を要しなかった。パメラが眠ってから十分程度だろうか。先ほど拾った袋を手に引っ提げている以外は特に変わった様子もない。
「おかえり、クレバシ。どうだった?」
「ただいま、タヌ。残念ながら、何の情報も無かったわね」
「そっか」
クレバシが向かったのは、マルトーが潜伏していた牛舎跡であった。彼が何某かの証拠を残していないかと調査に赴いたが、どうやらなにも見つけられなかったようだ。クレバシが調査に行ってなにも見つけられないなら、本当に何もないのだろう。
「必要最低限の生活雑貨と、わずかな水と食料だけね。商売が終わったら速攻でズラかるつもりだったんでしょう。まったく、可愛げが無いわ」
「んー……じゃあ、今回のことは……」
「公にしようがないし、法でどうこうも出来ないわね。唯一の繋がりだったこの男自身は、パメラが消し飛ばしちゃったし、仮に生きていても、なんだっけ、エンリオーネ男爵とロックバック公爵? 絶対にとぼけたでしょう」
「やだねー、権力ってやつだ」
「それを好き勝手出来るのが、権力者ってやつよ。はー、生き汚い」
「パメラは良い人だよ」
「知ってる」
さ、帰りましょう。と、もはやここに残る意味はないという判断をクレバシは下す。眠っているパメラはクレバシが抱き抱え、タヌライは木の葉を出し、巨大化させた。それに乗って、三人で街へと帰るのだ。
「でも、残念だね。こんな怪しい薬のこと、何も掴めずなんて」
ふわり、と木の葉が浮き上がり、風に乗って飛翔する。木の葉は樹々よりも高く、見下ろす村が小さくなるほどに空へと昇り、山を越えられるほどの高さまで昇ると、南東の空へと向かって動き出した。
「そうでもないわよ」
「……?」
「にひひひっ」
「——あっ」
じゃら、っと大きな音がする革袋。そこには大量の金が限界まで詰め込まれ、その量はとんでもない価格であることは事前にわかっている。
「く、クレバシ、まさか……っ!?」
「いやー、まいったわねー。今回は何も事件が起きてないから捕らえるべき犯人はいないし、それに繋がる貴族たちや商人の暗躍もわからないわねー。あらー、これ何かしら。落ちてたっぽいわねー」
「……っ! き、汚い……っ!」
「効率的とおっしゃい。実際、法的にはこの金銭は所有者不在の謎の落とし物よ。ええ、だって出資者がいないでしょうから」
「パメラが納得する……?」
「納得する前に使っちゃえばいいのよ。さ、失った稼ぎは取り戻したわ! 塔に行く準備をするわよ、タヌライ!」
「……な、納得できなーい!」
「ほほほほほっ!」
○
拝啓、お父様。
そんな見出しから始まった手紙は、パメラが定期的に故郷へと送るものであった。塔の探索に行く前、そして塔から帰還した後、必ずパメラは故郷に手紙を送ることにしている。
故郷の様子、父母の安否、そして弟テットの心情。実家から届く手紙を読むのは、この街に戻ってきた時の数少ない楽しみであった。本来ならばこれの返事に、数々の冒険譚をパメラは書いて送り返すのだが、今回ばかりはそうはいかない。
騎士マルトーの裏切りと、今回裏で流通していた魔薬。海賊が陸路を通じて交易していたこと、そしてマルトーが仕えるエンリオーネ男爵家、そしてエンリオーネ家が仕えるロックバック公爵の不穏。
父は聡く、またパメラよりよほど多くの情報に精通し、各地の部下から得られる情報も多いだろう。パメラは見聞きしたことを一切虚飾することなく、ありのままに書き、判断は父にゆだねることにした。
父、エルドのことだ。きっと、ある程度は情報を掴んでいるとは思うが、これが少しは援助になれば良いとパメラは考える。
しかし、一体故郷では何が起きているのか。裏ではどんな暗躍が行われているのか、パメラには見当がつかない。ただ、故郷を、大自然を殺す魔薬が出回っていることは事実。そしてマルトーの反応から、それが後ろめたく、とても公言できるものではないということも確かに。
「……ロックバック家が犯人?」
故郷の大飢饉の正体を考えるには、少々安直すぎるだろうか。同じエルフの貴族、それも七大公が自国を追い詰める理由も分からない。
「……いえ。私が考えるべきことではないわね」
頭を振り、パメラは考えを捨てた。今自分がやるべきことは、塔の攻略、そして聖冠を持ち帰ることだけである。
——コンコン。
そんなことを考えていると、戸口がノックされた。
パメラは急いで手紙を締め括り、封筒に入れ、用意していた荷物に手を掛ける。
小剣を腰に佩き、矢筒を後ろ腰に下げ、大きなリュックサックを背負い、片手に弓を持って外へと出る。するとそこには仲間たちが同じように荷物を背負い、パメラを待っていたのだ。
「おはよう、パメラ」
「おはようございます、タヌライ、クレバシ」
「ん。おはよー」
鍵を閉め、道中で郵便屋に寄ることを伝えて、三人は歩を進める。
「それじゃあ、塔の攻略、再開だー!」
「おー!」
タヌライの号令に合わせて手を振り上げ、再び、三人の塔の攻略が始まるのであった。




