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ダンジョンタウン  作者: 京海道
第四章:五度目の夏
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第36話:月天の星弓、魔炎を穿つ

 悪魔の身体から吹きあがる炎は、泥さえも燃え上がらせ、湿気を含んだ落ち葉さえ燃やしていく。落ち葉と泥水を伝って広がる炎の水たまりはまばたきをする間にもどんどんと広がり、木々を鮮やかな朱に染め、枝葉にまで燃え移り、目が痛くなるほどに爛々《らんらん》と輝く。


「まずいわね」


 これ以上、炎が燃え移れば森全体が焼かれ、近隣の村と、この森に住む生き物たちに大きな影響を与えかねない。クレバシは即座に結界を張り、一定の区画だけを光のおりに中に押しとどめ、炎の侵略が広がることを防いだ。こうなればもう、炎が外に移ることは無い。


「パメラ」


「ええ、わかっています。ありがとう、クレバシ」


 しかし、それは広がるはずだった熱をクレバシが張った結界の範囲内にだけに押しとどめるということ。外に漏れ出るはずだった豪熱が螺旋らせんを描いて渦を巻き、立っているだけで体力を奪い、目を開いているだけで痛み、視覚を奪う。


「パメラ! く、クレバシ…‥ボクたちも加勢したほうがいいんじゃ!?」


「あの子が自分でやるって決めたのよ、手出しは無用」


「……うぅっ」


 パメラの戦いの邪魔にならないよう、クレバシによって結界は外から張られた。言い換えれば、パメラだけが炎の中に取り残されたということだ。行き場を失った炎は、中にいるモノを次々と焼き払い、その魔の手は、ついにパメラへと伸びる。


「——参ります」


 パチリと、枝葉の灰が弾けた。


 刹那、炎の海を一足で突っ切ったパメラが放った斬撃の閃光が、悪魔を幾度も切り裂く——が、手ごたえはない。刃は炎をすり抜け、むしろすれ違い様に炎がムチのようにしなって多方面から襲い掛かる。


 パメラは跳び退すさり、打ち払い、炎の海を走り抜け、魔力を込めた剣で斬り捨てる。


 炎の悪魔は姿を変え、木々の炎に、泥沼の炎に、枯葉の炎に、乗り移る。牙を剥き、爪を立て、至る所からパメラを捉えようと襲い掛かるが、パメラの白刃はそのことごとくを斬り伏せる。


 風を伝って遅い来るなら、風ごと炎を断ち切り、地面から火柱をあげて掴み掛ろうとするならば、地面に刃を突き立てて霧散させる。炎の落ち葉となって降り注ぐのなら、その一切を切り落として払い、燃える樹木が倒れて来るならば、一刀両断、樹木ごと真っ二つに切り裂く。


 だが——。


「く、クレバシ、あんなんじゃまずいよ……っ」


「そうね」


「そうね、って……!」


 パメラの体捌きは見事だ。次々と襲い来る炎をかわしては反撃を見舞い、炎が波のように襲い掛かれば、それを突き破ってダメージは最小限に抑える。


 踊るようにステップを踏み、風のようにしなやかに躱し、激流のように鋭く打ち抜く。パメラの成長は、タヌライの目から見ても立派だった。五年前とは比べ物にならないほどに。


 だが、現状は勝機もない。パメラは実態を持たない相手との戦いの経験が少なかった。そういった相手は、タヌライやクレバシが積極的に相手取り、パメラは仲間の魂を抜かれないように補助に回ってもらうことが多かったからだ。それが裏目に出たかと、タヌライは舌打ちする。


「落ち着きなさい、タヌ」


「クレバシ、心配じゃないの? パメラはサポートの方が得意なんだ、このままじゃじり貧だよ」


 今にも加勢に向かいそうなタヌライの肩を掴みながら、クレバシは傍観ぼうかんする。


 炎は嵐になり、渦巻く風がパメラを飲み込む。空気は灰を焼くほどに高温へと高まっている。吹き出た汗は、その瞬間に蒸発し、パメラはもはや汗を掻くことさえ出来ない。目を焼かれ、灰を焼かれ、胃のを焼かれ、手足を焼かれ、なおも勢いを増す炎は留まることを知らない。


 熱のドームはついに中に閉じ込められた樹々を燃やし尽くし、灰に変え、その灰が炎と混ざり合って悪魔が生まれた。


「それが……貴方のみにくい本性というわけですかっ」


 炎は人の形を保とうとしているが、しかしすぐに崩れ、また人の形を保とうとして、いびつな姿へと変える。背部から吹きあがる炎はまるで翼のようだ。まさに悪魔と呼ぶに相応しい。


 悪魔の腕が伸びてパメラを握り潰そうとするが、軽快な動きで切り落とすと同時に疾駆しっくし、パメラは一気に距離を詰めようとする。口から吐いた炎が迎撃しようとするが、ひらりと躱し、頭からばっさりと切り落とした。だが、炎はすぐに悪魔の姿を取り戻し、いや、それだけではない。切り裂かれた炎は二つに分かれ、悪魔は増殖する。


「まずいっ。パメラ!」


 結界の外から届くタヌライの声は焦りが強くなっている。タヌライの言いたいことは解っている。このままでは、追い込まれてしまうと。


 決して広いとは言えない結界の中で、炎の悪魔はさらに数を増やし続ける。二匹が四匹に、四匹が八匹に、八匹が十六匹に……それに伴って、炎のドームも熱を高め続ける。長期戦を続けていては、パメラが先に倒れるだろう。


 クレバシが結界の中に悪魔を閉じ込めた時、熱を遮断しゃだんするためのバリアも張ったが、こうも決定打を与えられずに体力の低下が続けば、いずれこのバリアを張る体力も消えてしまう。


 だが敵は、数を増すばかりだ。


 この場所を埋め尽くさんとするほどの大群になり、パメラが足の踏み場を失くすほどに数を増す。それでも炎の中を突っ切りながら斬り伏せ、炎を躱し、耐え、防ぎ、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って——斬り続ける。


 斬り落とされた炎はまた次の悪魔を産み、数え切れぬほどの悪魔は一斉に炎を吐く。もはや泥も乾燥し、ぬめりが無くなった地面を蹴りつけながら走り、樹木から生えた炎の腕を振り払い、地面から飛び出した火の腕が足を掴んで転びそうになるも、魔法で消し飛ばす。


 それでは。


 嗚呼、それでは。


「パメラぁッ!」


 動きを止めたそのわずかな瞬間を狙われる。ほんの少し、蹴躓つまずきそうになったその一瞬を、狙っていた。もはや結界の中を埋め尽くし、僅かな隙間さえないほどの悪魔たちが一斉に放つ、炎の弾丸。もはや地上に逃げ場無し。


「くっ」


 ならば、と。パメラは炎が届く、その瞬間に跳躍した。樹々よりも高く、月光を浴びるほどに高く。だがそれは、悪魔にとって狙い目である。


「——っ」


 地面を覆いつくした悪魔たちの両腕は空へと向かった。手の平から膨れ上がった熱は互いに混ざり合い、溶け合い、光の大玉へと変わる。その様はさながら、大地に墜ちた太陽である。もはや結界さえ破りかねないほどの強烈な熱が膨れ上がり、逃げ場のないパメラを襲おうと、燃え上がった。


「クレバシ、結界を消して! ボクがいく!」


「………」


「クレバシっ!!」


 渦巻くエネルギーはもはや抑える術はない。“《《悪魔たちを形成するエネルギーの全てが集い、今、パメラを貫かんと一つになったのだ》》”。


「それを待っていました! クレバシ!!」


 その瞬間、パメラの上にあった結界が壊れた。結界よりも高く飛び、月光を全身に浴びる。


 銀麗ぎんれいの星、群青ぐんじょうの空、大地を映すは黄金の月。パメラはそれらを手の中に収めて矢を創り、背に負った弓を構え、夜の星と月で練り上げた魔法の矢をつがえ、大地に墜ちた太陽へと目掛ける。


「せっかくバラバラに散らばった貴方の魂も、一つになっては最早逃げ場ありません!」


 弓を引き、身体をじり、矢を限界まで引き、つるが悲鳴を上げるほどに引き絞り、穿つは大地の太陽。空へと登ろうとする小さな太陽を、パメラは狙い撃つ。


「マルトー、覚悟ぉぉぉっ!!!」


 地上から炎の柱が飛び出すと同時に、銀色の矢が空から放たれた。


 銀の矢は炎の柱を裂き、その矢じりに触れた炎は星のように儚い煌めきへと変わって霧散していく。ぐんぐんと炎を貫いていく矢を止める術などない。なぜなら、この最大最強の一撃を放ってなお、パメラの矢はものともせずに進み、結界に囲まれた悪魔たちに逃げ場などないのだ。


 追い込まれていたのは、パメラではない。悪魔だ!


「跡形もなく消えなさいッ!」


 大地に矢が突き刺さると同時に、光の柱が立ち上った。柱は結界の中全てを満たし、強烈な衝撃と輝きを以てその中に充満していた悪魔たちの魂を木っ端みじんに、一切合切を消し飛ばしていく。わずかな魂など残る余地もなく、魔法矢は何もかもを無に戻す。炎は星の光を放ち、魂は解き放たれ、月の昇る空へと還る。


 空へと昇る光の柱が消えた時、蛍のような儚い光が散ると、ようやく衝撃は治まった。宙空から地面を睨みつけるパメラは、そこに悪魔の魂が一切残っていないことを認めると、ようやく一息を吐く。やっと、戦いが終わったのだ。


「パメラ!」


 ゆっくりと地面へと降りていくと、タヌライが大きく手を振り、クレバシが親指を立て、よくやったと目で告げる。パメラも、へとへとの身体を頑張って動かしながら、ピースポーズを作って二人に返した。


 身体は既に疲労困憊であった。


 頭は熱に浮かされて視界はぼやけ、足を一歩前に進めるだけでも辛く、今にも頽れてしまいそうである。弓を持つ手は、もう手離してしまえ、と悲鳴を上げて、呼気は荒く、水を欲している。


 どうしようもないほどの大苦戦。ましてや、自らが前線に立って戦う機会などそうそうなかったパメラにとっては、最初から最後まで全て自分でこなす戦いは、振り返ればこの五年の間でも初めてだったかもしれない。


 タヌライのように豪快ではなく、クレバシのように鮮やかな勝利とは、いかなかった。


 それでも。


 嗚呼、それでも。


「よくやったじゃない。上出来よ」


「……はいっ」


 この胸を満たす充足感。これこそが、勝利の余韻であると。パメラは今、生まれて初めて感

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