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ダンジョンタウン  作者: 京海道
第四章:五度目の夏
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第32話:舞い込む波乱【挿絵付き】

「そんじゃま、さっさと着替えて帰りましょうか」


 給金を受け取ったクレバシの言葉にタヌライとパメラが頷く一方、店内にいる男たちからは露骨ろこつに落胆の声が零れるのが聞こえる。中にはわざとらしく大きな溜め息を吐く者もいたが、そんなことは知ったことかと言わんばかりに、三人は歩を進めた。


「あぁ……パメラちゃーん、また来てくれるよねぇ?」と、恰幅かっぷくの良い男性が名残惜しそうに口を開けば。


「もし来たとしても、お触りしようとするような殿方の席には参りません」と、ぴしゃりと言い切り、男はがっくりと肩を落として机に突っ伏す。


 それをげらげらと笑いながら、一方では「タヌライちゃーん、また給仕してねー」「なるべくしたくないよー」というやりとりもあれば。「クレバシ様ー、冷たい目で見てー!」「冷たい目ってムズいわね。あーこんな感じ?」「きゃー!」という紳士さの欠片もない言葉を投げかけられて、げんなりともする。


 そうして三人の女は足早に店を出ようとして——突如飛び込んできた少年に突き飛ばされ、クレバシが尻もちをついた。


「クレバシ、大丈夫?!」


 慌ててタヌライが姉に駆け寄り、パメラは駆け込んで来た少年に声をかける。


「大丈夫ですか。走ってお店に入って来てはいけませんよ」


「いつつ……」


 少年はまだ随分と若い。身体が小さく、手足も丸っこい。二十にも満たないと思われる小さな体は大人用の服をまとい、ぶかぶかな丈は縛って無理やり服にして身に着けている。


 丸い耳はハイマンの証拠だ。黒い瞳に黒い髪、そして乱暴に巻いたターバンは、ハイマンの国の中でも北西の山岳地帯の遊牧民族が身に着けるものである。


「あっ、あっ……」


 少年は自身の手を見るや途端に蒼褪あおざめ、慌てて辺りを見回すと、ふと転がり落ちている麻の小さな袋を見つけて安堵あんどした表情を浮かべ、急いで拾い上げた。


「あ! こら、待て!」


 しかしそれはクレバシたちの給金が入った財布であるのだ。しかし少年は何を勘違いしたのか、それをさも自分の物だと言わんばかりにひったくると、急いで走りだそうとする。


「待てっつってんでしょ!」


 だがそれを許すクレバシではない。駆け出し始めた少年の足を引っかけて転倒させ、奪い去ろうとする財布を取り返し、ついでに首根っこを掴んで捕まえる。子どもにやる所業ではない大人げなさに、タヌライは呆れ顔だ。


「わぁっ。離せ、離してっ!」


「このスリガキめ、その手癖の悪さはろくな大人に育たないわよ」


「うわぁ、碌な大人じゃない人が説教してるぅ」


「タヌ、余計なこと言わないの! とりあえず、ごめんなさいの一言でも聞きださないことには」


 言いかけたその瞬間、木戸を蹴飛ばして怒鳴り声を上げながら武器を持った数人の男たちが入り込んでくる。


「どこだ、クソガキぃっ!」


 怒気を孕んだ声を荒げるその男たちは、声色に反し、ひどく焦ったような顔色である。玉のような汗を浮かべながら、呼気を乱し、そしてようやく見つけたと言いたげにひくついた笑みを浮かべて、クレバシが捕えている少年を見つめるのだ。


「ひひっ……て、手間を掛けさせやがって…‥おい、女。大人しくガキを寄越せ」


「……お願いします、って態度でもないわね。たかが子供一人に大の大人が十人近く。なに、この子って売り物?」


「そいつは、オレたちの大事な貨物を奪った盗人だ……理由は十分だろ、ガキごとバラされたくなかったら、とっとと寄越せぇ!」


「………」


 尋常ではない様子だ。


 目は血走り、腕は震え、口の端からはよだれこぼれている。正常な状態とは言い難く、精神が錯乱状態に陥っている。子供が商品を盗んだ程度で見せるような激昂げきこうぶりではない。パメラはタヌライ、クレバシと目配せを交わし、この場を収める方向に切り替える。何より怯える子ども一人を見捨るのは良い気分がしない。


「商品を盗んだ、というのでしたらこの場は私たちが支払いましょう。どうかそれで事を収めて頂けないでしょうか」


「あぁっ!? そんな話してねぇんだよ、とっととガキを渡せっ!」


 一応の対話を望んでみたが、切羽詰まった様子は言葉を交わすほどに重症化していく。目の焦点はどこにあるかもわからず、ナイフを握る手も震えていて、それでも少年が持ち出したという商品に関する執着だけは陰りが見えない。


 不気味である。


「女ぁッ! 邪魔をすんなら、まずテメェからでもいいんだぞ……っ!」


 噛みしめた歯の奥からは、だ液が零れる。臭い。黄ばんだ歯は何日も磨かれた様子が無く、歯を強く噛み合わせた時に歯ぐきから微かに出血して唾と混ざり、口の端から零れる。それが顔をしかめたくなるほどの悪臭を放って不快であった。


 ボロのような衣服からは微かにしおの香りがする。それに皮膚には赤い斑点はんてん蕁麻疹じんましん。どの男たちにも共通した特徴で、全体的に倦怠感けんたいかんを漂わせる。これは、海上がりの男の特徴だ。彼らは海からやってきたのか。


 パメラは思い出す。


 今現在、このダンジョンタウンはハイマンの大陸の中でも南西寄りの荒野に位置しているが、数キロ南に下った場所には海へと繋がる大運河が存在する。彼らは海から昇ってきて、そこからダンジョンタウンに訪れたのだろう。


 なぜ海の男たちがこんなところに。


大運河から伸びる海域は、ここからだとビースト人の治める南のヴァルハイン王国か、西のエルフ人が治めるフランカ王国へとまず通じる。だが交易を目的とするのならば、海から運河を上がってくる必要はなく、海洋に面した港で商売のやり取りは行われるし、わざわざダンジョンタウンへと北上してくるのは元から港に根を張る商人たちである。わざわざ直接、海を渡ってきた男たちが北上してくる理由はないはずだ。


 ましてや、子供一人を追い掛けて。


「こんな大人数で子どもを追い掛けてまで取り返したい商品とはなんですか。購入の交渉に応じる余地もなく、それどころか、こんな小さな子が持ちだせる程度の物などたかがしれているでしょう」


 ならば可能性が複数思い浮かぶ。


「……女。頭がちっとばかり働くようだが、そこから先は慎重に言葉を選んで口に出せ。でないと、明日からここはスプラッターハウスになっちまうぜ」


「まぁ、それは面白そうですね。貴方方あなたがたがプリズンブレイクできるのなら、物見遊山ものみゆさんに来られるかもしれませんが」


「………」


「………」


 男たちの眼が急激に冷えていく。先ほどまでのみすぼらしさや焦りが抜け、鉄のように冷たく、氷のように鋭く、戦い慣れている男の顔が、そこにある。


 武器を持つ手は既に震えてなどいない。僅かな呼気の乱れも無く、獲物を狩る獣の眼をしている。彼らの中で連携の手はずは整っているのか。じり、じり、と入口から次々とコーヒーハウスに入ってきた男たちが円を描くようにパメラ達を囲い、睨む。


 客たちには悪いことをした。いや、こちらも巻き込まれただけなので、文句は言いたいのも同じなのだが。息を殺し、我関せずと目を反らす者。拳を握り義憤ぎふんに駆られて立ち上がろうとするが、勇気が振り出せず立ち上がれない者。祈るように手を組んで、見守る者。


 それでいい。下手に助けようなどと動かれても困る。パメラ達だって、予期せぬ動きをされると守れるものも守れなくなる。


 だから、男たちのターゲットは今、自分一人に向かっている方が良い。


「例えば」


 パメラが口を開くと、男たちが身構える。余計なことを言うと首をねるぞと、言わんばかりに。


 それに対し、パメラは背を向ける。緊張など見せず、優雅に歩き、入り口に背を向けて、カウンター奥にいる店長へと目を向ける。視線がぶつかった。店長の怯えが伝わる。本当に申し訳ない。けれど、少しだけ、協力してほしい。


 パメラは目線を、そっと左に逸らした。


「例えば、そう」


 店長のはっとした表情に、パメラはほほ笑む。そして口元に指を当て、三本の指を立てる。


 二本。


 一本。


 少しずつ、減らして。


「違法性のある商品を、こっそり運んでいるとか」


 途端、男たちは風のような速さで、一切の無駄のない殺しの一手をパメラに向かって放つ。刃が煌めいたその瞬間にはナイフがパメラの首筋に、背に、頭に、足に、腕に、同時に迫る。


「パメラちゃんっ!」


 それらが、すり抜けた。いや、違う、空振ったのだ。


 パメラは男たちの襲撃に合わせて前に飛び込むや、カウンターを蹴った反動で逆に飛び掛かり、正面の男の顔面に強烈な蹴りを浴びせる。


「店長さん!」


 合図と同時に店長が投げ込んだのは掃除用のモップだ。宙で受け取ると同時に、タヌライが客席を守りに、クレバシが子供を抱えて窓際まで下がり、客たちを机の下に隠れるように指示する。


 一方、外に控えていた男たちが飛び込んで来た。五人だ。まだ五人も外にいた。殺しの眼で冷静に、前後から刃の壁が迫り来る。


 だが、それがどうした。


 パメラの振るうモップが前後の敵を同時に弾く。柄の先、ブラシの先、それらを最小限の動きで振るいながら、相手の手の甲を叩き、微かな痛みでしびれさせて武器を落とさせる。


 前の手を弾いては、後ろの手をブラシで叩き、また前の武器を弾いては、後ろの手首を毛先で引っ掻く。


 それでもなお飛び掛かってくる相手はのどを突き、顔の側方を叩き、蹴りを見舞い、柄の先で殴る。倒れた。だが、倒しきれない。ならばとパメラは杖を突いて飛び上がり、後方に宙返りをする。敵は全て正面に並んだ。これならまとめて叩きのめせる。


「やあぁっ!」


 雄たけびを上げ、男たちの構える中に突っ込む。


 叩きおろし、剣の一撃を避け、懐に潜り、足払いを仕掛け、強烈に突き上げ、丸太のような腕を避け、みぞおちを突き、胸板を叩き、太い足を蹴り返し、避け、叩き、叩き、叩き、叩き、叩いて、叩きのめす!


 獲物が一閃されると、一度に二人も三人もと吹き飛ぶ。パメラという風が通り抜けるだけで、何人もの男が宙に舞って外へと押し飛ばされる。それでも抵抗しようとする男はしかし、パメラを捉えることが出来ない。一の拳を放つ間に、十も二十も反撃が飛んでくるのだ。


 瞬く間に男たちは数を減らす。数が減るごとにパメラの動きはより機敏きびんに、よりはやく、より鋭く、風のように捉えることが出来なくなる。


「な、なんだ、この女……っ!?」


 巨体を誇る、筋肉質な海の男たちが成す術もなく蹴散らされ、剛腕を生かした武器の一撃は、たかだかモップの柄にさえぎられてスルスルといなされる。そして無防備になったところに反撃の一撃を食らい、また一人、吹き飛んでいく。


 突き飛ばされ、殴り飛ばされた男たちの肢体が、次々と山のように重なる。


 閃光が弾けるように鮮烈で、花が風に踊るように優雅に、落ち葉が川を流れるように繊細せんさいに、柳が風にあおられるようにしなやかに。


「あとは、貴方だけですね」


 気づけば、残りは一番の巨体を誇る大男だけになっていた。


「ここで退くならば見逃しましょう。その方たちを連れて、二度とこの街に現れないと約束してください」


「………」


 パメラの問いかけに対する答えを、男は外に出ることで示した。


 ほっ、と一息を吐くパメラ。どうやらわかってくれたようだと、安堵する。


「……っ」


 しかし、相手が剣を構えたことで、降伏の意志はないことを示した。外に出たのは単純に、武器を満足に振れないからということだろう。


「どのみち、ガキを取り逃して街の防衛兵のところに駆け込まれちゃ、俺たちは終わりだ。なら……」


 両手で柄をがっしりと掴んだ、大上段の構え。一切の手加減のない、本気の殺意の一撃である。


「女一人に舐められたままで終われるかよ。来やがれ、女ぁっ!」


「……そうですか」


 もはや問答は無用。一切の会話の余地が無いと見切りをつけ、パメラは勝負に乗ることを決め、店の外へと出る。


「たかが女一人に負けただけでやけを起こすなんて、品性が足りませんよ」


「品性で腹が膨れるかぁっ!」


 パメラが出た瞬間を狙って、加速をつけた大上段斬り。スピードと剛力を合わせた神速の一閃は、なるほど見事である。


 だが。


「品性でお腹は膨れませんが……」


 だがそれ以上に——。


「心を失くして暴力を振るうままに生きるのであれば、貴方は人ではなく、獣です」


 それ以上に、パメラの突きが男を貫く方がさらに速かった。


「獣では、私に牙は届きません」


「……ち………ちく、しょ……っ」


 その巨体は力なく頽れ、手からは剣を落とし、呼吸を弱めて、地面へと倒れ伏した。


 ぴくぴくと、か弱く痙攣けいれんする男と。そしてそれ以外の先に叩きのめした男たちが確かに気を失っていること。そして、周囲に彼らの仲間がいないことを確かめ、パメラは一息を吐く。


「やったね、パメラ」


 店内からピースサインを向けるタヌライに、パメラもピースサインで返す。


 かつてはタヌライとクレバシの後ろに隠れているだけが精一杯だった彼女が。回復術に従事するだけで精いっぱいだった彼女が。今や、戦う力を身に着けたのだ。


 五年という月日は、確かにパメラを大きく成長させていた。


挿絵(By みてみん)


「いやー、しかしパメラってばサービス精神旺盛ね」


 と、突然クレバシが妙なことを言い始めるので、パメラは「……?」と首をかしげる。


「短いスカートでダイナミックに動くから、パンツ丸見えだったわよ」


 にまにまと、意地悪そうに笑い。その手は少年の眼を覆って隠していたが、しかし、店内には常連の男たちが何人もいて。それは、つまり……。


「………っ!?」


 乙女は、ひどく赤面して、絶叫を上げた。

昨日、予約投稿を忘れていました

ダンジョンタウン~小噺編~の方に三人のメイド服ラフ画を置いています

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