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ダンジョンタウン  作者: 京海道
第三章:大樹の街
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第27話 カニフェス in ダンジョンタウン④【挿絵付き】

 その一画は、大きな岩の塊に四方八方を囲まれていた。ひと際大きな岩々が、ぐるりと囲うように円形に広がり、その高さは人が三人、四人と縦につらなってもまだ届かないだろう。


「うーん、快適!」


 蟹風呂の端に立つその区画を贅沢に二人占めにするのは、言うまでも無くタヌライとクレバシだ。二人は風呂造りの作業の最中にこの区画を作り、パメラと別れたあと、二人だけで誰も侵入できないこの場所の湯に入っていた。


「あー……気持ち良ぃねー……お風呂なんていつぶりだろ」


「前に塔から戻って、その時に家で一回だったかしら? 二週間ぶりくらいねー」


「入れる時に入れたらいいや、って感じだけど、こうやって手足を伸ばせて入ると気持ち良いや」


「うちのお風呂、もうちょい大きく作っておけばよかったわね」


「クレバシ、いっつもそれ言ってるねー。そんで、家に帰ると面倒だからってやらないんだ」


「……つ、次に帰った時はやるわよ」


「その台詞、もう十五年目」


「ぐぅ……っ」


 全身をお湯に浸し、目一杯手足を伸ばしてみたり、潜ってみたり、せっかく広いのだから少し泳いでみたりもすれば、「タヌ、お酒が零れるでしょ!」と姉から叱責しっせきを受けたりする。


「いつまでお酒飲んでるのさ。さっきから馬鹿みたいに飲みまくってたくせに」


「湯あみ酒はまた違うのよ。これのためにお風呂を用意したと言っても過言じゃないんだから。んくく……かぁーっ! 美味しいっ!」


 湯に浮かべたおけの中には、徳利とっくりとお猪口ちょこ。そして中身は当然、東の大陸が名産、ハイマンの地酒。米で作った酒はクレバシの好物の一つである。麦で造る酒と違い、しゅっと透き通った旨さ、味の鋭さとキレが違うとクレバシは語る。


 なんのこっちゃとタヌライは聞き流しながら泳いで戻り、岩の椅子に座ってのんびりと空を見上げた。空に咲く銀色の星。遠くに陽が落ちて行って、だいだいの太陽は濃い茜色へと移っていく。東の空には濃紺な群青が広がり、白い月がゆっくりと昇り始めた。風の冷たさが、夜の訪れを伝えてくれる。


「は~、風流だわぁ」


「お酒の臭いで台無しだよ」


「これも風流の一つよ」


 きゅっ、とお猪口を一口。わざわざ熱燗を用意してもらい、クレバシは湯に浸かりながらお酒を楽しんでいる。食事の席の時に散々飲み回っていたにもかかわらずだ。この呑兵衛のんべえは酒にそこまで強くはないくせに、顔には出辛いから自分が注意して見張っておかねばと、タヌライは注視する。


「しかし、ま。今回は良いものが見られたわねー」


「……?」


「あんたよ、タヌライ」


 くいっ、ともう一口。酒を嚥下えんげしながらお猪口を桶の中に置くと、クレバシは立ち上がり、桶を指で引きながら、危なっかしい足取りで底の深い方へと歩いていく。そして半身がかるほどのところまで行くと、岩肌に身体を預け、意地の悪い笑みでタヌライを見た。


「まさかねー、あんたがあんな風に先輩風を吹かすところが見れるなんて、新鮮だわー」


「むっ」


 姉の意地悪な顔に、タヌライは頬を膨らませて、胡坐あぐらく。


挿絵(By みてみん)


「よく頑張ってたじゃないの。あの姉弟の面倒を見て、塔に入るまでの準備も手伝って、塔に入ってからもあれこれ面倒みちゃってさ。あの甘えん坊がよくもまぁ、ここまで人の世話を焼けるものだわ」


「……パメラもテット君も、初めての街で、初めての探索なんだ。何も準備出来ていなかったし、知識もない。それでボクらだって、最初は数えきれないほど後悔と反省をしたでしょ」


「失敗とて学びの一つよ」


「最初から誰かが教えてくれるなら、それに越したことは無いよ。それだって学びでしょ」


「あら、言うようになったじゃない」


 徳利から酒を注ぎ、お猪口を手に、もう一献。


「ボクらの時は誰も教えてくれなかったけど、パメラ達の前には今回ボクらがいた。なら教えてあげた方がいいよ」


 こてん、と岩肌に頭を寄せて、タヌライはねたように言う。


「……ボクだって、慣れないなりに頑張ったんだからね」


「……ふふっ」


 クレバシは酒を飲む手を止めると、ちょいちょい、と傍に来るようにと手を振る。いったいなんだろうと、目を細めながらタヌライが近寄ると、クレバシは左手でタヌライの頭を抱え、そっと撫でた。


「えぇ、えぇ。解ってるわ。よく頑張ったわね、タヌライ。さすがあたしの自慢の妹よ」


「……調子いいんだから」


 突然、求めていた褒めの言葉を投げかけられて、ついタヌライは意地を張って側方を向くが、固定された頭は、すり、とクレバシの肌に擦りつけて甘えてしまう。


 硬くて薄くて、傷だらけの肌。女としての魅力で言うなら、きっとそこまでそそられる男性は多くないだろう。けど、自分にとっては幾多の困難を共に切り抜けた、格好良くて、美しくて、素敵な姉。大事な姉の身体。


「実際、パメラはとてつもなく優秀な人材よ。回復術の使い手としてみれば、今まであたしたちが組んだ誰よりも、あたしよりも、遥かに上の実力がある。まぁ、術の発動が遅いのがネックだけど」


「うん、それはボクも感じてる。あんなにすごい人は本当に見たことがないよ」


「まあ、その分、弟の方には光るものがなかったけどね」


「そこまで言うことないでしょ」


「おねーさまに逆らうつもり?」


「あたたた! やめてよ、酔っ払い!」


「あはははっ」


 頬を鎖骨に押し当てられ、ごりごりと擦られてタヌライは涙目になって抜け出した。クレバシはけらけらとひっくり返りそうなほど笑うから睨みつけてやると、来い来いと、また手招きする。しょうがなく、またクレバシの腕に抱かれた。これは甘えているのではない。クレバシが甘やかしたいから、姉の顔を立ててやっているのだ。


「ほんっと、いつまで経っても甘えん坊ねぇ」


「クレバシが妹離れ出来てないんだよ」


 頭を撫でる手の優しさに目を細めながら、タヌライは弱々しく反論した。


        ○


「……でも、この先、あの子を連れて行くべきかしらね」


「んぇっ?」


 優しく髪を撫でる姉の手に、ウトウトと意識がまどろんでいる中で、ふとクレバシの声色が低くなるのを聞いた。


「なんで? パメラは優秀じゃないか。きっと体力だってすぐ付くよ」


「タヌライ、気づいてる?」


「………」


 言外に、クレバシが言いたい言葉を察し、タヌライは意識を覚醒させる。


「キメラと、岩蟹グラッキオのことだよね」


「えぇ、岩蟹との戦いで確信したわ。どっちの魔物も何者かが召喚したもので間違いない」


 強い口調で言い切るクレバシに、これまでタヌライの中で予感めいた同じ考えが、がっつりと固まるのを感じた。


「どっちのモンスターも、五層より奥にしかいない、それも人が通れるようなところには姿を見せることがない、超危険級のモンスター達だ。そんなのをこんな短時間に、それも二体も召喚できるなら……」


「ええ、そうね。最低でもあたしと同等以上の魔力は持ち合わせているはず」


 クレバシと同等以上の強さを持つ、何者か。それはすなわち、これまで戦ってきた如何なるモンスターよりも遥かに強い、あるいは自分とクレバシが力を合わせても倒せない可能性がある何者かの存在を考慮すべきということだ。


「恐ろしいね……」


「そうね」


「きっと、クレバシみたいに強くて、賢くて、陰湿いんしつで、性格が悪くてずる賢いあたたたたたっ!!」


「あーら、お姉さまを賛辞さんじする言葉が間違ってるわね、タヌちゃーん? もっぺん言ってみなさい?」


「そういうところが陰湿で性格が悪ぁだだだだだだああっ!」


 こめかみを拳でぐりぐりと締め付けられたタヌライは涙目になって抜け出し、姉を恨みがましく睨む。くつくつと笑うクレバシだが、目を細めながら手のひらを口元に当てて、ゆっくりと手放して先をカットした葉巻を呼び出すと、指先に火を灯して葉巻に着火し、煙をふぅ、と吹いて空を仰いだ。


「それ、臭いんだけど」


煙草たばこは魔女のたしなみよ」


「魔女なのか、錬金術師なのか、どっちを名乗るんだよー」


「どっちもよ」


 ぽかぁ、と口を開いて輪っかの煙を空に伸ばし、その中に指を突っ込んでくるくると回した。煙の輪は広がり、その中に手を突っ込んでぎゅっと拳を握って、手のひらの中に星を収める。


 クレバシは掴んだ星をタヌライの方に投げると、きらきらとした銀色の粒子がタヌライを包み、キレイな光が踊って、それはお湯の中に沈んでいく。すると湯が夜空の煌めきを宿し、たちまち星空の湯がタヌライとクレバシを包み込んだ。


「わぁ、キレイだ!」


「風流とは違うけど、ま、これも魔女流ってやつよ」


 星のお湯に浸かりながら、空の星空を見上げるのも一興だ。クレバシも酒が進むようで、さらに一杯、もう一杯。そして煙草をぷかぷか。


「強力な魔物を呼ぶにはとてつもなく魔力が必要になるし、最初のキメラから二週間足らずであれほどの岩蟹ともなると、今は消耗して姿を隠しているはず」


「しばらくは遭遇する可能性はないってこと?」


「……常識的に考えればね」


 だが相手はクレバシ級、あるいはそれ以上。どれほどの余力を残らせているか、想像するのは難しい。


「狙いは、やっぱりパメラとテット君?」


「キメラだけなら、そう思ったわ」


 ぷかぁ、と煙を吐きながら、クレバシは目を細める。


「キメラが現れた時、あたしは二つのパターンを考えた。一つはあたしたち。疲弊ひへいしてダンジョンタウンに戻った塔探索の筆頭パーティだったあたしたちを襲撃する。けど、これをやるには戦力があまりにもとぼしすぎるから、すぐ除外した」


「もう一つは、パメラとテット君だね」


「えぇ。パメラがあたしたちの前に現れ、弟が飛行船クジラでちょうど街に到着する頃合い。そしてキメラが襲撃したのは飛行船クジラにいた弟。クロエルド家なんて大貴族、あちこちで怨みを買っていても不思議じゃないでしょうし」


「でも、違った?」


 こくん、と。クレバシは酒を一口呑む。


「召喚魔法から出現した痕跡こんせきはあったけど、飛行船クジラを襲うような命令形の魔術を掛けられた跡は見当たらなかったわ。本当に偶然、たまたま近くを飛んでいた飛行船クジラを狙ったとみるべきでしょうね」


「襲わせることが目的じゃなかった……?」


「最初はパメラを疑ったわよ。何らかの理由で弟を始末したいんじゃないか、ってね。でもその可能性は限りなく低い」


「どうして?」


「あんたが塔に潜る前、パメラ達の面倒を見ていた時期が合ったでしょ。あの間に見つけたのよ、塔の付近で召喚術が発動したあとをね。魔力はパメラのもの、いえ、エルフの系統のものとはまったく違ったわ」


「エルフ以外の種族の魔法……誰が?」


「さあね。少なくとも特定は出来ていない。ただ、塔の中に入っているのは間違いないわね。さっき見つけたわよ、同じ魔力の魔法陣の跡を」


「じゃあ、そいつが……っ!?」


「えぇ」


 深く頷き、大きな溜め息を吐いた。見上げた空は既に灯りが無く、星と月の瞬きだけで照らされて、なんとも頼りなく、暗い。


「この場所よりも先。恐らく第二層に向かっているはずよ。とてつもない強敵が」


「……っ」


 途端、タヌライは警戒状態に入る。全身の毛が逆立つほどに心が張りつめ、僅かな音、空気の揺れさえ逃さぬとばかりに、細まった瞳が、闇の中を睨みつける。


「落ち着きなさい、タヌ。もういないわ。みんながご飯を作ってる間に調査済みだし、そもそもそんな奴が近くにいるなら、最初からあたしよりもあんたの方が勘づいてるでしょうに」


「それは、そうかもだけど……」


 クレバシの言葉に、タヌライは返す言葉も浮かばず、警戒を解く。ちょいちょい、と手招きをされて、タヌライはまたクレバシの腕の中に戻った。相も変わらず、煙草と酒で臭い、姉の片腕の中に。


「目的は、なんだろう」


「パメラやあたしたちを襲うことが目的じゃないなら、たぶん塔への侵入ね。なんだかんだ、塔の警護隊は優秀よ。そんじょそこらの魔物なら即座に撃退できるエリート揃い。彼らが手も足も出ず、周囲に気を配る余裕もないほどの大物を呼び出し、その騒ぎに乗じて塔へ潜り込むのが目的だった、とあたしは考えるわ」


「そんなに急いで入ったなら、随分と悠長な進行だね」


「あたしたちが塔に戻った日。あの日は別の商隊が新しく出入りしてたはずよ、遭遇を避けるためにこっそり移動していたんでしょうね。それで時間を食って、後から来たあたしたちが追いついてきたんでしょう。この大樹の町は、塔の出入り口に比肩するほど塔の入退場者のチェックが厳しい関門。ここさえ乗り切れば、あとはほとんどチェックなんてされないから、岩蟹を呼んで注意を反らした、ってところかしら」


「そんな……そのためにこんな大きな被害を!?」


「全部推論よ、あたしの言うことを一から十までに受けないの」


 クレバシはそう言うが、タヌライにも思い当たる部分はあった。臭いだ。どうにも魔力の臭いが不自然に、隠れるように、魔物や動物、人に見つからないように遠回りして進んでいる臭いをそこかしこで感じていたのだ。クレバシの推論を正しいとするのならば、その痕跡はクレバシの推理を補強するように動いているのであった。


「タヌライ、覚悟しておきなさい」


「覚悟?」


「あたしか、あんた。それに同行を選んだらパメラが死ぬ、その可能性をよ」


 その言葉に、タヌライは心臓を鷲掴みにされるような気持ちになった。同時に、この二十年の旅の中で、何度も自分たちが死に陥ったこともある、苦い経験を思い出す。


 けれど、クレバシが言っているのはそういうことではない。


 蘇生術が届かぬ奥地での遭遇そうぐう。二度と復活できない可能性。相手が、聖冠グランド・クラウンを求めて深層で戦い合う相手である可能性を考慮しろと、クレバシは言っているのだ。


「……ボクたちは“灰の姉妹”だ。誰にだって、負けないよ。誰にも——」


「……ふっ。そうね、その通りだわ」


 クレバシの頭が、タヌライの頭に寄りかかる。


 タヌライも、頭を寄せてクレバシにもたれ掛かり、二人でお互いを支え合った。


「あたしたちは無敵の姉妹。何があっても、頂上へ辿り着くのはあたしたちよ。それに聖冠だって、手にしてみせるわ」


「……でも、パメラの故郷も」


「タヌライ」


 静かに、強い口調で、クレバシは言う。


「可哀想だから恵んであげるなんて、そんな余裕はないわ」


「……っ」


「二人で、手に入れるのよ」


 有無を言わせぬ言葉。反論を許さぬ、姉としての言葉。


 タヌライはそれを否定することが出来ず。


「…………」


 けれど、肯定も出来ず、沈黙で返した。


「…………」


「…………」


 二人の間を、沈黙の風がよぎる。


 二人で身を寄せあって、二人で乗り切ってきた。


 これまでも、これからも。


 信じてきた人に裏切られてきたこともあった。疑っていたのに騙されたことだって数えきれないほどあった。誰を信じたらいいのか分からない日々に、怯えた日もあった。


 そんな中で、タヌライが唯一無条件で信じられた人。それがクレバシだ。常に正しい物事を模索もさくし、正しい道を選び、決して裏切らなかった、大事な姉。


 けれど。


(……家族のため、故郷のため)


 パメラの願い。家族を守りたいという強い願い。故郷を救いたいという切なる願い。


 タヌライは、その純粋無垢で、羨ましい願いを、切り捨てることがどうにも出来なかったのだ。


「……ねぇ、クレバシ」


 もしも。


 もしも、パメラが最後までついてきてくれたら。


 自分たちを疑わず、裏切らず、命を懸けて共に塔を登り切るほどの信頼関係を結べる仲間であったら。


「………」


 クレバシからの言葉はない。


「……クレバシ?」


「………」


 クレバシは、沈黙を返す。


「ねぇ、クレバシったら」


「………」


 それでもなお言葉を返さない姉に、いい加減じれったくなったタヌライはその顔面を睨みつけてやろうと顔を向け。


「……きゅぅ」


 クレバシが真っ赤になって目を回していた。


「く、クレバシーーーっ!!」


 迂闊うかつ


 酒が進み過ぎて、クレバシは酔いが回ってぶっ倒れていたのだ。なんてことだ。あんなに飲みまくっていたのだから、注意しなきゃと気を付けていたのに、真面目な話が続いてついうっかり姉の異常な飲酒速度を忘れていた!


「み、水! 水ー! すみませーん! 誰かいっぱい水を用意してくださーい!」


 タヌライは姉を抱え、慌てて二人の浴場から飛び出し、脱衣所の管理をしている女たちの元へと向かっていった。


 後にクレバシ曰く。


「いやー、美味しいお酒ってどんな時でも進んじゃうのよねー。わははーっ」


「二度とお風呂で飲むなーっ!」

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