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ダンジョンタウン  作者: 京海道
第三章:大樹の街
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第24話 カニフェス in ダンジョンタウン①

 商隊キャラバンが大樹の町に着いたのは、程なくしてのことだった。

 いくつにも分けられた岩蟹グラッキオ死骸しがいが運ばれてきたことに町の住人は驚愕きょうがくしたが、それが灰の姉妹による手柄であると知って、彼らは即座に納得した。どうやら、姉妹の噂はこの塔の中にも広く知れ渡っているらしい。


 各商会の長たちが町長と、そしてこの町で商売を取り仕切る組合長と即座に会談を行い、岩蟹はすぐ様、りに掛けられた。この旅の同行者には魔術師も百人近く参加していたので、彼らが全力で冷凍保存してくれたおかげで鮮度は抜群だ。倒したての岩蟹の身も、甲殻も、付着していた岩石も、そして何よりカニミソも、それはもう高額で売れる。


 一方、こちらはクレバシの提案で一つの宴会が開催されることが決定している。


 討伐した岩蟹を使って、売買する分とは別に、タヌライとクレバシの名義で引き取られた分の身が、この旅を共にした仲間たちと、そしてこの大樹の町の人々に無償で振舞われることに決定したのだ。


 これには誰もが予想外のことに歓喜し、絶叫して喜びの声を上げ、踊り狂った。


「食べたい奴は、ちゃんと手伝いなさい!」


 というクレバシの言葉で、町の主婦から十歳にも満たない子供、耄碌もうろくしていたような老人までもが機敏きびんに動き回り、蟹の身をほじくり出し、巨大な身を切り分け、様々な料理法を行おうと、町の前に大量の机と調理道具を並べ、大鍋を取り出し、鉄鍋に大量の油を張って熱し、小麦粉や卵を大量に持ち出して、我こそは料理の鉄人なり! と豪語せんばかりに各々が料理に取り掛かった。


 これほどの高級食材、人生において食べる機会など貴族や王族とて一度でも回って来るかさえわからぬ。そんな物を、無料で食せる機会など今を逃せば二度と無いに違いない。それを調理できるのも、これが人生一度きりと思えばこそ、主婦も冒険者も料理人も、誰も彼もが、自分が思う最高の調理を行おうと、腕を振舞いたくなるのも当然である。


「タヌライ、そっちは大丈夫?」


「うん!」


 そして町から少し離れた場所に甲殻を置いたタヌライは、斧で辺りの地面をざっくざっくと切りつけながら、ぐるーっと周辺を動き回っている。それが何だろうと、周囲の人々が不思議そうにし、それはパメラとテットも同じことである。


「じゃあお願いね」


「はいよー。せー、のっ!」


 クレバシの合図と共に、タヌライは大地へと深く斧を突き刺すや。


「えいやさーっ!!!」


 突き刺した斧を持ち上げようとした瞬間、辺り一帯を大きな地震が襲った。グラグラと地面が揺れ、バキバキバキ、と何かが剥がれる音がする。岩だ。岩が崩れる音がする。周囲からは悲鳴があがり、慌てて建物や机の下に隠れようとする人たちでごった返し、恐怖におののく人々で溢れる。


 パメラもテットも、立っていられなくて尻もちをき、それを見上げた。


 クレバシは微動だにすることなく、両腕を組みながら当然のように見上げる。


 しかし人々は、その常識外れの光景に大口を開け、目を丸くして、驚愕きょうがくの顔でそれを見上げていた。


 タヌライが斧を突き立てた大地が、丸っと持ち上げられ、岩盤ごとくり抜いて、巨大な地面の塊を持ち上げていたのだ。


「タヌ―、下ろす時は気を付けるのよー」


「だいじょぶ、だいじょぶー!」


 などとのんきな返事を返しながら、タヌライは持ち上げた斧と地面を、離れた場所にゆっくりと降ろし(それでもある程度大きな衝撃と地鳴りが起きたが)、ぽっかりと空いた大きなクレーターを満足げに見つめる。


 一体何事だと、誰もが調理の手を止めて見つめていると、今度は岩蟹の背からがした岩の塊をその地面の中に投げ入れていく。タヌライは気軽にぽいぽい投げ入れているが、一つ投げ落とすたびに、雷鳴が落ちたような巨大な音と、激しい岩のぶつかり合う撃音が響いて、離れている方は気が気でない。


「クレバシー、オッケーだよー!」


「はいはーい」


 今度はいったい何だと、みんなが困惑する中、トコトコとクレバシは歩いていくとタヌライが開けた穴の中に飛び込む。何をするのやらと見まもられる中、クレバシは敷き詰められた石の上を歩き、杖を石に滑らせながら、外周をくるりと回っていく。


 その間に調理を再開しながら、いつ何をされるのかとビクビクしながら一同が身構えていると、三十分ほどしてクレバシが穴から上がってくる。クレーターを登り、悠然ゆうぜんと歩き……足が滑ってじたばたと踏ん張ったあと、穴の中に落ちて行った。


「おねえちゃーーーん!!」


 タヌライの叫びむなしく転がり落ちていくクレバシ。仕方なく、タヌライが迎えに行った。


 回収されたクレバシは穴の縁に立つと、両手を前に突き出しながら魔力を高め、紫雲しうんの渦を身体にまとわせる。その弱々しい魔力が、もう彼女にほとんど余力がないことを示していた。


 クレバシは残りわずかとなった魔力を穴の中に込めると、押し込められた石から光が零れる。いや、違う。ラインだ。石の上に敷かれたラインが浮かび上がり、それが魔法陣であると解る。光の帯が走るや、それが蒸気を放ち、白い湯気を帯び始める。


「いいわよ、タヌライ」


「はーい」


 さらにそこへ、タヌライが持ち上げた岩蟹の甲殻を投げ入れた。既に中身をくり抜き、身もカニミソも奪われ、キレイに掃除された、岩蟹の殻の甲羅。その中に、少しばかりのカニミソの塊が残されている。


 またしても大きな音を立てて地面が震え、人々が跳ねるほどの衝撃が走った。だが姉妹はそんな周りのことなど気にも留めていない。熱々の石の上に置かれた甲羅はしばらくして熱が行き渡り、中にあるカニミソがぐつぐつと熱される。


 ある程度、甲羅が熱くなったのを見てからクレバシは魔術で水を作り出し、それを甲羅の中に張った。なみなみと注がれた水が甲羅いっぱいになるほどにまで満ちると、今度は渦が巻き、ゆっくりと水がかき混ぜられる。


 ぐるぐる、ぐるぐる。


 水がかき混ぜられるほどに、中に残っていたカニミソが溶けて混ざる。黒いカニミソが馴染んで、とろみのある、黒い水が甲羅いっぱいに満ちて、ほんのりと温まっていくのだ。


 そうして頃合いと見たタヌライが、大きな岩の塊をまたしても投げ込んでいくと、溢れたお湯が甲羅から零れて下へと流れていく。そうして立ち込める蒸気が辺りにあふれ出すと、なんともかぐわしく、その爽やかでありながら体にまとわりつくような熱気が、身体を温めるような感覚だ。


 タヌライが次々と岩を投げ入れ、水嵩みずかさはどんどん上がっていく。さらに仕切りのように岩の壁をいくつもいくつも、クレバシの指示で立てかけていき、果たしてこれはなんという鍋なのか。甲羅焼きなのかと思えば、まるで巨大鍋のようにも見え、しかしならば、なぜ岩を投げ込んでいるのか。そういう料理なのだろうか?


「ちょっとー、見てないであんたらは手を動かしなさい!」


 クレバシのげきが飛ばされて、慌てて人々は調理作業に戻る。


 大きな身をカットしてボイルしたり、小麦粉に卵と水を溶かしたものに蟹の身を入れて高温の油に入れたりもすれば、別の場所では熱したレンガの上に並べて塩を振って焼き。かと思えばこちらでは卵とだし汁を混ぜたものをコップのような器に入れて、その中に小さくカットした蟹の身やキノコを入れていたりもする。


 各々《おのおの》の作業は順調に進む中、タヌライとクレバシが用意する巨大な甲羅鍋は、ぐつぐつと温まっているが、さほど高温というわけでもなさそうである。タヌライはしきりに岩の壁を立て掛けながら、度々手袋を外した手を湯に突っ込んで、温度を図っているようであった。


 作業が始まってから二時間近くは経過しただろうか。出来上がった料理が皿の上に盛り付けられ、大量の料理が町の中から引っ張り出してきた、たくさんの机の上に並べられていく。しかしまだまだ机の数が足りないと、馬車の中からもありったけを引っ張り出し、町の中からも持ち出せる限りの机と椅子が追加で足され、その上に続々と料理が置いて行かれる。


 なにせ商隊全員と、町中の人全員の分だ。並べても並べても足りるものではなく、そして作っても作ってまだまだ食材は余っている。蟹の料理だけでなく、フルーツの盛り合わせも用意されて、子供たちはお祭り騒ぎに浮足立って、大人たちに叱られていた。


 焼き上がった蟹の身からは香ばしい匂いが立ち、岩塩を振りかけたもの、ソースを加えたものと、それぞれが皿の上に乗せられていく。その横では密閉した大鍋の中で蒸された小さな器から優しい香りの零れ、一つ一つ丁寧に小皿に置かれ、女たちがテーブルの上に並べて行く。小さなスプーンも忘れずに。


 さらに奥ではカラっと黄金色の衣をつけた、クリスピーのようなものが揚がった。こちらは盛り付けなど気にせず、とにかく乗るだけ皿に載せて、限界まで盛ったらテーブルの上にどかっと置かれていく様はもはや豪快以外の何物でもない。


 ボイルした蟹の身は、柑橘系かんきつけいのソースが鉄板である。ポンソースに、荒く下ろした大根を混ぜて食べるのが王道の中の王道だ。むしゃぶりついて食べるべしと、昔の偉人も言い残している。


 まだまだこれだけではない。短時間ながら燻した物はなんとも芳醇ほうじゅんな香りを放つではないか。きっと酒が進むに違いない。贅沢にもほぐした蟹の身を入れた味噌汁は、ぽかぽかと体の芯から温めてくれるし、酒に酔いすぎた身体を優しく受け止めてくれるだろう。


 米と一緒に炊き上げたカニ飯は、もはや匂いだけでも暴力的空腹を生み出し、自然とよだれが零れて止まらない。これを炊き上げるの強靭な意志を持った、料理上手のおかんたちであり、彼女たちの手に掛かればどんな悪漢も調理場に近づくことは不可能である。


 その一方で、甲殻の一部を大量の油で熱して蟹のエキスを抽出した蟹油が強烈な風味を放ち、それを用いて大量の米と卵とネギと蟹の身で炒められたカニチャーハンはもはや語るまでもない、極上の味である。鉄鍋の上で舞う黄金と朱のコントラストが美しい。見た目と匂い、その両方から人の根幹的な食への欲求を駆り立てる!


 さあ、次々と料理は出来上がっていく。所狭しと限界まで並べられた飯の数々に、先のことは気にするなとばかりに並べたてられた酒の数々。宴会で楽しまないことこそ、愚の骨頂! 今を全力で楽しめと。先ほどまでの悲劇を忘れろと。そう言わんばかりに、誰も彼もが力の限り、料理を作り、並べ、食事の時を今か今かと待っている。


「よーし、みんな準備は整ったわね」


 高台の上に登り、大声を上げるのはクレバシだ。彼女は料理人たちの手を止めさせ、食事の席に着くように言う。いよいよだと、ざわつき始めたのを、止めはすまい。その手にジョッキを持たせ、目の前の食事の列に参加させ、あとはもう考える必要などないのだ。


「みんな、お疲れ様―! 今日はあたしとタヌライの奢りよ、明日のことなんて考えずに存分に食べて、飲みなさい!!」


 そして酒が入ったジョッキが高々と持ち上げられた。


「かんぱーい!」


 かんぱーーーーーーーい!!!!!

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