第22話 蘇る死者の町
岩蟹の襲撃から小一時間が経ち、ようやく辺りは落ち着きを見せた。幾ばくかの被害はあったが、クレバシの魔法とパメラの蘇生術によって、その被害も最小限に留められたのは不幸中の幸いと言えよう。何組かは、自分たちの荷物が戻らず嘆いていたが、クレバシにも限界がある。命があっただけ物種と諦めて欲しいと、納得してもらった。それに、全くの稼ぎ無しで帰るというわけでもないのだから。
「よーし、行くぞぉ!」
「うぉぉおおおお!!!」
馬車の手綱を握る男、先導する人々を除いたほとんどの参列者たちが、空気を震わすほどの雄叫びを上げて全身に力を込めた。一体何だと思われることなかれ。彼らが力を振り絞るのは魔物と戦うためではない。岩蟹を討伐したその戦果を手に入れるためである。
タヌライが切り落とした巨大なハサミや脚にロープを幾重にも巻き付け、剛力無双と謳われた男たちが何十、何百と集まって、それぞれが鋭利な岩が纏わりつく脚の一本一歩を引きずっていくのだ。
「1、2! 1、2! 1、2! 1、2!」
男たちは一歩一歩、歩調と力のタイミングを合わせ、全身の筋肉を膨れ上がらせ、汗で張り付いたシャツを気にする余裕も無く、脚を引き摺る。この岩蟹の甲殻、脚、中に詰まった身、それが今回最大の稼ぎである。これを逃してなるものかと、命がけで金稼ぎに来た社会のつまはじき者たちは、今こそ全力を尽くすべき時である。
「す、すごい光景ですね……」
「なかなか見られるものじゃないわよ。超大型の魔物との戦闘なんて、みんな報酬よりも命優先で避けるんだから」
その情景から離れた所で見つめるのはパメラとクレバシだ。それだけでなく、各商会が雇う蘇生屋たちが集い、馬に乗っている。その中には、あの“屍肉漁り”のマッシュも並んでいる。
先行したタヌライからの情報を受け、この先にあるダンジョンタウンも被害を受けているということで、クレバシたちは先に現地へ赴き、救助と復興を行うということになっている。蘇生屋たちがクレバシたちといるのもそのためだ。
そして今回、このメンバーの中にはパメラの弟、テットも参加している。筋肉痛が酷くて頼りにならないから、とクレバシがこちらへの参加を打診したのだ。それに対して文句を言う人は誰もいなかった。下手に足を引っ張るやつがいなくて安心されたのもあるのだろう。
同時に、魔物に襲われた現場がどういうものであるか。これから先、ダンジョンを進んでいくと何度も目にするかもしれない光景であるから、慣れてほしいという考えもあった。そのことを告げると、テットは静かにうなずき、同意したのだ。
ではタヌライはと言うと、彼女は脚を引っ張る牽引役には参加していない。それよりももっと大事な役割があるからだ。
脚を引っ張る牽引隊の数十メートル離れた箇所で、ズシン、ズシン、と地響きがなる。それがなんだと目を向ければ、ひっくり返った蟹の甲羅が、かすかに上下して前へ前へと動いている。
その一番下にいて、大きな甲羅を支えているその存在こそタヌライだ。彼女は皆が蟹の足にロープを巻き付けている間、甲殻に生えた岩を切り落とし、ひっかからないように極力丸くカットして、自分一人の力だけで持ち上げているのだ。当然、脚よりも遥かに重いのは言うまでもないだろう。
なのに足取りは他のチームよりも遥かに快調で、のんきに歌いながら、甲羅が牽引隊の邪魔にならないように距離まで取って、ゆっくりと歩いている。
「なんてめちゃくちゃな光景……」
「言っとくけど、あたしはタヌライ以外であんなこと出来るやつ、今まで一人も見たことないからね」
一緒にするなよ、と暗に釘を刺しながら、こちらの現場は各商会のリーダーたちに任せて、クレバシはパメラと一緒に馬に乗り、先行して丘を越えることにした。
蘇生屋たちを引き連れながら馬を走らせると、すぐに凄惨な現場に出くわした。丘を越える前から漂っていた、不快な死臭は一層濃くなり、目を向けるだけでも勇気が必要になるほどの、むごたらしい現場である。
辺りは飛び散った血が酸化して黒くなった血だまり広がり、身体中のあちこちが欠損した肉体が転がっている。もはや人の原型を留めていないものもあり、男か女かすら判らない。
そして大樹の町から少し離れた所で倒れ伏す、下半身が無い女二人組の探索者。これがタヌライの言っていた人たちだろう。
何より酷いのは、大きく倒れた大樹だ。あちこちに取り付けられた外界と通じる窓からは、血や臓物が垂れており、中にいる人がどうなっているかなど、考えるまでもない。まるで町そのものが血を吐いて倒れ伏しているかのような光景に、パメラとテットは吐き気を催し、蘇生屋の何人かも顔を顰め、それぞれの国、宗派ごとの祈りのポーズを取って、死者の身と心を案じた。クレバシだって、当然好い気はしない。
「ひゃはっ! ひゃはっ! なんてこった、財宝の山だ! 神様ありがとうございまーす!」
ただ一人、“屍肉漁り”のマッシュを除いては。
彼は馬から飛び降りるや走り出し、狂喜乱舞しながら町へと向かう。その姿は、同じ蘇生屋ですら忌避するもので、憎々しいと言わんばかりに、殺しそうなほどに睨みつけている。だがそんな仲間たちの気持ちなど知ったことかとばかりに、マッシュは坂を下り、転がっている死体へと駆け寄った。
「なんて素晴らしい! 肉体の欠損はほどほど、生きたいという意志もある。ひひゃっ。可哀想に、まだ四十か五十程度の若い女たちだ。こいつらだけでも相当の額になる。こんな簡単な蘇生で、大金になるか。ああ、なんて綺麗な顔だ。お前ら最高だぜ……」
彼が最初に向かったのは町から離れた所に倒れる、二人の女性だった。まるで愛撫でもするように頬を撫で、恍惚とした笑みで舌なめずりし、幼子に触れるように優しく髪に触れる。彼にとっては、眩い黄金の塊を目にしたような心境なのだろう。今にも絶頂してしまいそうなほど、彼は身を震わせ、歓喜に打ち震えていた。
「こんな死体が、まだまだ山のようにある! 町規模で! うはははは! 思し召しサイコー!」
「奴には品性が無いのか!」
思わず、蘇生屋の仲間たちもそう零してしまう。
だが現実として、蘇生の魔術を使える人はそう多くない。クレバシだって似たような魔法が使えないことは無いが、本家の蘇生屋と比べると質は落ちるし、それこそ完全に魂が離れてしまえばクレバシの力量では蘇生は不可能だ。この惨状を救うには、彼らの力が必要であるから、文句を口の奥底に飲み込んだ。
「ともかく、あたしは町を戻すから、あんたたちは救助を」
言いかけている最中、突然、真横で魔力が大きく膨れ上がったのを感知した。
「パメラ!?」
「姉さま!」
黄金の風が渦巻いて、パメラを中心に空へと伸びる。それはさながら黄金の大樹が空へと向かっているようでもあり、巨大な竜巻が辺り一帯を飲み込んでいるようでもある。
「お、おい君! 何をするつもりだ!」
呼びかける蘇生屋の声を遮るかのように、パメラの魔力はさらに高まっていく。先ほどの大規模な蘇生で、もうふらふらだろうに。まるで疲れを見せないかのように、さらにさらに力を昂らせていくのだ。
「クレバシ。貴女の魔法で人々を外に出すか、私の蘇生術と同時に建物を復活させることは出来ますか?」
「あ、あんた……」
蘇生屋が生きて、横にいるのにそれはまずい。彼らの仕事を奪う行為は、ある種の越権行為だ。複数の死体があって、それを救助する際は、全員に平等に報酬が用意されなければならぬ。彼女は今、それを壊そうとしているのだ。
止めようと、手を伸ばしかけた。
しかし、パメラの瞳がクレバシを正面から見据えた時、クレバシはその手を止めた。
だって。
嗚呼、だって。
「移動も、建物の復旧も、同時に出来るに決まってるでしょ」
「なら、お願いします」
こんな破天荒で面白そうな奴こそ、ずっと探していた人なのだから。
周りの言葉にも支配されず、やるべきことを見据え、出来ることを最大限にやり切る、意志の強い、そんな存在こそを。
パメラのような存在こそ、クレバシはずっと欲しかったのだから!
「では、いきます!」
「オッケー!」
黄金の風が辺りに行き渡ると同時に、クレバシも最大まで魔力を高めて辺りに目いっぱいまで広げた。ドームのように辺りを覆う紫色の魔力が、建物の中や、見えない場所で力尽きている人々を捕捉していく。その一人一人にマーキングをつけながら一斉に転送し、同時にこの周囲の荒れ地を、時の流れを読み取って、元の形に再構築していく。
これこそがクレバシの錬金魔法。物体の形状の記憶を読み取り、過去の形へ再錬成する疑似蘇生術である。ただし、効果は物質にこそ真価を発揮するため、魂に干渉する本来の蘇生術とは似通っているだけの別物である。魂が離れ切った人は蘇生できないのが、弱点だ。
辺り一帯の土地と建物、そして大きな大樹が巻き戻るように本来の姿を取り戻しながら、あちこちからワープしてきた人々の死体をパメラの黄金の風が包んで、肉体の修復と魂の定着を同時に行う。
あまりにも現実離れした光景に思わず誰もが言葉を失って見惚れてしまう。
「あぁ……やめろ。やめろ! どうしてこんな惨いことをする!? 俺の死体! 俺の稼ぎ! あぁぁ……! こんなのひどい!!」
ただ一人、マッシュだけは蘇生される人々に憤り、滂沱の涙を流して悔しがりながら。
しかし、世界は彼を置いて行くように、次々と辺りを元通りにしていく。荒れた大地、折れた大樹、砕かれた農場、散らばった臓物、肉の破片、黒い血の湖。全てが無かったことになるように、全てが消えて、元に戻っていく。
「き、奇跡だ……神の如き、奇跡……」
そして光の粒が跳ねた時、ついにすべては元に戻った。
大きな大樹が聳え立つ、塔の中の最初の町。
商隊が目指した最初の町と、そこに息づく人々の生活が、今、完全に復活した。




