第20話:タヌライとクレバシの本領【挿絵付き】
《《それ》》が動くたびに、大地は悲鳴を上げた。
一歩足を動かすだけで鋭利な刃物のような足は、地面をケーキのように容易く切り裂き、巨大な質量を持つ身体が通るだけで花や青草は無残にも散り、木立は石ころを蹴飛ばすように跳ねる。
動くだけで大災害を引き起こすその強大な生命の塊。まさに暴力が形を成したかのようなその存在は、この塔の外に在ってはならない存在である。
地響きを起こしながら大地を蹂躙する覇者を遮るものはなく、岩蟹はこの大地の王であった。
「ダガルズ!」
だが、その平穏な進行の前に光弾が降り注ぎ、次々と爆撃が襲い掛かる。眩い光と熱撃が岩を背負う甲殻に炸裂し、足元を、爪を、脚を、次々と爆裂が襲い掛かる。
「ちっ、やっぱ効き目が薄いわね」
上空から迫るクレバシの魔法が岩蟹の身体とその周囲を炸裂させて動きを止めようとするが、その頑強な身体には一切の効果が見られない。漫然と大鋏で薙ぎ払うその動作は、まるで山が襲い掛かるようではないか。
ダガルズ、とクレバシが魔法を唱えるとクレバシとタヌライの身体は鋏をすり抜け、上空へと転移する。
「やああああっ」
さらに次はタヌライの斧が背中の大岩を砕き、岩壁を破壊するが、本体の甲殻は見えない。
「通常の個体よりもずっと硬い……こいつ、かなりの長生き個体だ。クレバシ!」
「わかってるわよ。タヌこそ、壊しすぎないように注意しなさい」
「オッケー!」
腕輪を通じて互いに言葉を投げ掛け合いながら、次々と背中の大岩を砕き、切り落とし、引っぺがし、背中に叩きつける。その間にクレバシはさらに強力な光弾をいくつも放ちながら岩蟹を炸裂させていくが、その程度で抑え込める相手ではない。依然、変わらぬ速度で動き、鋏を振ってクレバシを撃退しようとする。
大質量の攻撃をワープで躱しながら次々と魔法の雨を打ち込むが効果は薄い。それどころか、クレバシの動きを学習した岩蟹は地面に鋏を突き立てるや、それを薙ぎ払い、土砂を巻き上げて土と岩を打ち出して来るのだ。
連続のワープで回避するが、飛んでくる岩の数が多い。一方でタヌライは甲殻を広角を掘り出そうと背中の岩の山を砕き続けていたが、岩蟹はそれを鬱陶しく思ったのだろう、身体を地面に擦りつけ、タヌライを振り払おうと岩山に身体をぶつけた。
「うわわわっ」
慌ててタヌライは跳び退り、岩蟹から距離を取ろうとするが、叩き飛ばされた岩石がタヌライ目掛けて撃ち出される。
「くそっ」
悪態を吐きながらタヌライは斧を薙ぎ払って大岩を両断し——その背後に放たれた二発目の岩石への対応が遅れる。
「しま——っ」
身体は硬直、重心は斧に吸い寄せられまだ戻ってはいない。第二波が来る。反撃は間に合わない。どうする。防御態勢には間に合わない。ならばぶっ飛ばされるか。結構痛いだろうなぁ。
その瞬間、光の線が岩を貫き、静かな音を立てて破砕する。タヌライにはその光に見覚えがあった。そうか。クレバシはもうあれを抜いたのか。タヌライは衝撃波の風に自分の身体を躍らせながら、くるりと身体を回転させて、華麗に着地を決める。
「ふぃー……これだから人手不足ってやーね。仲間がいたらもうちょっと楽に勝てるんだけど」
「いないものはいないんだし、二人で頑張ろうよ、クレバシ」
「頑張るのは良いんだけどね」
クレバシがその手に構えている物。鉄筒を長く伸ばし、それに持ち手を付けた形状。所謂、拳銃と呼ばれる類の武器。だがその形状は通常の拳銃とは異なる。形はリボルバーに似ているが、シリンダーは取りつけられておらず、かと言って弾倉を内蔵するような造りでもない。
長い砲身には三つの宝石のような装飾が付き、撃鉄を引いた瞬間、それらがゆっくりと一つ、また一つと時間が経つごとに光が点り始める。その瞬間にクレバシのさらなる魔力の高まりを感じた。
「もう少し、とっておきは後に控えておきたかったのよねぇ」
そう、この銃はクレバシの魔力を吸い取って弾として撃ち出す、クレバシの発明で生み出された武器。名を、錬金銃という。
指に引っかけ、銃をバックスピンで回しながら口笛を吹いて見せ、クレバシは二丁の銃を正面に構える。三つの宝石は、既に強い光を放ち始めていた。
「だって、その方が格好良いでしょう?」
「クレバシが真面目な時は、だいたい格好良いよ」
「なら、格好良く速攻で決着をつけちゃいましょうか。タヌライ」
クレバシの銃の灯りを見つけてか、岩蟹は再び岩石の雨を巻き上げて、タヌライとクレバシを狙う。
「さーて、美味しいカニ料理といきますか!」
引き金が、カチリと音を立てたその瞬間、飛び出した光弾が目の前まで迫ってきた岩の悉くを打ち抜き、砂へと変えた。百を超える岩の雨をしかし、クレバシは涼しい顔で両腕を動かしながら引き金を引き、その度に銃身から飛び出す光の球が次々に岩を飲み込み、消し飛ばしていく。
おぞましささえ覚えるほどの破壊の嵐の中をしかし、タヌライは一切の恐れを見せることなく悠然と飛び込んで行く。風さえも彼女を捉えることは出来ないだろう。クレバシが拓いた道を、瞬きしている間に駆け抜けていくタヌライは、射撃が当たることなど考えてもいない。考えるべきことはただ一つ、敵の撃破、その一点のみ。
「ふっ」と息を吐くうちに距離を詰めたタヌライが振るった大斧は、迎え撃つ岩蟹の鋏と真正面からかち合い、その衝撃たるや、あまりの勢いに暴風が花と砂を巻き上げるほどの勢いである。
だがそれに怯むタヌライではない。山のように巨大な大蟹の鋏に斧の刃を食い込ませると、割れた甲殻に走る亀裂は瞬く間に左右に、上下に、大きくひび割れていく。魔物からすれば虫ほどにも小さいタヌライはしかし、両腕に渾身の力を込め、筋肉を膨れ上がらせ、身体の芯から筋肉の一本一本、骨の端々《はしばし》にまで血と気力と力を巡らせ、剛力を発揮して大斧を振り抜いた。
「でやぁぁああっ!!」
雷が唸るような雄叫びを放ちながら、ついにはタヌライが岩蟹の右鋏を砕き、切り落とした。岩石を纏った巨大な鋏からは、《《ぶりん》》とした白い身と、透明な汁が飛び出し、腕を切り落とされたことと、その衝撃の強さに岩蟹は大きく身体を仰け反らせ、たたらを踏んで後退する。
「けど、それが致命よ」
攻撃の動きを止めたその瞬間、脚の関節を光の球が貫いた。
最初に右の一番大きな脚、次に左の一番大きな脚、さらにバランスを崩せば、次々に光の雨が足の関節を、甲殻の脆いところを、脚の付け根を、目玉を、鋏の付け根を、腹の柔らかい部分を。
たちまちに蜂の巣にされた岩蟹にはもう抗う力さえ残っていない。腹に穴を空けられ、動かすべき手足は貫かれ、関節からボロボロと崩れ始め、中の身が飛び出し始めている。それでも反撃を試みようと力を入れて左の鋏を振り払おうとするが、割り込んだタヌライがそれを切り落とし、抵抗さえ許さない。
ついにはバランスを保てなくて前のめりに倒れ込むが、タヌライは脆い腹部へ目掛け、拳を叩き込んで身体を跳ね上げた。山の様に巨大な身体が強烈な衝撃で吹き上がり、身体を反らせて跳ね上がる。その無防備な身体を狙って、クレバシは銃身を向けた。
「BANG!」
そして、最後に放った魔弾は岩蟹のみぞおちの辺りを貫き、その瞬間、魔物はびくりと身体を硬直させる。そのしばらく後、大蟹は全身が凍り付いたように硬直し、仰向けに倒れ込んだ。
ずずぅ……んと大きな地鳴りをさせながら、ついに魔物は絶命したのだ。
「カニは締めて、美味しく頂きましょう。ってね」
クレバシは空に向かって光の球を放ち、戦いの終わりの合図を商隊に送った。遠くから歓声が聞こえる。呑気なものだと、クレバシが嘆息していると、傍に戻ってきたタヌライが「食べ応えありそうだねぇ」などとのんきなこと言う。
これから飛び散った死体集めや、壊れた馬車、散らばった資材を集めないといけないのだから、クレバシは、気が重たかったのだ。




