創世の残響
新仲間イーロスと作りました。
「この世界は、誰が作ったのだろう?」
アレスは、古びた書物のページを指でなぞっていた。羊皮紙は黄ばみ、インクは薄れているが、そこに記された言葉は、彼の心に常に問いかけ続けてきた。彼が生まれ育ったこの世界――剣と魔法が息づき、様々な種族が共存する、まさに「あるある」なファンタジーの世界。しかし、アレスにはずっと違和感があった。あまりにも出来過ぎている。あまりにも都合が良い。まるで、誰かの物語をなぞっているかのように。
アレスが住む村は、広大な草原の真ん中にあった。朝になれば太陽が昇り、夜には月が輝く。人々は畑を耕し、動物を飼い、穏やかに暮らしている。だが、彼の内側には、いつも満たされない疑問があった。なぜ、この世界はこんなにも整然としているのか?なぜ、空にはいつも決まった星が輝くのか?そして、なぜ、誰もこの疑問を抱かないのか?
ある日、アレスは村の長老から、一つの古い寓話を耳にした。「遥か昔、この世界には、まだ何もなかった。ただ混沌が広がるばかりじゃった。そこに、三つの意思が舞い降り、光と闇を分け、大地と空を創り、命を吹き込んだと伝えられておる」。
長老は、それはただの言い伝えだと言ったが、アレスの胸にはその言葉が深く響いた。「三つの意思」。それが、彼が探している「この世を作った者」ではないかと直感した。それは、もしかしたら自分たちの世界の外から来た存在なのかもしれない。
アレスは決意した。この普通な世界の裏に隠された真実を、そして、自分たちを創造した存在を、探し出すと。村の暮らしを捨て、彼は旅立ちの準備を始めた。腰には父から受け継いだ質実剛健な剣を吊るし、背にはわずかな食料と、あの古びた書物を入れたリュックを背負う。彼の探求の旅は、ここから始まる。
アレスは村を後にし、まず最初に目指したのは、この地方で最も大きな都市、エメラルドゥスだった。巨大な城壁に囲まれたその街には、古くからの図書館や、遠方からやってくる旅人たちの情報が集まると聞いていたからだ。彼の心には、まだ漠然とした「創世の残響」という言葉だけがあったが、それでも何か手がかりを見つけられると信じていた。
草原を抜け、獣道を進むこと数日。アレスは、旅の途中にある小さなオアシスで休憩をとっていた。水筒の水を飲み干し、持参した干し肉をかじっていると、遠くから一つの影が近づいてくるのが見えた。旅人のようだ。
やがてその姿がはっきりすると、アレスは驚いた。
現れたのは、フードを深く被った小柄な人物だった。その身につけているローブは、長旅で酷使されたように擦り切れている。顔はフードで隠され、性別すら判別できない。しかし、その人物が腰に下げている奇妙な道具の数々が、アレスの注意を引いた。羅針盤のようなもの、見たことのない形状の水晶、そして、小さな巻物。どれもが、ただの旅人が持ち歩くには異質なものばかりだった。
人物はアレスに気づくと、警戒するように動きを止めた。
「旅の人か?」アレスは先に声をかけた。
フードの下から、か細い声が返ってきた。「そちらこそ。こんな辺鄙な場所で、何用です?」
アレスは警戒を解こうと、少しだけ笑みを見せた。「俺はアレス。真実を探して旅をしている。もしかしたら、あなたも同じような旅人なのかもしれないと思ったんだが」
その言葉に、人物の肩がピクリと動いた。フードの奥から、好奇心とも訝しみともつかない視線が向けられる。「真実……ですか。どのような真実を?」
アレスは一瞬ためらったが、思い切って核心に触れることにした。この人物が、自分と同じ「探求者」である可能性を感じたからだ。
「この世界が、一体誰によって創られたのか。その根源にあるものを探している。あなたは?」
沈黙が数秒続いた。周囲の風の音だけが、寂しく響く。やがて、人物はゆっくりとフードを下ろした。現れたのは、色素の薄い銀色の髪と、鋭い知性を宿した青い瞳を持つ若い女性だった。彼女の名はリアナ。
「私は、この世界の『法則』が、どこから来ているのかを探しています。そして、その法則が、ある『意思』によって定められたものであるならば、その意思そのものを知りたい」
リアナの言葉は、アレスの探求と寸分違わぬものだった。彼女の瞳には、アレスと同じ、満たされない探求の炎が宿っていた。
「まさか、こんな場所で……」アレスは呟いた。
リアナは静かに言った。「私もです。この広大な世界で、同じ問いを抱く者に出会うとは。これは、単なる偶然ではないのかもしれませんね」
二人の間に、目に見えない絆のようなものが生まれた。異なる場所から旅立ち、異なる道を歩んできた二人だが、目指す「真実」は同じだった。アレスは、一人きりの旅ではないことに、確かな安堵と興奮を覚えた。
アレスとリアナは、エメラルドゥスに到着した。街は活気に満ち溢れ、様々な種族が入り混じり、まさにファンタジー世界の縮図だった。しかし、リアナはすぐに、この街の「不自然さ」に気づいた。人々の記憶が、まるで誰かに操られているかのように、画一的で浅いのだ。歴史書には、都合の良いことしか書かれておらず、異質な情報は徹底的に排除されている。
「まるで、誰かがこの街の記憶を『管理』しているようだ」リアナはそう言った。
アレスも、村で感じた違和感を思い出した。この世界は、あまりにも整然としすぎている。まるで、誰かの手によって、意図的に作られたかのように。
二人は、街の図書館で古い文献を調べ始めた。しかし、どんな文献にも「創世」に関する記述はほとんどなく、あっても寓話のようなものばかりだった。まるで、誰かが意図的に真実を隠しているかのようだ。
そんな中、二人は一冊の奇妙な書物を見つけた。表紙には何も書かれていないが、中には古代文字で何かが記されている。解読を試みたリアナは、その内容に驚愕した。
「これは……この世界の『設計図』だ」
書物には、世界の成り立ち、法則、そして、この世界を創った「神々」についての記述があった。しかし、その「神々」は、自分たちの存在を隠蔽し、世界を自分たちの都合の良いように操っている、と書かれていたのだ。
「神々は、この世界を自分たちの『箱庭』のように考えている。そして、その秘密を知る者を、徹底的に排除しようとしている」リアナは震える声で言った。
アレスは、ついに核心に触れたことを確信した。自分たちが探していた「創世の残響」は、単なる過去の遺物ではなく、現在進行形の陰謀だったのだ。そして、その陰謀を企てているのは、この世界を作った「神々」――つまり、私たち自身なのだ。
二人は、自分たちが想像もしていなかった、巨大な力を持つ存在を敵に回してしまったことを知った。しかし、それでも彼らの探求の炎は消えることはなかった。真実を知りたいという渇望は、恐怖よりも強かった。
アレスとリアナは、自分たちが「神々」の陰謀に巻き込まれたことを知った。しかし、二人の探求心は、恐怖よりも強かった。彼らは、この歪んだ 世界を正すために、「神々」に反逆することを決意した。
リアナは、古代文字の書物をさらに深く読み解き、「神々」の力を弱める方法を探し始めた。彼女は、この世界の「法則」が、「神々」の意思によって定められていることを突き止めた。もし、その「法則」を書き換えることができれば、「神々」の力を弱められるかもしれない。
一方、アレスは、この世界の各地に散らばる「創世の残響」を探し始めた。それは、「神々」が世界を創造した時に残した痕跡であり、彼らの力を示す証でもあった。もし、その「残響」を破壊することができれば、「神々」にダメージを与えられるかもしれない。
二人は、エメラルドゥスを離れ、新たな旅に出た。彼らが目指すのは、この世界で最も古い遺跡、星影の塔だった。そこには、「神々」が最初に世界を創造した時に使ったとされる、巨大な魔法装置が眠っているという伝説があった。
しかし、「神々」もまた、アレスとリアナの動きを察知していた。彼らは、様々な手段で二人を妨害しようとした。歴史を改竄し、偽りの情報を流布し、強力な魔物を差し向けた。この世界は、まさに「神々」の意思のままに動いていた。
それでも、アレスとリアナは諦めなかった。リアナは、知恵と魔法を駆使して「神々」の罠を回避し、アレスは、剣と勇気で敵を打ち倒した。二人の強い意志と、互いを信じる心が、彼らを困難な状況から何度も救った。
そしてついに、二人は星影の塔にたどり着いた。塔の中には、巨大な魔法装置が眠っていた。それは、まるで心臓のように脈打ち、世界全体にエネルギーを送り込んでいるようだった。
「これが、『神々』の力の源……」リアナは呟いた。
アレスは剣を構えた。「破壊するしかない」
二人は、「神々」との直接対決を避けるために、この魔法装置を破壊することにした。しかし、それは容易なことではなかった。装置は強力な魔法で守られており、近づくことすら困難だった。
それでも、アレスとリアナは諦めなかった。二人は力を合わせ、知恵と勇気を振り絞り、ついに魔法装置の破壊に成功した。
その瞬間、世界が揺れた。空が歪み、大地が裂け、これまで整然としていた世界の「法則」が、崩れ始めたのだ。
「神々」の力が弱まったのだ。
空に浮かぶ雲の形が定まらず、季節外れの小雨が降り始めたり、草木の成長が通常よりも早まったりと、些細ながらも奇妙な現象が各地で報告され始めていた。それは、「神々」の管理が緩んだ証拠であり、同時に、世界が新たな混沌へと向かっている予兆でもあった。
しかし、その混乱は同時に、アレスとリアナにとって希望の光でもあった。「神々」の目が一時的に逸れた今こそ、次の手がかりを得る好機なのだ。
リアナは、破壊された魔法装置の残骸から、微かに残るエネルギーの痕跡を読み取っていた。それは、遠く離れた場所から発せられている、しかし、この世界全体を繋ぐ巨大なエネルギーの奔流を示すものだった。
「このエネルギーの出所は……おそらく、創造主たちの本来の居場所。彼らがこの世界を創り出した『神の地』よ」
リアナの言葉に、アレスの胸は高鳴った。「神の地……それは、俺たちが探していた真実の場所、ということか?」
「ええ。ただし、書物にはその場所について詳しく記されていなかった。神々が、自分たちの聖域への道を隠蔽したのでしょう。しかし、この塔の残骸が示す波動を辿れば、きっと辿り着けるはずよ」
リアナは、自身の持つ羅針盤のような奇妙な道具を取り出し、破壊された魔法装置の残骸から放たれる微かなエネルギーの波動を読み取り始めた。
羅針盤の針は、まるで意思を持っているかのように震え、ある一定の方向を指し示していた。
その方向は、この世界の地図では「禁忌の地」とされている、広大な未開の山脈の奥地だった。そこは、凶暴な魔物が徘徊し、強力な自然の魔法が渦巻く、人間はおろか、どんな種族も近づかない場所として知られていた。
「容易な道ではないわ、アレス。神々は、自分たちの聖域を厳重に守っている。これまで以上に、危険な旅になるでしょう」リアナは、羅針盤から目を離し、アレスを見据えた。
アレスは、腰に提げた剣の柄に手を置いた。彼の瞳には、迷いはなかった。村で感じていた漠然とした違和感は、今や明確な敵意と、真実への強い渇望へと変わっていた。
「構わない。俺たちは、この世界の真実を知るために、ここまで来たんだ。どんな困難も乗り越えてみせる」
二人は、神の地を目指して旅立った。
最初の困難は、その禁忌の地へと続く唯一の道に設けられた、古代の結界だった。それは、自然の力を利用した強固な障壁で、並大抵の魔法では突破できない。リアナは、書物から得た知識と、自身の魔力を用いて結界を解析し始めた。結界は、世界の法則を歪め、侵入者を阻むために「神々」によって仕掛けられたものであった。
数日をかけ、リアナは結界の綻びを見つけた。それは、この世界の法則が揺らいでいる今だからこそ生じた、ごくわずかな隙間だった。
「今よ、アレス!この隙間から、一気に突破する!」
アレスは、リアナが作り出した結界の隙間へと飛び込んだ。一瞬、全身を痺れさせるような感覚が走り、視界が歪んだ。しかし、彼はひるむことなく前進した。
結界を突破すると、彼らの目の前には、これまで見てきた「あるある」な世界とは異なる、異質な風景が広がっていた。地面からは、奇妙な形をした植物が伸び、空には見慣れない色の光が瞬いている。空気そのものに、濃密な魔力が満ちているようだった。
そして、遠くには、霞みがかった空にそびえ立つ、巨大な山脈の影が見えた。その頂上には、まるで天空に突き刺さるかのように、巨大な建造物のシルエットが浮かび上がっていた。それが、彼らが目指す「神の地」の入り口だと、直感的に理解できた。
アレスとリアナの旅は、ここからが本番だった。待ち受けるのは、神々が隠蔽してきた数多の危険と、彼らが守ろうとする真実そのものだ。
アレスとリアナが禁忌の地の奥深くへと進むにつれて、世界の歪みは一層顕著になっていった。空の色は頻繁に変わり、大地からは不気味な鳴動が響き渡る。それは、神々の支配が揺らぐほどに、彼らが目指す「神の地」がこの世界の根源に近いことを示していた。
彼らの目の前に、突如として巨大な滝が出現した。それは、水の流れが時間すらも歪ませるかのような、超常的な光景だった。その滝の前に、四つの影が静かに立っていた。彼らは、人間とは異なる異様な威圧感を放ち、まるでこの地の法則そのものであるかのようにそこに存在していた。
「ここまで来る者がいたとはな」
その声は、響き渡る滝の轟音にもかき消されることなく、アレスとリアナの耳に届いた。その声の主は、精悍な顔立ちをした青年、イケだった。彼の瞳は氷のように冷たく、背中には光を放つ弓が背負われている。
その隣には、筋肉質で強靭な肉体を持ち、巨大な戦斧を携えたリンが立っていた。彼の表情は不動で、まさに岩のような堅牢さだった。
そして、その奥には、優雅な装いを纏い、繊細な杖を持つセイがいた。彼は穏やかな微笑みを浮かべているが、その眼差しには底知れない力が宿っているように見えた。
最後の一人は、他の三人とは異なり、どこか人間離れした、無表情な人形のような姿をしたタケ。彼の腕には、いくつもの仕掛けが施された奇妙な籠手が装着されており、その動きは予測不能だった。
彼らこそ、神々が「神の地」の入り口を守るために生み出した、究極の神の使いたちだった。
「これ以上は、進ませない」リンが低い声で告げた。
イケは、アレスの剣に、セイはリアナの杖に、それぞれ冷たい視線を向けた。「お前たちが、世界の法則を乱す者か。愚かな。この世界の秩序は、我らが主によって完全に守られてきたのだ」
リアナは、静かに答えた。「あなたたちが守っているのは、真実を隠蔽された偽りの秩序よ。私たちは、その真実を知るために、この世界をあるべき姿に戻すために来た」
その言葉を聞いた瞬間、タケの無表情な顔に、わずかな感情の揺らぎが見えたような気がした。しかし、それは一瞬のことだった。
イケは、弓をゆっくりと構えた。その切先は、アレスとリアナの心臓を正確に捉えている。「問答は無用。我らの使命は、侵入者を排除することのみ」
リンは戦斧を構え、大地が震える。セイは杖を掲げ、空間に魔力の波動が満ちる。そして、タケは、不気味な音を立てて籠手の仕掛けを起動させた。
アレスは剣を抜き放ち、リアナは杖を強く握りしめた。
アレスとリアナの前に立ちはだかる四人の神の使い――イケ、リン、セイ、タケ。彼らの間に張り詰めた空気が、滝壺の轟音すらも圧倒しているかのようだった。
「行くぞ、リアナ!」アレスは吼え、一気にリンへと斬りかかった。巨大な戦斧を振り回すリンに対し、アレスは持ち前のスピードと剣技で応戦する。重い一撃を紙一重でかわし、懐に潜り込んでは鋭い連撃を繰り出す。 リンの堅固な防御を崩すことはできないものの、その巨体を僅かに後退させることに成功していた。
同時に、リアナはセイの魔法と対峙していた。セイの放つ魔力は、空間を歪め、大地を隆起させるほどの規模だったが、リアナは冷静にそれを見極め、自身の魔力で相殺したり、地形を利用して受け流したりした。互いの魔法がぶつかり合うたびに、閃光が迸り、轟音が響き渡る。リアナの魔法は、セイのそれよりも洗練されており、精密な制御によって彼の攻撃を巧みにかわし、時には反撃の糸口を探っていた。
そして、イケの放つ光の弓矢は、まさに必殺の一撃だった。しかし、アレスは剣で弾き、リアナは魔力の盾で防ぎながら、巧みに連携していた。タケの予測不能な動きと奇妙な仕掛けは、二人の連携を僅かに乱したが、それでも致命傷には至らなかった。
「いける!このまま押し切るぞ!」アレスの声に、リアナも頷く。確かに、戦いの序盤は、彼らの連携と、未知の相手への対応力によって、優位に立っているように見えた。神の使いは確かに強大だったが、どこか手探りのような、全力ではない動きをしているように感じられたのだ。
しかし、その油断が、彼らの命取りになりかけた。
「ほう……なかなかやるではないか、人間にしては」
イケの口元に、冷笑が浮かんだ。その瞬間、彼の瞳に、今までとは異なる、強烈な光が宿った。
「だが、遊びはここまでだ」
イケが弓を引くと、その光の矢は、これまでとは比べ物にならない速度と質量を伴って放たれた。アレスが剣で受け止めようとした瞬間、矢は彼の剣を弾き飛ばし、そのまま肩を貫通した。「ぐっ……!」
リンの動きも豹変した。巨体を揺らしながら繰り出された戦斧の一撃は、空間そのものを切り裂くような破壊力を持ち、アレスを地面に叩きつけた。
セイの魔法は、もはや単なる攻撃ではなかった。大地は瞬時に溶岩と化し、空からは無数の氷の槍が降り注ぐ。それは、世界の法則を完全に掌握した者の、圧倒的な力だった。リアナは必死に防壁を張るが、その魔力はみるみるうちに消耗していく。
そして、タケ。無表情な人形が、突如として音もなく二人の間に割って入った。その籠手から放たれた不可視の衝撃波は、リアナの魔力の盾を粉砕し、彼女の体を吹き飛ばした。
「馬鹿な……これが、本気だと!?」アレスは血を吐きながら呻いた。
神の使いたちは、序盤の緩やかな動きが嘘のように、別次元の力を発揮し始めたのだ。彼らの攻撃は、一つ一つが世界を破壊しかねないほどの威 力を持ち、アレスとリアナの能力をはるかに凌駕していた。
「リアナ!逃げるぞ!」アレスは、痛む肩を押さえながらも、必死でリアナの元へと駆け寄った。このまま戦い続ければ、間違いなく命はない。彼らの目的は、ここで散ることではない。
リアナも、顔を蒼白にしながら頷いた。「ええ……今は、退くしかない!」
二人は、神の使いの猛攻を紙一重でかわしながら、必死で来た道を駆け戻った。背後からは、容赦ない追撃の波動が迫ってくる。イケの光の矢、リンの戦斧が大地を砕き、セイの魔力が空を焦がす。タケは、無機質な動きで二人の退路を塞ごうとする。
満身創痍になりながらも、アレスとリアナは辛うじて結界の隙間へと飛び込んだ。結界が閉じると同時に、神の使いたちの追撃は止まった。
息を切らし、地面に倒れ込んだアレスとリアナは、互いに顔を見合わせた。悔しさ、無力感、そして、圧倒的な力の差を前にした絶望が、彼らの心を支配しかけていた。
「これが……神の、本当の力……」アレスは呻いた。
リアナは、震える手で自身の杖を握りしめた。「ええ……私たちの、想像を遥かに超えていたわ。でも……」
彼女の瞳には、まだ諦めの色が宿っていなかった。「でも、これで分かった。彼らがどこから力を得ているのか、そして、どうすればそれを打ち破れるのか、そのヒントが見えたわ」
敗北の淵から、新たな希望の光が微かに灯った。彼らは一度は退いたが、真実への探求を諦めたわけではなかった。
アレスとリアナは、しばらくの間、人里離れた森の奥で傷を癒していた。肉体の痛みよりも、心の奥底に染み込んだ無力感が、彼らを苛んでいた。しかし、リアナの瞳に灯ったかすかな希望の光が、アレスの心にも再び火を灯す。
「分かったわ、アレス。彼らの力がどこから来るのか。神の使いは、私たちと同じように、この世界の『法則』の恩恵を受けている。しかし、彼らはその法則を自在に『操作』できる。まるで、彼ら自身が法則の一部であるかのように」
リアナは、ボロボロになった書物と、自身が持つ羅針盤を広げた。彼女の指が、世界の法則の複雑な流れを示す図をなぞる。
「彼らを打ち破るには、私たちもまた、この世界の法則を深く理解し、利用する術を身につけるしかない。あるいは、私たちだけでは届かない、もっと大きな力を持つ者の助けを借りる必要があるわ」
アレスは、剣の柄を強く握りしめた。一人で挑んで敗れた相手だ。仲間の必要性は、彼自身も痛感していた。
「どこへ向かう?」アレスが尋ねた。
リアナは、地図の、とある一点を指差した。
「この世界で、最も魔術の知識が集積している場所。そして、もしかしたら『神々』の目も届きにくい場所――魔法都市アヴァロンよ。そこには、世界の理を探求する魔術師たちが集い、独自の文化を築いていると聞く。
「私たちの知恵だけでは足りない。彼らの知識と力を借りる必要があるわ」
魔法都市アヴァロンは、巨大な魔力炉によって常に薄い光のベールに包まれていると伝えられる場所だった。そこは、世俗の権力からは独立し、ただひたすらに魔法の真理を探求する者たちが暮らす、ある意味でこの「あるある」な世界の中でも異質な存在だ。
旅は決して楽ではなかった。禁忌の地で受けた傷はまだ完全に癒えておらず、彼らの前には様々な魔物や、神々が放った追跡者の影がちらついていた。しかし、彼らは決して立ち止まらなかった。アレスはリアナを守り、
リアナはアレスの進むべき道を示した。互いの存在が、彼らを支える唯一の光だった。
数週間の過酷な旅の末、ようやく彼らの目に、遠く霞む巨大な光の柱が見えてきた。それが、魔法都市アヴァロンの象徴である魔力炉の光だった。
近づくにつれて、空中に浮かぶ島々や、奇妙な形状の建物が見えてくる。そこは、まさに魔法が日常に溶け込んだ、別世界のような場所だった。
「ついに着いた……」アレスは感嘆の声を漏らした。
リアナの顔にも、安堵と、かすかな期待の色が浮かんでいた。「ここならきっと見つかるはず。神々に対抗できる、新たな力と知恵が」
彼らは、アヴァロンへと続く唯一の浮遊橋を渡り始めた。そこには、世界の理を探求する者たちが集う、新たな出会いが待っているはずだ。そして、彼らが探し求める仲間の中に、神々の真実を打ち破る鍵が隠されているかもしれない。魔法都市アヴァロンの門をくぐったアレスとリアナの目に飛び込んできたのは、言葉を失うほどの光景だった。空中に浮かぶ巨大な魔力炉から伸びる光の筋が、街全体に張り巡らされた魔力ラインを照らし出し、建物一つ一つが魔法の光を放っていた。行き交う人々は、ローブをまとった魔術師や、見たことのない魔道具を携えた研究者ばかりで、まさに魔法が日常となった世界だ。
二人は、まず情報収集のため、街最大の図書館へと向かった。そこには、世界の歴史や魔法の法則に関する膨大な書物が収められているはずだ。しかし、彼らが探している「神々」に関する記述は、ここでも巧みに隠蔽されている可能性があった。
図書館の奥深く、古びた書物の山に囲まれて、一人の青年がいた。彼は、まるで周囲の喧騒が全く耳に入らないかのように、真剣な表情で分厚い魔道書を読み込んでいた。その指先からは、微かな魔力の光が漏れ出し、ページの文字をなぞるたびに、周囲の空気が僅かに震える。
彼の名はルイン。アヴァロンの魔法学校で、史上最高とも言われる成績を叩き出している天才魔術師だった。その知識は同世代の生徒はおろか、経験豊富な教授陣をも凌駕すると噂され、すでに多くの研究者から注目を集めていた。しかし、ルイン自身は、常に何かに飢えたように、さらなる真理を追い求めていた。彼の探求心は、この世界の既存の魔法理論の枠に収まらず、時に異端とさえ見なされることもあった。
アレスとリアナは、ルインの並々ならぬ魔力と、その真剣な眼差しに引き寄せられた。特にリアナは、彼が自分と同じように、世界の根源に迫ろうとしているタイプの人間だと直感した。
リアナは、慎重にルインに近づき、声をかけた。「すみません。少し、お尋ねしたいことがあります」
ルインは、本からゆっくりと顔を上げた。その蒼い瞳は、一瞬にしてリアナの魔力と、アレスの纏う奇妙な気配を捉えたようだった。
「私に、何の用ですか?」ルインの声は、感情をあまり帯びていないが、その奥には強い知的好奇心が宿っていた。
リアナは、彼が並の魔術師ではないことを確信し、単刀直入に尋ねた。「あなたも、この世界の『法則』の、さらにその先を探求している方ですか?」
ルインの表情に、微かな変化があった。彼は再び本に目を落とし、しばらく沈黙した後、ゆっくりと顔を上げた。
「そうかもしれません。私が見ているのは、既存の法則の『綻び』です。この世界は、あまりにも完璧にできすぎている。そして、完璧であるほどに、その裏には歪みが存在する」
その言葉に、アレスとリアナは顔を見合わせた。まさに、彼らが抱いている疑問そのものだった。
アレスが口を開いた。「俺たちは、『神々』と呼ばれる存在が、この世界を創り、その真実を隠蔽していると知った。そして、その力を弱めるために、新たな力を求めている」
ルインの蒼い瞳が、僅かに見開かれた。彼の心に、アレスの言葉が強く響いたのが分かった。彼が探していた「綻び」の正体、そしてその先にある真実の片鱗を、目の前の二人が持っているのかもしれない。
「『神々』……ですか。それは、私にとって、非常に興味深い仮説です」ルインは、その言葉に確かな好奇心を滲ませた。
彼らの出会いは、偶然ではなかった。それぞれの目的は違えど、ルインの探求心と、アレスとリアナが持つ「神々」に関する情報は、互いにとって不可欠なピースとなる予感があった。
ルインの協力を得たアレスとリアナは、魔法都市アヴァロンでの準備に取りかかった。ルインは、彼らが体験した「神の使い」の圧倒的な力を分析し、その「法則の操作」に対抗するための戦略を練り始めた。
「彼らは、この世界の根源的な法則を直接書き換えるように魔術を行使する。並の防御魔法では、その根本的な書き換えを防ぐことはできない。だが、逆手を取ることは可能だ」ルインは、幾枚もの魔道書を瞬時に読み解き、複雑な魔法陣の概念図を書き上げていく。その思考の速度と深さに、 アレスは舌を巻き、リアナも感嘆の息を漏らした。
ルインの提案は、彼らの持つ既存の力を最大限に引き上げ、さらに「神々」の法則操作にわずかな隙間を生じさせるための、緻密な戦術だった。
まず、アレスの剣は、アヴァロンの伝説的な鍛冶師の手によって、ルインが考案した特殊な術式が施された。それは、単に切れ味を増すだけでなく、魔力を帯びることで「法則の歪み」を一時的に安定させ、神の使いの攻撃をわずかに遅らせる効果を持つものだった。剣身に刻まれた神秘的な紋様が、鈍い光を放っている。
リアナの杖もまた、アヴァロンの最高峰の魔術師たちが用いる精霊石を埋め込まれた。これにより、彼女の魔力制御は飛躍的に向上し、「神々」の攻撃によって生じる空間の歪みを瞬時に読み取り、相殺するほどの精密さを獲得した。さらに、ルインの指導のもと、リアナは自身の得意とする属性魔法を、より効率的かつ強力に放つための新たな術式を習得した。
そして、ルイン自身は、自らの持つ膨大な知識を総動員し、**「法則干渉」**という独自の魔法を完成させた。これは、世界の法則の「綻び」を無理やり広げ、一時的に神の使いの法則操作を無効化する、極めて難易度の高い大技だった。成功すれば、彼らに反撃の機会が生まれるが、失敗すれば、術者であるルイン自身も世界の法則の歪みに巻き込まれてしまう危険があった。
「これは、あくまで一瞬の隙を作るためのものだ。その間に、アレスが敵を打ち破り、リアナが追撃を仕掛ける」ルインは、彼らの連携を再構築した。「そして、万が一のために、この魔道具を」
ルインが差し出したのは、彼が自ら作り上げた、奇妙な形をした転移装置だった。緊急時に即座にアヴァロンへと帰還できる、まさに切り札だ。彼は、二度目の敗北は許されないと考えていた。
三人は、アヴァロンの訓練場で何度も模擬戦を重ねた。アレスの剣技、リアナの魔法、そしてルインの計算された支援。それぞれが独立した力でありながら、まるで一つの生命体のように連携し、その精度を高めていった。
「準備は整った」アレスの瞳には、以前の無力感は微塵もなかった。あるのは、固い決意と、仲間への信頼だ。
リアナも頷いた。「今度こそ、真実の扉を開く」
ルインは、眼鏡の位置を直し、静かに言った。「私も、あなたたちの信念に賭けよう。世界の真実を、その目で確かめるために」
装備を整え、精神を研ぎ澄まし、新たな戦略を胸に。アレス、リアナ、そしてルインの三人は、再び「禁忌の地」へと足を踏み入れた。彼らの視線の先には、そびえ立つ神の地の入り口と、そこに立ちはだかる四人の神の使いの姿があった。今度こそ、彼らは勝利を掴み、真実へと到達できるのだろうか。
再び禁忌の地の入り口、滝壺の前にアレス、リアナ、そしてルインの三人が立っていた。目の前には、前回と寸分違わぬ姿で、四人の神の使い――イケ、リン、セイ、タケが彼らを待ち受けていた。彼らの顔には、わずかな嘲笑が浮かんでいるように見える。前回、人間を追い詰めた優位性を、彼らは疑っていないのだ。
「また来たのか。愚かな者たちめ」イケの冷たい声が、滝の轟音に交じって響いた。「一度負けたにもかかわらず、まだ命が惜しくないか?」
アレスは剣を構え、以前のような焦燥の色は微塵もなかった。 「今回は違う。お前たちの、本当の力を見せてもらった。だが、それだけじゃない。 俺たちは、お前たちの『法則』の綻びを見つけた!」
その言葉に、イケの表情にわずかな動揺が走った。リンの筋肉質な肩がぴくりと動き、セイの微笑みが消え、タケの無表情な瞳が三人に固定された。
「言ったはずだ。遊びはここまでだ」リンが戦斧を大地に叩きつけ、地響きを立てた。その瞬間、四人の神の使いから、前回アレスたちを圧倒した 強大な神力が解放される。滝の水は逆流し、周囲の植物は枯れ、空間そのものが彼らの意思によって歪められていく。
「ルイン!頼む!」アレスが叫んだ。
「任せてください、アレス」ルインは冷静に言い放ち、構えていた両手の平から青白い魔力の光を放った。彼の周囲に複雑な魔法陣が瞬時に展開され、呪文が紡がれる。それは、この世界の法則の「綻び」を無理やり広げ、神の使いの法則操作を一時的に無効化する、彼が編み出した大技、
「法則干渉」だった。
ルインの放った魔力は、神の使いたちの周りに張り巡らされた「法則の膜」にぶつかり、軋みを上げた。空間がひび割れるような音が響き渡り、神の使いの表情に、明らかに困惑の色が浮かんだ。彼らの纏う神力が、一瞬だけ不安定になる。
「今だ、アレス!リアナ!」
ルインの叫びに応え、アレスが先陣を切って飛び出した。彼の剣は、アヴァロンで術式が施されたことで、今までとは異なる鈍い輝きを放っている。リンの振り下ろす戦斧の重い一撃を、アレスは剣の側面で受け流した。
以前であれば弾き飛ばされていたはずが、剣に宿る「法則の歪み」を安定させる力が、衝撃を吸収したのだ。
「なっ……!?」リンが目を見開いたその隙に、アレスは素早く踏み込み、その巨体へと剣を突き入れた。肉を断つ確かな手応えがあった。リンの頑丈な肉体から、今まで見ることのなかった赤い血が噴き出す。
同時に、リアナが動いた。彼女の杖に埋め込まれた精霊石が輝き、周囲の空間に広がるセイの魔法の波動を瞬時に読み取る。 「法則の歪み、感知!相殺!」 リアナの放つ属性魔法は、セイの放つ溶岩の奔流と氷の槍を、その根源から崩すように消滅させた。彼女の魔力制御は、ルインの指導と訓練によって、以前とは比べ物にならないほど精密になっていた。 「まさか……!?」セイの余裕の表情が、驚愕へと変わる。リアナは、その隙を見逃さず、強烈な雷撃を放った。雷はセイの体を直撃し、彼の優雅なローブを焦がした。 イケは、アレスとリアナの連携に舌打ちをした。彼は再び光の弓を引くが、ルインの「法則干渉」によって、その矢の速度と威力はわずかに減衰している。アレスは、その僅かな隙を突いて、イケの矢を弾き、さらに懐へと踏み込んだ。 そして、最も厄介だったタケの動きも、ルインの「法則干渉」によってわずかに読みやすくなっていた。彼の無機質な動きは依然として予測不能だが、リアナはルインの指示と自身の魔力制御によって、タケが放つ不可視の衝撃波の軌道を瞬時に予測し、回避することに成功した。 「ここまでとはな……!だが、まだだ!」イケが叫んだ。彼の瞳が紅く輝き、全身からさらなる神力が噴き出す。それは、ルインの「法則干渉」すらも押し戻すかのような、圧倒的な圧力だった。リン、セイ、タケもまた、その限界を超えた力を解放し始めた。大地は本格的に裂け、空は雷鳴と共に割れるような音を立てる。 「くそ……!」ルインは額に汗を浮かべ、必死に「法則干渉」を維持しようとするが、神の使いたちの真の力は、彼の予想を上回っていた。 「やはり……完全には抑えきれないか!」
リアナも、激化する神の使いの攻撃に、防戦一方となる。 アレスは、リンの斧を受け止めながら、その威圧感に足が震えるのを感じた。彼らの力は、一時の減衰などものともせず、再びアレスたちを圧倒し始めたのだ。 「撤退だ!無理をするな!」ルインの声が響いた。彼は、緊急時用の転移装置を構える。 アレスは、リンの重い一撃を辛うじてかわし、リアナに駆け寄った。「リアナ!乗るぞ!」 「ええ!」 三人は、転移装置の起動光に包まれた。神の使いの猛攻が彼らを飲み込もうとしたその寸前、彼らの姿は光の中に消え去った。 残された神の使いたちは、静かにその場に立ち尽くしていた。イケは弓を下ろし、リンは斧を肩に担ぎ、セイは杖を優雅に回す。そして、タケは、無表情なまま、三人が消えた空間を見つめていた。 「……逃がしたか」イケが呟いた。「しかし、あれほどの傷を負わせて、そう長くは活動できまい」 「彼らは、この世界の『綻び』に気づき始めた。それは、我ら神々にとって、看過できぬ事態だ」セイが静かに言った。 「次こそは、完全に排除する」リンの声には、明らかな殺意が込められていた。
タケだけは何も言わず、ただ、三人がいた場所を見つめていた。その瞳の奥には、わずかながら、奇妙な好奇心のような光が揺らめいているように見えた。
アヴァロンに戻ったアレス、リアナ、ルインの三人は、前回とは比べ物にならないほどの静かな熱意に満ちていた。神の使いの圧倒的な力に一度は膝を屈したが、その敗北は彼らを絶望させるどころか、かえって彼らの探求心を深く、鋭く研ぎ澄ませていた。
「やはり、彼らの『法則操作』は、我々の想像を遥かに超えていたわ。私の『法則干渉』も、完全には及びきらなかった」ルインは、自身の研究室で、無数の計算式を書き込みながら眉間にしわを寄せた。壁には、神の使いの動きを再現した魔法陣の残滓が、まるで彼らの残像のように揺らいでいる。
「だが、ヒントは得られた。彼らの力は、世界の法則そのものから引き出されている。ならば、その法則の『根源』を揺るがせばいい」リアナが静かに言った。彼女の瞳は、以前よりも深く、宇宙の真理を見通すかのような輝きを宿している。
アレスは、手入れされた剣を構え、素振りを繰り返していた。彼の筋肉は、神の使いとの激戦で負った傷跡が残るものの、以前よりも引き締まり、その動きは洗練されていた。「理屈は分かった。問題は、どうやってそれを実現するかだ」
「そこで、これだ」ルインが、棚の奥から古びた巻物を取り出した。それは、アヴァロンの創始者たちが記したとされる、伝説の魔道書の一部だった。「この書物には、世界の法則を一時的に『書き換える』ための、禁忌の術が記されている。ただし、術者の精神と肉体に極度の負荷をかける。そして、これは一人では決して行えない」
ルインが示した術は、三人の力を合わせることで初めて発動できる、究極の連携魔法だった。アレスの強靭な意志が術の核となり、リアナの精密な魔力制御がその形を紡ぎ、そしてルインの膨大な知識が術を完成させる。
それは、神々が世界を創り出した時の「創世の残響」を模倣し、一時的に自分たちも「創造者」の領域に足を踏み入れるようなものだった。
数週間、三人は寝食を忘れ、訓練に明け暮れた。ルインは理論を突き詰め、リアナは魔力を研ぎ澄まし、アレスは自身の精神力を限界まで高めた。互いの呼吸、魔力の流れ、剣の軌道。すべてが完璧な連携を成すよう、彼らは魂を削るような特訓を重ねた。時には、ルインが過剰な魔力制御に失敗し、小さな爆発を起こすこともあった。アレスが精神的な負荷に耐えきれず、幻覚に襲われることもあった。しかし、その度に互いを支え合い、決して諦めなかった。
そして、彼らは新たな装備も開発した。ルインがアヴァロン中の希少な素材を集めて作り上げたのは、三人の魔力を増幅し、連携を円滑にする**「共鳴の腕輪」**だった。それは、それぞれの腕に装着され、淡い光を放っている。
「今度こそ、神の地の扉を開く。そして、この世界の真実を暴く」アレスの瞳には、かつての迷いはなく、ただ真っ直ぐな決意の光が宿っていた。
「ええ。私たちは、もう誰にも止められない」リアナの表情も、穏やかだが揺るぎない覚悟に満ちていた。
ルインは、いつもの冷静な表情の奥に、確かな興奮を秘めていた。「この世界を支配する法則に、私たち自身の意思を刻み込む。これこそ、真の探求だ」
三人は、再び「禁忌の地」へと足を踏み入れた。彼らの足取りは、前回よりも遥かに確固たるものだった。空は相変わらず歪み、大地は鳴動しているが、彼らの心には微塵の不安もなかった。彼らは、互いの存在を信じ、そして、自らの手で真実を掴み取る力を信じていた。
再び、アレス、リアナ、ルインの三人は、巨大な滝壺の前に立っていた。その轟音は、前回よりも大きく、まるで世界の終わりを告げるかのようだった。彼らの視線の先には、前回と同じように、四人の神の使い――イケ、リン、セイ、タケが静かに立ち尽くしている。彼らの纏う神力は、以前にも増して強大なものとなっていた。
「来たか、愚かなる人間たちよ」イケの声には、前回のような余裕はなかった。その冷たい瞳の奥には、わずかな警戒の色が宿っている。アレスたちの変化を、彼も感じ取っているのだ。
「二度と同じ過ちは犯さない」アレスは静かに剣を構えた。その剣身に刻まれた術式が、鈍い光を放っている。リアナも杖を握りしめ、その精霊石が輝きを増した。ルインは、三人の中心に立ち、「共鳴の腕輪」に魔力を集中させる。
戦いの火蓋は、ルインの言葉と共に切られた。「今だ、法則改変!」
ルインの腕輪が、青白い光を放った。彼の体から放射された魔力の波動が、滝壺の周囲に広がり、空間そのものを震わせる。それは、この世界の法則の「綻び」を無理やり広げ、神の使いの法則操作を一時的に無効化する禁断の術だ。だが、今回は前回とは違う。三人の魔力が共鳴し、その術はより深く、より広範な領域にまで及んだ。
「まさか……!?この領域まで……!」セイの余裕の表情が、驚愕へと変わる。彼の周りで構築されようとしていた強大な魔法陣が、ルインの干渉によって不完全に崩れ去る。彼の顔に、焦りの色が浮かんだ。
その隙を、リアナは見逃さなかった。彼女は、ルインの術によって不安定になった空間の歪みを瞬時に読み取り、天から降り注ぐような強烈な雷撃を放った。雷はセイの体を直撃し、彼の優雅なローブを焦がし、地面に叩きつける。
「くっ……!」イケは舌打ちをした。彼の放つ光の弓矢は、以前と変わらぬ速度でアレスへと向かうが、ルインの「法則改変」によって、その矢の速度と威力はわずかに減衰している。アレスは、その僅かな隙を突き、剣でイケの矢を弾き飛ばした。剣身に施された術式が発動し、イケの神力がわずかに乱れる。そして、アレスは一気にイケの懐へと踏み込み、その動きを封じた。
最も厄介だったタケの動きも、ルインの「法則改変」によってわずかに読みやすくなっていた。彼の無機質な動きは依然として予測不能だが、リアナはルインの指示と自身の魔力制御によって、タケが放つ不可視の衝撃波の軌道を瞬時に予測し、回避することに成功した。タケの攻撃が空を切り、彼らの足元を砕く。しかし、それはもはや、彼らを捕らえることはできなかった。
「馬鹿な……!これが、人間たちの力だと!?」リンが吼え、その巨体を揺らしながら、巨大な戦斧を振り下ろす。その一撃は大地を砕くほどの破壊力を持つが、アレスとルインの連携によって、その軸はわずかに逸らされた。
「今だ、リアナ!」アレスが叫んだ。
リアナは、ルインが放つ「法則改変」の波動と、アレスの剣が作り出すわずかな隙を捉え、全魔力を込めた一撃を放った。それは、この世界の法則を逆手に取り、神の使いたちの力の源泉である「神の地」のエネルギーを逆流させる、禁忌の術だった。
まばゆい光が、滝壺の全てを覆い尽くした。
光が収まった時、そこに立っていたのは、息を切らし、傷つきながらも、勝利の確信に満ちたアレス、リアナ、ルインの三人だった。彼らの前では、イケ、リン、セイ、タケが、深い傷を負い、その神力を大きく失った状態で倒れ伏していた。
「……信じられん。我らが……敗れただと……?」イケが、血を吐きながら呻いた。
リンは、悔しさに顔を歪ませ、セイは力なく杖を落とした。タケだけは、依然として無表情だったが、その瞳の奥には、わずかな動揺の色が浮かんでいた。
アレスは剣を鞘に収め、リアナは杖を下ろした。ルインは、激しい疲労に倒れそうになりながらも、その眼鏡の奥で勝利を確信していた。
彼らは、神の使いという強大な番人を打ち破った。そして、その視線の先には、霞みがかった空にそびえ立つ、巨大な山脈の頂上へと続く道がはっきりと見えていた。
「これが……神の地への道……」アレスが呟いた。
リアナは頷いた。「ええ。ついに、真実の扉が、私たちの前に開かれたわ」
勝利の余韻に浸る間もなく、彼らの心は、新たな探求への期待で満たされていた。神の地の奥に眠る真実とは、一体何なのだろうか。
真実を知った者は死ぬ。狼が神により執政を下す。頭にその言葉が入ってくる。
「もうここでパパッと終わらせちゃおう」
少し高い声が鳴る。アレス達は上を向く。そこには知らない三人の姿があった。
「君たちはここで死ぬ。それが運命だよ。あ、僕はチャーキーだよ。」
「ニオブだ。…。名乗る必要もないか」
「僕はイーロスです!今回は狼さんの命令で来ました!よろしく!」
アレスは武器を構える。
「あ、そうそう、君のお仲間は別のところに飛ばしといたよ。じゃあ、二人とも行ってらっしゃい。スポットライトは主人公に当たってないとね」
チャーキーは十字架の武器を異次元から取り出す。
瞬間でチャーキーはアレスの後ろに現れる。アレスは間一髪で剣で攻撃を防いだ。筈だった。十字架は光の刃を出しアレスを剣ごと貫いた。
「ここまで来たことはすごいから君たちは「新宇宙」で英雄の事にしたあげるよ」
チャーキーは刃をゆっくり抜く。
「もっと楽しませて欲しかったな~」
チャーキーの背後がアレスに向く。
チャーキーの腹が熱くなる。赤い液体がついていた。チャーキーはバタッと倒れる。
「やったね…けど…狼が死なない限り僕は何度でも、何度でも…蘇え…」
旧宇宙は消滅した。そうして「新宇宙」が誕生した。
そうして「ランダムワールド」が完成した。
どうでしたか?喜んでもらえると幸いです。また会いましょう。