第6話 「猫くんと猫ちゃん、わたしと大学の男」前編
転移モノ、ローファンタジーです。
人目を忍び猫の姿で異界を彷徨っていた魔術師と、彼を猫と勘違いし拾った女子大生の物語。
猫くんと芽唯流の間に大きな転機が。
第6話 前編です
第6話 「猫くんと猫ちゃん、わたしと大学の男」前編
昼近く。
午前の講義が終わり、わたしは猫くんの待つ公園へ向かう準備をする。
「おー、メイちゃん、今日も女神だねえ!」
白々しい言葉を奏でながら、しかも、わたしにではなく、壁に貼ってある映画のポスターの綺麗な女優に向かって挨拶するバカな男が現れた。
体育研究室の、カイ先輩。学校で一番モテてる、サッカー部のイケメン。
程よくバカで、程よくエロくて、程よく楽しく話題が豊富で、程よく格好良く背が高い。
多くの女子が惚れてしまう感じの男。コイツに付きまとわれるようになって何か月経つやら。
「はーい、勝手にやっててくださーいセンパイ。」わたしはそそくさと部屋を出ようとする。
「たまには一緒に飯食おうぜ。近くのうまい店紹介するからさぁ。」
「結構でーす。」
「最近、芽唯流は昼忙しんだよね~w」
友人のレンカが言葉を挟むが、わたしは余計なことを言うな、と目くばせする。
彼女は、わたしの鞄に時々潜んでいるナゾ生物を知っているのだ。
足早にわたしは研究室を出た。
「また来るからな~愛してるよ~めいちゃーん♪」
無視無視。
1コ上のカイ先輩に初めて声をかけられた瞬間には、本音を言えばドキッとした。
しかし、さんざ聞いてる女癖の悪さ、次から次へ捨てられた子の話。すぐテを出すとか部屋に連れ込むとかいう評判。わたしの警戒心はほぼMAXだった。
しかも、初めに声をかけて来たセリフがすごい。
「お~可愛い。やっぱ、お前だけだわ、この学校でオレに釣り合うの。付き合わね?愉しませてやっから」
何こいつ。何様こいつ。噂通りイケメンで背高くて格好いいけど。何こいつ。
「今、付き合うとかあんま興味ないんで。」
「じゃぁ時々来るから、違う返事よろしく!またな、芽唯ちゃん!」
それ以来、カイ先輩は時々来るのだ。で、わたしは常に逃げている。
さて、いつものタコ公園。そろそろ猫くんが来る時間。
今日は、珍しく手作りのベーコンエッグとプチトマトとサンドイッチなんだ。ほぼ人間の食べるものを好む猫くんは、”猫に食べさせてはいけないリスト”を気にしなくていいので非常に助かる。
「よ、メイちゃん!それ俺のためのお弁当?」
「カ、カイ先輩?どうしてここに?」
「研究室の可愛い俺のファンが教えてくれた。やっぱ持つべきは可愛い後輩だな。」
遠慮なく、カイ先輩はわたしの隣に座った。いや、近いって。マジ近いって。
こ、こんなとこ猫くんに見せられないよ!
大体、このお弁当はわたしと猫くんの!
「おーうまそ!手作り?サイコーじゃん。分けてくれよ。」
「い、いやこれは…」
視界内に、緑がかった黒猫が現れた。先輩の背後に。
でもいつもみたいに猫くんに声を掛けるわけにもいかない。どうするわたし!?
戸惑う私と違い、迷わない猫くんは、サッと人の姿に変身した。
あの、金の髪の。アイドルとしか思えないようなイケメンに。
服装も、以前わたしが「仕方なく」買ってあげた「現代風」の服装で。
猫くんは、センパイの後ろから声を掛ける。
「芽唯流、腹が減ってるんだ。弁当回してくれ。」
カイ先輩は、え、っと驚いた風に振り返り、立ち上がった。
「え、メイちゃん一人じゃねえの!?こいつ?こいつと食うんだったの!?」
先輩は数歩、後ずさった。
「マジかよ!こんな、ナヨナヨしたのが好みだったのかよ?やめとけ。オレの方が良いって。捨てろってこんなん!」
「痴話げんかに興味はない。どいてくれ。飯が食いたいんだ。」
猫くんはあくまでもクールに返す。
が、次の瞬間。
「!?避けろ!」
そういって、猫くんはカイ先輩を突き飛ばした。決して冷静ではなかったわたしは、センパイの後方から走り寄る人影の足跡も、長い剣を持ち走り寄る危険極まりない姿も気が付いていなかった。
猫くんだけは気が付いていたのだ。
風みたいなスピードで駆けよる見知らぬ男が、猫くんに剣を突き立てていた。
猫くんにはパッシブのバリヤーが張り巡らされている。それは知ってる。
それを、突き破って。
いや、正確には、いったん透明な何かに剣はぶつかって、僅かに軌道を変えて、猫くんの肩口に深々と突き刺さる。
ぐぅ、っと猫くんが低く呻く。
「猫くん!!」
先輩が居るにも関わらずわたしは叫んだ。
剣を刺した男は、猫くんの肩を支点に半円を描くように宙を舞い、反対側へ着地した。なんだか、操り人形みたいな不自然な動きで。
剣を刺したまま半円を描く?私は悲鳴を上げた。猫くん!猫くんの腕が!腕が!
それでも、猫くんは冷静に、傍目には千切れそうに見える腕を抑えながら男を追い始めた。
猫くんを追いかけようとしたわたしの手を、カイ先輩が掴む。
「め。メイちゃん見たか?やべえ、やべえよ!オレマジ殺されそうになったよ!あいつ剣を持ってたんだぜ!やべえって!!」
わたしは、怒りに荒々しく手を振りほどいて叫んだ。
「それしか言えないの!?いま先輩を助けた人が大怪我してんのに!自分のことしか言えないの!?」
涙が出てきた。
「二度と!二度とわたしに声を掛けないで!!」
わたしは猫くんを追って走り出した。足元には、点々と血の跡が続いていた。
―――猫くんにはすぐに追いついた。
「猫くん!追うのやめようよ!すぐ手当してあげるから!すぐ救急車呼んであげるから!」
猫くんの横顔を見る。初めて見る顔だった。笑ってた。怖ろしい顔で、笑ってた。
「200年ぶりだ、こんな屈辱は!!ふ、ふふ、殺す!殺してやる!」
だが、足取りは間違いなく重く、遅かった。わたしが追いつけるほどに。
数秒後。今度は突然、女性の声が後ろから聞こえた。
「どいたどいた、そいつはアタシの獲物だよ~!」
怖ろしく身軽に、なんと、わたしと猫くんの頭上をジャンプして飛び超えて行った。
後姿は露出の多い毛皮、お尻には、尻尾!?コスプレ!?
…じゃ、無いだろうことは、ここんとこの経験値で私は理解できた。先日の狼男のよう…。
ほどなくして、路地を曲がったところで剣戟が聞こえる。鋭い、金属がぶつかる怖い音が。
でも、わたし達が目にしたのは、剣と剣のぶつかり合いじゃなかった。
鋭く剣をふるう、でも何だかヨタヨタした動きの男。最初に猫くんの人の姿で観たような、皮鎧にブーツ、チョッキ、マント。ゲームで言うなら盗賊?
対するセクシーな女の子は、ビキニみたいな灰色の毛皮を身に纏い、指先から不自然に生えた2、30cmはあろうかという爪で戦っていた。
肩を抑えながら猫くんが叫ぶ。
「女!そいつは剣が本体だ!迂闊に触れるなよ!」
女性は戦いながら叫び返す。
「何だ、知ってんのか!その通り、こいつは呪いの剣!触れたものを操るのさ!」
彼女がそう言った時にはすでに勝負がついていた。カギ爪は男の左腕を切り落とし、もう片方の爪は腹部を抉っていた。
「ひ!」
わたしは目を背ける。猫くんと居ると怖い場面ばかり見てしまう。
彼女は、懐から美しい白布を取り出し、意気揚々とわたし達に見せた。
「これは高位のプリーストに清められた布だ。呪いの剣もこいつで包めば平気ってわけ。」
「まて。不十分だ。待て!」
猫くんの静止は彼女には届かなかった。
布越しに剣を握った彼女は、ひひひ、と笑い始めた。
―――「呪いの剣じゃないな。貴様。<意志を持つ剣>か。」
続く。