第4話 「猫くんと怖いアレ」
転移モノ、ローファンタジーです。
人目を忍び猫の姿で異界を彷徨っていた魔術師と、彼を猫と勘違いし拾った女子大生の物語。
第4話 短編です。
第4話 「猫くんと怖いアレ」
バラエティーのクイズ番組は、ほぼ理解できない。徹底的に芽唯流に負けるのが悔しい。とくにダジャレ系の解答だと、異邦人のこの私にわかるはずもない。
ので、芽唯流の横で、でろんと横になってふてっている。オヤジっぽいとか言われる。
最近は猫生活にも馴染んできた。芽唯流がいつも入れてくれるコーヒーは旨いし、この世界の菓子も絶品だ。2人(1人と1匹)で対戦するゲームも楽しいが、小声生活には不向きなアイテムだな。
向こうの世界には無い、あらゆる娯楽に浸かって、だんだん、自分が何者か判らなくなっていく。
芽唯流が、笑いながらバラエティーを見ている時のことだ。
ふと視線を感じて窓を見ると、窓越しに少年の顔が見えた。
猫はよく、一点を見つめて身構えるという。それが今の私だ。毛が逆立つ。見間違いかともう一度見る。
少年の顔がある。悲し気に。何かを訴えるような瞳。
あぁ、これは霊だな…。
いきなり核心に迫るホラーな単語で恐縮だが、向こうの世界では亡霊やら、ゾンビやら吸血鬼やらは私の退治する範疇だった…相手によるが。
大体、そういうのは、神聖魔法の使い手が得意とする所であって、私のような物理破壊魔法エキスパートの分野ではない。
知る限り、霊体には2種類存在する。1つは。一般に、魂と言われるもの。見えない、触れない、話せない。極わずかな能力者だけが接触できるという。本来であれば、私にも見えない。猫だから、見えてしまったのだろうか。<偽猫>である私には想像しかできないが。
もう1つは、思念体というもの。念の強さゆえに半実体化するもの。だが、半実体であるが故に、私の魔法で破壊できる。芽唯流の部屋で何回か見たホラー映画の敵ならば、難なく破壊できると思う。だが、今見えている少年は、霊魂だった。
少年が手招きをする。私に来いというのか?
正直言おう。破壊出来ない相手は怖い。だが、その悲し気な瞳につられ、私は窓を呪文で開き、窓枠に飛び乗った。
「ちょっと、猫くんどこ行くの?」
「あぁ、すぐ戻る。」
少年は、少し離れた路地に移動し、再び手招きをする。黒猫の私は、最大限の警戒をしながらついていく。消えたかと思うと、また少し離れた広場に現れる。コンビニの袋を下げた男が少年の隣を通り過ぎたが、気付くはずもない。幸せなことだ。
導かれ、やがて、高めの塀に囲まれた、雑草だらけの一軒家の、裏手に着いた。
少年は、庭の一か所を指さした。
その、一見何事もないように見える場所は、よく見えれば何かを掘り返したように雑草が土交じりになっている。何か固いもので無理に押しつぶした跡も見える。
「…キミが眠っているのはそこか?」
少年は悲し気にうなずいた。
「…殺した奴が、その家に住んでいるのか?」
再びうなずいた。
「良かろう、無念、晴らしてくれる。」
私は透明化の呪文を唱え、手ごろな高さの窓を呪文で開けた。
家に入る。パソコンに熱中する男が見えた。30代前半というところか。
画面にぶつぶつと文句を言いながら、銃を持った人間を操り。戦場を走っているようだった。
少年の悲し気な瞳。コイツか。こんな身近にも、吐き気のする事件はあるものだな。向こうの世界に比べれば、遥かに平和に見える世界だというのに。
昔の私なら、すぐに人間の姿に戻って、容赦なく私刑を行うところだ。だが、今は少々考えなければならない。芽唯流の嫌がるようなやり方は避けなければ…。
―――さて、それがどの程度世の中を守っているのかは、私にはまだ分からないが?
正当なる法の裁きとやら、是非この男に受けてもらおう。警察とやらに来てもらうのだ。
問題は、どうやってこの家に乗り込んでもらうかだ。
そもそも、「この夜に」、「この家の前を」。「たまたま」、警察が通らねば困る。
…さすがに、そんな偶然を呼び起こす魔法はない。悔しいが、シンプルに行こう。
この世界のシンプルと言えば、電話だろう?
――――――――――
ふむ、あったあった。これが「公衆電話」か。最近ではほとんど見かけないとか?ガラスで覆われたボックスねぇ…。
中に入れば電話が出来るはず…。取っ手が無いじゃないか。どう開けるのだ?魔法使うか。
…あ、押すんだな…。これなら猫でも開けられるな。
と、思ったら挟まった。痛かった。
私は誰も見ていないはずと思いつつ、赤面して周囲を見渡す…。
…見ていたのか、少年。その悲し気な表情やめてくれないか。
そして電話をかけ…るには、どうしたら良いのだ? 高さは飛べば良いとしても…芽唯流のすまほと全然違うじゃないか。
最終手段を取ろう。呪文。「疑似生命付与!」
公衆電話に、ぎょろりと2つの目玉が開いた。物体に一時的な生命と知能を与え、簡素な命令を聞かせる。それなりに高度な魔法。
…すまない、少年、そんなに怯えないでくれないか?
「お前の機能を使い、警察に電話を繋げ!」
マイクのようなパーツにグルグルしたコードのついた腕を器用に伸ばし、本体の一か所を…赤いボタンを指し示す。 …何? そこを押せ? それから110と押せ? それでいいんだ、ふーん。ポチ。
…少年。憐みの目で見ないでくれないか。私は異界人なんだ。
ようやくつながったオペレーターに、私は手早く用件だけ伝え、切った。
「緑沢町公園横の一軒家、赤い屋根の二階建てだ、表札?知らん。その家から連続して大きな悲鳴が聞こえた。大至急来てくれ!」
さて、これで本当に来るのか?警察とやら?
――――――――――
――おお、本当に来た。すごいな、警察。嘘ついて悪かったな。ありがとう警察。
…だが、家の前を通り過ぎそうになる。まて、それでは困る。「念動!」止まれ。
パトカーを呪文で押し止める。この位は容易い。
けたたましい音を立てて空転するタイヤに慌ててエンジンを止め、中から二人の警察官が降り、焦った様子で車の点検を始めた。
チャンスだ。お前たちの注目すべきは車じゃない。そっちの家だ!
「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」
一階の窓を衝撃波で次々に叩き割る。警察官は慌てて、家の玄関に向かった。
「開錠!」魔法で扉を勝手に開ける。
私は少年を見つめた。
「少年、不遜とは思うが、キミの亡骸をあの家の中にテレポートさせる。いいな?」
少年は頷く。
「…これで、あの男は逮捕されるだろう。そして、キミの亡骸は家族の元に帰ることが出来る。家族に心を込めて天に送ってもらえ…さらばだ、少年」
「転移!」
―――その後、塀の上に寝そべりながら、少しだけ、事の顛末を見守った。男が警察に運ばれるまで。
男が半狂乱になりながら、「埋めたんだ!確かに俺は埋めたんだー!」と叫ぶ声を、耳障りに思いながら。
…結局、この日は随分と帰りが遅くなり、芽唯流に叱られた。
――――――――――
―――3日後。
芽唯流の膝の上でTVを見ている。止せばいいのに、恐怖映像200連発とかいう…。
<本物>は一つもなさそうだが。ぎゅっと私を抱きしめている所も見ると、怖いもの好きの怖がりというパターンらしい。
…ふと、視線を感じる。
私は窓をじっと見た。少年が見える。少年は少し寂しそうな顔で、私に深々と頭を下げた。
天に昇れそうかい?
少年は微笑んで、私に小さく手を振った。
私も微笑んで、すこし手を振った。
「…猫くん…」
「ん?」
「誰に手を振ったの!?」
「ん?いや、顔を洗っただけだ。」
「うそ!窓見てたじゃん!!」
妙なところだけ鋭い。芽唯流は顔を真っ青にしてTVを消す。
「そんな番組見てるから勘違いするんだろう」
「違うもん!猫くん今、なんか見てたもん!!」
観察力だけはあるなぁこいつ。浮気はすぐバレそうだ。
「寝る!わたし寝るー!」
私をがっちり抱きかかえて、ベットに潜る。
だからやめろというに!私も男なのだから困るんだって!
「猫くんがいれば、お化けでも勝てるよね・・・」
どうやら本気で怖いらしい。
仕方ない。本当に仕方ない。背中を向けてなら何とか自制できそうだ。
いや、自制しろ。芽唯流が寝付いてから、いつもの毛布に潜ろう。やれやれだ。
――――――――――
…しばらく、時間が経って。
芽唯流の可愛らしい寝息が聞こえてきたころ。私はちょっとだけ振り返って芽唯流の顔を見た。
「…大丈夫だ。お前だけは…守ってやる。安心しろ…。」
毛布に移動するのも面倒になってきた。情欲にも打ち勝って眠くなってきた。
再び背中を向けて、静かに眠りに落ちる…。
浅い眠りの中で、芽唯流の声が小さく聞こえたような気がした。
「…もしかして今、私に告った?…ねぇ、猫くん?…猫くん?…はは、んなわけないかあ…」