第2話 「猫くんと狼」後編
転移モノ、ローファンタジーです。
人目を忍び猫の姿で異界を彷徨っていた魔術師と、彼を猫と勘違いし拾った女子大生の物語。
第2話 後編です。
第2話 「猫くんと狼」後編
―――それから数日。
猫くんとわたしの、秘密の女子寮生活。ルール違反の背徳心をちょっぴり感じつつも、わたしはシアワセを感じている。
一度、「動物の鳴き声?」と寮母さんに疑われ、扉を開けられた時は息が止まったけど。猫くんは透明化の呪文を唱えて、事なきを得た。危なかった。
猫くんは思った通り、優しい子だ。問題も起こさないし、わたしを傷つけることもしない。
しいて言えば、猫くんは言葉をしゃべるので。ちょっと”男の人”扱いしちゃうわたしが居て、服脱ぐときとか、つい視線を気にしてしまう。
最初は全く気にしなかったけど、沢山話しているうちに何となく気にするようになっちゃった。猫くんは悪くないんだけど。
もうすぐ7月。終わってない課題多し。ゼミ仲間と共同の課題があったりして面倒。そんな、レポートに追われるわたしを尻目に、猫くんは最近すっかりTVっ子になっている。このネットの時代に、TVっ子である。特に、教育番組と歌番組を見ている。
言葉は呪文で概ねわかるらしい。現にわたしは猫くんとお話しているけど、実際は魔法で言葉の翻訳をしているんだって。つまり、猫くんはあっちの言葉を使っているに過ぎなくて、わたしもこっちの言葉しか使っていない。魔法って便利。不思議。
で、教育番組。お気に入りは、「みんなでガクガク!不思議な科学の世界!」。
…子ども向け。
昨日は、「芽唯流、分子とは、何だ?」と聞かれて焦った。
電波とは?シャボン玉とは?人工甘味料ってなんだ?そして、一つクリアするたびに、浮かれた口調でぶつぶつ言いだす。
素晴らしいぞ、その現象と組み合わせれば新しい呪文効果を生み出せるかも知れん!とか。これで何度か聞いた。うざい。
レポート追われてるんだから後にして!と本当は言いたいとこだけど、キラキラした目で聞かれると可愛くてつい答えちゃう。あぁ、猫って罪…。
次に、音楽番組。ここは何があっても撮影タイムである。
猫くんの好きなのは何とラップ系。猫くんは吟遊詩人だったとか。芸能猫か!ナニそれ!と思ったけど。
2足立ちで踊りながら、小声でにゃ、にゃ、歌ってる姿はもう、もう、萌える!可愛くてちぬ!最前列で撮影!
コレを動画配信したら…猫ファンが卒倒するに違いない!
見せたい気もする!!どうせ誰も信じないけど。CGとしか思われないだろうけど。
…猫くんに出会ってから、私の大学生活は崩壊し始めているかもしれない…。
私の夢は、英語の先生になることだったはず。入学したてのこの2か月で、新しい夢に目覚めてしまいそう。
何だろう、よく、わかんないけど。
―――こうして始まった、忙しいけど、充実した猫くんとの毎日。
…そんな矢先、血なまぐさい事件は起きた。
ネットニュースの事件がすぐ近くであったというのは、ちょっとこわい。
<熊に襲われたと思われる男性の…>
冗談じゃない。春先ならいざ知らず。まして町中に出るとか恐怖。
謹んでご冥福をお祈りするけど…可哀そうだけど…。
こんなんなら、休校じゃないの!?……なんで通常登校なん!?
わたしは猫くんにねこなで声。(笑)
「猫く~ん、一緒に大学行こう~?怖い獣が近くに出たらしいんだよ?こわいな~いやほんとに怖いんだけど。猫くんなら余裕だよね?学校の中は適当にブラついてて良いからさ。チキン買ってあげるからさ。お願い!」
「大学というのは、上級の勉学を修める所だったな。となれば、専門的な書物や事象の専門家があるわけだな…。」
猫くんの興味はわたしのボディーガードでも、獣でもないようだった。
「待ってる間、図書室で本を読み漁ってても良いけどさ…」
わたしの少々拗ねた言い方にも何の反応もなし。ちっ。
さて、ただのわがままを発揮しつつ学校へ向かうわけだけれども。実はあっという間につくわけで。ここは寮なわけで。それでも、本当に熊がでたらイヤ。背中に猫くんが居るだけでとても安心していられる。
「…遠くない森に多少なりとも熊や鹿が居ることは知ってるが、ならば何故お前たちは武装しないのだ?」
「ん~、本来は住み分けできていて、人を襲うのは稀なんだよ。開発の影響とか頭数が増えたせいとか聞く
けど…。基本的には見かけたら警察に連絡して追い払うか銃殺か…みたいよ」
「中心街でたまに、武装しているらしき男を見かけたが?」
「わかるの!?それ多分、反社の人です…」
「反社とは…?」
―――正門の入り口にたどり着くと、小さな声で、猫くんが言った。
「芽唯流。残念な知らせだが、どうやらその獣が居るように思う。」
校門近くには次々に学生が集まっている。
「ど、どこに…?」
わたしは震える声で言う。
「わからない。匂いがしただけだ。この状態では呪文が不便だ。早く降ろせ。」
そんなとき、前から人々のどよめき。
「うわ、何だこのでかい犬!?」
「中に入ったぞ!」
大きな体が自動ドアの向こうに消えるのが一瞬見えた。
「芽唯流、私を降ろして帰れ。」
「けものって、熊じゃなくて、あの大きな犬!?まるで狼みたい」
「…ほう、判るのか。すごいな。」
猫くんは、背中の大きなリュックからひょいと飛び降りて、駆け出して行った。
帰れと言われても!猫くんを置いていけないじゃない!
わたしは猫くんを追った。
大学の入り口は騒然としていたが、”大きな犬”という扱いで、すぐさま警備の職員が棒を持って回り始めた。同時に校内放送が入る。
「ただいま大きな犬が敷地に入りました。警備員が捕獲しますので、刺激を与えないようにしてください。
また、発見次第、総合事務にご連絡お願いします!繰り返します…」
玄関ホールを駆け抜けたわたしは、小さなしっぽが人気のない実習棟へ向かうのをみた。
猫くん、あっち!
魔法使いの猫くんとはいえ、相手は凶暴な犬?狼?。朝のニュースもあいつ!?うそでしょ!?狼とかこの地方居ないよ!?猫くん大丈夫なんだろうか?呪文を撃とうとしている間に噛みつかれるとか無いのかな?
息を切らせて、曲がり角近く。向こうから話し声が聞こえる。わたしは最大限息を抑えて、その言葉をこっそり聞いた。
「まるで山賊か野党の様な服装だな。周りの人間に合わせる気はないのか?狼?」
猫くんの声だった。正直、あの時のキミの服もだよ、と思った。
「…お前、黒猫。お前もこの世界の住人ではないな。同郷か?ならば喰わずにおいてやる。俺のすることに関わるな。」
「やれやれ、少しはこの世界のことを勉強したのか?ここは人ひとり殺されれば大騒ぎになる世界だぞ。大人しく働いて焼き肉でも食ったらどうだ?」
「何を気にする必要がある?この世界の者どもが俺を殺せるか。知っているよな。我ら人狼を人が殺せるか?せっかくのエサ場だ。存分に楽しませてもらう。ここは、若いのが多いようだしな。」
「私は…犬は大好きだ。昔、大切なパートナーだった。だが、狼は嫌いでね。本当は群れるくせに孤高ぶるところが気に入らん。」
「俺は、猫は嫌いじゃないぜ? 何と言っても、泣きわめく声がかわいらしい。」
通路のすぐ近くで、ドン!という重い音がした。
続いて、宙を舞う猫くんがわたしのすぐ近くに着地してきた。
「意外と速いじゃないか!猫!」
「危ない危ない。人狼は呪いの塊なんだっけな。もう少しでフィールドを貫いた爪が当たるところだったよ。」
「猫くん!!大丈夫!?」わたしは思わず声をあげる。
(ちなみに、あとから猫くんにがっつりお説教された)
「そこに、旨そうな女の匂いがするな、お前の知り合いか?」
「…だからどうした?脅すか?私から狙いを変えるか?やってみろ。お前にはもう、許しを請う時間も与えない。」
猫くんは人間の姿になった。わたしの嫌いなあの姿に。
「見せてやる、<神速の吟遊魔術師>たる所以!」
猫くんは、あの3つの金の指輪をした左手を口元に当て、右手を小さく、呆れるほど早く細かく動かしながら、呪文を唱える。唱えるって言っていいんだろうか、まるでラップのような高速の詠唱。
そして、前とは違って、絶えず意思疎通できるように<会話の呪文>をかけてもらっている私には、その呪文の意味が、いつかとは違って凡そ聞き取れた。
「障壁」「障壁」「障壁」「障壁」「障壁」「障壁」
「拘束」「雷電」「雷電」「雷電」「光弾」「光弾」「光弾」
ゲームで見かける魔法ってこんなんだっけ!?
炎の精霊よ我が右手に集いて刃となり~とかとか、長々キメて呪文発動じゃないの?
有り得ないほど早く、次々に魔法が発現していく。
左手の指輪を口元に当てながら、右手を高速で動かし、空中に記号を描く。まるで歌っているみたい。不覚にも、気に入らない姿の猫くんは、格好いい…。
上半身が狼に変化した人狼の周りを、光る半透明の板が囲む。4面+上下。完璧な封じ方。でも、各壁の間には全て10cmくらいの隙間が空いていた。
人狼の体を、いつか見た光の針金がからみつき、さらに、電撃が貫いて、最期には光の矢が何本も体に突き刺さる。人狼は苦痛の吠え声をあげた。
神速の、は適当に名乗ってたんじゃないんだ。
でも、人狼は体中から血みたいなものをまき散らしながらも、まだ不敵に笑っていた。
「おお、痛い…だが、死ねないねえ…。回復しちゃうんだよ、俺たち人狼は!この壁も何秒持つ?魔術師!偉そうに言っておいて、その実、その娘を逃がすためにただの時間稼ぎを思案中か!?」
猫くんは黙っていた。わたしを、助けるための魔法?驚くより、少し嬉しくなったわたしは馬鹿なのに違いない。
「やはり、銀の方が楽か…。面倒だな。楽な所から持って来よう。」
猫くんは、わたしをチラッと見て、言った。
「はは、怒るなよ芽唯流?世のため人の為だ」
「へ?」
吟遊魔術師は歌うように次の魔法を連続で唱える。
「物質召喚…召喚…召喚…召喚!」「裁断」「裁断」「念動」「念動」
突然テレポートで空中に現れる銀の<ティーセット>。
それ、どっかで見た!
それは魔法の刀で次々に小さな尖った破片に切り分けられた。…当然、私の部屋のティーセットな!
そして、壁にある10cmほどの隙間から、動きを止められた狼男に向かって高速で飛んで行った。
隙間は最初から攻撃のために開けてたんだ…。
可哀そうに思えたけど、銀の破片を体中につきたてられた狼は、悲鳴を上げ”伝承の通り”に動かなくなった。半分人間の姿だったそれは、大きな獣に戻っていった…。
いつの間にか元の姿に戻った猫くん、背中のリュックに飛び乗る。
「逃げるぞ。面倒ごとはごめんだからな。<転移!>」
わたしを巻き込んで、テレポートの呪文が唱えられた。空気が歪み、風景が歪み、一瞬目の前が暗くなる。
次の瞬間には、寮の部屋に居た。土足で。オイ。
逃走が簡単だったのは良いんだけど、わたし達の姿は防犯カメラに写ってないだろうか。それだけが心配。ウチの大学、細い通路には置いて無いはずだけど…。
ちなみに。わたしは結局、この日も講義に出ることはなかった。
―――わたしの部屋にて。
「猫くん、ありがとうね、わたしを守ってくれて。」
大奮発のケ〇タチキンを差し出し、猫くんを抱きしめた。
ブニャ。
いつものように、両手でしっかりチキンを抱え、幸せそうに頬張る。
それから、少しして、猫くんはぼんやり上を見る。猫くんは考え事をする時、上を見る癖がある。
「あの狼は、きっと私と同じ世界から来た。次元を超えてきた魔物が、あいつだけとは限らないな。本当は、どこにゲートが開いていたのか、それを聞き出したかったのだが…。」
わたしは後ろから猫くんを抱きしめて言う。
「帰ろうとか、思わなくていいよ。一緒に居よ?」
猫くんは、何も言わなかった。
イエスもノーも、言わなかった。