第29話 「猫くんと姫と兄弟と」前編
遥か昔、300年前のおとぎ話。生意気な青年が、竜を倒し、領主になるまでの物語。
猫くんの、過去。
ローファンタジーです。TRPG、RPG好きな方ぜひ。前編です。
魔法使い、猫くん 第29話 「猫くんと姫と兄弟と」前編
かの赤竜王を退治してくれ。かの竜王が率いる竜の群れを追い払ってくれ。勿論、存分な報酬を払おう。
「いいや、報酬は不要。もう、道すがら竜の軍勢の被害は嫌という程見て来ましたからなー。これは我々の天命ってとこですなー。軍の方々は避難と防御に徹して頂ければ結構ですわい。」
リーダー格である長兄のチャル。気さくな人柄、瞬間蘇生を容易く出来るのみならず、メイスを鬼神のごとく振るう武と聖に長けるありえない破戒僧。
「うむ。」
次兄のム=ラはただ頷く。彼は「うむ」、しか言わない、否定は無言。白い仮面をつけているが、一族の伝統らしい。仮面の下はかなりの美丈夫なのだが、我々しか見たことは無いだろう。身長2m20cmの巨漢で、3mもの巨大な剣を自在に操る、人間離れした筋力と卓越した技能を持つ化け物。
「何という、無欲な…。感謝いたします。流石は近隣最強と言われる冒険者…」
折衝にあたる大臣は心底ほっとしている様に見える。だろうな、我々を金で雇えば並みでは済まない。
「気にしないで下さい。人々の安全の為に出来ることをするまでです。」
3番目の兄。トラス。精霊の申し子。精霊王を複数召喚できる精霊使いの王。この歯の浮くセリフも本心から言っているからタチが悪い。
「え?くれるっていてんだから、もらえるモンは貰おうよ?奪うわけじゃないんだし。」
4番目の兄。シオン。商魂たくましい。悪いことはしないくせに死の商人を名乗っている。短剣の達人。目の前で気配を消せるのは彼ぐらいだ。
その4番目の兄の意見に私は同調する。というか、それ以上に乗せた。
「ふん、ただでありがたく使おうなどと調子に乗るな。金は要らん。だが私には<領地>とこの国最高の美姫でも用意して貰おうか。」
黙ってヨコに立っていた、赤いローブの年老いた魔術師が初めて口を開いた。
「ふーむ、竜の軍勢を追い払おうというのだ、本心なら検討しよう。」
この時初めて、そう、初めて、私は気圧された。この魔術師、この私より魔力が上だ…初めて見た、初めて会った。戦うとなれば、勝って見せるが。
「おい。レーテ。やめろ。これは人々の命をかけた戦いだ。報酬など竜の宝で良いだろう。」
「…ふん、冗談だ。」
たしなめられ、渋々従う。いや、正直に言えば、単に、お人好しの集団である我々を使い勝手良く利用されるのが嫌だったので、つい、ワルぶって見ただけなのだ。が。
「…領地ね。領地など手に入れてどうしたいのかね?支配者にでも憧れるかね?」
魔術師が、覗き込むように聞いてくる。
「冗談と言っただろう。食いついてくるな。ただ…故郷を焼かれた者には、村1つ守れない国の支配者など尊敬に値しないということだ。私が治められたなら…。」
「ストップだ、レーテ。」
トラス兄の言葉に、私は踵を返し、無言で、あてがわれた部屋に向かった。
兄弟たちは、大臣と打ち合わせを続けているようだ。兄弟。血のつながらぬ、幼馴染5人の兄弟。
少年の日。我らが不在の折に村を焼き討ちにされ、本当の家族は皆殺しにされた。
ただの落ち着いた田舎の村だったのに。慎ましい平和と笑顔を共有する暖かい村だったのに。兵士崩れのまとまった規模の大きい野党だった。富も、有り余る食料も、若い女も…奴らが求めそうなものは何一つない村だった。だからなのかもしれない…。
村人全員の墓を建てている時に通りすがった、ベテランの冒険者たちに師事を請い、駆け出しの冒険者として腕を授けてもらった。私が選んだ魔法の取得には早くて1年、普通5、6年かかるものだと笑われたが…私は6日間で覚えた。初期の魔法のみだが。信じてくれるものは少ないんだがね…。
<招来的に配下となること>が教えを受ける当初の条件だったが、我々の才を認めた彼らは、<将来にわたり敵対せぬこと>と条件を変えた。今となっては判る気がする。
簡単に言おう、後にその野党を見つけ出した我々は、正面から挑み、壊滅させた。
ハ.昔話だ。
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翌朝。出発する我々の元へ、魔術師と一人の可憐な少女がやってきた。
「才気ある竜よ。お前の望む美姫。連れて来た。お前の世話をさせる。お前の為に随行するが…ハッキリ言うがテは出さぬこと。」
「な…!?冗談だと言っただろう!」
「その魔力で、少女一人守れぬか?領地を守りたいなど程遠い話よな…」
「む…」
「あきらめろ、レーテ。一枚上手だ。美しい少女じゃないか。」
「わたしは…わたしの名は、ディム。身の回りのお世話、お料理などさせていただきます。レーテ様」
「レテネージ・メイフィールドだ。気やすく呼ぶな。」
「はい、メイフィールド様…。」
「だめだなーレーテ、優しくしろよー」
「うむ」
自分が言った、ひねくれ者の一言のせいで、少女は私の世話係としてついてくるようになった。
肩で切りそろえ、ウェーブがかった金色の髪。その顔も、肢体も、仕草も、可憐という表現以外に言葉が出てこない、淡く透き通って輝く蒼のよう。触れる事すら禁忌のよう。
…それが彼女、ディム。
彼女は、こちらとしては惜しい事に、ドレスではなくボトムであり、手袋を外さず、肌の露出をあからさまに最低限にしていた。それは初め、女性としての警戒心かと思った。私をはじめ兄弟たちに、無理やり女性を汚す男は絶対にいないのに、と。だが、その予想は違った。彼女には肌を隠す理由があった。
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竜の大群との戦いは、我々を英雄として知らしめた最大の冒険。何週間もかかった。何か月も戦った。一年だったかもしれない。竜王の元へたどり着くのは並大抵のことではなかった。
先兵のドラコニアたちを葬り。町を、村を開放し。
竜を信仰する人間の勢力はいつの間にか暗躍し、影日向に敵対してきた。
またある時は、上空に舞うワイバーンと戦う最中、秘境の山でロック鳥のツガイと協力し敵を追い払う。親二匹は亡くなってしまったが…。卵は守った。卵からかえったヒナは、私を親と思い懐いてきた。…長く共にするパートナーの一人?となった。
最終的に赤竜王と対峙するまでにはずいぶん時間がかかった。荒ぶる竜王とはいえ、長く生きた知恵を有する、人を超える存在である竜王は、容易く居場所を特定させず、適切に配下の竜を操る。また、その根城は人間が入り込むにはあまりに過酷な環境であり、行く手を阻む。根城、それは人には有毒な噴煙に満ちた火山だった。
それでも奴を徐々に追い詰めた我々は、火の山に忍び込み最後の決戦を挑むことになった。その際、ディムは、十分に離れた町に残ってもらった。彼女が魔法を使えることは知っていたが、彼女の元に私の使い魔を残した。私の初めての使い魔であり、信頼する執事のような、美しく珍しい緑がかった黒猫を。
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…赤竜王は上空からあふれ出す濁流の様に炎を吐き出す。
トラスがフェンリルとリバイアサンを召喚し、二重の防御幕を張った。
チャルは、神聖魔法の盾と鎧をまとい、雄たけびを上げて宙を舞う。
ム=ラは3mに及ぶ魔剣<グルムウィング>を振りかざし、竜を猛追する。
シオンは姿を消し、竜の背後から弱点を狙った。
私は、仲間に飛行能力や対炎、各種のブーストを与えた後、巻き込まぬよう氷撃の魔法やブレードの魔法で竜の体を切り刻む。
竜王との空中戦は長く緊迫したものとなったが、戦いの最中、シオンが竜の頭に見つけた冠が、事態を大きく動かした。
それは、魔の力で禍々しい穢れを放っており、竜を狂わせていると思われたからだ。
我々は目的を竜の殲滅から竜の解放に変えた――。
―――つまるところ、魔の化身だったわけだ。その冠そのものが。竜に捧げられた宝物の中に忍ばせていたというところか。戦いの最中に本性を現したデーモンは、最期には竜王自身に嚙み砕かれた。
赤竜は一般に乱暴で怖ろしいと言われているが、操られていた竜王は、我々との交渉に応じ、戦いを辞めた。それはプライドでもあったのかも知れない。他の竜も、この赤竜王の命で動いていただけだったため、撤退にすぐに従った。
<キルメット火山群周辺に我らは棲む。人里には降りぬ。人は近寄るな。この約束は1000年に及ぶ聖なるものとする。>
人間と、竜の王による誓約が結ばれた日となった。
竜王の軍勢を追い払う。我々の役目はこうして果たされた。
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王都へ帰る旅の途中。竜王から沢山の宝を受け取った我々には、栄光しか待っていないはずだった。王都に着けば、国を挙げて祝福されるだろう。英雄として。
だが…。
ある夜。その日は、湖のほとりで野営となった。食材を上手に活用し、ディムが手料理を皆へ運び、まるで宴のような楽しい夜だった。
夜の歩哨、今夜は私。湖のほとりの小さな岩の上で、使い魔と共に魔物が近寄らぬよう意識を張る。
…ディムが隣にやってきた。
その頃、私の心は、既に彼女のものだった。
普段から決して手袋を外さない彼女。どんな火傷やケガであろうと私の気持ちは揺らぎもしないだろうに。だが、手をつなぐときも彼女は手袋を外さなかった。
「レーテ、竜の大群から国を救った英雄ですね。本当におめでとう。」
「そんなことはどうでもいいんだ。私の興味は今、別なところに在る。」
ディムは顔を下に向ける。
「…ごめんなさい、今夜で、わたしの役割は終わっちゃうみたいです…。」
「何のことだ?」
「ごめんなさい、貴方を騙してごめんなさい…でも、貴方は素敵な人だって伝えたから…。」
彼女は涙を流さなかったが、泣いているようだった。
「わたしを、わたしを許してくれるなら…城に迎えに来て」
「迎えに?」
「ごめんなさい、もう、もう時間が…」
ディムの動きが止まった。人形の様に。仕掛けの切れたおもちゃの様に。
…そして、砂になって崩れた。
「ディム!!ディムー!」
私の叫びで仲間が跳ね起きる。
「何があった!レーテ!」
私は、答えられなかった。何と言えば良いのか。
「みんな、許してくれ。抑えられない。明日には英雄ではなくなるかもしれない…ごめん」
私は上空を睨みつけながら、呪詛を吐きながら、飛びたつ。
「私を騙したな、マーリーン!!」
王都の、ディムを連れてきた魔術師。初めて見た、私より魔力が上の恐るべき存在。
「殺す!」




