第26話 「わたしと猫くんの■か■■ん」
診察の帰り道、突如現れる、正体不明の怪異。猫くん不在の中、芽唯流がたった一人で立ち向かう。
ローファンタジーです。お時間ある方、TRPG・RPG好きな方ぜひ。
魔法使い、猫くん 第26話「わたしと猫くんの■か■■ん」
講義の帰りに隣町まで来たことは猫くんには内緒。
で、大切な診察の後、私はバス停のベンチで呆けている。
もしかしたら、親が見たら怒り出しちゃう姿勢でいま座ってるかもしんない。
この街の、通称レンガ通りのレディースクリニック。
…私に渡されたエコー写真に在る小さな小さな小さな命。
そ。やっぱり、そうだった。だと思ってたけど。
後悔なんてしないけど。なかったことにもしないけど。
猫くんは喜んでくれる?パパママには何て言う?大学はどうなっちゃう?
この先に控える難関を思うと重いなぁ。そんなこと考えちゃあこの子が可哀そうか。
でも、不安だなぁ…。何だろう、この自信の裏に在る漠然とした不安。
あー、この私がママなんてな~。瑠香なんて言うかな~。
「サミーちゃん、出て来て。」
「宜しいのですか?」
「うん。」
胸のブローチから、ポンッというよりは煙の様にたなびいて、目の前に白い猫が実体化する。
「いかがなさいました、芽唯流様?」
「うん、ちょっと話を聞いてほしくて。」
「はい、なんなりと。」
「ね、猫くんは喜んでくれるよね?」
白猫は微笑んだように見えた。
「主を深く知る私が保証いたします。主は今夜、喜びの美酒に酔うことでしょう。」
「だよね、だよね、だよね。困った顔なんてしないよね。」
「当然です。芽唯流様。私も祝福いたします。」
「…ありがとう、サミー。ほんの少し、勇気が出て来たよ。帰って、猫くんに報告しなきゃね。」
「はい、芽唯流様。」
わたし達は、微笑みあった。
そして、バスが近づいて来たあたりで、わたしの見ている<画面>は突然スローに変わり、止まった。
バスが音ひとつ無く急停車し、走っている子供は片足を宙に浮かせたまま止まった。
キャスター付きショッピングカートを杖の様に支えにしながら押す、おばあさんも。
風もなく。風どころか空気の動きもなく。音もなく。
50m、位の先に、空気の歪みが…今の私には判る、門、が渦巻き現れる。
門は、一組のカップルの、女性の腰あたりを中心に渦を作る。最終的に男性の体半分くらいまでが渦で見えなくなった。次元の門は、一切場所を選ばないんだなぁ。吸い込むタイプとは違うんだろうか?あの人たちはなんともないんだろうか?渦が消えたら何一つ気が付かず、笑顔で歩き出すんだろうか。
渦から、何か、…来る。
「ね、猫くん!猫くんを呼んで!サミー!!」
「で、出来ません…。」
「何で!!」
「時間が、止まってます。」
「うそ!?」
――――――――――
以前、時間停止魔法は究極呪文の一つ、猫くんはそう言った。
そして、実際に彼が止めていた時間は僅か数秒だと思う。
…ずっと、止まっている…有り得ない…猫くん以上の魔力?
そんな、わたし達で何とか出来るわけない!
「隠れてください。止まったフリを。急いで!」
わたしは、曖昧な返事のあと、大急ぎでバスの陰に隠れた。
…隠れた場所、バカじゃん!?動き出したら轢かれるじゃん!バカじゃんわたし!!
移動を事態は許してくれなかった。次元の裂け目から、黒い……。
…影、が出て来た。小学生くらいの小さ目な影だけど、なんか、形の定まらぬ影だった。
息を殺して様子を見る。
頼むからこっち来ないで。今のわたしに、走らせるとか転ぶとか、させないで。お願い。
影は、あたりをきょろきょろ見渡すように頭?を動かすと、まるでパニックにでもなったかのように、暴れ出した。目の前の街灯を腕で薙ぎ払う。街灯は折れた状態のまま、止まった。
次にトラックの後方を殴った。トラックの荷台部分は反対車線までスライドし、文字通り「く」の字に曲がる。動き出して対向車止まれるかギリギリのあたりで。
次にそいつは、バスの方に向き直った。
こ、来ないでよ!お願い!
願いは通じ、バスの少し横。歩道に目掛けて、怒りの矛先を何処かに定めるでもなく、腕を振り回しながら。
そこには、その先には、おばあさんがショッピングカートを押していた。
あぁ、こんな時、なんでわたしは動けるんだろう。
考えたかったけど、考える暇もなく、わたしは飛び出して陰に向かって叫んだ!
「やめなさい!おばあさんが死んじゃう!」
影が。足を止め、こっちを、目が無いクセに、見た。
そして、言葉を、口が無いクセに、発した。
<…ヤメナサイ…?>
サミーちゃんが私の足元から呪文を打ち出した。
「光弾!」
光の攻撃呪文は影の頭を吹き飛ばし、でも一瞬で影は元に戻った。
「…なんで…無事なの?」
<「ブジ」 「ヤメナサイ」 「ナンデ」>
影は、うねうねしていた腕を少し人間ぽくして、<目>と<口>を付けた。生み出した。
なにコイツ!?成長してる?
目と口を付けた<影>は明らかにわたしを見て、腕を伸ばしてきた。
「芽唯流様!飛行呪を!」
そうだった、私には5つ呪文が使える指輪がある。戦えるモノはないけど、いや、1コあるけど、使いたくないし。
「飛行呪!」指輪を掲げて、飛ぶ。飛ぶのは少し慣れてる!
飛んで、ビルの屋上に降りた。
下の様子を見ようとしたら、ビルの屋上近くのコンクリートを砕いて、アイツは追ってきた。
「アンタ何してんのよ!今の砕いた破片、下の人に当たったら大ケガするじゃん!!」
影は首を傾げた。
<「ケガ」 「アタル」 「ヒト」>
「どこの世界の誰か知らないけど!何で乱暴なことするの!異界の存在だって優しい人居るんでしょう!?違うの!?」
後ろから、サミーが羽を生やしたまま叫んだ。
「芽唯流様!私の手に負える相手では在りません!ごめんなさい!30秒!自分の力でしのいでください!!」
サミーが、そう言った次の瞬間、一瞬風が顔に触れたような気がした。気づいたらサミーの姿は消えていた。
無茶言わないでよ。こんなのに触れられたら一撃で終わっちゃうよ!
30秒って何のこと!?どういう意味!?
影は何か言いながら近づいてきた。
<「ランボウ」 「ヤサシイ」 「チガウ」 「ニゲテ」 「ゴメンナサイ」>
そして、鼻を、首を、腕を、足を。生やした。
わたしは再び宙に浮いて距離を取った。あぁ、この前の猫くんの戦いみたい。
わたしは空中から、影だったものを見た。
そこには、白いカーディガンと茶色いスカートを着た、幼い少女が居た。とても可愛らしい顔立ちをしていた。服装はわたしの…服装と同じだった。
彼女…は追ってこなかった。
だから、わたし…から近づいて、5mくらいの所に着地した。
彼女がわたしに近づこうとする。
わたしは両手を前に出して、決意を込めて、制止した。
「来ないで。あなたが遊びのように触れるだけでも、この世界のものは軽く壊れてしまうの。それを望んでないなら、来ないで。わたしに触れないで。」
彼女は、困惑の表情を浮かべながら、足を止めた。裸足だった。靴まではコピーしなかったのかな。見えなかったのかな。
「わたし、お腹に赤ちゃん居るの。触れないで。壊さないで。大切なの。絶対守りたいの。」
「 あかちゃん 大事 壊れる 望まない 触れない 守りたい 大切 」
少女は、靴を履いた。髪が、わたしと同じくらいに長く伸びて、肌の色は白く美しく、でも髪の色はわたしと違って金色だった。
少女は、わたしに拒絶され、自分を抱きしめるように、両肩を掴んでいた。
わたしは、勇気を出して。戦う勇気を出して。
…母親の勇気を…初めての勇気を振り絞って…。
彼女に近づき、抱きしめた。
「あなたは、本当は優しいのね。きっと、生まれたてでこの世界に迷い込んだのね。大丈夫。分かり合える心が、どこの世界にもきっといるよ。お帰り、あなたの世界にお帰り。」
なんでかな、今は信じられる。この異界の何かを。生まれたてだった、無垢な魂を。
「でも悪いことをしたら、ごめんなさいをするのよ。戻せるものなら、バスや、街灯を直して。瓦礫が動き出したとき当たる人はいない…?」
わたしは、彼女と共にビルの下へ降り、瓦礫の落下地点に人がいないのを確認して、元の場所へ戻る。
戻りながら、彼女はまるで猫くんの魔法の様に。バスの位置を戻し(荷台一部変形)、街灯を垂直にし(凹んでるけど)、歪みの渦へ帰ってきた。
わたしは、小さな妹と歩くみたいに少女と手をつないでいた。
手を握りつぶされる心配はしなかった。
少女の髪に、影の黒いススのようなモノが付いているのが、なんか悔しく思えた。
バックからブラシを取り出して、彼女の綺麗な金色の髪をとかす。
鏡を見せる。
「ホラ。かわいい。」
「 カワイイ 」
少女はわたしのお腹を指さして、もう一度言う。
「 カワイイ? 」
「うん、多分、誰よりカワイイ。」
少女は、笑った。わたしも笑った。
「バイバイ。そっちの世界にも、きっとあなたを解ってくれる仲間が居るよ。出来る事なら。あなたはそっちの世界で優しさを広げてよ。」
わたしは、どうしても言いたくなった一言を、彼女に捧げた。
「そして、ありがとう。わたしにママとしての勇気をくれて、ありがとう。生まれたての女神さま。」
わたしたちは、もう一度抱き合って、サヨナラした。
渦は消えた。風が吹き始めた。カップルが歩き出して、わたしはぶつかりそうになって、慌てて避けた。だから、走りたくないんだってのに。
世界は動き始めた。今まで通りに。ふと気づくと、わたしを乗せるはずだったバスも無慈悲に出て行った。ひでえ。
「芽唯流」
覚えのある声に、振り返る。早歩きしながら。涙をこらえる。
バカやろー何してたんだよ。サミーちゃんも酷いよ。早く助けに来いよ。
文句を言いたかったのに。涙が先だった。
パン屋の横の細い路地で、わたしは彼に抱きついた。昼間なのに。
「見事だった。さすが芽唯流だ。」
「見ていたの!?」
「サミーは手に負えぬと判った瞬間に、全魔力を使って時間を止めたのだ。正確には、私に伝える時間を30秒作りだした。」
サミーちゃんの言う30秒、そういうことだったのか…。
「…特殊な、弱い時間停止…その代わりに長く止められる。不思議な魔力だ。魔法かどうかも判らない。だが、範囲内の魔力のあるものは止められないらしいな。」
わたしに魔力? あったっけ。
「サミーちゃんは?」
「使い魔が大魔法を使ったのだ。全精神を使った。今は寝ている。」
「良かった…無事なんだね…。」
猫くんは、心から感心したように、珍しく素直にわたしを褒めたたえる。
「私なら、あのような解決は出来なかっただろう。純粋に戦いになったと思う。芽唯流、お前のように、おせっかいな優しい心が私には無いからな。」
「勇気が…出せただけ。あの子を見ているうちに、母親の勇気が…。」
「猫くん…。」
パン屋横の、昼の路地裏で。排気口から焼き立てパンの美味しい匂いのする路地裏で。
「わたし、あかちゃんができた…」
――――――――――
この町はハッキリ言って都市圏の端の端。空港はあるけど小さい。
例の、道の駅は近い。生活に必要な施設は意外と(失礼)結構揃っており、しかし電車は30分に一度。ちょっと車で走れば、綺麗な田園が広がる。
その町のさらに端の端。
そこに、巨大な建築物が2つ建てられ始めている。
ご当地の方々も首をひねる。
1つは、菱川グループのホテルが建つらしい。何もないこんなところに何故高級ホテルを建てるのかと、投資家の情報集めが必死に行われているらしい。
もう1つには、近寄ることも出来ないという。地元のやんちゃな若者が夜に忍び込もうとし…怖しい化け物に追われた噂があるとかないとか。
そ。その謎の建築物こそ、猫くんが個人建設中の、マイホーム。
「お前に見せたいものがある!」
あかちゃん報告に舞い上がった猫くんが連れて来たのがココ。わたしも初めて来る。
白のシート幕に覆われ、隠された巨大な建築物。わたしは、彼に連れられてその幕の中へ進む。
あー、わかっちゃうよ。見る前にわかっちゃうよ。この人バカだよ。バカ。でかいよ、でかすぎるよこの家。わたしに何人子ども産ませる気なの。しまった失言だ照れる。
そして、手をつなぎながら、一歩入る。見上げる。
あぁ
思った以上に…
「ねぇ猫くん。」
「驚いたか?ここがお前と子どもに捧げる安らぎの家だ。」
「猫くんって、バカでしょ。」
「な!?」
見上げた先には、城があった。白い大理石の巨石造り、てか、砦。もはや巨大な砦!!
誰と戦争するつもりなのか。ヨーロッパに在る超有名な城塞に似ていた!
もはやバカ!!何人で住むの!どうやって管理するの!この地震大国と言われる要免震構造な国で総石造り!?
建築は想像するに5割がた終わっており…てか、実際に城を建てると国家予算クラスの費用って誰か言ってたなぁ…。しかも、早。めっちゃ早。なんでこんなに建築が早いわけ?
足元を、わたしの膝上くらいの半透明な妖精さんたちが建材を運んで走り去っていく。
察し。
わたしは、笑いだしてしまった。
あはは、バカ。猫くんってほんと、バカ!
「う…もっと喜んでくれると思ったのだが…」
「ううん、喜んでるよ!嬉しい!!バカなだけ!」
猫くんはすごく複雑な顔をした。いつもの仕返し。
「小さな女の子が喜んでくれそうなお洒落でカワイイ内装にして。」
「まだ、性別は判らないんじゃなかったか?」
わたしは、そっとお腹に触れながら、あの少女を思い出す。きっと、この子は女の子だ。
そう。あの少女が進んだ先の世界は、どんな所なのかな。素敵な世界だといいな。
…そこは案外、わたしのお腹の中だったりするかもね。




