第8話 「猫くんと吊り橋効果」
転移モノ、ローファンタジーです。
人目を忍び猫の姿で異界を彷徨っていた魔術師と、彼を猫と勘違いし拾った女子大生の物語。
次の猫動画を撮影するため、山奥の渓谷に来た2人の前に、思い詰めた女性が…。
第8話です。 TRPG、RPG好きな方、お時間のある方、お暇つぶしに。
第8話 「猫くんと吊り橋効果」
「次の猫動画はゼヒこの場所で撮りたいわけ。」
「山頂付近の幅広い吊り橋で、晴れていれば峡谷の絶景をバックに猫ダンス!ほら見て、次の曲に会うと思わない?」
「で、麓までは車で行けて、そこから歩くんだって。1時間くらい。獣よけのスプレーとか鈴とか念のため必要ってガイドには書いてあるけど、これはまぁ無くても猫くんが居れば安心だよね。」
ぜえぜえ、一気にまくし立てて疲れた。
「で、車などない我々は、またまた列車の旅をして、私はリュックに詰め込まれるというわけか?」
ウチの猫は冷ややかに言う。
「いや、今日の降水確率0%です。」
「…さすがの私もオマエの日本語が破綻しているのは分かるぞ。」
「つまり。」
「つまり?」
「お空を、自由に♪飛べる魔法をかけてよ~♪(ギリギリ?)」
わたしは両手を合わせ顔の左右にくねくね。俗にいうおねだりダンスで黒猫の反応を見る。
「おい、もうすぐ19歳。」
「なぁに?300歳?」
「…まぁいいか。今の結構可愛らしかったので乗ってやる。要するにまた飛びたいわけだな。」
「うん♡」
ウチの黒猫は深くため息をついた。
こうして、今回は山奥に向かう。
さあ、行こう!ド〇ちゃん!!(ギリギリ?)
――――――――――
今回は、「透明化」の魔法もかけてもらった。
「飛行呪」の魔法で空を自由自在。今回は猫くんのサポート無しで飛んでみる。
仰向け飛び~いや、前見えないから危ないな。手を前に出してヒーロー飛び~。これはちょっといいな。
背中のリュックから、「電線より高く飛べよ!」と注意が飛んできたがけど、ギリギリも結構楽しいんだもん。思ったより顔に風が当たる。今度バイクのヘルメット買おうっと。
―――さて、晴れたお空を満喫したところで。
まず、麓の売店に立ち寄り、一度トイレタイム&おやつ補充。次に登山道も一気にすっ飛ばし。わたしたちは吊り橋の所まで一気にたどり着いた。時刻は丁度12時。ダンスの後は2人でお弁当食べるんだ。
猫くんがリュックから出て準備体操を始めた。ぷ、かわいい…、やっぱ猫くんは猫…だなぁ。
で、32mあるという、ちょい有名な吊り橋を渡り始める。別に揺れて怖いほどではないけど、とにかく高くて怖い。幅も2mはあるし、両側のワイヤーは頑丈そうだし、普通に歩ける人は歩けるだろう。
わたしは足がすくみそうだけど、実はまだ飛行呪がかかっているので、絶対落ちない。はず。
…しかし、吊り橋のど真ん中に先客が居た。
歳は少し上かな、20代だと思う。わたしよりちょっと大人の雰囲気。真似事のメイクを始めたばかりのわたしと違い、ちゃんとしてる。清潔感あって、柔らかい感じの人。肩まで伸びた髪は少し茶色で、ちょっと可愛い感じの…女性が、谷底を覗き込んでいた。
白に淡いモーブのカジュアルな靴を綺麗に脱ぎ揃え……足元にハンドバッグを置き。
ひやあせあ…冷汗が出る。
「ああぁあのお…、い、いいお天気ですねえ…」
わたしは勇気を振り絞って話しかけた。
「わ、わたし今日はここで動画撮ろうと思ってて、あはは、こんな人気のない所まで来ちゃいました~。ははは…あの、こちらに来ませんか、そんなとこ居たら落っこちちゃいますよ…お話、しませんか…?」
女性はわたしを一瞥して、再び谷底を見つめた。
見つめながら。
「綺麗な子…あんたみたいな綺麗な子に、私みたいな底辺のオンナの気持ちわかんないよね…」
「そ、そんなことないです、あなたも十分、す、素敵だと思います…」
「お世辞いいし。まぁ、最期に誰かと話せたからもういいかな。ありがとう。」
「ま、待って、お願いもう少しお話ししましょうよ!」
「どうして昼間に死ぬことにした?」
猫くんが、いつの間にか人の姿になって、話に入ってきた。
お、お願い止めてよ…何とかしてよ猫くん!
「は?関係ないじゃん。あんた誰?この子の彼氏?お似合いだね。すっごい美男美女で…。うらやましいよ、妬ましいよ、腹立つくらい。正直。」
「昼間なら、誰かに合うかもしれないと思って居たから、昼に来たんだろう?」
(ちょっと!そんなあおるような事を!)
「んなわけないでしょ!夜の登山道なんて、くる奴いる!?」
「一人で死ぬなら、ベストだろう。例え、道を間違えて迷おうと、崖を踏み外そうと本望のはず。」
「違うって言ってるじゃん!」女性は涙を浮かべていた。
「飛び降りるなら、止めはしない、自分の人生だ。ここで止めても繰り返すなら同じこと。死ぬがいいさ。」
「猫くん、それはひどいよ…見損なったよ…」
猫くんはわたしの非難を無視して、女性に近づいた。
「それ以上近づくと飛ぶ。」
猫くんは歩みを止めず、
「だから止めないと言ってるだろう?だが、興味はある。」
「興味!?私が死ぬところを!?じ、人生の最後に出会ったのがこんな鬼だとは、とことん私の人生最悪だよ!何一つ報われず!」
猫くんは両手を広げて言う。
「さすがにそうは言わんよ、興味があるのは、貴女の人生。何があって死を選ぶ?それが知りたい。」
「………」
猫くんは女性の手前で、橋の上に腰を下ろした。
「聞かせてもらえないか?どうせ死ぬのだろう?場合によっては、恨みの一つや二つ、家族への伝言でも請け負ってやる。」
女性は、大きく深呼吸して、大きな声で言った。泣きながら、事の顛末を。吐き捨てるように。
―――よくある話。と、彼女は言う。夢を叶えるつもりで入社した会社では孤立して仲間がおらず、頑張って考え出した企画は上手いこと同期に奪われた。会社で恋仲になった男にはあっさり裏切られ…。そんな話…。
「何一つ良いことなかったよ。至って平凡な私の、平凡な不幸。でも、もう耐えられないよ!せめて、終わりには、昔、家族で来たこの場所がいいと思った…!きっと、この場所は私を快く迎えてくれる!」
「…家族に謝れ…」
「え?」
「良いことが無かったって何だ?家族と幸せな時間があったんだろう?だからここへ来たんだろう?」
「今更、どんな顔で…!家に帰れって言うのよ!」
「貴女がどんな理由で家を出たのかは知らんよ…。だが、それでもマシだ。私の家族は、私が幼い時にみんな殺されたからな。」
(え!?)
―――グルルルルル…
吊り橋の向こう側に、大きな黒い塊が姿を現し、ゆっくりと近づいてきた。
え、マジ? こんな昼間から? 熊!?
動物園以外で初めて見る、大きな、大きな羆…時に人を…襲う…。
「…ね、猫くん!!」
「貴女の運が悪いのは本当だなあ。羆が来たよ。一番近いのは…貴女だな」
女性は恐怖で動けないようだった。その場で座り込み、走り出すことも出来ない。
いや、走ったらダメなんだっけ!?
女性は、地面をはいずりながら、猫くんに向かってかすかに声をあげた。
「た、たす、助けて…助けてええ」
「…その依頼、受けよう。」
走り出す、羆。
「芽唯流、飛べ。とにかく飛べ!」
言われるままに、わたしは上空に飛んだ。確かに、これならわたしは安全だけど!?
「融解」「融解」「融解」「融解」「融解」「融解」「裁断」
獣の側、吊り橋の半分を守る全てのワイヤーが焼き切れた。
そして、2mの幅を持つ鉄板が、一瞬で切断される。
つまり…
吊り橋は<獣>を巻き込んで、真ん中からブランと突然垂れ下がった。
…彼女も足場を失い落下する!?
女性の悲鳴がこだまする…でもその体が落ち始める前に、猫くんが空中で彼女を抱きとめた。
羆は、深い谷底へ落ちていく…。
「だ、大丈夫?ですか…?」
わたしは二人の近くに飛ぶ。
猫くんは、下を覗き込むように宙に浮かびながら、腕の中に居る彼女に言った。
「見ろ。あの獣を見ろ。きっと、全身の骨がバラバラだろう。この後、沢のカニや虫に喰われ、魚に喰われて行くんだ。」
女性は口をきつく結び、ぼろぼろ涙を流していた。
「あれが、貴女が望んだ最後だ。なぁ、貴女はあんな死を遂げるに相応しい罪でも犯したのか?」
「…してないもん…」
「貴女は、一生懸命働いたんだろう?一生懸命、誰かを好きになったんだろう?」
「…うん…」
「じゃぁ、間違っていない。その場所が不似合いだっただけだ。とっとと別な場所でやり直せばいいさ。クソみたいな職場とクソみたいな男は捨てて、素敵な職場や素敵な男と出会って、いつか忘れてしまえばいい。」
「アンタの彼女みたいに美人じゃないよ、私。ちゃんと魅力あるのかな。いつか誰か本気で振り向いてくれるのかな。」
「当然だ。」
「嘘つき。」苦笑いする彼女。
猫くんは、そのまま腕の中に居る彼女にキスをした。
「な、なにやってん…!」
わたしが激怒する前に、彼女は大声で泣き始めた。
猫くんの腕の中で。
――――――――――
「じゃぁね、2人ともありがとう。いつかまた、会えたらいいね。」
「…華凜さんもお元気で、負けないでね!」
「お前がもう一度死にたくなったら私の所へ来い。私の奴隷にでもなるか、それとも、魔法で猫にでもなって、毎日を好きに過ごすか。選ばせてやる。」
わたしは猫くんの頭をぶったたいた。
ちなみに、華凜さんが、わたしと猫くんがワイヤーを掴むでもなく、吊り橋の半分に立つでもなく、空中に浮いているのを理解してパニックを起こし、落下しそうになったのは30分前。
猫くんが魔法使いであると話をして、ようやく信じてくれたのは10分ほど前。
「私の平凡な人生、何か変わった気がするよ。魔法なんて初めて見た。そんな世界があることを初めて知った。私も…変われるよね、きっと。」
わたしは、出来る限り力強く、うなずいた。
「じゃぁな。テレポートで貴女を麓へ送る。私達のことは誰にも話さない約束、守ってくれ。」
「あ、待ってよ猫さん」
華凜さんがわたしの元へ走りより、耳元でささやく。
「難しそうなカレだけど、幸せになってね。」
「そんなんじゃありません。彼は。」
「そう?さっきキスした後、すっごい顔してたじゃん?」
「…違います。見間違いです。気のせいです。元々目つき悪いって有名です」
「ぷ、かわい。じゃね。」
華凜さんは猫くんに走り寄る。
「…転移」
華凜さんは、多分、麓の駐車場へ。
―――華凜さん。幸せになるといいなぁ。
「さて、器物破壊したことだし、向こうに人が居ないのを確認してから帰るとするか。」
「そうだよ、なんでわざわざ橋を…」
ああ、そうか…。
猫くんなら攻撃魔法で難なく撃退できたはず。
思いとどまらせるために、か。
どうせ、衝動的に飛び降りても、魔法で止めたんだろうな。
「…見損なったとか言ってゴメン。猫くんが何も考えずに言うわけなかったね…。」
「…でも、別のことでは見損なったね。」
当然、さっきのあの事を思い出したわけだけど。
ここで拗ねたらわたしが嫉妬してるみたいじゃん?
この前は…確かにわたしからしたけど、あれは、ちゅーじゃん?
下を向きブツブツ文句言うわたし。
いつの間にか猫くんが目の前に立ってた。
で、生意気にも自分からわたしに―――。猫のクセに…。
あー、これも吊り橋効果ってやつ?素直に従っちゃったよ。
ちょっと薄目を開けたら、目の端に映った、ぶら下がった無残な吊り橋が見えて、思う。
「…うん、絶対違うな。」