第7話 「猫くんと心を読むマモノ」前編
転移モノ、ローファンタジーです。
人目を忍び猫の姿で異界を彷徨っていた魔術師と、彼を猫と勘違いし拾った女子大生の物語。
過去に思いをはせる猫くんの前に、亡くなったはずの妻の姿が。
第7話 前編です。 TRPG、RPG好きな方、お時間のある方、お暇つぶしに。
第7話 「猫くんと心を読むマモノ」前編
河原に来ている。
あぁ、ここら辺を中心に次元の穴が。歪が頻発しているのだろう。
先日の猫も「河」と言ってたしな。私もこの河原に打ち上げられていたからな。
この河の川幅は実に50mはある。両岸の整備された護岸部分やら遊歩道やらを含めたなら100m。
実に立派なものだ。河の中心に歪が生まれたなら、落下したとたんに溺れる不幸な生き物もいるのではないだろうか。
歪みは固定の場所では無いだろう。あくまでもこの辺りというだけだ。
揺らぎ、移動し、繰り返すたびに小さくなる…はずだ。予想通りならば。
そして、いつかは、次元の歪は起きなくなる。
同時に、私の帰るすべが消滅することを意味する。
…いや、現時点でも皆無に等しいが。
ここは、芽唯流の大学の裏手から数100mの位置にある。
学生の運動、特にらんにんぐ、のコースになっているらしい。
澄んだ水。古来からこの地域に恵みを与えているのだろう。
河岸に作られた小さな公園。私はそのベンチに腰を下ろした。
腰を下ろしたというのだからわかるだろうが、人の姿に戻っている。
芽唯流に買ってもらった帽子を被り、髪の色を隠している。
こうすると目立つのが少しましになるみたいだ。不思議なものだ。
やや曇った空のもと、人気もない。
河か。
もっと浅くて、狭く…子どもが遊ぶには良い川だったな。私達が来たのは。
…なぁディム。
―――300年ほど前。
王に即位して間もなくだ。
領主であった頃から傍に居てくれた彼女は正式に王妃となった。その頃私たちの間には、すでに一人男の子がいた。
ハーディンという名を付けた。王国の礎となる高貴な魂を願って名付けた。
その日は、町の中心部を走る川の流れを作り変えて、人々の憩いの場として作り上げた水遊びのできる公園に。子どもと3人で遊びに来た。
あの子と一緒に無邪気に遊ぶ君の姿は、相変わらず美しく可憐だった。
ディム。肩まで伸びた、ウェーブの強く、濃い金色の髪。優しいサファイアの色をした瞳。
古代魔法王国生き残りの眠り姫。
小川の中に、私も来いと呼ぶ君の声。まだまだここで遊びたいとねだるあの子の声。
ディム…
「レーテ」
ディムに呼ばれた気がした。
「レーテ」
聞き間違いではなかった。確かに呼ばれた。急ぎ振り返ったそこには、
あの日のように、大胆に水遊びの為に短くしたスカートドレスを着た妻の姿があった。
――――――――――
私は、驚きのあまりに声を失う。
手だけが震えながらそちらへ動いた、走り出したかった。この一瞬で一体いくつのことを考えただろう。
この異界への旅で歪んだ世界なら、有り得ることなのか? 奇跡なのか? 私すら理解できない何かが起きているのか? 幻覚なのか…?
ディムは、静かに両手を広げ、私を優しく招いた
きっと、芽唯流に見せられないような素直な顔をした私は、
僅かな疑問も振り払って彼女に駆け寄ろうとした。
…その時。
「行くな!メイフィールド!そいつ人間じゃない!!」
つい最近聞いた覚えのある、高い声が背後から私を制した。
えっ、と一瞬振り返る。予想通り猫の耳を生やした獣人の娘が居た。
人間じゃない?
私はすぐにディムの方へ向き直った。
目前まで来ていた、ディムだったものの上半身は、青緑っぽい半透明のスライム状に変わっていた。その上半身全体を使って目いっぱい大きな口を作り、私を飲み込もうと広げた。
それでも私は一瞬、動けなかった。
もう少しだけ、信じていたかった。
判っていたはずだ。
ディムは83歳の秋に天寿を終えて、私が看取ったんじゃないか!
ばけものの口が目の前に迫って初めて、私は力なく左手を前に出した。
目を背けて、ただそちらの方向へ呪文を放った
「 衝 撃 波 」
「無事かメイフィールド!?」
「あぁ、助かった。見たことのない魔物だな。スライム系か」
振り返らず私は答えた。彼女に顔を見られたくなかった。
吹き飛ばしたのは距離を作るためだ。殺せていればラッキーだが…。
案の定、すぐにバラバラのままそいつは動き出し…
あっという間に結合して、再び私に飛び掛かる。
「障壁」「障壁」「障壁」「障壁」「障壁」「障壁」
「火炎結晶」「火炎結晶」「次元跳躍」「次元跳躍」
いつぞやの障壁を6面から囲い、障壁の中に火炎結晶をテレポートさせた。
次の瞬間、光る障壁の中で炎が渦巻く。
壁の中は、燃えカスだけだった。
燃えカスに向かって、私は再度、火炎球を放つ。
跡形も残さない。飛び散って生き残ることも、許さない。
私のディムを侮辱したモノを許しはしない。
「終わったね。瞬殺は瞬殺だけど、あぶなかったね。メイフィールド。」
答える前に、私は猫に変化した。
「あぁ、その方がいいか。」
猫の獣人族、リュカは同じく猫に変化する。同じ現象でも種類は違う。私は魔法。彼女は能力だ。
火炎球の炎をみた野次馬が近くに来ても、知らん顔で逃げ出せるように。
「…礼を言う。」
「へへ。惚れ直した?」
「その手の冗談は苦手だ。からかうのは止してくれ。」
「え?アタシら獣人は嘘つかないよ?つけないからねw」
…あぁ、そういえばそうだったな。
彼女らには例外なく、種の特徴である尾があり、それは感情の通りに動いてしまうのだ。
「アタシに惚れてみる?」
彼女の尻尾は上機嫌に揺れていた。
「すまんが、今は浮いた話をする心境ではない。」
「ふ~ん、さっきの女の姿は、あんたの恋人とか?」
尻尾を下げながらリュカは言う。
嘘をつく必要はないな。むしろ失礼というものだろう。
「死別した妻だ。」
「そ、そっか…ごめん。」
「…気にしないでくれ。200年以上昔の話だ…。どうして偽物と判った?」
「あー、匂いが違うからね。人間の匂いと違うクサイ臭いだったよ。」
「匂いか…さすがだな」
「すぐわかるよ、アンタから猫の匂いがしないのと同じに。」
…獣人の鼻を欺くなど無理というものか。当初からバレていたわけだ。
「その話は…」
「あの娘にはするな、かい?約束しかねるなぁ~」
茶トラは、私に近づいてぺろりと顔をなめ
「…だって嘘つけないもん」
と、可愛らしく微笑んだ。手強い女だ…。
…私は少々無理に話題を変えることにする。
「さっきの魔物は私の心を読んだ。恐らく。記憶を盗んだ可能性もあるが、丁度思い出していた姿というからには前者だろう。お前も気をつけろ。」
「ふーん、はー、へー、奥さんとの甘い思い出に浸ってたわけね。」
藪蛇だったようだ。
答えず、退散することにする。
「今日の借りは近いうちに返す。」
後ろから不満げな猫の鳴き声がするが、逃げることにしよう。
もうじき、昼だしな。
急ぎあの公園のベンチに向かわねば。
――続く。