第6話 「猫くんと猫ちゃん、わたしと大学の男」後編
転移モノ、ローファンタジーです。
人目を忍び猫の姿で異界を彷徨っていた魔術師と、彼を猫と勘違いし拾った女子大生の物語。
猫くんと芽唯流の間に大きな転機が。
第6話 後編です。
第6話 「猫くんと猫ちゃん、わたしと大学の男」後編
―――「呪いの剣じゃないな。貴様。<意志を持つ剣>か。」
「正解だ、魔術師。いや、腕の半分が取れて呪文が使えない魔術師。仮に使えたとしても…どうする、この罪のない女を殺すかね?コイツは随分しつこく追ってきたハンターでね。次元の穴を超えてまで。バカは後先考えないから困る。」
猫くんは、指輪のある左手だけを口元に持ってきた。
「両手が無ければ呪文が使えないと誰が言った?」
「強い痛みも、呪文の集中を妨げて使えなくなる。じゃなかったか?魔術師?」
「…どちらも正解だ、魔剣よ。ただし、普通の魔術師ならばな。」
「…やってみろ、口だけ野郎」
「あぁ、この傷の分はしっかり返す。」
獣人?の彼女が大きく剣を振りかぶって跳躍してきた。一撃でここまで届く!わたしと猫くんの所まで!?
猫くんが呪文を唱える。
いつもみたいに高速で、連続で、見るに堪えない傷から血をまき散らしながら。
「荷重」「荷重」「重力」「吸引」「物質召喚」
女性は空中から地面にたたき落された。剣を持ち上げようとするけど、まるで持ち上げられない。
そうか。剣を重くしたんだ。猫くんの強烈な魔力で、すさまじい重さに!?
猫くんがゆっくりと女性に、剣に近づく。
「薄いフィールドとはいえ、私のフィールドを切り裂いたのだ。名のある魔術師の銘なのだろうな、剣よ。だが、狂った魔剣に用はない。」
猫くんは、いつの間にか手にしたサラダ油を、剣を固く握る女性の手にどぼどぼとかけた。あ、家のじゃん…。
「地面融解…埋まれ。地の底まで。」
剣が地面に埋まっていく。固く握っていたはずの手から油で滑り落ちた剣は、ずぶずぶと沈んでいく。
「何だこれは!我をどうするつもりだ!?」
「運試ししてみろ。地下60フィートまでお前の真下は泥にした。運が良ければ、いつか掘り出されるだろう。」
「何だと!なんだとお!?」
「お前は魔剣とはいえ、鋼で出来ているようだな。錆びるまで、何日だろうな。朽ち果てるまで何日だろうな。」
だんだん遠く、小さくなる声が叫んでる。
「やめろおおおおお…」
声が完全に聞こえなくなってしばらくした後、
「さて、地面の固さを戻そうか。」猫くんはそうつぶやいた。
でも、その声は聞いた事がないくらい覇気がない。顔色が…血を流しすぎたんだ!やっぱりまずい!このままじゃまずいよ!
「猫くん、わたしに掴まって!救急車呼ぶよ!もう少し我慢して!血が…!血が止まってないよ!!」
「まあ、待て待て。慌てるなよ。落ち着け。あたしがなんとかしてやるよ。」そう言ったのはようやく自由の身になった女性。
改めてみると、似たような年齢の…美女。耳はねこみみ。猫のような瞳。コスプレどころじゃない。本当にこの間の狼みたいな…。
猫の女性は、猫くんをベンチに座らせると自分も横に座り、右手のカギ爪を伸ばし、猫くんのシャツを。肩口辺りを切り裂いた。
私は目を背けた。白いのが見えてる。骨?ひどい…ひどい…。
「大丈夫さ、アタシら獣人の血や唾液には回復能力があるんだよ。見てなよ。」
猫くんは、上を向いて目を閉じていた。閉じたまま、言った。
「…そうだったな。頼めるか。少々、血を流しすぎた。私の回復能力では心もとない。」
「アンタ、さっきアタシを傷つけないように戦っただろ。見えてたよ。アンタの力なら、あんなことしなくても、アタシごとバラバラに出来たんだろ?」
猫くんは何も答えない。
「まぁ地面落下はちょっと痛かったけど…これは、お礼。」
猫の獣人?は、猫くんの肩口に口を近づけ、血も気にせず舌でなめ始めた。
「な…!?」
まるで愛おしむように、まるで、その、あの、愛し合うみたいに。
女性の私だけど、目を奪われる、しなやかな体の動き。あぁ、色香ってこういうのを言うんだな。チキショー。ねーよ、そんなん!
…しばらくして業を煮やしたわたし。
「あ、あなたいい加減に…」 わたしの制止に対して獣人のコは、「何?傷を見てみろよ?」と言った。
「あ、傷が…塞がってきてる…!すごい…」
「な?だまって見てろよ、お嬢ちゃん」
ムカッ
な、なにこの子!!
獣人の子は、またさっきみたいにセクシーに猫くんを舐めながら、
「なぁ、アンタ、判るよ。強烈な香りがする。イキってるだけの男とは違う、本当に危険な奴の香り。薄氷で出来たナイフみたいな、甘くて切り裂かれそうな感じ。嫌いじゃない。ふふ、どう、こんな異世界で出会ったのも縁じゃない?アタシの男になってみる?」
そう言って、肩から血の付いた唇を離し、少し上を向いていた猫くんにキスをした。
猫くんは少し目を開け…また目を閉じた。
「ふふ、脈アリってことでいい?」
「ちょっと離れなさいよ!うちの猫くんに何すんの!」
「何だよう…。あ、もしかしてアンタの恋人だったりした?あは、もらっちゃおうかなぁ」
「ち、違いまふ!大体、残念ですけど猫くん本当は猫なのです!この、人の姿は変身しているだけ!残念でした!」
「へえ…そうなの。へえ…。でもそういうことでも、あんまり問題無いけどねえ」
獣人の子は、まるで猫くんの変身と同じように、猫の姿になった。茶トラだった。
やば、かわいい。
「よう、お嬢ちゃん、今度お前の家に泊めてくれよ。暫くはこの姿でこの世界を見て回るつもりなんだ。そのあと行くとこがなかったら、ちょい泊めてくれよ。」
「ヤダ。アンタだとすぐバレる。絶対すぐバレる…」
と言っても、悔しいけど彼女は猫くんの命の恩人かも知れなかった。しかも、猫くんみたいに異世界で孤独な子。
「…で、でも行くとこ無いなら、うう、どうしよう…」
「まあ、暫くしたらだ。まずはこの世界を見るのに興味アリアリでさ。」
猫くんが、ようやく口を開いた。
「感謝する。傷はかなり塞がったようだ。私の力が必要になったなら、昼にこの公園に来てくれ。出来ることをしよう。」
「アタシの名前はリュカ。また会おうね。」
「私の名はレテネージ。レテネージ・メイフィールドだ。」
「覚えたよ。カンペキに。」
茶トラは楽し気に立ち去りつつ…。一回足を止めて、「あれ?お嬢ちゃんなんでうちらの言葉しゃべれんの…?」と呟いたようだったけど。
「ま、いっか。」って言って去って行った。
「芽唯流。猫の姿に”戻れない”んだ。傷口に体重がかかる。お前の部屋には、ここからテレポートする。掴まれ。」
是非も無し。でも、血は…良いのかな、輸血とかしなくていいのかな…。
不安はあったけど、猫くんの言うことと、あの猫獣人の言葉を信じることにした。
――――――――――
――女子寮。わたしの部屋。
横になると痛むということで、猫くんはソファにもたれかかっている。毛布を掛けた。
「このままほっておいてくれればいい。大丈夫だ。」
猫くんは人の姿のまま、そう言ってまた、また、上を向いて目を閉じる。
わたしは横に座って、猫くんを案じながら、今日の嵐のような一日を振り返る。
あぁ、なんか腹立ってきた。
すっごく腹立ってきた。
涙がでてきた。なんだろ。わたし、何に怒ってんだろ。
カイ先輩の心無い言動への怒り?
猫くんにキスしたあの子への怒り?
嫌がらず唇を重ねてた猫くんへの怒り?
わたし自身への怒り?
ずるい子、か…。
「ねえ、猫くん。寝てて良いからさ、わたしの話、きいてくれる?」
「あぁ。」猫くんは、また上を向いて目を瞑ったまま。
「わたしね。今日公園に来てたカイ先輩に言い寄られてたんだ。でもね、性格悪いの知ってたから、ろくに相手しなかった。…でも、考えてみたら、明確にフってもいなかったんだ。」
わたしも、上を向いて目を瞑る。
「正直、ルックスは好みで。性格は嫌いだったのに、ちょっと夢みちゃったのかも。変わるかもしれない。ほら、マンガみたいに、惚れたやつの影響で良いやつに変わっていくとか、ダメな奴だけど主人公にだけは裏切らず尽くすとか…。」
「はは、あの子にズルいって言われたの、わかっちゃった。わたし、俗にいうキープしてたのかな…。わたし。ズルい女かな。そんなつもりなかったのにな…。」
涙が出てきた。あぁ、キライ。わたしがキライ。
「…それでいいじゃないか…。必要だから身につけた護身術だろう。お前のように美し過ぎる女には、黙っていても、外見だけ見て寄ってくる男がザラだろう?だからお前は用心深く、いつも一歩引いている。それは悪い事じゃない。男を選ぶのは、この世界でも一生をかけることなんだろう…?芽唯流?」
わたしは驚いて猫くんを見た。わたしのこと、そんな風に見てくれてたんだ…。
「でも、もう、アイツはどうでも良くなっちゃった。あんな気持ちの無い人、冗談じゃない。」
ふーっと、ため息一つ。
「…猫くんわたし、実はもう一つ怒ってる。」
「…何だ?」
「あの猫の子にキスされて、全っ然、嫌がってなかったよね!てか、むしろその気になってたよね!!」
「…あぁ、まぁ逆らう元気もなかったが…美女にキスされて嫌な男はいなかろうよ?」
「惚れたの?あの子に?」
「…いや、そういうわけではない…が。」
「男って本当に…誰でもいい感じあるよね!!」
猫くんは何も言わず、少し口をゆがめ笑った。
怒りが収まらない。
あぁ、そうだ、うん…。
「ねぇ、猫くんは、猫だよね…?」
「……あぁ、そうだ…」
わたしは、猫くんにキスした。
驚いたように目を開ける猫くん。
あの子とは1回してたから、フン、わたしはもっかいしちゃう。
一度離れて、もう一度。
あはは、わたし何やってんの…?
猫くんの腕がわたしの背中にまわった。痛いはずの腕。
その腕に、予定外にもう一度引き寄せられて、わたし達は唇を重ねた。
わたし何をしてるのだろう
まずいな あ、にげないと…
誰から?猫くんから?
いや、違うな。
わたしは意を決して猫くんから離れると、
「猫くんは、猫だから~♪これはキスじゃなくて、ちゅーだもーん。イン〇タとかで世界中でやってる子いるもーん♪」
「さて、シャワー浴びてこよっと!!」
―――わたし、逃げ出した。
シャワーを浴びながら。気持ちを抑える。落ち着けわたし。冷静になれわたし。
あれは猫くん。猫。猫、猫猫。
―――本当に?猫?
…猫くん、どっちの姿が本物…?
「どうしよう…」
そう言いながら、指先で唇に触れながら鏡を見る。
鏡の中のわたしは、言葉と裏腹に、恥ずかしそうに微笑んでた。