ぼくはお医者さん
今晩は「流星群」が見られるそうです。
やっちゃんとママはパパの運転する車に乗って、
流星群が見られる丘へやって来ました。
寒いので、みんなもこもこの格好です。
でも、空を見るとお星様がいっぱい。
寒いことも忘れるくらい、とってもきれいです。
「ああ、ちょっと雲があるなぁ」
ちょっぴり残念そうに、パパが言いました。
「でも、ほら。三日月の辺りだけよ。月の光が隠れるから、ちょうどいいわ」
空を指さしながら、ママが言いました。
今日の空には、細いクロワッサンみたいなお月様が出ています。
でも、ママが言うように、お月様のそばだけに雲が流れていました。
「そうだね。これで流星群もよく見えるよ」
「あ、流れ星だ」
さっそく、やっちゃんが流れ星を見付けました。
いつもより寝る時間が遅くなりましたが「今日は特別だよ」と
パパもママも笑ってそう言ってくれました。
たくさんの流れ星を見たやっちゃんは、まだわくわくが止まりませんでしたが、そのうち眠ってしまいました。
くすん くすん
誰かが泣いているような声がして、やっちゃんは目を覚ましました。
外から聞こえたような気がして、やっちゃんは窓を開けました。
「あれ? もしかして、お月様?」
空を見ると、お月様が泣いているのです。
やっちゃんは流れ星を見る時に着ていたもこもこの上着をはおると、
部屋を飛び出しました。
庭においてある自転車にまたがると、力いっぱいペダルをこぎます。
自転車はふわりと浮いて、そのままお月様のそばへと向かいました。
「お月様、どうしたの?」
「あ、先生……」
え、先生?
お月様に言われて、やっちゃんはびっくりしました。
あ、そうだ。ぼく、お医者さんだったんだ。
やっちゃんは、自分がお医者さんだということを思い出しました。
どうして忘れていたのでしょう。
いえ、それよりも、気になるのはお月様です。
「どうしたのか、話してくれる?」
「ここがひび割れて、いたいの」
今のお月様は、クロワッサンみたいな形。
その先っぽの方に、ぎざぎざした線がありました。
「流れ星が当たって、ひびができたの」
空を流れる速さを競争していた流れ星の一つが、
お月様に当たってしまったようなのです。
流れ星はそのままどこかへ流れてしまいましたが、
お月様にひびが入ってしまいました。
「ひびが入った三日月なんて恥ずかしいから、
さっきまで雲にかくしてもらってたの。
でも、雲はおうちへ帰っちゃったから……」
痛いし、恥ずかしいしで、お月様は泣いていたのでした。
「だいじょうぶだよ。ちゃんと治してあげるからね」
やっちゃんは自転車の前かごに入っている、お医者さんかばんを開けました。
そこから、黄色のクレヨンを取り出します。
「すぐによくなるよ」
お月様のひびの部分に、やっちゃんは黄色のクレヨンをぬりぬりします。
やっちゃんが言った通り、すぐにひびはなくなりました。
「わあ、もう痛くない。先生、ありがとう」
お月様のうれしそうな声に、やっちゃんは
「どういたしまして」
と言いました。
「あれ?」
やっちゃんは目を開けました。
さっきまで、お月様とお話ししていたはずなのに、今はベッドの中です。
「なんだ、ゆめかぁ」
やっちゃんはお医者さんではなく、幼稚園の年長さんでした。
自転車に入っていたお医者さんかばんも、幼稚園へ持って行くものです。
「でも、流れ星を見てた時、お月様は雲にかくれてたよね」
本当にお月様にひびが入っていたのかもしれません。
「お月様、元気になったかなぁ」
その日、やっちゃんはお月様のことがずっと心配でした。
でも、夜になって空を見ると。
昨日より少しふっくらしたクロワッサンみたいな形のお月様が、
ちゃんと浮かんでいました。
雲にかくれたりもしていません。
やっちゃんはお月様に手を振り、窓を閉めました。
かばんからクレヨンの箱を出し、黄色を見てみると……
ちょっぴり減っているようです。
「よかった。クレヨンのおくすりがきいたんだね」