たった一日の出来事
☆★☆ 午前11時50分 新築!霧島邸 ☆★☆
サチの個室。荷解きの手伝いをするつもりだったのだが?どうなる?
「サチが、僕の夢の中で」
「???」
「僕にしてくれた、あんなことやこんなこと」
「教えてくれるの?」
「うん……聞いてくれる?」
「もちろん聞きたい!」
「実は僕、今でも3日に1回位、あの頃のサチの夢を見てるんだ。昨日も見た。…夢の中のサチは、笑顔だったり淋しそうだったり、泣いていたりと、いつも表情が違うんだけど、必ず僕に手紙をくれるんだ」
「なんか想像してたのと違うっぽい」
「手紙にはさ、新しい住所と電話番号が書いてあってさ、僕は夢の中でサチに何度も手紙を出すし、何度も電話をかけるんだ」
「……」
でも、電話には誰も出ないし、手紙の返事も来ない。 まだ僕が小学生だった頃は、サチを夢で見れたことだけでも嬉しくてさ、明日は手紙が来るかも、電話が着たら何を話そうか、なんて考えてまだ笑えてた。
中学生になった辺りから、僕は本気で、夢で見る連絡先をメモしようと、枕元にペンとノートを準備して寝るようになった。 ……けど、全然うまくいかなかった
夢で見る連絡先は、どれも滅茶苦茶で、とてもあり得ない文字や数字ばかりだったから。1年くらいは頑張って続けたけど、諦めてやめた。
だんだん僕は、今いる世界が夢なのか、現実なのか、分からなくなる感覚に苦しむようになって、連絡先を聞かなかった自分を責めたり、連絡をくれないサチを恨んだり、夢で手紙を書いている瞬間が一番幸せだと思うようになったり、でも夢は所詮夢だと虚しくなったり。
頭がおかしくなっている自覚はあるんだけど、『もうサチの事は考えるな』『気にするな』『忘れろ、忘れられたんだ』『諦めろ。僕は捨てられたんだ』って、そう思い込まなければ生きてるのがつらくなってたんだ。
今朝、5年振りに会ったというのにおかしな態度を取ってしまったのもそう。やっと諦められそうになったのに、またこんな夢かよ!って混乱して、やけにリアルな夢だな、と思い込んでいる現実の自分を理解できてなくて。
「サチから見ても、最初の僕の態度おかしかったでしょ?」
「あ…っと、そんなことない。全然おかしくなんか無かったよ! それよりも…ごめんなさい!! 今まで一度も連絡しなくて…出来なくて本当にごめんなさい!!」
「やめて、立って。僕は別にサチを責めてる訳じゃないんだ。もう大丈夫。ここが夢じゃない現実なんだって事はちゃんと理解できているよ」
「……」
「ただ、どうしてサチはこの5年間、一度も僕に連絡をしてくれなかったのか。そしてどうして僕に連絡先を教えてくれなかったのか。それだけはちゃんと知りたいかな」
「…ごめんなさぃ」
「言いたくないなら、今は言わなくてもいいよ。誰だって言いたくないことの一つや二つはあるだろうからね」
「うぅっ本当に…ごめんなさぃ」
「僕だって今朝は夢の中のサチの事は『言っていいのか?結構ヤバいぞ』なんて言ってはぐらかしたしね」
「うん……本当に……わたしが思っていた『ヤバさ』とは質もケタも違った…」
「ごめんなさい! あの……いつか言うから、必ず言うから、心の準備と言うか、その、ちょっとだけ待ってくれませんか?」
「いいよ。いつまででも待つ。もともと諦めかけてたし、今までだって待てたんだからね」
「……(ポロポロポロ…)」
「あ~、もう。泣かせるつもりじゃなかったのに!ごめん!その…あ、高校!高校はどこ?僕は北高。サチの行く高校はどこ?」
「え~ん…ひっく…わたしもっ、北高」
「よかった。また一緒だね?」
「ふぇ~ん…一緒で、うれ、ッう、嬉しいよ~」
「毎朝、一緒に行くぞ?」
「うん」
「弁当も作ってやる」
「うん」
「手を繋いで歩くぞ」
「…手を…繋いで?」
「もちろん」
「近衛くんの馬鹿ぁー!うわ~ん!」
「えぇ~?」
僕たちはこの日、ただ抱き合ってキスをして、隣に座ってばかりいて……
結局荷解きなど、なに一つできはしなかった。
同日、夕方5時半。
「引越祝いをしよう」
「再会も祝いましょう」
「高校合格、そして入学おめでとう」
「そうだ、婚約祝いもしよう」
と、いうわけで、霧島家に桐生家も招かれて引っ越し祝いをすることになった。いろいろオマケが付いてるけれど。
「佐知子!よかったな!」
「佐知、本当よかったねぇ。近衛くんもありがとうね。」
「近衛、佐知子ちゃんをしっかりと支えてあげるんだよ」
あ~…新築祝いって聞いてたけど、これって婚約祝い一色じゃね?
嬉しいから…まぁ良いけどさ。
以下、酔っ払い大人達の雑談と、僕らの心情をダイジェストで!
「近衛くんは今も絵を描いているの?」
→サチが転校してからは1枚描いた位で絵はやめました。
「佐知子の誕生日に貰った似顔絵、ウチの家宝なのよ」
→嬉しいです。でも大袈裟では?
「この子ったらね、転校してからは毎日『近衛くんに会いたい』って言って、泣いてばかりいたのよ」
「お母さん!?やーめーてー!!」
→そ、その話し、是非詳しくッ!
「料理人見習いか……学業との両立は大丈夫なのかい?」
→はい。親方が、高校卒業学歴必須だ。と、言っているので学業を優先させてくれるようです。
「ここに引っ越す為に、佐知子が駄々をこねた事は聞いたかい?」
→はい。聞きました。
「その時の佐知子ったらね、近衛くんへの愛を凄く熱く語って」
「あーあーあー!! お母さん!?バカなの!?ばかになったの!?馬鹿なんでしょ!!!」
→どこかで聞いたようなセリフ
「結局、決め手になったのは近衛くんからのラブレターだったな。あれを何度も朗読…」
「はぁ!!?お父さんも黙ってー!!夫婦そろって何言っちゃってるの!?」
→!?な、なんだと!? 家族に聴かせるまさかの朗読!? ぐはッ! 今日が僕の命日だったとは!?
「佐知子に毎日お弁当を?」
→はい。是非やらせてください。
夜も更けていくとともに、大人達は酔っ払い、徐々に会話も支離滅裂。まさにカオス。混沌が訪れた。
その混沌から少し離れて、僕たちはリビングの中でも窓の方で寄りそい、外を眺める。
お互いの肩が触れ合う。なぜか恥ずかしさは感じない。居心地の良い。自然。
窓からは桐生家の花壇が見える。
今日、日中に語り合った我が家の古いベンチ。
僕には見慣れた筈のそのベンチが、今はやけに時別に感じる。
…不思議。
「もし…もしもぼくたちのクラスが違ったとしてもさ、あの頃みたいに一緒にいようよ」
「図書室で宿題?」
「ああ」
「お弁当食べに会いに行く」
「ぼくが行くよ」
「交換ノート」
「それはさすがに同じクラスじゃないと難しいかな?」
「あとは…」
「…もしも誰かにさ『付き合ってんの?』とか聞かれたらさどうする?」
「え~と、どうしようか?」
「ぼくは『婚約者だ』って言い切るからね」
「うん。いいね!わたしもそう言うよ」
隣家の引っ越しを眺めて、
サチと再会して、
たくさん話して、
泣いて、泣かせて
なぜかプロポーズして、
婚約者になって、
両家の親に認めてもらって、
一緒にお祝いして
今、なお、ここに一緒にいる
これは
『たった一日の出来事』
霧島家の皆さん。
そしてサチ。
どうぞ末永くよろしくお願いします。
~完~