会話
☆★☆ 桐生家の庭 花壇前 午前10時 ☆★☆
「さっきの話は冗談だ。気にしないでくれ。いきなり会って混乱したから、夢でサチにされたことと現実の区別がつかなかったんだ」
「夢でわたしが何をしたのかますます気になるんですけど!?」
「え?言っていいの?…結構ヤバいんだけど…」
「わ、わたしは一体、な、なにを……?」
「あー、まぁ、そんなことより久しぶりの再会なんだし、いろいろ話したい。時間ある?」
「うん。あ、でもちょっと待って、お父さんに言ってくる」
駆け足で隣家に戻るサチを見送っている?これはまだ夢か?それともまた夢なのか?
「えへへ、近衛くんとお話ししてくるって言ったら、今日は帰って来なくて良いって」
「お一……って、はぁ!?」
「花壇の横にベンチがあるんだね、座ってもいい?」
「いいよ。僕も座る」
「なんか、イメージしてた再会と全然違ったけど、改めまして久しぶり」
「ホント久しぶり。丸5年ぶりだよ」
「また会えてほんとに良かった」
「うん。マジでまた会えるとは、思ってもいなかったよ。まだ若干、夢かと疑ってはいるけど……」
「えへへ~実はわたし、今日ここでたぶん会えるってこと、わかってたんだ!」
「え?どゆこと?」
「お父さんの仕事の都合でね、またこの町に引っ越すって決まった時に、この辺りが良い!って大騒ぎしたの」
「ほう?」
「しかも!もう転勤は無いから家を建てるーって聞いたから、もう必死でね。そしたら近衛くんの家の隣に売り地があって、もうここしかない!って」
「そ、そうなんだ……なんか見ない間に強くなったな、サチは」
「近衛くんは?なにか変わった?」
「う~ん……僕もいろいろ変わったけど、取り敢えず言いたいのは、料理が上手くなったって事かな?」
「へー?なんか意外かも」
「これでも小1から僕専用のペティナイフ買ってもらって、皮剥きなんかはよく手伝っていたからな」
「じゃあ、あの頃もよくやってたって事?」
「うん。普通にやってたな」
「知らなかったよもー、だったら交換ノートに書いてくれても良かったのにー」
「普通に思い付かなかったからな」
「今度、近衛の手料理食べたいッ」
「あれ?急に呼び捨て?」
「呼び捨てで十分でーす。すっごい仲良しだったのに秘密持ってたし、夢でわたしに変なことさせてたみたいだし、別れ際にすーごい熱烈ラブレターくれて何日も泣かされたし」
「げッ!!ラブレター、ってまさかあれ、もしかしてまだ持ってたりする!?」
っていうか、あれ、ラブレターのつもりじゃ無かったんだけどな。
「当たり前で一す。わたしのタカラモノですからねー」
僕史上最大の黒歴史をよりにもよってタカラモノだと!?
「クッ、殺せ!」
いや、折角サチと再会できたんだ。できればまだ死にたくない!
「なんで?殺すわけ無いじゃない」
「燃やして!せめてこの世から消し去って」
これだけは譲れない!譲れる訳がない!
「無理無理。言ったでしょ、わたしのタカラモノだって。燃やすわけ無いじゃない。一生大切にするんだからねー」
「あの手紙をネタに僕を脅して、良いように操ろうって魂胆なんだな?」
まさに悪魔の契約・・・惚れた弱みだ。契約しようそうしよう。
「違うよ。近衛には感謝してるんだ」
急に優しい声。ああ、悪魔じゃなくて実は天使だったのかサチ可愛い……
「まさか、あの手紙が?」
「うん。あのラブレターと、わたしの似顔絵2枚。そのおかげでわたしはすごーく救われたの。……実はわたし、転校した後の2年間、小学校ではうまく友達出来なかったんだ。恐いし、辛いし、淋しいしで、毎日泣いてばかりいたの」
「そっか……」
「でも、辛くて淋しいときにあのラブレターを読み返すと、凄くすごーく、元気と勇気が湧いて来たの」
「僕的には、なんか納得いかないけどな」
「特に『サチがいない明日からの俺のー』」
な!? 即死魔法!? 効果は絶大だ! continue
「や、ヤメロー!!!バカ?ばかなの?馬鹿になったのサチは!?僕を殺す気?」
「殺さないよ。むしろ長生きして」
はあはあ……なんとか再生……
「ち、中学校では大丈夫だったの?」
小学校限定っぽかったからな、さっきの言い方じゃ。
「怖いグループとか、嫌なグループが無くなってまあまあ、そこそこには」
怖いとか嫌なグループ……そうか、小学校はそんな感じだったのか……
「そっか。それはよかった」
「それにさ、ここに引っ越す計画ができたの中2の夏でさ、そっからはもう毎日毎日、近衛のことばっかり考えてたから、卒業まであーっという間だったよ?」
サチさん!?ちょいちょい爆弾落とすのね?でも今回のも強力。超強力。また即死!
「ちょっと!?そんな風に言われると、僕、勘違いしちゃうよ?」
「勘違いなんかじゃないでーす。あんな凄いラブレターで呪いを掛けてきた近衛クンは、しっかりとわたしの気持ちを受け止めてくださーい」
本気……なのか?だがまだッ!
「呪いなんて掛けてないわい!」
「……ハツコイノノロイ……」
「!?」
「あんなに仲良くしてくれて、いつも一緒にいてくれて、誕生日にはステキな似顔絵をプレゼントしてくれて、交換ノートではちょいちょい口説いてくれて、最期の最期にあんな素敵なラブレターくれてさ……」
声が……涙声に……
「寄せ書きの色紙に、なん、なにも書かなかった、のだって、書け、書けなかったから、なんでしょ?わた、わたっ、わたしの事、好きだっから、だ、だったんでしょ!?」
本気だ。サチは本気で呪いに掛かっていたのか。ならば僕も一緒に……
いや、既に僕も呪われていたっけか…間違いなく、あの頃から。
「……そう。好きだよ。今も。あの頃以上に」
「うえっ、ひぐっ、ううっ、えうっ」
サチの涙腺は決壊した。だけどその涙は止めないよ。サチの心に今から全力で行く!かつての『俺』よ…お前も一緒に来いッ!お前の歴史は決して黒くなんかなかったぞ!サチは、サチの初恋は呪いなんかじゃない。叶わなかった初恋だけが呪いなんだぁ!!だから、だからッ…
「だからいつか、いつか僕と結婚してください。結婚するまでもずっと僕の隣にいてください。僕をずっとサチの隣にいさせてください」
隣に座るサチを引き寄せ、顔を胸と腕でしっかりと抱きしめる。
「ひっく…ひっ…うん」
サチが泣き止んでも僕は長い間、彼女を腕から離そうとはしなかった。
サチもずっと、僕の胸に顔を埋めて離れようとはしなかった。
「そういえば、呼び方がいつの間にか『俺』じゃなくて『僕』になってたね?どうしたの?なんか訳あり?」
「あ~うん、訳ありって程の事じゃ無いんだけど、自意識の問題かなぁ。実は僕、もう就職が決まっててさ」
「え~!?」
「仕出し兼定食屋『イズミ』の料理人見習い。社会ってやっぱ大人ばっかりの世界でさ、まだ15才のガキが『俺』なんて自分呼びするのってさ、なんつーか気恥ずかしい訳よ」
「さっき、料理うまくなったって、そう言う事だったんだ」
「いや、違う。まだそこで働いる訳じゃないからな」
「あれ?じゃあ料理の腕はどうやって上手くなったの?」
「普通に家で?」
「あらら……?お仕事はいつからなの?」
「明後日から」
「お休みの日は?」
「来週は見学体験なんで休みなしだけど、日・月・火が休み。仕事は水・木・金・土の週4日。ちなみに平日は17時から20時で休みの日は15時から22時」
「毎日会える?」
「会えるよ。もう、急にしおらしくなっちゃって」
「近衛のせいだもーん」
「はいはい。ってそうだ、学校始まったら朝に僕弁当作るんだけど、サチの分も作って良い?」
「え、いいの?欲しい。食べたい!」
「よし、決まりだな」
「じゃあ、そろそろ帰ろ?お父さんとお母さんに婚約の報告しなくっちゃ」
え?報告するの?…まぁ、いっか。どうせ必ずいつかは…
「だな。盛大にぶちかますか!」
「引っ越し荷物の荷解きも手伝っても一らお」
「そうだな。あの手紙も探しだして処分しなくちゃだしな」
「アレは駄目ー!」
この日。桐生近衛と霧島佐知子は、両家公認の婚約者となった。
次回、この話し最終回『たった一日の出来事』