過去
霧島佐知子は転校生だった。
小学3年生の1学期。
教室の座席が名簿順にリセットされたため、アイウエオ順の都合。
俺『桐生』男子の6番。
霧島さん『霧島』女子の6番。
隣の席になった。
始業式の朝の会で自己紹介させられた霧島は
「霧島佐知子です。よろしくお願いします」
と、頭を下げただけで簡単に終わらせてしまった。
どんな子なのかは良く解らなかったが、余計な事を言わずに自己紹介を終わらせた彼女に、俺は興味を覚えた。
たぶん彼女に興味を持ったのは俺だけじゃなかったのかもしれないけど、そこは知らないし気にしない。
転校生だもんな。誰だって興味くらい持つさ。
第一印象は『ポッチャリかわいいポニテっ子』だった。
特別かわいいという訳ではないし、特別美人と言うこともない。普通の子。
だがかわいい。俺的には特別かわいく見えた。
ん?特別ってなんだろう?俺の好みの問題かな?よくわからない。
俺と霧島さんが仲良くなったのは、始業式の次の日だった。
給食。
うちのクラスでは先生の方針なのか、それとも学校の決まりなのかは分からないが、絶対にお残しは許しまへんでー、と、厳しく言われ続けてきた。
それを知らない霧島さんが、ピーマンを残して給食トレイを下げようとしたところで、問題が生じた。
ある、融通の利かない男子が
「給食を残したら駄目なんだぜ!」
と、霧島を強い口調で咎めたのだ。
まだ転校2日目。ほぼ初対面の男子に脅えたのか、霧島は立ったまま固まって動けなくなってしまった。
先生も男子の方に加勢した。
給食は残してはいけない、と。
霧島さんは泣きそうになっていた。
俺は既に給食は食べ終えており、落書き帳に漫画の絵を描き始めていた。
泣きそうな霧島さんを見ていてつらくなった俺は、霧島さんの肩をちょんちょんとして『一旦席に戻ろう』と声を掛けた。
席に戻ったものの落ち込んでいた霧島さんに対して俺は
「ちょっと箸貸して。俺のはもう返しちゃったから」
そう言って霧島の箸を取り、残してたピーマンを全部食べてやった。
間接キス?そんなん知るか!さすがに今なら解かってるけれど、当時はマジで知らなかった。
「ほい。おわり」
俺の表情は得意げだっただろうか…?『やってやった!』と思った記憶はある。
「ありがとう…」
目尻に涙を浮かべながらも、笑いかけてきた霧島さんの笑顔を目にして、俺はその日、生まれて初めて死んだ。物凄い可愛さと言うものが、どういうものなのかと言う事を知った。
霧島さんとの関係はスタートダッシュが決まっただけではなかった。
この後俺と霧島さんは、急速に仲良しになった。
例えば給食のおかず交換は、毎日のように繰り返し、お互いの好き嫌いをわかり合った。
放課後は図書室でその日の宿題を片付けてから帰る俺に、毎日ではなかったが付き合ってくれるようになった。
短くなった鉛筆を捨てると言うから「ちょうだい」と言ったらくれた。プリキュアのキャラクター鉛筆だった。
「サチって呼んでいいか?」と聞いたら即答で『いいよ』と、言ってくれた。その時の笑顔があまりに眩しかったので、俺はまた死んだ。
俺の鉛筆を見て「『HB』じゃないんだね」と言われたから「『B』はエッチじゃないからな」と答えたら笑ってくれた。後に『B』にもエッチな意味があると知ってビビった。
たまに『交換ノート』をするようになった。これは授業中にノートを交換し、俺がサチのノートに板書して、サチが俺のノートに板書して、授業後に返すと言う、少し恥ずかしい行為だ。
一度ノートの隅や板書した最後に『綺麗な字だね』とか『勉強が楽しくなった』などと書いてみたら、霧島さんは、交換ノートをする度にコメントを要求してくるようになった。
班決めやグループ決めの際には真っ先に誘いあうようになった。
1学期の修了式の日が誕生日と知って、サチの似顔絵を描いた。紙は普通のA4コピー用紙だが、ペンは親父の万年筆と筆ペン2種類を駆使し、漫画の表紙を参考にしつつ、本気の全力で描いた。
カラーペンで色も塗った。納得いくまでに3度も描き直し、完成まで1ヶ月かかった。早めに取りかかっておいてよかったと思った。
その似顔絵はめちゃめちゃ喜ばれた。
その日の夜、サチの母親から涙声で電話がきて、ハイテンションなお礼を言われた。かなりビビった。
席替えが行われても、よく隣同士やご近所になった。こればかりは運だ。運がよかった。
4年生になる際クラス替えがあったが、同じクラスになれた。
この頃になると、放課後の宿題は、図書室で毎日一緒にするようになった。
交換ノートのコメントもだんだん長文になってきて、あるときノート提出をした際、先生にからかわれた事もあった。だが怒られなかった。
給食は既に、お互い嫌いなものを克服し、以前とは逆に好きなものを交換し合う様になっていた。俺はよくヨーグルトをあげ、ピーマンやグリンピースをよく貰った。あれ?なにかおかしい…
あまりに俺たちは仲が良すぎて、クラスメイトにからかわれる事も多かったが、毎日が本当に楽しかった。
だが、楽しい日々にも終わりが訪れる事になった。
サチの父親の仕事の都合で、転校することが決まったからだ。
クラスでは色紙にコメントを書いてサチに渡すことになった。所謂寄せ書き。
みんなで書いたが、俺は書かなかった…書けなかった。
書いたとしても、誰にも見られたく無かったし、みんなに混じって当たり障りのないコメントなど書きたくもなかった。
だから、俺は手紙を書いた。
便箋10枚。内容は誰がどう見てもラブレターだと言うだろう。
だが俺にはそれがラブレターだという意識はなかった。
嬉しかったこと、楽しかったこと、思っていたこと、そして素直な気持ちを単に書いただけだ。
できるだけ正直に。なるべく丁寧に……
この俺からの手紙を最後に、俺とサチの交流は終わった。
その後今まで、サチからはなんの連絡もない。
俺の連絡先はわかっていただろうに。
そして俺はサチの連絡先を知らなかった。
全て終わったと思っていた……
火は消えたと思っていた……
夢でしか会えないんだと思っていた……
だが、そんなことは無かったと、燃え尽きてなどいなかったのだと、今日、たった今…知った。
次回、この話し第3話『会話』