【本編第二部】 #6 世界が終わる、その時まで。
あと1話です!
俺は勇者の剣を構え、アルバスもまた勇者の剣を構える。
「勇者ーーアルバス・ヴァイオレット」
「魔法使い――」
いいや、違う。
剣を握り、愛する人の元へ戻る為に戦う。
今の俺は――、
「勇者ーー真白侑利」
口を突いて、その名前が出て来た。
誰の名前だっただろうか。
もう覚えてはいないが、どこか口馴染が有る。
そんな、気がした。
二人の勇者。
互いに同時に地を蹴り、剣を振るう。
振るう剣の軌道が金色の弧を描き、交差する。
幾度にも渡る打ち合い。
「好きな女の傍に居たい――お前のその気持ちは、分かるぜ」
「じゃあ、降参してくれてもいいんですよ」
「ハハッ、まさか。それは自分で勝ち取るもんさ」
その最中、アルバスの顔は笑っていた。
まるで、この戦いを楽しんでいる様に。
何がそんなに――そう思い、ふと自分がどんな表情を浮かべているのか意識する。
おかしいな、俺も口角が上がっている。
きっと、今俺たちは同じ顔をしているのだろう。
何が勝負を分けただろうか。
どれだけ『身体強化』を重ねても、それに追いついて来る怪物染みた男、勇者アルバス。
互角の勝負だった。
それでも、差が有ったとすれば、それは“生者”か“死者”か。
それだけだろう。
勇者アルバスは、どれだけ解像度が高くリアリティが有っても、それは幻影に過ぎない。
もう、彼には背負う物が無い。
全てを成し遂げた後なのだから。
彼は、魔女エルの見る夢幻だ。
対して、俺はここに確かに生きている。
愛する人を待たせている。
背負う物が、違う。
アルバスの握る剣が弾かれる。
そして、俺の剣は、勇者アルバスの幻影を断った。
「やるじゃねえか。ユウリを、頼んだぜ……」
アルバスの身体が、霧となって少しずつ融けて行く。
「アルっ……!」
そこに、ラプリエルが駆け寄り、倒れるアルバスを抱き起こす。
そのラプリエルの頬に、先程までは無かったはずの結晶のように光る傷跡が一瞬見えたのは、気のせいだろうか。
「エル、お前は神様なんだ。いつまでも、過去の思い出に縋ってるんじゃねえよ……」
ラプリエルはぎゅっと、アルバスの幻影を抱き締める。
「愛していたわ、アル」
「ああ、愛してるぜ、エル」
そう言って、アルバスが抱き返す前に、その身体は霧散し、消えて行った。
俺の手にあった勇者の剣も、同じく霧散。
それでも、まだ剣を握っていた手に痺れを感じる気さえする。
勇者の剣はそれほどに強く、重い剣撃だった。
残されたのは、俺と、そして神ラプリエル。
「――これで、試練は終わり。あなたの勝ちよ、認めてあげるわ」
「ありがとうございます」
意外とあっさり認めてくれるもんだな、と思った。
いや、これまでに幾つもの試練を与えて来たのだから、あっさりだなんてとてもじゃないが口に出して言えないが。
それでも、そう思った。
もしかすると、神ラプリエルは最初からこうするつもりだったのかもしれない。
こうなる事が分かっていなのかもしれない。
それこそ本当に、親のような気持ちで、俺を試していたのかもしれない。
俺が自分の世界で産まれた大切な子に相応しい男かどうかを見極める為に、悪役を演じていたのかもしれない。
そう思うのは、考え過ぎだろうか。
しかし、それを本人に尋ねるだなんて、野暮という物だろう。
「何笑ってるの?」
「いいえ、何でも無いです。“俺たちの世界”に帰れる事を、喜んでいるだけですよ」
初めと同じ様に、そう言ってみる。
今度は俺がラプリエルの世界を“俺たちの世界”と称した事に対しても、ラプリエルはにこりと笑って見せた。
「いつか、ね。わたしの世界にも終わりの時が来るわ。そうしたら、“二人”でまたここに来てちょうだい」
「それまで、あなたの世界で、エルと一緒に生きて行きますよ」
気づけば、俺の身体は魔法の淡い光に包まれていた。
温かなその光りは、俺の物でも、そして神ラプリエルの物でも無い。
「――時間ね。じゃあ、また会いましょう」
また会いましょう、か。
出来ればもう会いたくはない物だ。
神の試練なんてもうこりごりだ。
と言っても、次にこの神様と会うのなんて、それこそ遥か先の未来の話だ。
光に包まれ、視界が白んで行く――。
――冷たい空気。懐かしい木々の匂い。
少しずつ、セピア色だった世界の膜が降ろされ、動き出す。
(“わたしの”素敵な勇者様に、出会えます様に――)
声が、聞こえた気がした。
優しく耳触りの良い声に意識を揺り起こされる。
視界が開ければ、そこには一人の女の子が居た。
驚いた様な表情を浮かべた後、すぐにその綺麗な瞳いっぱいに涙の粒を浮かべる。
透き通った結晶の様に無垢な純白のワンピースドレス。
腰まで伸びた、夜空の様に美しい黒髪。
目を合わせれば吸い込まれてしまいそうな程に澄んだ紫紺の瞳。
そして、エルフ耳。
愛する人の姿が、そこには有った。
「ただいま、エル」
「――おかえり、なさい。アルさんっ!」
エルはぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎ、そして堪らなくなったのか駆け出し、俺へと抱き着いて来た。
俺はそんな彼女の背に腕を回し、強く、強く抱きしめ返す。
ここは、魔女の森。
俺は、この異世界へと帰って来た。
これからも、俺はこの異世界にて、エルと共に生きて行く。
世界が終わる、その時まで。
「――良かった、本当に良かったです。わたし、見てました。アルさんが一生懸命、戦っている所を」
そう言って、顔を上げたエルの右の瞳は、真紅に染まっていた。
その色には見覚えがある。――真実の目、神の権能。
「心配させてごめんね。でも、エル? その目は?」
「あっ……えーっと、ですね? えっと、あの……」
エルはまごまごと誤魔化そうとするので、俺はエルのほっぺをつねって横に飛ばしたり、もちもちしてみたりして、抗議の意を示す。
しんみりとした空気はどこへやらだ。
「いひゃい、いひゃいれす! あるしゃん!」
神の世界で壮絶な戦いの後だからか、エルとこう戯れるのも数年ぶりにさえ感じる。
もう少しもちもちしていても良かったが、エルに振り払われてしまった。
「えっと……えへへ」
エルは自分の頬を摩りながら、今度は可愛らしく笑って誤魔化した。
うん、可愛いから許す。――とは、ならない。
エルがそのまま駆けて逃げ出したので、しばらく追いかけっこする事になってしまった。
しかし、何か忘れていないだろうか?
そう気づいたのは、しばらく二人でじゃれ合った後の事だった。
「――あっ、エレナさんをあの教会に置いてきてしまいました……」
そう言って、エルの顔が今度は「あはは」と乾いた笑いを漏らす。
「……エル?」
「た、大変です! すぐに戻って、事情を説明しないとです!」
どうやら、こちらの世界は俺の居ない間時間が止まっていたらしい。
なら、エレナ視点では唐突に俺たちが消えただけにしか見えない訳で。
その後、急いで『転移』でエレナの元に戻った俺たちが謝罪と説明に労を要した事は、言うまでもないだろう。
この作品が少しでも面白いなと思って頂けましたら、画面を下にスクロールして[ブックマーク追加]と[評価の☆☆☆☆☆]で応援して頂けると今後の執筆の励みになります!
星は1~5まで、思った通りの評価を付けて頂ければと思います。
軽い気持ちで大丈夫なので、是非よろしくお願いします!




