【本編第二部】 #2 これまでの旅路をなぞる様に
エルは教会にエレナを残して、セピア色の世界を旅して行く。
数歩歩いた後、振り返る。
そこにはラプラスの狂信者シモン・クリムゾンと戦い、一部に穴が空き崩壊した教会。
そして、エレナ立ち合いの元、アルと小さな結婚式を挙げた教会。
ふと、自分の姿に目を落とす。
結婚式の時に着ていた純白のウェディングドレスのままだった。
そのまま神ラプリエルと戦った物だから、土埃で汚れ、一部破れてしまっている。
「はぁ……」
少しげんなりとしたエルは『形状変化』の魔法で身なりを整える。
初めてアルと出会った頃に来ていた、白いワンピースドレスへと形を変えた。
少し生地の質感は違うが、これで少しは見栄えも良くなっただろう。
「写真、ちゃんと撮れていたでしょうか……」
フラッシュを焚いたタイミングでアルはラプリエルに連れ去られてしまった。
折角の思い出の写真が残っていなるといいな、とエルは思っていた。
それは、無意識的に“もしかするとアルが帰ってこないかもしれない”と考えての、思いだったかもしれない。
そして、アルの所持品である、その写真を撮るのに使ったスマートフォン。
それ自体も今はエレナが手に持ったまま世界の時間と共に静止していて、中を確認する事は出来なかった。
そんな結婚式の思い出と、そして残していく友人エレナの存在に少し後ろ髪を引かれながらも、エルはまた前へと歩みを進めて行った。
――帝都。
教会の有る山を下り、数日程徒歩で移動すれば、帝都へと戻って来た。
全てが静止した世界で、賑わう帝都の人々もまた石の様に固くなっている。
そんな人の像の合間を縫って、エルは商業街を進んで行った。
「そういえば……」
エルはふと思い立ち、『空間』から帝都でアルに半ば無理やり押し付けられた“猫耳のカチューシャ”を取り出して、頭に付けてみる。
「ふふっ」
アルが帰ってきたら、また見せてあげよう。きっと、喜んでくれるはずだ。
そう思うと、自然と笑みが漏れる。
商業街を歩いて行けば、見覚えのある場所に出た。
「ここは、ズズさんの居た……」
以前にズズ四世が占い屋を開いていた場所だ。
今日は――というのもおかしいが、今日は薄桃色の髪をしたエテル族の占い師は、居ない様だ。
あの時はアルと二人で無理矢理押し掛けたというのに、快く頼みごとを聞いてくれた。
おかげで、グリム・ブラウンの黒泥病は完治し、エルたちはシモン・クリムゾンの居る教会の場所を知ることが出来た。
そういえば――と、港町でズズ四世に占いをしてもらった事を思い出す。
「確か、黒い影の後に、強い光……? でしたっけ」
アルだったなら一言一句違わず記憶して教えてくれそうだが、ここには居ない。
エルはふんわりと朧げな記憶を遡り、港町でズズ四世にしてもらった占いの結果を思い出す。
「黒い影は、きっと黒泥病の事でしょう」
旅の道中で何度も遭遇した黒い泥。
死してなおこの世界に爪痕を残そうとするラプラスの執念には恐れ入る。と、エルはどこか懐かしむように、目を細める。
「では、強い光とは――確か、ズズさんは――」
ズズ四世は加えて、こうも言っていた “強すぎる光は時に毒になり得る”と。
「――ああ。ズズさんは本当に優秀な占い師だったんですね」
占いの内容の意味を理解したエルは、心底感心したように声を漏らす。
強い光とは、つまり神ラプリエルの事だろう。
あのエテル族の占い師は、神の降臨まで占ってしまっていたのだ。
それはもはや神の権能に肉薄しているのではないか。
“真実の目”にすら匹敵する程の力かもしれない。
「こんな事なら、もっと先の事まで占っておいて貰えば良かったです」
きっと、ズズ四世ならお金を払えば幾らでも占ってくれた事だろう。
と言っても、その時はズズの実力なんて分かり得なかったので、後の祭りなのだが。
ぼうっと歩いているといつの間にか商業街を抜けていて、気付けばブラウン邸の前まで来ていた。
ここもまた、アルとエレナとの思い出の残る場所だ。
ライトとグリムの姿は無いだろうか、とブラウン邸の周辺を見回してみるが、見当たらなかった。
もしかすると中に居るかもしれないが、静止した世界の中で、扉を触ってもびくともしない。
破壊しようと思えば破壊出来るのかもしれないが、人の家を壊す訳にもいかない。
「ふぅん……そろそろ、帝都を出ましょうか」
帝都を出て程なく歩くと、見覚えの有る建物が目に入った。
「あ、ここは……」
ボロボロの廃屋。
西の建築様式で建てられているそれは元は豪奢な屋敷だったが、今では見る影も無い。
入り口の扉は開け放たれていて、中に入ることが出来た。
エルはそっと扉の隙間から中を覗き見る。
「あら」
すると、中にはあの時の屋敷の主人の幽霊が居た。
勿論静止して石の様に固まっているが、見知った顔が居て少し安心感を覚えた。
そのままその主人の隣に目をやると、知らない旅人が居た。
どうやら旅人喰らいの屋敷に取り込まれかけていた所で、時間が止まったらしい。
この世界の時間が再び動き始めれば、彼はそのままこの屋敷に取り込まれてしまうのだろうか。
そう思うと少し可哀想では有るが、どうしてやる事も出来ない。
「えっと……お邪魔しました」
エルはそのまま見なかったことにして、廃屋を後にした。
取り敢えずは西の大陸まで戻ってみよう。
そう思い、エルは港を目指していた。
歩いていると、見慣れた道に出た。
ここは真紅の石をくれた黒い男と出会った道沿いだ。
あの時は、ナッツとドライフルーツをぽりぽりと食べながら歩いていると、黒い男に出会って、そのおやつを取られたのだった。
そう思い出し、改めて意識すると、小腹が空いて来た――気がした。
勿論気のせいだが、それでも口寂しくはある。
『空間』の中をごそごそと探してみるが、生憎お気に入りのおやつは入っていない。
代わりに、小さな干し肉が出て来たので、それを齧って気を紛らわせた。
そう言えば、自分の『空間』の中の物は時間が止まっていないんだな、なんて思いながら。
そうして、港町まで来た。
市場を抜けて進んで行く。
以前にズズ四世が店を開いていた場所は、今は代わりにアクセサリー屋が開かれていた。
そして、海鮮料理を食べたレストランの脇を抜けて行く。
漁師と世間話に花を咲かせた港まで出れば、波音一つ無い静かな海が広がっていた。
海に降り立ってみれば、沈む事なくその上を歩くことが出来る。
少し歩いてみた辺りで、エルは気づいた。
「――何も無い海を歩いても、面白くないですね」
景色の良い山や草原、人の営みを感じられる街中とは違い、無味乾燥。
音も無ければ見て面白い物も無い。
海に沈んでいたあの人魚の根城、黒い城みたいな物でもまた見つけられれば気も紛れようが、そんな事も有る訳無く。
「もう、とんじゃいますか」
エルは久しぶりに『転移』の魔法を使った。
旅の中では移動を楽しむ側面が有ったので、緊急性が無ければめったに使わなかった。
それ故に、選択肢に入っていなかったのだ。
飽きと退屈を感じて、やっとその存在を思い出す。
『転移』の波に乗って、エルは西の大陸へ――。
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