教会
教会までの道程は驚く程にスムーズだった。
邪教の総本山だというのに、不気味な程に何者の邪魔も入らない。
まるで「ここへ来い」と呼び寄せる、何者かの意思が働いているかの様で、順調なはずなのに、不思議と募る不安感が有った。
そして、俺たちは数日の旅路の後、目的の教会へと辿り着いた。
山奥の、木々を掻き分けたその更に奥。
人里外れた所に、ラプラス教の本拠地である、小さな教会が有った。
「――どうする? このまま突入するか?」
「取り敢えず、戸を叩いてみたらどうだい? 意外と友好的かもしれないよ」
俺たちはその教会を目の前にして、作戦会議をしていた。
とりあえず辿り着いたのは良いが、その後の事を何も考えていなかったのである。
「そうですね、その……シモンさん? という方が、居るというお話でしたし」
そうだ。グリムは教祖のシモン・クリムゾンという人物の話もしていた。
あの紋章が刻まれた真紅の石を集めた信徒へと配っていたのも、そのシモンだと言う。
「そうだな……取り敢えず、まずは俺一人で様子を見て来るから、二人はそこで待っていてくれ」
現状ではそのシモンという教祖がどういった人物なのかも分からない。
危険がある可能性も有るので、女性陣には待っていてもらい、俺が先陣を切ろうという判断だ。
「何言ってるんですか。一緒に居た方が安全ですよ」
しかし、動き出そうとした俺の腕はエルにがっしりと掴まれ、止められてしまった。
「でも……」
エルが頬をぷくっと膨らませて、断固拒否の体勢を取る。
「まあまあ。じゃあ、私が考えた作戦で行く、というのはどうだい?」
俺とエルがいちゃいちゃと揉めだしたところ、エレナからの提案だ。
「ではアズール先生の作戦とやらを、お伺いしましょうか」
「うむ。ではご清聴願おうか! まず――」
俺がそうお道化てみると、エレナもそれに乗って作戦概要を語ってくれた。
「――すみませーん」
俺たちは三人並んで、コンコンと教会の扉を叩く。
そうすると、すぐに一人の男が出て来た。
「はい、なんでしょうか」
銀髪、赤目、そして片方の目は眼帯で覆われている。
衣服は神父の様な黒と白を基調とした整った物を纏っていて、落ち着いた出で立ち。
おそらく、彼が例のシモン・クリムゾンなのだろう。
髪色から、おそらく西の血が混じっているのだろうと推測できる。
「俺たち、旅の者なのですが、道に迷ってしまいまして……」
そう、エレナ・アズール先生の立案した作戦とは、つまり“道に迷った旅人のふりをして、教会の中へ入り込もう作戦”だった。
今をときめく作家先生にしては、なんともとんちきな作戦だ。
「そうでしたか、それは災難でしたね。確かに、この山は迷いやすい。もうすぐ日も暮れますし、夜道は危ないので、良ければ中で休んで行ってください」
しかし、そんなとんちきな作戦がまさかの効果覿面。
シモンは神父の様な見た目通りの親切心を見せて、俺たちを意とも容易く教会の中へと招き入れてくれた。
俺たちはシモンの後を付いて、中へ入って行く。
「お疲れでしょう。暖かいお茶を入れてまいります、少しお待ちください」
シモンはそう言って、俺たちを置いて奥へと引っ込んで行った。
それを確認してから、俺は小声で二人へと話かける。
「――あいつが、シモンで間違いないよな」
「ええ。そうだと思います」
「なんだか、思っていた印象と違うね」
そう、俺たちは悪の親玉の総本山へと着たつもりだったのだが、出迎えてくれたのは親切な神父だった。
しかし、悪徳宗教の勧誘なんて、大抵が外面は良い物だろう。
そう思うと、警戒を解く事は出来ない。
「さて、潜入したは良いが、これからどうするか――」
まあ、成り行きに任せて情報を集めて、今ある手札と照らし合わせて行く事になるだろう。
そう話していると、すぐにシモンは紅茶を乗せたトレーを持って戻って来た。
「お待たせしました」
「ありがとうございます。ここって、何の教会なんですか?」
俺は紅茶を受け取り、しかしそれには口を付ける事無く、シモンへの問いを投げかける。
「ここは神ラプラス様を信仰する、我々ラプラス教の教会ですよ」
特段隠す事も誤魔化す事も無く、シモンは堂々とそう言った。
この世界において異教の神を信仰するなんて事はあり得ない事だと言うのに、シモンは悪びれるでも無く、後ろめたさを匂わせる訳でも無い。
「――ラプリエル様では、ないんだな」
エレナが一歩踏み込む。
「ええ、ラプリエルは我々を助けてはくれません。――ですが、ラプラス様はいつも、ここに居られますから」
そう言って、シモンは自らの胸に手を当てる。
それは、この世界の神ラプリエルを冒涜する発言。
普通は、そんな事を言う人間を、この世界の人々は奇異の目で見る事だろう。
しかし、それでもシモンは神ラプラスを――メカクシを、心の底から信じていると言った風で、気を抜けば俺もその空気感に吞まれそうになる程、不思議な説得力を感じてしまった。
同時に、教会の中を、異質な空気が包み込む。
シモンのその眼帯で覆われていない方の赤い目を見ていると、そこに吸い込まれそうな錯覚に陥る。
言葉を聞いていると、頭がくらくらして来る。
そういう、変な感覚だ。
おそらく、シモンはそういう洗脳術の様な、精神干渉系の魔法を使っているのだろう。
この異質な空気感に支配された教会内に居ると、平衡感覚まで失ってしまいそうになる。
シモンはこうやってラプラス教の信者を増やしてきたのだ。
言葉で、視線で、空気で、そして魔法で。
あらゆる要素が絡み合い、それらを用いて人々を洗脳して、ラプラスの信者とする。
そして、今まさに俺たちもその魔の手に掛かろうとしていた。
俺は慌てて何度か瞬きをし、頭を振って意識を奮い立たせる。
大丈夫だ、俺やエルならこの程度の魔法に呑まれてしまう事は無いだろう。
しかし、俺でさえしっかりと意識を保っていなければこの有様だと言うのに、エレナは大丈夫だろうか。
そう思い、視線を向けると――、
「えいっ」
ぱちんと軽い音と共に、エルがエレナの額にデコピンをかましていた。
そして、それと同時に『読心』の魔法でエレナの精神の主導権をエルが奪い返す。
同じ精神干渉系の魔法をぶつければ、より強いエルの魔法が勝る。
「あう……。エルさん、急に何をするんだ……」
危うく呑まれかけていたエレナは正気を取り戻す。
額を抑えながら呻き声を上げるが、おかげで無事な様だ。
しかしそれでもふらふらと足元が覚束ない様子で、どこかぼうっとしている様に見える。
やはり、魔力耐性の低いエレナはこの場に居ては不味いだろう。
「エル、エレナさんを安全な所へ」
俺が小声でエルにそう伝えると、エルは小さく頷き、エレナの肩を抱いて教会の外へと連れ出して行った。
シモンはその様子を穏やかな微笑みを顔に張り付けたまま、ただじっと見ているだけだった。
彼女らがその場を去る事を止める事もなく、追いかける事も無い。
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