黒い男② 真紅の石
しかし、そんな風にしていると。
黒い男は腹を満たし、喉を潤して満足したのか、初めと比べて落ち着いた様子で、地べたに座り込んだままこちらをじっと見つめる。
「ぎょおお……」
そして、おもむろに首から下げていた“真紅の石が付いた首飾り”を外し、ずいっとこちらへと手渡して来た。
「くれるんでしょうか?」
「食べ物のお礼って事かな?」
俺は恐る恐るその首飾りへと手を伸ばし、それを受け取る。
俺が首飾りを受け取ったのを確認すると、黒い男はまた同じぎょうぎょうと言う奇怪な鳴き声を短く発し、現れた時と同じ様に、木々を分けて草葉の影へと消えて行った。
「……何だったんだ」
「……本当に、何だったんでしょう?」
後を追おうかとも思ったが、唖然としている内に、すぐに姿が見えなくなってしまった。
『魔力感知』で探そうにも、反応が微弱過ぎて見つける事は出来ない。
まあいいだろう、とりあえずは一段落と言った所だろうか。
俺たちは互いに目を見合わせ、胸中に疑問と困惑を残しつつも、そのまま先程までと同じ様に、道沿いに歩き始めた。
道中。
歩きながら、その真紅の宝石が付いた首飾りを太陽の光に透かせてみたり、ぶんぶんと振ってみたり、色々と調べてみた。
「それ、魔石でしょうか?」
そう言って、エルが俺の手元を覗き込んでくる。
「似てるな」
「ええ、まるで真実の目の様な、綺麗な赤色です」
その首飾りは小さな硬貨くらいのサイズの真紅の宝石が、簡素な麻紐で吊り下げられた物だ。
その石の真紅は、かつての真実の目を想起させる。
「でも、魔力は感じない。空っぽの魔石みたいだ。それと、この紋章は……」
よく見れば、その真紅の石の中に何か紋章の様な物が描かれていた。
「何でしょう? 見覚え有りますか?」
「どこかで見た気がするけど、何だったかな……」
既視感は有る、どこかで同じ物を見たはずだ。
それは真実の目では無い、もっと別の時と場所で、それもかなり最近見たはずだ。
俺は自分の記憶を辿る。
記憶力にはそれなりに自身が有る。
俺はこの数少ない特技だけでこの異世界の文字と魔法を覚えて、これまで何とかやって来たのだ。
「――ああ、あれか!」
思い出した。
閃いた俺は、そのまま『空間』の中に仕舞ってあった、風呂敷の包みを取り出した。
そして、その風呂敷の布の結び目を解いて、中に包まれていた物を地面にざっと並べてみる。
中に入っているのは、あの人魚擬きの吸血鬼が溜め込んでいた金銀財宝、宝石の数々。
あの時海に散らばった物を幾つか回収して来た物だ。
「これ、まだこんなに残ってたんですね」
「まあね」
いくつか売り払って旅の資金にしたのだが、一度に捌いてしまうと怪しまれるので、それでもまだそれなりの量が残っている。
俺はその中から、目的の物をじゃらじゃらと宝石の山を掻き分けながら探す。
「これを広げてるって事は、この中に――」
「そうそう。えっと……あった!」
指輪や首飾り、色々なアクセサリーが絡まっていて鬱陶しいながらも、何とか目的の物を見つける事が出来た。
やはり、この雑多な財宝の山の中にも有った。
同じ真紅の石だ。
俺は黒い男から貰った物と、人魚擬きの吸血鬼から押収した物とを並べて、見比べる。
後者の方は麻紐が切れてしまっているが、紐を通す穴の位置、そして中に刻まれた紋章もそっくりそのまま一致する。
「同じ物……ですね」
中に魔力が込められている訳でも無く、魔法式が刻まれている訳でも無い。
変な紋章が描かれた、空の魔石。
それが手元に、二つある。
「ああ。この紋章、何か意味がありそうだけど……」
「さっきの黒い人、何か知ってませんかね?」
こんな事なら見送るんじゃ無かったな、と思いつつも、後の祭りだ。
しかし、
「でも、あの感じだと、会話するのも難しそうだけど……」
本能で辛うじて動いてはいるのだろうが、あの分では人としての意識は殆ど残っていないはずだ。
「でも、この石が手がかりにはなりそうですね」
そう、手がかりは掴んだ。
異形の姿をした、黒い男。
あの様子を見るに、彼もまた黒い泥にその身を、または心を、侵されたのだろう。
人魚擬きの吸血鬼、そして黒い男。
両者の間には黒い泥、そして真紅の石という共通点が有る。
その繋がりが何なのか、この紋章にどんな意味が有るのか、そこまでは分からない。
それでも、少なくとも関連性が有るのは確かだ。
「フロウ村での――ライフだったか。あいつも同じ物を持っていないか、調べておけばよかったな」
彼もまた、心を黒い泥に侵された者の内の一人だ。
もしかすると、ライフも真紅の石を持っていたのかもしれない。
「あの時は知りませんでしたから、仕方ないですね」
「そうだな。でも、他にも同じ物を持っている人、もしくはこれについて何か知ってる人が居るかもしれない」
大陸中で広がっている現象、少し調べただけでも、その噂話を幾らでも聞くことが出来た。
それなら、この件自体珍しい物では無いだろう。
同じような黒い泥にまつわる事件を調べて行けば、他にも同じ物を持っている人が居るはずだ。
そして、その先の真実へと辿り着けるはずだ。
「では、この石について知っている人が居そうな、人の多い大きな街へ行ってみましょう」
「ってなると――帝都か」
この東の大陸で最も大きな国、帝都。
西の大陸の王都に並ぶ、多くの人や物が集まる、この大陸の中央部だ。
「はい! 行ってみましょう!」
真紅の石という新たな手がかりを得た俺たちは、新たな目的地を帝都に定めた。
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