黒い男① ナッツとドライフルーツ
フロウ村を発って、数日が経過した。
相も変わらず、俺たちは東の大陸での旅を続けていた。
「もぐもぐ……ぽりぽり……」
フロウ村を発つ際に、土産の品を沢山貰った。
ドライフルーツとナッツを混ぜたおつまみと、名物の果実酒だ。
エルはおつまみの方が気に入ったらしく、袋を抱えてリスの様にちまちまと摘みながら食べている。
「それ、俺にも頂戴?」
「いいですよ。はい、あーん」
「ん」
天気の良い晴れた昼下がり。
青く広がる空の下、ナッツを噛み砕く小気味良い音をBGMに、俺たちはのんびりと、木々に囲まれた道に沿って歩いていた。
この道は普段馬車が通っているのだろう。
足元は踏み鳴らされていて平らで歩きやすいし、道幅も広くてのびのびと出来る。
平和だ、実に平和だ。
このまま黒い泥の一件なんて忘れて、のんびりと旅を楽しみたいものだ。
しかし、やはりそういう訳にはいかない様だ。
それは突然現れた。
がさり、と物音。
草葉の影から人の気配。
そして、僅かな魔力を感じる。
俺たちは警戒を強め、その気配の方へと向く。
そこに居たのは、ボロボロの衣服を身に纏った、一人の痩せた男性だった。
旅人を狙った、金品目的の野盗だろうか。
最初はそう思った。
しかし、ただの人間では無かった。
「ぎょ、ぎょおおう……」
全身の黒ずんだ皮膚、肩口の一部が歪に肥大化した腕。
頭部には左右で大きさの違う、大きくぎょろりとした不気味な目玉。
そして、ぎょうぎょうと言う奇怪な鳴き声。
「――変異種!? どうして、ここに……?」
その姿は、かつて旧王都で宮廷魔導士のエルフの老人と戦った時の、あの異形の変異種を想起させる。
「――いや、違う。似ているけど、別物だ」
しかし、目の前のこいつは変異種では無い。
限りなくそれに近い姿をしているが、大きく飛び出た歪な目玉を除けば、間違いなく人間の男だと認識出来る程度には姿形を残していた。
もしこれが異形の変異種だったのならば、文字通り“異形”の姿を成していただろう。
「もしかして、あの噂の……」
そういえば、聞いた噂話の中にこういう物が有った。
あの漁師が話していた“飼っていた犬が泥になって死んでしまった”という話。
そして、“身体に黒い斑点が出来て、それが全身に広がって行く”という話。
「かもしれない。けど、とりあえずは――」
「ぎょう、ぎょおおおう!!」
何故ここに変異種擬きの黒い男が居るのかなんて、そんな事は分からない。
しかし、その黒い男は真っ直ぐとエルの方に向かって、襲い掛かって来る。
とりあえず、考えるのはこの黒い男を何とかしてからだ。
何故俺を無視してエルの方へ、と思ったが、しかしこの黒い男は襲う相手を見誤っているだろう。
相手は神をも殺す永遠の魔女様だ、こんな変異種擬き如きが勝てる相手ではない。
もっとも、俺の方に来たところで結果は変わらないのだが。
エルは黒い男の腕の一振りを寸での所でひらりと回避。
しかし、運悪くエルの腕に抱えられていたナッツとドライフルーツの入った袋に黒い男の指先が引っ掛かり、袋が破れて中身が辺りへと四散する。
「ああっ! わたしのおやつが!」
弾けたナッツとドライフルーツの雨がぱらぱらと地を打ち付け、エルが心の底からの悲しそうな声を上げる。
そして、黒い男は突進の勢いのまま、地面へと倒れ込むんだ。
いや、違う。倒れたのではない。
男は四散して地面へとばら撒かれたナッツとドライフルーツの方へと、一目散に飛びついたのだ。
そして、それを拾って口へと運び、バリバリと貪り食い始めた。
地面に落ちて砂や土が付いていようとお構いなし。
それどころか、土ごとナッツを鷲掴みして、口へと放り込んでいる。
「ええ……?」
「あの、アルさん。これ、どうしましょう……」
「どうって……」
意味が分からない。
エルも困惑の表情を浮かべている。
気勢を削がれた俺たちは、そのまましばらく放置して観察してみた。
しかし、一度ナッツに興味を移した黒い男は、俺たちには見向きもせずに貪り食っているままだ。
「わたしの、おやつ……」
エルはまだナッツに未練を残している様で、悲しそうな瞳で土を食べる黒い男を見ていた。
「こいつ、お腹空いてたのかな」
最初に襲い掛かって来た時には、俺では無くエルを狙って来た様に見えた。
しかし、今の状況から推察するに、そうでは無かった様だ。
正確にはエルではなく、その腕の中にあるおやつの入った袋を狙っていたのだろう。
「――えっと、飲むか?」
そう思って、俺は『空間』から果実酒の入った小瓶を一本取り出し、コルクの蓋を空けて黒い男の方へと差し出してみた。
「ぎょ! ぎょうおお!」
やはり、黒い男は反応を示した。
匂いに反応してか、一目散に果実酒へ飛びつき、両手で小瓶を掴んで、ごくごくと飲み始めた。
「美味しそうに飲んでますね」
「やっぱり、お腹空いてただけなのかな」
なんて、二人して和んでしまっているが、なかなかに異様な光景である。
晴れた昼下がり、道端でナッツを拾い食いして酒を飲む黒い男を眺める二人の男女。
今偶々この道を通りがかった人にこの状況を見られでもしたら、奇異の目を向けられる事だろう。
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