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【完結】少し遅れた異世界転移 ~死者蘇生された俺は災厄の魔女と共に生きていく~  作者: 赤木さなぎ
第五章 東の大陸の旅

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人魚伝説


「――この辺りの海で漁をしているとな、偶に女の歌声が聞こえるんだよ。他の漁師仲間が海の中に城を見たって言う話もある。そこに綺麗な人魚姫が居て、金銀財宝が山の様にある……かどうかは知らないが、まあそんな感じだ」


 と言うのは港に居た気のいい漁師のおじさん談だ。


 よくある噂話、伝説の類だろう。

 それをエルはうんうんと適当に頷きながら楽し気に聞いている。


 エルがこういった類の話が大好物だ。


 それはこれまでの『勇者アルの冒険』の物語をなぞる旅だったり、過去で出会った森の中を一人で探検していた明るく快活な少女だったり、それらからもよく分かる。


 彼女の本質は恐ろしい魔女様ではなく、冒険に胸躍らせる女の子だ。

 名前を、そして記憶を失ったとしても、その根元の部分は変わらないのだろう。


「しかし嬢ちゃん、あんた綺麗な黒髪だからこの辺の人かと思ったけど、西から来た旅の人だったとは驚きだよ」


「ふふっ、ありがとうございます。この辺りの人はみんなこんな色なんですか?」


 エルはそう言いながら髪をさらさらと手櫛で梳いている。


 そういえば露店の占い師もこの漁師もそうだが、見た目年齢から完全に年下だと思って接している。


 彼らがエルの実年齢を聞いたら腰を抜かしそうだ。


「みんなって訳じゃあないが、東の人間は大体そんな感じだね。変わった色してるのは大体亜人種だよ」


「わたしもエルフなんですけどね」


「そうそう、おじさんその耳見てびっくりしたよ」


 なんて他愛無い談笑が続き、今度は「船が難破して漁師仲間が行方不明に」だとかそういった怪談系の話に話題が移って行った様だ。


 どれもエルの好きそうな物語的な創作話だ。

 その声はそのまま俺の耳を通り抜けて行く。


 かくいう俺は、そんな話を聞きながら一人釣りをしているが、小魚一匹釣れやしない。


 レストランでは食べられなかった刺身を諦めきれず、どうせなら自分で釣って捌いてやろうと意気込んだはいいが、釣果ゼロ。


 早々に釣りに飽きたエルがふらふらと辺り散策していた所までは覚えているが、いつの間にか漁師のおじさんに捕まって談笑していた。

 と、いうのが今の状況だ。


「――と、いう訳なので! 海の中のお城、海底神殿を探しに行きましょう!」


 そのまま、またしばらく海を眺めながら魚が食いつくのを待っていると、そう言ってエルが俺の隣に戻って来て、腰を下ろした。


 いつの間にか漁師のおじさんはこの場を去っていた。

 そして、どうやらエルの中で何かが決まったらしい。


 噂の出所はどこか分からないし、信憑性も薄いのはこの噂話の内容のあやふやさからもよく分かる。

 きっと最初は漁師の誰かが言った『波の音が女の声に聞こえた』くらいの話に尾ひれが付いて行って、今に至るのだろう。


 ――と、予想できる程度の与太話なのだが、エルは未知なる冒険に心を擽られる少年の様に瞳を輝かせていたので、あえて否定する事も無い。

 エルが楽しそうならそれで良いのだ。


 かくして、本日の冒険は海底神殿探しと相成った。


「それで、どうやって探すの?」


「潜ります」


 そう言ってエルは『形状変化』の魔法を自身の衣服にかけ、白いワンピースは光に包まれる。


 そして、あっという間に水着に着替えてしまった。

 長い黒髪も頭の上でまとめられて団子を作っている。


「そして、こうです」


 次は辺りの空気を固めて酸素ボンベの様な物を作り出す。

 複数の魔法の合わせなのだろう、手際が良すぎてぱっと見では何の魔法なのか判別が付かなかった。


 その空気の塊の玉を二つ作り、片方を俺の方へと投げ、もう片方を自分の頭に被った。


 なるほど、そう使うのか。

 俺もそれに倣って同じ様に『形状変化』で着替えて、受け取った空気の玉を頭に被る。


「ところで、エルって泳げたの?」


「えっ、泳いだこと、ないですけど……?」



・・・



 海中。

 どうやら二百年間を森の中で過ごした森ガールでも泳ぐことが出来たらしい。


 エルはすいすいと、それこそまるで人魚の様に海の中を舞う。

 おそらく『身体強化』に類する何かしらの魔法で運動能力を底上げしているのだろう。


 ある程度深く潜ると、日の光が届かず視界が悪い。

 どちらともなく、二人共さも当然の様に『光源』の灯りをいくつか生成して周囲を照らす。


 見たこともない種類の魚、こいつは食べられるのだろうか。

 なんて呑気にしばらく海中を探索するが、やはり海中に城や神殿の類は見つからない。


 そろそろ引き上げるかと思いエルに声を掛けようとしたタイミングで、


『アルさん!見てください!』


 と頭の中に声が響く。

 エルは当然の様に魔法でテレパシーの様に話しかけてくるが、確かに水中なら合理的な手段だろう。


 と言っても、そんな手段をまるで呼吸でもするかの様に、容易に講じられるのはこの世界を探してもこの魔女様くらいだろうが。


 エルの指は海中の何も無い空間一点を指している。

 よく目を凝らしてみるが、やはり“何も無い”がそこにはある。


 エルはこちらを一瞬振り返り一瞥した後、にこりと微笑み、その何も無い空間へ向かって真っすぐと泳いで行く。

 そして、そのままエルの姿は消えてしまった。


 エルが消えた空間が、水中だと言うのに波紋が立ち、波打っている。

 まるで見えない膜がそこに存在するかの様だ。


 その微笑みがこっちへ来いと言う意味と理解し、俺も後を続いてその波打つ空間へと泳いで行く。


 すると、身体がぬめりとした物を突き抜ける不思議な感覚に包まれる。


 そして、膜を抜けるとまず視界に入って来たのは“城”だ。

 しかし、それは想像していた物では無かった。


 人魚、そして海の中の城と聞いて浮かぶイメージは西洋風のお城だった。


 何よりこの世界に来てから見て来た建造物がどれもそういった建築様式だったというのも有り、それにイメージが引っ張られていた。


 しかし、今目の前にあるのは和の建築様式。

 おそらく“竜宮城”と呼んだ方が相応しい物だろう。


 だが、それは赤を基調とした一般にイメージするような鮮やかな色をした竜宮城ではない。


 黒。

 どこか不気味ささえ感じさせる、黒一色の竜宮城だ。


 この空間は海中に球状に作られた結界の様な膜の内側の様だ。


 そして、どうやらこの膜の中では呼吸が出来るらしい。

 先に入っていたエルが頭の空気玉を外し、地に足を付け、こちらに手を振っている。


 膜を抜けた先は空中の様だったが、この空間はまるで月面の様に重力が小さいのか、身体が軽く感じる。


 気づけば俺の身体はゆっくりと落下して行き、やがて地に足が付いた。

 空中であり水中、そんな空間だろうか。


 そのままその月面空間を半ば跳ねる様にして、エルの方へと駆け寄る。


「アルさん! 本当に有りましたよ! 海の中のお城です!」


「まさか本当に有るとは思わなかったよ」


「信じてなかったんですか?」


「いやもう、微塵も、全く」


「もう……。とりあえず、中へ入ってみましょう。誰か居るかもしれません」


 エルに手を引かれて、城内へ入る。


 入口の門はおそらく朽ちていたのだろう。

 施錠されておらず、容易に中へ入る事が出来た。


「何と言うか……ボロいな」


「そうですね。もっと華やかな感じかと、勝手に期待していたんですが……」


 黒一色の外観を遠目で見た限りでは殆ど分からなかったが、中へ入れば一目瞭然。


 埃っぽい空気と、傷んだ城内。

 人の手入れがされていない事がすぐに分かった。


 城内もやはり暗く見通しが悪い、『光源』の灯りは必要不可欠だ。


「すみませーん! 誰か居ませんかー!」


 エルが城内に向かって声を張る。

 広い空間に声が響く。僅かな反響の後、静寂。


 やはり誰も居ない廃城なのか、と諦めかけた時。


 ギィと床板を踏みしめる、木の軋む音。

 音の方へと視線を向ける。

 音の主は階段を上った先に居た。


 入口のホールに居るこちらを見下ろす様に、佇む一人の女性。

 金や宝石で装飾された、着物を纏う気品漂う女性の姿。


 そして、首から頬に掛けて鱗の様な模様が見える。


 人魚姫――いや、竜宮城、そしてこの様相から、乙姫と呼ぶ方が適切だろうか。

 彼女は一度こちらへ膝を折り、そして背を向け、歩き出す。


 おそらく「着いてこい」という事だろうか。


 この廃城寸前のぼろ屋敷と絢爛な装束のアンバランスさにどこか違和感を覚えつつも、そのまま俺たちは階段を登り、案内をしてくれる彼女の数歩後ろを付いて行く。


 やはり歩を進める度にに足元の床板がギィギィと軋む嫌な音を鳴らす。

 その内踏み抜きそうだ。

 

 案内される道中。

 俺は前を歩く仮称乙姫様に聞こえない様に、小声でエルに話しかけた。


「なあ、怪しくないか」


「何が、です?」


「全部。このお城もそうだし、この人魚? もそうだし」


「良いじゃないですか。面白そうです」


 魔女様は大変ご機嫌である。

 未知への冒険心からか、このきな臭い状況に対しても危機感ゼロだ。


 広い城内を少し歩いて、程なく大きな扉の前で乙姫は足を止めた。


 その扉は誰も触れていないのに、まるで俺たちを導くかの様に、一人でに開く。


 乙姫は一歩後ろへ下がり、手を差し出す。

 つまり「入れ」という事だろう。


 どうやら俺たちが案内されていたのはこの部屋らしい。


「失礼しまーす」


 と言ってエルが促されるまま無遠慮に扉の中へ入って行く。


 もはや見え透いた罠に嬉々としてかかりに行っている気しかしないが、エルとの距離が離れぬように急いで俺もそれに続いた。

 

 部屋の中はやはり暗く、先があまり見えない。

 しかし先程のエルの入室の挨拶の声の響き方から、それなりの広さが有る事は何となく把握できた。


 おそらく入口ホールよりも少し小さいくらいだろうか、部屋としてはかなりの広さだ。


 辺りに目をやりながら慎重に部屋の奥へと進んで行く。

 しかし、


「だぶっ……」


「もう、何やってるんですか?」


 奥の方まで入った辺りで、足元の何かに躓いて転びそうになり、変な声が出た。


 それをエルにくすくすと笑われてしまい、耳が赤くなってきた気がする。


 そんな事をやっているのと同時に、背後で扉の閉まるがたんという音。

 どうやらあの大きな扉がまた一人でに動き、閉まった様だ。


 改めて状況を確認する為に『光源』を広げて周囲の様子を確認する。

 そして、自分が何に躓いたのかを認識した。


 それは、浅黒い乾いた何か。

 それは干乾びていて、固い。


 もはやそれが元は何なのか一瞬正しく認識出来なかった。

 しかし、間違いない。


 これはミイラになった人間だ。

 全身の水分――おそらく血液だけを抜かれて、まるで流木の様になったミイラ化死体。


 『光源』により部屋の全貌がはっきりしてきた。

 辺りを見れば、そんなミイラ化死体がこの部屋のあちこちに転がっている。


「アルさん……!」


 先程まで呑気に楽しげだったエルも事態を把握して、どこか緊張感の走る声色で傍に寄る。


 乙姫の居た方へと警戒の意識を向ける。

 息を呑み、振り返る。


 『光源』に薄ぼんやりと照らされて露わになった姿。

 俺たちをここへ案内していた人物、それは乙姫や人魚の類ではなかった。


 いや、人魚であるのだろう。

 しかし、それと同時に、黒く大きな、まるで蝙蝠の様な翼。

 

 いつの間にか二足の足で歩いていたはずの下半身は一つに繋がっており、着物の裾から伸びた魚の様な鱗に覆われた尾が宙に浮いている。


 肌を覆う鱗、背には黒く大きな翼、耳まで裂けた大きな口からは鋭い牙が伸びている。


 その姿、そして血を抜かれ干乾びたミイラ化死体。

 それらから浮かんだイメージ、それは“吸血鬼”だ。


 人魚であり、吸血鬼。

 二つの怪異性を同時に持つ異質な存在。


 ――いや、人魚の噂を聞いてここへ来たからそう思い込んでいた。

 しかし、もしかするとこの鱗は魚ではなく蛇なのかもしれない。


 人間の上半身、蛇の下半身、そして大きな翼。

 エキドナと呼ばれる伝説上の生き物がこれに近似しているだろうか。


 神と戦った経験もある、今更こんな創作上の生物擬きが出て来たところで驚きはしない。

 しかし、何故それがこの海底に。


 そして、ここが、この部屋がどこなのか、それをようやく理解した。

 吸血という食事行為、その結果としてのこの足元に転がるミイラ化死体。


 ここは彼女の食事場。

 皿の上。皿に載せられる食材は、俺たちだ。


「フフ、ウフフフフフ……アハハハハァ!!」


 乙姫改め、仮称エキドナは怪しげに笑う――いや、鳴く。

 それはまるで女の笑い声、それはまるで奇怪な獣の鳴き声。


 そしてその大きな翼を羽ばたかせ、長い尾をしならせ、この低重力の月面空間で壁を這う様に、そして宙を泳ぐ様に、縦横無尽に動き回り、勢いよく襲い掛かって来る。


「エルっ……!」


「はいっ!」


 阿吽の呼吸。

 俺とエルは背中合わせの形で構え、応戦する。


 エルは今まで何度も見て来た、紫色の『結晶』で形作られた、まるで宝石の様に美しい双剣を作り出し、両の手に構える。


 俺は小さな『ファイアボール』を作り出そうと手の平に魔力を集中させる。

 しかし、一瞬発火の兆しを見せたものの、気泡を出して、すぐに鎮火してしまう。


 呼吸が出来る空間であった故に忘れていたが、ここは依然水の中。

 つまり使用できる魔法は限られている。


「もう、これ使ってください」


 そんな俺の様子を見てエルが双剣の片方を俺に投げてくれる。

 結晶の剣はゆっくりと宙を漂い、俺の手元に収まる。


 そんな隙を好機と捉えてか、エキドナは宙を泳ぎ、俺の方に向かって鈍く光る黒い爪を振るう。


 俺は受け取った結晶の剣を逆手に持ち、寸での所でその爪による薙ぎ払いを受け止める。


「ぐあっ……」


「わっ……」


 しかし、その衝撃で身体は宙に投げ飛ばされる。


 俺と背を合わせていたエルも同時に巻き込まれ、二人揃って宇宙空間を漂う様にくるくると宙を舞う。


 この低重力空間に慣れておらず、上手く受け身が取れない。

 体勢を立て直すのも難しい。


 しかし、エルはそんな状況もお構いなし。

 宙を漂ったまま今度は『結晶』の弾丸を周囲にいくつも作り出し、それらを同時に放つ。


 『物体浮遊』の魔法の命令で勢いの乗ったその弾丸は、この水中でも難なく前進の勢いを落とす事無く、エキドナに向かって撃ち出される。


 エキドナの腕の黒い爪の輪郭がブレたかと思うと、それはまるで泥の様に融け、腕を覆い大きな怪物の手に変質した。


 高質化した黒い腕は『結晶』の弾丸を受けても傷つく事無く、腕の一振りで『結晶』は容易く叩き壊される。


 この異質な黒い泥、それには覚えが有った。

 忘れるはずもない、見紛うはずもない。


 黒光りするタール状のそれは、まさしくかつてメカクシが操っていた“異形の黒い泥”と同質の物だろう。


「エル、あいつの腕――異形だ」


「ええ。でも、どうして……」


 流石のエルも、この状況には少し動揺が見える。


 そうだ。何故、どうして。

 ここに来てあの異形の影が再び俺たちの前の現れるのか。

 メカクシは、かの神は既に討たれた。それは間違いない。


 しかし、考える暇は無い。


 依然エキドナはその攻勢を緩めない。

 黒く大きな翼を羽ばたかせると、そこから杭状に変質した泥が漆黒の弾丸として撃ち出される。


 それはまるで先程のエルの『結晶』の弾丸による攻撃を模倣し、そのままオウム返しの様に撃ち返して来たかの様だった。


 そこで、この翼すらも異形の泥によって形作られた物である事を理解する。

 体内から溢れ出る異形の泥を使役し、爪や翼を形作る怪物。


 宙に投げ出された身体は上手く受け身が取れない。


 『結晶』の剣を振るい幾つか撃ち落とし、受け流す事で可能な限りダメージを抑えるが、全てを捌き切る事は出来ない。

 泥で形成された漆黒の弾丸は俺の肩を穿つ。


 エルの方はいつの間にか俺に渡した分の剣を再構築していた様で、再び両の手に『結晶』の剣は握られていた。


 その分の手数で漆黒の弾丸を捌き切り、俺よりも被害は少なそうだ。

 被弾した僅かな傷も、それを認識するとほぼ同時に『永遠』の修正力によって癒えて行く。


 俺も肩に刺さった杭を抜けば、その傷口はすぐに癒えて行く。

 そのまま杭を握る手に力を入れれば、エキドナから分離したそれはいとも簡単に崩れ、塵と成り消えた。


 俺たちが宙に放り出されていた体勢を立て直し、地に足を着けるとほぼ同時。

 再びエキドナの腕に纏う泥が形を変える。


 今度は漆黒の刃を形作り、それを両の手に持つ。

 やはりエルの『結晶』の魔法を模倣している様だ。


 おそらく、これがこいつの習性なのかもしれない。

 それはこの攻撃方法の模倣や、人に擬態して俺たちをここまで誘い込んだあの行動からも予想する事が出来た。


 人間の真似をする事がこの怪物の生存戦略なのだろう。


「シャー―ーッ!!」


 今度はエルに狙いを定めて、蛇の様に鳴き、漆黒の刃を振るう。


 しかし、それはエキドナの失策だろう。


「エル! こいつの攻撃は模倣だ! それなら――」


 俺は分析した情報を、可能な限り簡潔にエルへと伝える。


 エルの魔法と同一性の有る攻撃手段を用いるという事は、それは理解出来る物であり、理解出来るという事は――。


 エルは俺が言い終える前に、俺の顔を一瞥し、こくりと一度頷く。


 そして、片手の剣を宙へ放り捨て、その空いた手の平を前へ突き出し――、


「――『相殺』」


 エキドナの漆黒の刃、肉を割き骨を断つはずだった強靭な刃。


 しかし、それはエルの白いく柔らかい皮膚に触れると、その形を保てなくなり、いとも容易く崩れ、塵と成る。


 ――理解出来るという事は、同じ性質を持つということは、それは『相殺』出来てしまう。

 種が割れてしまえば、どうという事は無い。


 そして、意図せぬカウンターにエキドナは体勢を崩す。

 その隙に、エルは刃を受けた方と逆のもう片方の腕で『結晶』の剣を振るう。


 エルの細腕による一振り。

 しかし、それは『身体強化』の魔法で強化された重い一撃だ。


 エキドナの鱗に覆われた表皮を切り裂き、傷口からは青黒い血が噴き出る。


 エキドナは蛇の尾をくねらせ、女の悲鳴、蛇の鳴き声、それらが相混ぜになった様な耳障りな奇声を上げ、悶え苦しむ。


 そして、俺はもう一つの可能性を思い出す。

 “吸血鬼”――俺は最初、血を抜かれたミイラ化死体から、こいつへそういった印象持った。


 で、有れば。

 もし仮にこいつが人魚であり、吸血鬼であり、エキドナで有るのなら。


 その弱点は――。


「エル、あいつを拘束出来るか? そしたら、後は任せてくれ」


「? ……ええ、勿論です。分かりました」


 エルは俺の意図を理解していない様だったが、それでも何か考えが有るという事は伝わった様だ。


 碌な説明をしていないというのに、それを深く問う事も無くこくりと頷いてくれた。


 それだけ言葉を交わした後、俺は足元に手をかざし、そこへ魔力を集中する。


 エルは回転し、その勢いを乗せて『結晶』の剣を悶えるエキドナに向かって投げつける。


 エキドナはそれに気づくと、応戦する形で黒い爪を振るい、剣を弾き落そうとする。


「――『形状変化』」


 しかし、その爪が切先に触れる直前。突如『結晶』は格子状の網へと形を変え、エキドナの周囲を覆う様に広がり、檻となる。


 そして、その檻は収縮し、行き場を無くしたエキドナの長い尾の生えた身体を折り畳み、完全に捕縛した。


「やった、捕まえましたよ!」

 

 エルのその声に応え、俺は巨大な『ファイアボール』を海中に生成する。

 このサイズなら先程の小さな火球と違い鎮火する事は無い。


 それどころか、まるで隕石の様に巨大な炎球によって周囲の水は瞬時に熱され、気化し、膨張し、大きな爆発を起こす。


 その噴火の様な爆発は竜宮城の天井を突き破り、俺たちはエキドナ諸共、一気に海上まで噴き上げられる。


「――吹っ飛べえええ!!」


 水蒸気爆発の噴火に乗って、一気に海上へと浮上する。


 数時間ぶりに浴びた陽の光。

 そして、陽の光を浴びるという事は――、


「――――――ッッ!!!」


 その悲鳴は、その鳴き声は、もはや爆発の轟音に呑まれて正しく耳に届く事は無かった。


 こいつが吸血鬼で有るのならば、その弱点は“太陽光”だ。


 その予想は的中。

 エキドナは陽の光に浄化され、その肉体は塵と成り消えて行く。


 そして、異形の泥もまた宿主を失い塵と成る。


 気づけば、俺の周りには『魔力障壁』が張られていて、隣にはエルの姿。


 巻き込まれない様に直前で助けてくれたらしい。


 海上に浮く竜宮城の残骸、その瓦礫の上に二人並んで腰を下ろし、天を仰ぐ。


 眩い日の光と、海上から上がった水柱。

 それによって、かかる大きな虹の橋。


「大冒険、でしたね」


 一件落着。

 一安心したのか、エルは呑気にそんな事を言って、この日差しよりも眩しい笑顔で笑っている。


 人魚伝説、その正体は海中に住む吸血鬼だった。


 日の光を苦手とする吸血鬼、ならばその光りの届かない海の奥深くに身を潜めるというのも納得だ。

 そういう生態に進化していったのだろうというのは想像に難くない。


 しかし、まだ謎は有る。

 異形の泥、何故あの力を有していたのか。


 メカクシは討たれた、もうこの世には居ない。

 そう頭では分かっていても、どうしても“もしかすると”という一抹の不安が過る。


 旅を続けて行けば、やがて分かるのだろうか。


 もしかすると、あのメッセージが関わっているのではないか――。


 そんな妄想が広がるが、それらはどれも尻すぼみとなり、やがて消えて行く。


 東の大陸での旅。それはまだ、始まったばかりだ。

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