新天地
ここから新章です。
第二章っぽい旅の話+総まとめ
神の世界侵略、魔王再臨、その一件から数年が経過した。
世界を神の手から救った魔女――『災厄の魔女』は『永遠の魔女』となった。
彼女の、そして共に魔王を討った勇者の活躍はアルヴのある作家によって描かれ、新たな物語として紡がれて行った。
それは『勇者アルの冒険』の様に。
そして、舞台は新王都やアルヴの有るこの大陸から離れて、海の向こうへ。
二人は“ずっと一緒”に、永遠を生きる。旅は続く。
新時代の勇者と魔女、二人は海を渡る。
―――
船首が波を切る音、そして船特有の平衡感覚を揺する感覚に、微睡からの覚醒を促される。
重たい瞼を擦り、目を開ける。
大部屋の寝台、その固い床に腰を下ろして壁にもたれる。
というお世辞にも快適とは言えない船旅で、むしろ身体に疲労が溜まった気さえする。
しかし、それはこの環境の所為であって、船酔いの類による体調不良ではなかった。
俺は元々船酔いするタイプだった様な気がするが、『永遠』の魔法の効力で修正されているのだろうか。
あの嫌な気持ち悪さを感じる事は無かった。
しかし、船旅一つを取ってもこちら世界は文明レベルがあまり高くない。
俺の元居た世界、前世の船旅ならもっと――、あれ、どうだったかな。
まだこちらの世界よりも、元の世界に居た時間の方がほんの少し長いはずだが、もうすっかりこちらに染まってしまったのか、あるいは寝起きで思考が濁っている所為か、朧気であまりしっかりと思い出すことが出来なかった。
少しずつ思考がはっきりとして来て、隣を見る。
そこには共に肩を寄せて寝ていたはずのエルの姿は無かった。
先に起きてどこかへ行ってしまった様だ。
二人で一緒に掛けてあったブランケットには俺一人が包まり、エルの居たであろう場所に空間が生まれていた。
軽く伸びをしてから立ち上がり、船内歩いて、エルを探す事にした。
甲板へと出ると、照り付ける日差しが眩しくて、俺は手の平で視界を覆い、目を細めた。
潮風が汗ばんだ肌を舐め、少しべたつく感覚。
普段であれば不快感を感じるその感覚も、新天地へと赴く今の新鮮な、澄んだ気持ちではどこか心地よい気さえする。
今回の船旅の目的地は、俺たちの居た西の大陸と海を挟んだ先、“東の大陸”だ。
手すりに体重をかけて、海の方に視線を移す。
太陽光を波が照らし返し、その反射光がきらきらと輝いて見えた。
船の到着も近い頃なのだろうか。
他の乗客も何人か甲板に出ていて、景色を眺めたり、談笑していたりという風に過ごしていた。
しかし、その中にエルの姿は見えなかった。
更にふらふらと甲板を歩いて、丁度寝台に戻ろうかなという頃。
後ろから聞き慣れた澄んだ声。
「あ、起きたんですね」
振り返ると、先に俺の姿を見つけたエルが階段を下りながら、こちらへと向かってきていた。
どうやら入れ違いになっていたらしい。
「ああ、おはよう。良かった、丁度探してたんだ」
「ふふふ。すみません、先に起きちゃったので、船内をお散歩してました」
エルはそう微笑みながら、片手で潮風に靡く髪を掻き上げた。
長い黒髪のを掻き分け、その間から長く尖ったエルフ耳が露わになる。
その紫紺の瞳は、太陽光を反射する海の様に美しく輝いていた。
彼女はもう、その姿を包み隠すローブのフードを被ってはいない、あれはもう必要の無い物だ。
二人で並んで甲板の手すりに背を持たれる。
ふと気づくと、エルの片手に持つ一冊の本が目に付いた。
その本の古びた装丁には見覚えがあった。
「あれ? それ、まだ持ってたんだ」
“それ”とはその手に持つ古びた本の事だ。
魔法使いであれば一目でその本が魔導書だと気づくだろう。
それは『魔女エル』の魔導書。
メカクシを、魔王を討つ為に、『魔女エル』の残した過去からの贈り物。
エレナの手を伝って渡り、俺たちを導いた『時』の魔法を記した魔導書だ。
「はい。もう真実の目は有りませんから、中身を読む事は出来ませんが――こうして眺めていると何かある気がして、偶に開いてみてるんです」
「それで、どう? 何か新しい発見でも有った?」
「いいえ、何も。ずっと白紙のままですよ」
「やっぱり、そうだよね」
強力な『隠匿』のかかったその魔導書は、誰にも読む事は出来ない。
真実の目の権能を用いて、過去を見る事でのみ、この魔導書の全容を知ることが出来るようになっていた。
「でも、不思議ですよね、所有者が亡くなった後に所有権も移らず効果が無くなりもしない『隠匿』の魔法なんて、他に聞いた事も有りませんよ。」
本来『隠匿』の魔法はその魔導書の著者、所有者にしか内容を確認する事は出来ない様にする、魔法の流出を防ぐ為の魔法だ。
例外として家族や恋人の様に、所有者が心を許した、または許可した者なら内容を見る事は出来るだろう。
かつて俺が魔法を学んだ際に、エルの書いた魔導書を読み、学ぶ事が出来た様に。
その『隠匿』は所有者が亡くなれば効力を失い、次に手にした者に所有権が移る様になっている。
なので『魔女エル』の魔導書も本来ならばエレナの手に有った時点で所有権が移り、『隠匿』を看破して中身を読むことが出来たはずだ。
しかし、『魔女エル』の強力な『隠匿』は死してもなお継続してその効力を発揮し、所有権が移る事は無かった。
そして、真実の目を持つ俺たちの手に渡るまで、ただの白紙の汚い本でしかなかったのだ。
「エルなら『魔女エル』みたいに、同じ様な『隠匿』を施せたりしないの?」
「どうでしょう……。あまり自信は有りませんね。何か特別な命令を差し込んだ魔法式が必要なのでしょうか、或いは――」
「或いは、“まだその魔導書の所有権は失われていない”――とか?」
俺は考え込むエルの言葉尻を摘んで、代わりに思いついた事をそのまま言葉に紡ぐ。
「……? と、言いますと、亡くなった『魔女エル』に所有権が残ったまま、という事ですか?」
俺はこくこくと頷く。
「なるほどです。もしそういう命令を挟めるのなら、確かに可能かもしれません。ちょっと試してみても――」
エルの琴線に何か触れたらしい。
そう言いながら魔法についてぶつぶつと思考を巡らせ始めた。
しかし、俺の思い付きはそこには無かった。
「ああ、いやそうじゃないんだけど。例えば、かの『魔女エル』なら俺たちと同じ様に“不老不死で実はまだ生きている”とか、ね」
俺の突飛な発言にエルはぽかんと少しの間目をぱちくりとさせていたが、すぐに何かを考える仕草を見せる。
そして、少し間を空けた後に口を開いた。
「――わたしが彼女と同じ『不死殺し』の魔法を作りだしたのと同じ様に、彼女もまたわたしと同じ様に『永遠』の魔法を作り出せていたとしても、不思議では無いかもしれません」
「でも、それなら何でメカクシが暴れてた時に、本人が直接出て来なかったのかって話になるから、所詮は妄想の域を出ないけど」
「ふふふ。そうですね」
「もし本人が生きているのなら、魔導書を残すなんて面倒な真似しなくても、自分が出て来てやっつければいいんだからね」
「それに、もし彼女が永遠を生きる人物なら、その隣に勇者が居ないのも不自然ですよ。もしお二人が生きていたのなら、あの場でメカクシと魔王を討っていたのはわたしたちでは無く、本物の勇者と魔女でしたよ」
「んん……? そう? 別に『魔女エル』だけが不老不死で、『勇者アル』は死んでるってパターンも全然あると思うけど」
エルはさも当然と言った様にそう言い切る。
しかし、俺には『魔女エル』の存命が『勇者アル』の存命とイコールで繋がる、エルの語るその理論がよく分からなかった。
「でも、あなたはわたしと一緒に生きることを選んでくれたでしょう?『永遠』を生きるというその呪いを、わたしと一緒に背負ってくれました」
「ああ。これかもずっと一緒に、生きて行くよ」
「ええ。わたしも、そのつもりです。――ですから、きっとかつての勇者と魔女も、愛し合う二人は同じ選択をしたはずです」
エルはそう言って、優しく微笑んだ。
「――そっか。そうだね、エルの言う通りだ。なら、やっぱり『魔女エル』が生きてるなんてのは本当にただの妄想って事だ」
「はい。きっと、彼女は大好きな勇者と共に、幸せな生涯を全うしたと思いますよ」
そう言うエルのどこか遠い目をしたそんな表情を見て、少し考える。
これは聞いていい物か、少し悩んだ。
でも、それでもやっぱり、彼女の事を知りたくて――、
「エルは、生涯を全うしたいと、幸せだったって死にたいと思ってるの?」
「あ、そういう風に聞こえました?」
しかし、俺の胸中を他所に、エルはけろっとした、どこか意外そうな表情で答えた。
「うん、なんと言うか、『魔女エル』の事が羨ましそうに見えた……かな?」
「そうですね。綺麗に終わる、という事に魅力を感じないと言えば、嘘になります。――だって、それはわたしたちには、わたしたちには持ち得ない物ですから。でも、逆に普通の人からすれば不老不死が魅力的に映るんじゃ無いでしょうか? それだけです」
そう語る、エルの表情は穏やかで、落ち着いていて、その言葉に嘘は無いのだと分かった。
かつては一度死を選ぼうとしたエルだったからか、俺は少しそれに怯え過ぎていたかもしれない。
「まあ、そうかもね。無いものを強請るのが人間の性、隣の芝生は青いもんだ」
そう言って、エルに微笑みを返す。
俺は、どうだろうな。
エルとずっと一緒に生きたくて、彼女との時間を求めて、自らの意志で『永遠』を得た。
そんな俺の目にも隣の芝生が青く見えるのだろうか。
終わりに魅力を感じるのだろうか。
そういう時が、来るのだろうか。
「あ、そろそろ着きそうです。見えてきましたよ。ほら」
そんな風に自分の世界に入り込み、思いに耽っていた俺の思考を、エルの声が引き戻す。
エルの指す方へと視線を向ける。
この船の目的地、俺たちの居た西の大陸を離れて海を越えた先、東の大陸の港町の光景が目に飛び込んできた。
日差しを照らし返す波の輝き、そして港町の暖色を基調とした特徴的な建造物、背後には山々の連なる景色。
その美しい光景を切り取ろうと、俺は今までの旅の中でしてきたのと同じ様に、懐から元の世界からの持ち込み品であるスマートフォンを取り出す。
そして、今唯一生きている機能であるカメラを起動する。
もう使い古したそのスマートフォンは所々傷んでいて、時の流れを感じさせる。
船からの景色を一枚撮り、その後――、
「エル、こっち向いて」
エルは小首を傾げながら、景色を眺めていた身体を捻り、こちらへと振り向いた。
俺は不意打ちの様に、そのままの姿を切り取った。
「もう。言ってくれれば、もっと可愛いくポーズするんですよ?」
エルはそう言いながら、手櫛で髪を梳く仕草をして見せた。
そんな愛おしい彼女の姿に見惚れていると、ブブッとスマートフォンのバイブレーション機能が震えて、聞き慣れない音を出す。
「わっ」
「うおっ」
そんな、この世界に来てからは決して起こるはずの無かった初めての挙動に、俺とエルは驚く。
しかし、俺とエルの驚きは違うものに起因するだろう。
エルはこの世界には無い未知の機器スマートフォンの、初めて見た突然のバイブレーション機能への驚きだろう。
しかし、俺の場合は違った。
俺の視線は、スマートフォンの画面に釘付けだ。
画面の上部に震えと共に現れた“通知”のボックス。
それは電波の通らないこの世界では決して現れるはずの無い、自分以外の誰かからのメッセージを知らせる物だ。
エルは興味深そうに、俺の隣へと来て手元のスマートフォンの画面を覗き込む。
俺はそんなエルの方へと少し画面を傾けてやり、そして通知のボックスを指で触れて、メッセージのウインドウを開いた。
差出人の名前は文字化けをしていて、読む事は出来なかった。
しかし、メッセージの本文は確かに前世で使用していた文字、日本語で書かれていた。
俺はもはや使うとこの無くなった元の世界の文字を十年以上ぶりに読む事に少し苦労したが、まだその短いメッセージを読む事は出来た。
『君たちに会えるのを楽しみにしているよ』
その短いメッセージの内容を理解して、俺はしばらく固まった。
エルは日本語の文字を読めないので、不思議そうに固まる俺の顔とスマートフォンの画面を交互に覗き込んでいた。
エルの紫紺の瞳が視界に入り込み、俺ははっとして我に返る。
そして、急いでテキストボックスを開いてメッセージを打ち込んだ。
『おまえはだれだ?』
焦って打ち込んだからか、変換の仕方を忘れてしまったからか、俺のメッセージは平仮名のみで短く打たれた簡単な物だ。
しかし、画面には無情にも『メッセージの送信に失敗しました』の文字列が浮かんでいた。
それも当然だ。
本来このスマートフォンはどこにも繋がっていないのだから、メッセージを送れるはずもない。
「はぁ……」
俺は焦りと驚きから入っていた身体の力が抜けて、ため息を吐く。
「アルさん? えっと……どうしました?」
「ああ、ごめん。実は――」
と、俺はスマートフォンのメッセージが云々などと言っても伝わらないだろうと言う事を考慮して、起きた事について、なるべく嚙み砕いてエルに伝えた。
「――そのメッセージの差出人がこの大陸のどこかに居る、って事なんでしょうか?」
「このタイミングで送って来るって事は、そうだと思う」
問題は、誰が、何故、どうやって、だ。
誰がこのメッセージを送って来たのか、何故俺たちに会いたいのか、どういう手段で俺のスマートフォンにメッセージを送ったのか。
そして、今このメッセージを送って来るという事は、どういう訳か俺たちの動向を、つまりは俺たちがこの東の大陸へと来ている事を、知っているのだろう。
全てが謎だ、謎だらけだ。
「ふふっ。なら、一先ずの目的はそのメッセージの送り主に会う事に決まりですね」
悩める俺の胸中も他所に、まるで新しい玩具を手に入れた子供の様に、エルはどこか楽し気に見える。
馴染が無いから仕方ないが、この異世界でスマートフォンにメッセージが届くという事態の異常性があまり伝わっていないのかもしれない。
程なくして、船が港へと着いたのだろう。
船体が揺れて、慌ただしく人の波が動いて行く。
俺たちもその波に乗って船を降り、新鮮な潮風を肌で感じながら、この東の大陸の地を踏みしめる。
「さあ、行きましょう! 新たな冒険です!」
エルは今にもスキップでもし始めそうな、そんな軽快な足取りで、先導して行った。
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