神の世界侵略⑫ SIDE アル
――― SIDE アル
眩い魔法の光が視界を包み込む。
その光りが晴れ、目が慣れてくると、やっと状況を掴むことが出来た。
視界にまず入って来たのは見慣れた森の景色だった。
『魔女エル』の魔導書の魔法を行使した直前に見た景色と、変わった点を一目では見つけられず、一瞬失敗したのかと錯覚する程だった。
しかし、鼻孔をくすぐる森の空気がどこか違って感じられる。
そして――、
「あなたは、誰?」
少女の声。
聞き慣れないはずなのに、どこか懐かしさを感じさせるその澄んだ声に導かれるままに、声のする方へと視線を向ける。
黒髪、エルフ耳、そして紫紺の瞳。
(ああ……)
俺はその目の前の少女に聞こえない様に小さく、感嘆の声を漏らす。
少女の姿を見て、魔導書の魔法の成功を確信した。
ならば――と、俺は背後に意識を向ける。
間違いない、先程までそこに無かった物が、そこには確かに有った。
岩に突き刺さる、美しい一本の長剣。
見覚えの有る形、装飾。
間違いない、これは勇者の剣だ。
「――勇者、かな」
俺は少女の無邪気な問いに、そう答えた。
勿論、俺は勇者本人では無い。
しかし、俺はこの勇者の剣を求めてこの場に来た。
ならば、今の俺に振られた役割は勇者で間違いないだろう。
俺は役割に順じよう。
「勇者様! 本当にお会いできるだなんて! わたしに会いに来てくださったの?」
この少女は、俺の知っている彼女とは、どこか違った雰囲気を纏っている。
話し方もそうだが、この頃の彼女からは、どこか明るく快活な印象を受ける。
彼女に会えたことは、とても嬉しい。
その気持ちに嘘は無い。
しかし、今回の魔法の行使に当たっての主とする目的は彼女ではない。
「――いいや。世界を救う、その為に、この剣が必要だったんだ」
俺はそう言って、背後に刺さる勇者の剣の柄を握る。
「そう……、わたしの願いを聞いて、来てくださった訳じゃあ無かったのね」
少女は心底残念そうに、そう呟いた。
彼女にそんな寂しそうな表情をさせてしまった事に、胸が痛んだ。
しかし、俺は自分の身体の縁が薄っすらと透けている事に、気付いていた。
これはおそらく、タイムリミットだ。俺には時間が無いらしい。
この透過が広がり、やがて俺は元の場所に戻されてしまうだろう。
その前に――、
俺は剣を抜こうと、柄を握った腕に力を込める。
しかし、岩に深く突き刺さった勇者の剣はびくともしない。
「ふふっ。勇者様、お手伝い、しましょうか?」
先程まで寂しそうな表情を見せていた少女は、勇者の剣と悪戦苦闘している俺を見て、今度はころりと表情を変えて、無邪気に悪戯っぽく笑っていた。
その無邪気で純真無垢な笑顔が眩しくて、見惚れてしまいそうで、なんだか少し照れ臭い。
俺は柄を握っていた腕の力を抜いて、そして、
「勇者様、少し、離れていてちょうだい?」
と少女に言われるがままに、その勇者の剣の刺さる岩から、少し距離を取った。
この少女に男の俺以上の腕力が有るはずはなく、どう手伝ってくれるのかと、内心半ば困惑気味ではあった。
しかし、それと同時に“彼女なら出来るだろう”という信頼もあった。
俺が離れた事を確認すると、少女は剣の刺さる岩へと向けって人差し指を一本立てた。
そして、指先から魔法の淡い光が浮かび上がり、少女は『爆発』の魔法を放つ。
岩が弾け飛び、『爆発』によって巻き上がった砂煙が立ち込める。
少女も自分の思っていた以上の威力が出てしまった様で、爆風で舞い上がった砂煙の被害を諸に受けていた。
俺と少女は二人してけほけほと咳き込みながら、砂煙が晴れるのを待った。
砂煙が晴れると、少女はとことこと岩の残骸の中に転がっていた勇者の剣の元まで走って行き、両手で柄の部分をを持ち上げた。
「ふふっ。大成功ね! ――勇者様、はい、どうぞ?」
勇者の剣の大きさ、重さを少女の小さな身体一人で持ち上げる事は不可能だったので、剣先は地に着き、引きずった状態だ。
それを両手で頑張って抱えている姿からは、今にも「よいしょ、うんしょ」なんて言う可愛らしい掛け声が聞こえてきそうだ。
「――ああ、ありがとう。助かったよ」
俺はお礼を言って、少女から勇者の剣を受け取った。
そして、受け取った勇者の剣を右手で持ち、傍らに携えた。
気づけば、俺の身体はここへ来た時よりも更に薄く透けていっていた。
半透明の肌の先に、森の木々が透けて見える。
「もう、行ってしまうの?」
俺の身体の変化を見て、少女もタイムリミットを察したのだろう。
名残惜しそうな声に、後ろ髪を引かれそうになる。
俺だって、もっと彼女と話したい事が山ほど有る。
彼女は何を考えているのか、何を感じているのか、知りたい。
話したい、抱きしめたやりたい。
しかし、俺が会うべき彼女は、今の彼女ではない。
大丈夫だ、必ず会える。
だから、未来で――、
「――また、会おう」
俺は勇者の剣を握りしめ、背を向けた。
彼女がくれたこの大切な剣を手放してしまわない様に、しっかりと握る手に力を込める。
魔法の淡い光が、俺の身体を包み込む。
そして再び、ここへ来た時と同じ様に、俺の意識は融けて、光に呑まれていった。
「――また、ね」
光に包まれて、融けて行く意識の中。
そう、少女の声が聞こえた気がした。
―――
気づけば、見慣れた森の景色。
そして、鼻孔をくすぐる森の空気も俺の知っている物だ。
そして、右手には“勇者の剣”。
どうやら、ちゃんと帰って来られたらしい。
ふと、足元に視線を送る。
そこには元々勇者の剣が刺さっていたであろう穴が空いているだけの岩が有ったはずだが、今はその岩はどこにもない。
代わりに石の破片が飛び散り、クレーターの様な跡が残っていた。
その爆発痕が、あれが夢ではなく現実だったのだと実感させてくれた。
『魔女エル』の魔導書の魔法、それは『時』の魔法だった。
過去や未来の、どこかの座標へと跳ぶ。
時間を越えて世界へ干渉する。
そういう魔法だ。
しかし、その『時』の魔法単体では機能しない。
過去のどの時間のどこへ跳べばいいのか、未来のどの時間のどこへ跳べばいいのか、その魔法単体では指針が無いからだ。
そこで必要になって来るのが、過去未来全てを見通す“真実の目”だ。
例えるなら、『時』の魔法は海を渡る船、真実の目は航路を示すコンパスだ。
二つが揃ってやっと真価を発揮する。
単体では機能しない、しかし強力な規格外の魔法。
それが『魔女エル』の残した『時』の魔法だ。
俺は『時』の魔法で過去へと跳んだ。
そして、現代では失われたはずの“勇者の剣”を拝借してきたという訳だ。
しかし、まさかその中で、過去であんな出会いが有るとは思いもしなかった。
予想外の出会い、収穫だ。
俺は過去で出会ったあのエルフの少女を思い出しながら、彼女が手を貸してくれる事で手に入れた、勇者の剣を握る手に力を込めた。
しかし、これで終わりではない。
勇者の剣自体が目的では無い。
これはまだ準備段階だ。
俺の役目は、ここからだ。
――そうだろう? 『魔女エル』。
俺は勇者の剣を携え、『転移』の波に乗った。




