神の世界侵略⑩ 神との戦い③
「つかまえた」
「――!?」
――否。
メカクシの指が、エルの右目を捉える事は無かった。
魔女の不敵な笑み。
それに対して、メカクシが抱いた感情は“恐怖”だった。
神であるメカクシが、人間に対して恐怖など抱くはずがない。
しかし、現にメカクシは恐怖を感じていた。
人形の様にぶらんと宙に放り出されていたはずのエルの腕。
その腕が、右目へと伸ばしたメカクシの腕に向かって、その手の平を広げ、喰らい付く。
爪が食い込み、もはやどちらの物か分からない血が流れ、腕を伝う。
「やっぱり、そうですよね。あなたは、怖いんですよね」
エルはぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
その表情には、薄っすらと不敵な笑みが浮かび、それは“災厄の魔女”を彷彿とさせた。
「怖い? 何が? この僕に、怖い物など――」
メカクシは狼狽し、抵抗する。
エルの手を引きはがそうと、藻掻き、搔き毟る。
しかし、エルは掴んだメカクシの腕を離さない。
そのメカクシの腕が、ぶくぶくと泡立ち始めていた。
「あなたは、死ぬ事が怖いんです。だって、そんな風に鎧を纏って、身を守ろうとする。それは、死を恐れるからです」
エルの魔法が、少しずつメカクシの身体を蝕む。
「やめろ、やめろ!! 離せ!! 離せよ!!!」
「今もそうです。わたしが何をするのか、あなたは理解して、そして、恐怖している」
その“熱”は更に沸き上がり、燃え上がり、メカクシの腕から広がって行く。
そして、身体の隅から隅まで伝播して行った。
エルの魔法――『温度変化』だ。
エルはこの時を、待っていた。
鎧で身を包み、エルの魔法攻撃の致命傷を悉く避けてきたメカクシ。
しかし、目的の真実の目を目前とした瞬間。
勝利を確信したその瞬間に、メカクシに生まれた隙。
メカクシの犯した、たった一つのミス。
それは、エルが触れられる距離まで、無防備で近づいてしまった事。
触れてしまえば、それでお終いだ。
『温度変化』によってメカクシの身体は灼熱に包まれ、沸騰し、そして――、
「嫌だ!! 嫌だ!! 僕は神だぞ!! お前なんか、お前なんかに――」
「ばあーん」
沸騰した肉体は、弾け飛ぶ。
エルの首を掴んでいた黒い触手は燃え尽き、解放されたエルの身体は、どさりと地に落とされた。
エルはけほけほと咳をした。
そして、『永遠』の不死性によって身体の治癒――修正が始まっているのを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
メカクシだった赤黒い物が目前に落ちている。
その周りには弾けた肉片と血が華を咲かせていた。
「終わり、ました……」
エルは安堵の声を漏らした。
これで、終わった。
メカクシを倒し、この王都を――この世界を、救ったのだ。
人の気配に振り替えると、王城の避難民たちがエルの後ろに集まっていた。
そして、避難民たちは顔を見合わせる。
そして、その中の誰かが、声を上げた。
「助けていただいて、ありがとうございます。それで、あの、あなたは……?」
―――
“あなたは”――ですか。
この人たちの目には、どう映ったでしょうか。
わたしは、誰でしょう?
わたしは、災厄の魔女。
この人たちの知っている通りの、かつて王都を襲った大災厄の元凶。
でも――。でも、わたしは――)
「わたしは――、『永遠』の魔女、エルです」
少し迷った後、わたしはそう答えました。
それは驕りで、それはエゴで、それは傲慢かもしれない。
でも、それでも、わたしは――。
彼らを、この世界を護るために戦ったわたしは、“災厄の魔女”なんかじゃ無かったはずです。
だから、わたしは、そう答えました。
これで、いいんですよね? アルさん。
―――
一件落着。
そう思い、油断していた。
しかし、終わりのはずが無かった。
『魔女エル』が未来に託した魔導書、そしてそこに残したメッセージ。
こんな簡単に終わるのならば、それは必要無かっただろう。
まだ終わりじゃない。
『魔女エル』の見た未来は、ここからだ。
がさり、と背後で物音。
その不穏な気配に、エルは振り返った。
赤黒い物体――沸騰し、弾けた身体は肉や骨が露出していて、醜い様相。
死んだはずのメカクシが、立ち上がっていた。
「――しぶとい、ですね」
「まだ、終わらない。この世界は、終焉だ。僕の、全てを、くれてやる、だから、もう一度――!」
メカクシを中心として広がった邪悪な魔法の光が、天に立ち昇る。
魔法の光とその衝撃に、エルは腕で顔を覆い、目を伏せる。
魔法の光が天を貫き、空間に風穴を空ける。
――これは、大魔法だ。
「ああああああああああああああああああああ!!!!」
メカクシの、焼けた喉から響く、最後の叫びが、王都中に木霊する。
赤黒いそのもはや人の形を保てない身体が溶け、“黒い泥”となる。
そして、その“黒い泥”は天に広がる風穴へと吸い込まれて行った。
メカクシの――神の存在の全てを触媒とした、大魔法。
その有り余る程強大な触媒を喰った、大魔法によって産み出された者。
それは――、
「――魔王」
天の風穴から、溢れ出る大量の“黒い泥”。
そして、その泥は集まり、形を成す。
人とも魔獣とも似つかない、まさしく“異形”の姿。
異形の王。
その存在が有る限り、世界に汚れを撒き散らす。
巨大な汚れの化身。
『魔王降臨』――それが、メカクシが死に際に放った大魔法だった。
これが、かつての勇者と魔女が討った、不死の魔王。
その正体だ。
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