神の世界侵略⑨ 神との戦い②
――声が、聞こえる。
「ん……。ここ、は……?」
メカクシの攻撃を受けたエルは、旧王都から飛ばされて、この場で倒れていた。
身体を起こすと視界に入って来た光景。
それでここがどこなのかはすぐに理解出来た。
聞こえてくるのは、大勢の人の声。
そして、周囲を見渡すと、綺麗で豪華な造りの城。
ここは、新王都の王城だ。
一瞬、意識が飛んでいた様だ。
この感覚は、知っている。
これは死だ。
本来ならば一度死んでいた。
しかし、『永遠』の魔法の不死性によって、エルの身体は致死のダメージも無かった事修正してしまう。
かつて対峙した宮廷魔導士の逆再生の治癒の様な、不完全な不死性の挙動ではない。
死という、そして損傷という事象そのものが無かった事になる。
全てが修正され、元に戻る。
完全なる不死性だ。
しかし、身体が重い。
おそらく、あの赤い稲妻の所為だ。
神の一撃だ。
おそらく、それには『不死殺し』に相当する力が含まれているのだろう。
実際に本物の『不死殺し』の魔法が使えるのはかつての『魔女エル』、そして現代ではエルとアルだけだ。
このメカクシの力はそれに似た何かでしか無い、類似品でしか無かったのだろう。
それ故に、『不死殺し』として完全には機能していなかったのが救いだ。
しかし、本来なら『永遠』によって無かった事になるはずの身体へのダメージだが、腐っても神の一撃だ。
それを諸に受けたエルの身体は、ずっしりとした重み、疲労感の様な形として、ダメージの蓄積を感じていた。
エルが吹き飛んできた衝撃で崩れた王城。
その崩れた部分から冷たい外の空気が流れ込み、エルの昇っていた頭の熱を冷ましてくれた。
小さく深呼吸。
そして、エルは自分の左手を見た。
「よかった……」
そこに鈍く光る簡素な指輪が有る事に――攻撃を受けた衝撃で壊れたり、無くしたりしていなかった事に、安堵した。
エルはその左手を右手で包み、そっと抱きしめる。
まだ疲労感の残る中、重い腰を上げて、崩れた城の瓦礫の山から立ち上がるエル。
「うんうん。『認識阻害』も無くなって、“見やすく”なったね」
エルは顔を上げる。
壊れた城の壁に空いた風穴から、上空にに浮くメカクシが見下ろしているのが見えた。
メカクシの言葉に、エルは自分の状況を改めて認識して、はっとした。
『魔力感知』に引っ掛からない様に、そして何よりこの王都で自分の――災厄の魔女の姿を隠す為に纏っていた『認識阻害』のローブ。
それがあの赤い稲妻の攻撃を諸に受けて、焼き切れてしまっていた。
今のエルはその長い黒髪とエルフ耳を晒し、露わにしている。
「その姿をこの国の民が見たら、どう思うだろうね?」
そう言って、メカクシはまた槍をどこかから生み出し、仕掛けてくる。
しかし、今度のその攻撃は殺傷目的ではない。
エルの不死性に対して最も有効な攻撃手段、それは物理的な攻撃ではなく、精神的な攻撃だ。
メカクシの攻撃は、エルを王城の外へと――民の、衆目の前へと誘導する為の物だ。
エルも『結晶』の双剣を作り出し、応戦する。
しかし、メカクシの手数が多すぎる。
今のメカクシは“黒い泥の鎧”を纏い、その身を堅く強固に守っている。
その所為で、結晶の刃は思ったように通らない。
更に、複数の異形の触手を腕の様に巧みに操り、それを攻撃と防御に組み込んでいる。
両手に持つ槍だけでなく、追撃として繰り出される触手の腕による多段攻撃。
その手数は、エルの二本の腕だけではとても捌き切れなかった。
数度の打ち合いの末。
メカクシのラッシュに押し切られ、エルの両手の双剣が弾き飛ばされる。
そして、得物を失ったエルのがら空きになった胴に、メカクシの触手の腕による薙ぎ払い。
その一撃を諸に受けてたエルの身体は、王城の壁に空いた風穴から、外へと飛ばされた。
触手の腕の一振りによって飛ばされたエルの身体は、王城へ避難していた民の集っていた広場の方へと投げ出さた。
受け身も取れず、飛ばされた勢いのまま広場の地へと叩きつけられる。
エルの身を包み隠すローブは、もはや無い。
その長い黒髪、エルフ耳――災厄の魔女として言い伝わる、その姿。
王城へと避難してきていた民の目に、エルのその姿が映し出される。
「なんだなんだ!?」
「黒髪の、エルフ……!?」
「災厄の、魔女――!」
次々と、群衆の方から、恐怖に駆り立てられた声が上がる。
視線が、刺さる。
困惑、不安、敵意。
そんな負の感情を孕んだ民の視線が、ダメージを負ったエルの身体の傷を、ズキズキと抉って来る様だった。
「違うんです、あの……」
エルは誤解を解こうと、敵ではないと伝えようと、一歩、民衆の方へと歩を進める。
しかし、民衆はエルの方から後退して、離れて行く。
エルと民衆の間には、まるで視えない大きな壁が出来ている様だった。
このままでは、まずい。
この国が、一般市民までもが敵となっては、メカクシとの戦闘どころでは無くなる。
一度体勢を立て直すべきだ。
このままでは、戦えない。
「アルさんが戻って来るまで、一度撤退を――」
エルが『転移』での一時撤退を図ろうとする。
しかし――、
「本当に逃げちゃって、良いのかな?」
「――っ!!」
エルは息を吞む。
メカクシは片手を天に掲げ、巨大な異形の黒い“泥の塊”を自身の頭上に生成していた。
エルはすぐに、メカクシの意図を察した。
この“泥の塊”を、どうするのか。
その掲げた手を振り下ろせば、どうなるのか。
本当に、この神は汚い奴だ。
「じゃ、ばいばい」
メカクシは、天に掲げた手を勢いよく振り下ろす。
そして、その“泥の塊”の攻撃はその勢いを、重力を受けてさらに加速させながら、こちらへと迫って来る。
しかし、それはエルを狙った攻撃ではない。
正確には、エルだけを狙った攻撃ではないのだ。
今、エルの後ろにはこの王都の避難民が集っている。
エル一人ならば、『転移』使ってこの攻撃を回避し、逃走する事も容易い。
しかし、今そうすれば、この後ろに居る民衆は“泥の塊”に押し潰されて、死んでしまうだろう。
メカクシの意図は、まさにそれだ。
エルから回避と逃走の選択肢を奪い、確実に通るであろう攻撃。
「なんだ、あの黒い奴は!?」
「こっちへ来るぞ!!」
民衆のどよめきが、背後から聞こえてくる。
エルはちらりと、背後の民衆の方へと視線を送る。
エルの脳裏に、先程の民衆の視線、そして二〇〇年間の記憶が過る。
(わたしを敵視するこの国の民を、本当に守る必要はあるのでしょうか。見捨てて、逃げてしまえばいい。そうして、その後アルさんと合流して――)
そんなエルの迷い。
民衆を見捨てるという選択肢が、エルを惑わす。
そんな中、視線の先に映った、ある人の姿。
「あ……」
避難民の中に居た、見知った顔。
八百屋の母娘の姿が、そこにあった。
エルは自分でも気付かない無意識の内に、微笑みを溢していた。
(なんだ。わたしって、意外と“人間”なんですね)
もう、エルに迷いは無かった。
ここに居るのは、“災厄の魔女”ではない。
“泥の塊”が迫って来る。
時間は、無い。
エルは一度呼吸を整える。
そして、民衆に向かって語り掛ける。
「皆さん、離れていてください。わたしが、何とかします」
そう言って、エルは“泥の塊”の方へと跳んだ。
民衆がどう思うかなんて知った事では無い。
これは、エルの決めた事だ。
「はあっ――!」
エルは両手を前へ突き出し、そこへ『結晶』の盾を作る。
『結晶』の盾に“泥の塊”が激突。
その圧倒的威力、魔力の塊の重みを受ける。
「ぐっ……」
『結晶』を通して、腕にまでその衝撃が伝わって来る。
今にも折れてしまいそうだ。
その威力に耐え切れずに、『結晶』の盾にヒビが入る。
そして、砕け散った。
しかし――、
「まだです!!」
エルはすぐさま次の手を打つ。
エルの使った魔法、それは『霧』の魔法だ。
『霧』のバリアが“泥の塊”を覆い、威力を削いで行く。
だが、やはりそでは足りない。
威力を削いでも、完全には止められなかった。
エルは“泥の塊”に呑まれ、地に叩きつけられた。
しかし、最後の抵抗だ。
その直前、再び『霧』の魔法を背後の民衆の方へと展開し直し、結界を作った。
――また死んだのだろうか。
それとも、気絶していただけだろうか。
背後から聞こえるどよめき声に揺さぶられ、意識を起こす。
倒れたまま、エルは民衆の方へと視線を送る。
どうやら『霧』の結界はちゃんと機能してくれたらしい、彼らは無事みたいだ。
「よかっ、た……」
「こんなに狙い通りにいくのも、面白くないなあ」
メカクシがそんな不満を垂れながら、地に降り立つ。
そして、こちらへとゆっくりと歩いて、迫って来る。
エルの身体は、動かない。
“泥の塊”を直接受けた所為だろうか、やはりメカクシの攻撃は不死の肉体にもダメージが有るらしい。
迫って来るメカクシを迎え撃たなくてはならない。
しかし、身体は鉛の様に重く、動かない。
メカクシは鎧から生える黒い触手でエルの首を掴み、引きずり上げた。
エルの両の腕は、だらりと宙に放られている。
「じゃあ、その目は返してもらうよ」
そして、槍を捨てたその手を、エルの顔の方へと伸ばす。
メカクシの目的、真実の目。
メカクシの指が、エルの右目の瞼に触れ、その眼球を、抉り出す――。
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