神の世界侵略⑧ 神との戦い①
「愛してるよ、エル」
アルが『転移』して姿が見えなくなった後。
エルは予想外の不意打ちの仕返しに、少しの間呆けて頬を緩めていた。
戦いの前だと言うのに、アルからの愛の言葉に、エルは口角が上がるのを我慢出来なかった。
それで目の前のメカクシに対する怒り、汚い物に対するこの負の感情が無くなった訳では無い。
しかし、その中でも胸の中に温かい物を感じていた。
(――この温かさのおかげで、わたしは戦える)
言葉にするという事の大切さを、改めて実感する。
(わたしは彼を愛しているのだと、わたしは彼に愛されているのだと)
恐怖は無い。
ただ、目の前の敵を――、
(神を討ち、わたしたちの『永遠』の物語の舞台を、護ります)
アルへの感情に想いを馳せていたエル。
「別れの挨拶は終わったかい?」
しかし、依然塔の瓦礫の上でゆったりと座りこちらを見下ろす、メカクシの挑発的な声に意識を戻される。
一度心を落ち着ける為、そして改めて戦いへの覚悟を決める為。
目を伏せ、一瞬の瞑想。
そして、改めて正面の敵、メカクシと対峙する。
「随分と簡単に行かせてくれるんですね。アルさんだって片目の所有者なんですよ?」
エルは紫紺と真紅の色違いの両の瞳で、鋭い視線を送る。
そして、メカクシの挑発的な調子を真似する様に、言葉を返す。
それは相手の流れに乗せられない様にという反抗の意味合いも有るが、やはりエルにとって気になる所でもある。
真実の目の奪還を求めているこのメカクシが、易々と片目の所有者であるアルを見逃す事に違和感が有った。
「アレも君だよ、同じさ。どっちでもいい。――それに、この世界は終焉だ、逃げ場なんてないよ」
まただ。
度々アルとエルを同一視するメカクシの発言。
アルはそれについて理由を知っている様だった。
しかし、エルに配慮した結果、それについて詳細を秘密にしている事にもエルは気づいていた。
しかし、ここまで来れば嫌でも分かってしまう。
真実の目の権能を自在に扱うアル。
そして、このメカクシの言動。
つまり――、
(――彼はわたしで、わたしは彼だった。という事ですね)
一心同体だとか、そういう比喩表現では無い。
真の意味で魂が繋がっているのだ。
“どっちでもいい”とはつまり、エルを通してアルの持つ権能も奪うことが出来るという事だ。
メカクシにとっては二対一よりは一対一の方が都合がいい。
アルを引き留める理由が無いのだ。
そして、どうやらメカクシはアルが逃げたのだと思っているらしい。
しかし、そうではない。
アルが見た真実の目のビジョン――『魔女エル』の残したメッセージ。
それに従い、アルは魔導書の魔法を行使する為に、“ある場所”へと向かった。
実際にその目で見た訳では無いエルには、詳しい事は分からない。
しかし、アルの事は無条件で信頼している。
それはアルも同じだ。
エルの事を信頼し、この場を――メカクシの相手を、エルに任せてくれたのだ。
メカクシが“アルが片目を渡さない為に逃げた”のだと思い込んでくれているのなら、アルの行動に邪魔が入る事は無いだろう。
それはこちらにとって都合が良い。
アルが帰るまでの間、エルもまた自分のやるべき事を成す。
――ローブが、風に靡く。
互いに見合い、一瞬の間。
機を伺い、どちらが先に動くかの読み合い。
エルは『転移』の波の乗る。
メカクシは周囲の『空間』を歪ませ、背景に溶け込む。
動いたのは殆ど同時だった。
互いに違った魔法を駆使した、瞬間移動。
瞬間移動した先は、互いに上空だった。
お互いに不意を突こうとし、死角である空からの攻撃を選択した結果、両者がぶつかる。
エルは薄紫色の『結晶』で作った双剣。
メカクシは鋼の槍。
以前に対峙した時と同じ武器を互いに魔法で作り出し、それを振るう。
エルは静かな水面の様に。
対してメカクシは、まるで遊戯を楽しむかの様に、笑みを浮かべながら。
暗雲の覆う空。
二つの強大な魔力の塊同士がぶつかる衝撃で、暗雲に風穴が空く。
風穴から覗く、大きな月。
互いに魔力をぶつけあった衝撃で弾かれて、再び距離が生まれる。
先に次の手を打ったのはメカクシだ。
エルの周囲の『空間』が揺らめき、そこから鎖が現れ、エルの身体を拘束した。
『結晶』の双剣が手から零れ落ちる。
メカクシは鎖に拘束されて身動きの取れないエルに向かって、片手を銃の形にして赤い稲妻を放つ。
以前のそれよりも明らかに威力の高い赤い稲妻。
それはもはや極太のビームだ。
それは勢いを落とす事無く、エルの居た空間を穿つ。
しかし、それをただで受けてやる程エルも甘くは無い。
それは、まるで華の様だった。
エルは薄紫色の『結晶』で出来た盾を作り出し、赤い稲妻のビームからその身を守った。
しかし、元は円形だったはずの『結晶』の盾。
その盾は赤い稲妻のビームの威力で縁が抉れ、まるで華の様に、花弁を作っていた。
『結晶』の華はそのままボロボロと崩れ、役目を終えたそれは枯れ落ちた。
想像以上の威力に、エルは少し眉を顰める。
そして、稲妻のビームを防いだエル。
彼女は同時に自身拘束していた鉄の鎖を『温度変化』で溶かし、その拘束から抜け出していた。
今度は、エルの反撃だ。
まずは『光源』のフラッシュ。
追撃を防ぐ為に、瞬間移動で位置を変える。
刹那の瞬きの間に、エルはその場を『転移』する。
そして、『重力』の魔法。
宙に浮いていたメカクシの身体が、勢いよく塔の残骸の一つに向かって打ち付けられる。
エルの転移先は元々メカクシの居た空間だ。そこから、地に伏せるメカクシを見下ろす。
身体を起こそうとするメカクシ。
しかし、更なる追撃。
衝撃によって砕け、飛び散った瓦礫。
それをすぐさま『物体浮遊』で弾丸に変えて、メカクシへと撃ち込む。
そして、直撃した瓦礫の弾丸を『形状変化』し、瓦礫はスパイクの様に変化させる。
メカクシの身体へとそのスパイクの棘が食い込み、また更なる追撃を与える。
「ぐっ……。可愛い顔して、エグイ事やってくれるね……。でも――」
そう言った瞬間。
メカクシの周りの地が隆起し、そこから黒い物体が湧き出て来る。
それらは一直線に、エルに向かって襲い掛かって来る。
この黒い物体、黒い触手には覚えが有る。
これは――、
「異形――!」
「懐かしいだろう? “君が”永遠の牢獄に閉じ込めた、民の成れの果てだよ」
“異形”――大災厄の魔力に当てられ、それに耐えられなかった民の変質した姿。
いや、違う。
あの大災厄もこのメカクシの仕組んだものだった。
ならば、あの異形化の現象も同じだ。
現に今、メカクシが異形と同質の黒い触手を産み出している事がその証拠だ。
メカクシがエルの『永遠』の大魔法に割り込み、それを“不老不死の呪い”と“異形化”という現象に書き換えて、民を永遠の牢獄に閉じ込めた。
気づけば、メカクシは異形を“泥”として身に纏っていた。
先程負った負傷もその黒い泥が補い、まるで人形に付いた傷を埋める様に、治して行った。
メカクシは自分の身を守る様に、異形の黒い泥の鎧を纏う。
メカクシの黒い泥の鎧からはまるで複数本の腕の様に触手が生え、蠢いていた。
目を覆っていた包帯も、今は代わりに黒い泥がマスクを作っている。
「わたしじゃない! あなたが、仕組んだことでしょう! どうして、そんな――」
これは違う。
この泥は、この異形は、二〇〇年前の大災厄の被害者では無い。
メカクシの産み出した、エルの心を揺さぶる為のまやかしだ。
この黒い泥に、命は無い。
しかし、それを頭では理解していても、心は言う事を聞いてはくれない。
メカクシのその一手は、エルの心の静かな水面に波紋を立てるには十分だった。
「どうしてって、あの雲隠れした龍を炙り出す為にしてた、遊びの一環だよ。大災厄も、もっと昔にやった魔王降臨も」
あの惨劇すらも“遊び”だと、メカクシはそう言うのだ。
「――でも、失敗だった。魔王はよく分からない勇者に討たれるし、大災厄くらいじゃあの龍は爪の先すら見せてくれなかった」
「――!!!」
エルの、声にならない叫び。
“遊びだった”その一言で、水面に立った波紋はどんどん大きくなり、ついには弾ける。
(わたしの、わたしの二〇〇年が、こんな奴の、ただの遊びだった……?)
そんな事が、有っていい訳が無い。
エルは感情に身を任せ、『結晶』の双剣を手に、メカクシに向かって突撃した。
先程までの冷静で、計算された、理性的な攻撃とは違う。
それは無謀な、一直線の特攻だ。
「それ、隙だらけだよ」
先程までの挑発するような、不敵な笑みを携えていたメカクシの表情が、ふっと冷たい物に代わる。
そして、まるで吐き捨てる様にそう言った。
そのまま、また指を銃の形にして、エルに向け、赤い稲妻を放った。
まんまとメカクシの策に嵌り、挑発に乗って大きな隙を見せたエル。
直線的な特攻をしていたエルに、回避や防御の体勢を取る暇は与えられなかった。
赤い稲妻を諸に受ける。
そして、その直線のビームの勢いに押されるまま、エルの身体はその直線上の先へ飛ばされて行った。
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