神の世界侵略③ アルヴ再訪③
作戦概要はこうだ。
まず、人気の少ない場所へ行く。
もしもメカクシと戦闘になった際、周りへ被害を及ぼさない為だ。
俺たちはその場所として、アルヴからも近い龍の峡谷を選んだ。
この乾いた大地には人っ子一人居ない。
ここへ住んでいた龍も、今はもう居ない。
今は亡きあの龍には申し訳ないが、この場を戦場として有効活用させてもらおう。
そして、次にエルが纏うローブを脱いで『認識阻害』を解く。
これでエレナの目を奪った時と同じ様に、メカクシも真実の目の位置を『魔力感知』で特定出来るはずだ。
しばらく待っていれば、その反応に気付いたメカクシが現れるだろう。
つまりは、真実の右目持つエルを餌とした、囮作戦だ。
後は流れに任せて、アドリブだ。
俺とエルの二人掛かりで、そのメカクシから左目を取り返す。
まあ相手が誰だろうと、俺たちの敵では無い。
どうにでもなるだろう。
何せこちらには、不老不死でありこの世界最強の魔女、エルが居る。
俺だって同じく不老不死、魔法の実力はエルに劣るが、この世界でその次に並ぶ程だとは自負している。
俺たちの相手になる人間なんて、この世界に居るはずも無い。
さっさと左目を取り返して、アルヴで待つエレナの元へ戻ろう。
そう、龍の峡谷へ来たのは俺とエルの二人だけで、エレナはアルヴの家で留守番をしてもらっている。
エレナだって一応はエルフ族なので、簡単な魔法は使えるのだろうが、それでも得意とは言えない。
俺たちと共に謎の少年メカクシと戦うには、少々役不足だ。
それは初めて出会った時の森での様子を思い返しても、よく分かる事だ。
エレナ自身も呆気なく左目を奪われたという事も有って、それは自分でもよく分かっているのだろう。
素直に「左目は任せたよ」と送り出してくれた。
そんな訳で、善は急げだ。
早速、俺たちは龍の峡谷へ来た。
隣でエルはローブを脱ぎ、その長い黒髪を露わにしている。
ローブはちゃんと綺麗に畳んでその辺りの岩の上に置いている辺り、性格が出ていた。
作戦通りなら、これでその内メカクシはエルの右目を狙って姿を現すはずだ。
元々龍の峡谷からアルヴまではそれ程遠くはないのだが、それでも人間の足で普通に歩いては数日はかかる距離だ。
何なら、王都からアルヴまでの旅路も数日では済まない程に遠く離れている。
しかし、俺たちはこんなにも簡単に各地を移動している。
勿論このフットワークの軽さには秘密があるのだが――。
「――アルさん!」
程なくして、エルの張りつめた声。
その声が、奴が来た事を知らせる。
「全然見つからないと思ったら、そういう魔法が有ったのか。ずるいなあ」
視界内の一点、何もない空間。
その背景が歪み、奴が現れる。
エルの『認識阻害』のローブを指してずるいと言う少年。
短いパーマがかった金髪、包帯の様な物で両の目を覆っている――メカクシのご登場だ。
「エレナさんの左目を、返してください」
エルがメカクシに語り掛ける。
「返す? 違う違う。これは元々僕の物だよ」
「元々は、あの龍の物でしょう」
「いいや。あの龍族たちが僕から盗んだのさ。全く、最後の一匹になっても僕の邪魔をするなんて、鬱陶しい事この上ないよ」
メカクシは片手にその左目を――真実の目を取り出し、それを自分の物だと語る。
それはもはや抉られたエレナの左目ではなく、真紅の宝玉の様な形に変質していた。
しかし、俺たちの知っている話と少し食い違う。
真実の目はあの峡谷に住む龍の持つ権能だと思っていた。
メカクシ曰く、真実の目はあの龍――つまり“龍族たち”がメカクシから奪った物だと言う。
そして、それを最後の一匹があの峡谷に潜み隠し持ち、死の間際にそれを継承し後世に残した。
と、いう事になる。
だとすれば、龍は何故メカクシから目を盗み出したのか。
何故そんな厄介な代物を継承させ、後世に残そうとしたのか。
そして、そんな権能を元々保有していたメカクシは、一体何者なのだろうか。
「そうですか。でも、それはエレナさんの目です」
「だから、僕のだって言ってるじゃん」
はあ、とエルは一つ溜息を吐く。
そして、
「――では、その左目を頂きます」
そんなエルの凛とした宣言。
それと同時に、幾つもの薄紫色の『結晶』を周囲に展開。
そして、それを弾丸として、一気にメカクシに向かって放つ。
その容赦のないエルの攻撃に俺は少し気圧されてしまい、動き出すタイミングを逃してしまった。
と言っても、宮廷魔導士の時とは違う。
エルが本気で戦い始めたのなら、俺が出る幕は無いだろう。
俺は一歩引いた位置でそれを見ていた。
「ははは! たった一人で! のこのこと現れて! 大した自信だなあ!!」
メカクシは片手に持っていた真紅の宝玉を懐へ仕舞い込んだ。
そして、まるで遊んでいるかの様に、高笑いをしながら、エルの『結晶』の弾丸を身軽な動作で躱す。
包帯の目隠しで見えていないはずなに、最低限の動作で、完璧にその『結晶』の弾丸を避けてしまう。
狙いが逸れた『結晶』は峡谷の乾いた大地に突き刺さる。
全ての『結晶』を捌き切ったメカクシは、反撃に出る。
メカクシが片手を銃の形にして構える。
そして――、
「ばんっ」
その指先から赤い稲妻が放出され、真っ直ぐにエルに向かって行く。
エルは片手でその稲妻を受けて、握り潰し、『相殺』した。
そのメカクシの一瞬の魔法の発動を見ただけでその魔法式を理解し、魔法式を再構築して、『相殺』したのだ。
その後も、エルとメカクシの魔法での攻防は続く。
様々な魔法をお互いに放ち合う。
傍から見ていると、交差する魔法の数々はまるでそういうショーの様だ。
ここまでレベルの高い魔法戦を見るのは初めての事だ。
エルと互角に戦える魔法使いなんて、これまでの旅の中でも出会った事が無い。
この世界にそんな存在が居るなんて、思ってもいなかった。
しかし、メカクシは真実の目を持たない俺の事なんて眼中に無いのか、まるで本当に見えていないかの様だ。
俺の存在を無視して、エルとの一対一の戦いに夢中になっている。
しかし、これはチャンスだろう。
出る幕は無いかと思っていたが、どうやら出番が回って来た様だ。
メカクシがエルに完全に気を取られている隙に、俺も動く。
丁度、二人が近接戦に入った所だ。
エルは薄紫色の『結晶』で出来た双剣を両手に持ち、舞うように振るう。
メカクシは魔法で作り出したのか、どこからか持って来た槍を振るい、それに応戦していた。
そして、その槍の一突きがエルに届こうとする直前。
俺は『転移』して、二人の間に割って入った。
この『転移』こそが、俺たちの移動手段。
王都からアルヴまで、そしてアルヴからこの龍の峡谷まで、こんなにも即座に、そして簡単に移動して来られた秘密である。
そして、俺は片手で槍の柄を握って受け止め、『温度変化』で一気にそれを熱する。
鉄製の槍は煙を上げながらドロリと溶けて、峡谷の乾いた大地に鉛の雫を落とす。
「なっ……いつの間に!? いや、誰だ!?」
メカクシは俺の突然の乱入に、想定以上に狼狽える。
その様子を見るに、やはり――、
「――本当に、俺が見えていなかったのか」
そして、俺はこのチャンスを逃すまいと、槍を溶かした手でそのまま、メカクシの懐に拳を叩き込む。
「ぐあっ……」
そして、地を蹴って吹き飛ばされたメカクシに接近し、更に追撃の拳。
俺はその勢いのまま、メカクシの懐に有った真紅の宝玉――真実の左目を奪い取った。
メカクシはよろめき、数歩後退。
「男!? いや、僕の前に、魂は、一つのはず……」
そして、困惑した様に、ぶつぶつとそんな言葉を洩らす。
メカクシは目に包帯を巻いた目隠し状態だ。
なので、おそらくは視覚では無く『魔力感知』の応用で周囲を認識しているのだろうと思っていた。
最初から、あまりにも俺の事が眼中に無さ過ぎるとは思っていた。
しかし、まさか本当に俺の存在を認識していなかったとは。
目的の真実の目は手に入れた。
俺は一度メカクシから距離を取る為に、拳の一撃を受けてふらつくメカクシを蹴り飛ばした。
そして、俺もその勢いのまま数歩後ろへと下がる。
「もう。アルさん、また無茶し過ぎですよ?」
声の方へ振り返ると、エルがローブを着直しながら駆け寄って来ていた。
俺の真紅の宝玉を握っている方の手に自分の手を添えて、それを心配そうに見つめている。
気づけば、槍を溶かした時に手を酷く火傷していたらしい。
しかし、それもまたすぐに修正されてしまい、見る影もない。
確かに、宮廷魔導士の時もだが、俺はいつも不死性に頼った無茶な戦い方をしている気がする。
しかし、それはエルにも言える事だろう。
「ありがとう、でも大丈夫」
俺の焼け爛れていたはずの手の平は『永遠』の不死性によって、既に元の綺麗な状態に戻っている。
まさに言葉通り、大丈夫なのだ。
「返せっ……!! それは、僕の、だぞ……!!」
メカクシはふらつきながら立ち上がる。
「いいや、これは頂いた」
俺がそう宣言すると同時に、手の中の真紅の宝玉は輝き出し、宙へ浮かび上がる。
俺はその輝きを見て、無意識下で理解した。
自分が継承の権利を得たのだ、と。
そして、宝玉はそのまま俺の左目に吸い込まれる様に、身体の中へと入って行った。
「ぐっ……」
俺はその異物感と痛みに悶えながらも、その力を受け入れる。
真紅の宝玉――真実の左目は、完全い俺の中へと取り込まれた。
そして、エレナにも見せた様に、俺にも過去のビジョンを見せる。
それはエル――魔女様が、死して異世界転移した俺を蘇生する瞬間。
その出会いの瞬間までの間の二〇〇年間の記憶のビジョン。
独り森の中で暮らしていた頃のビジョンだった――。
―――
「あなた、おはようございます」
「あなた、ご飯ですよ」
「あなた、おやすみなさい」
「あなた、あなた、あなた――」
そして、その記憶のビジョンの最後は、俺の冷たい身体が蘇生される場面。
俺の蘇生と同時に、その身体に、もう一つの魂の欠片が流れ込む。
―――
――何故、異世界人の俺が、エルと同じレベルで魔法を使えたのか。
何故、エルは峡谷で龍から真実を得る権利を持っていなかったのか。
それは、俺の中にエルの魂の一部が有ったからだ。
エルの魂を持っていたから、俺は魔法を使う事が出来た。
そして、俺が先に峡谷で龍から真実を得ていたから、同じ魂を持つエルは“一人一つまで”のルールに抵触して、龍から真実を得る権利を失っていた。
エルにとっての空想上の“旦那様”。
森の中で独りぼっちだったエルの心の拠り所、エルが求めていた存在。
それが『死者蘇生』の大魔法の発動と同時に魂から切り離されて、俺の魂と混ざり合った。
きっと、エル自身は魂の一部が切り離されると同時に、忘れてしまっている記憶だろう。
この過去のビジョンの事は、俺の胸の内に秘めておいた方が良いのだろうな。
俺はそんな事を思いながら、エルの方へと視線を向ける。
すると、エルの右目は真紅に染まっていた。
きっと、俺の左目も同じ色に染まっている事だろう。
エルも少し驚いた様にこちらを見ていたが、すぐにその表情はふっといつもの優しい微笑みに変わっていた。
そして、この真実の左目が俺にこのビジョンを見せた理由。
メカクシが俺の事を認識出来なかった原因も、おそらくこれに起因するのだろう。
メカクシは魂の放つ魔力を感知して、それを見ているのだ。
同じ魂、同質の魔力を持ち、エルのすぐ傍に居る俺。
そんな俺の存在を、メカクシは同一存在と認識してしまっていたの。
それ故に、相手が一人だと思い込んでしまっていた。
「っ……!」
突然、左目にバチリと電流が走る様な痛みを感じる。
エルも同じタイミングで目に痛みを覚えた様で、手で目元を抑えていた。
「アルさん、視界が――!」
エルと同じく、俺の視界にも異変が起こる。
少しずつノイズが走る様に視界がブレ始めた。
そして、一気に砂嵐を起こすテレビ画面の様に、俺の視界を覆い隠して行った。
「……エルっ!」
俺はノイズの砂嵐で満足に見えない視界の中、必死にエルの手を手繰り寄せて、強く握りしめる。
そして、すぐさま二人は『転移』の魔法を使った。
この状態ではメカクシと戦う事もままならない、一度撤退だ。
「待て……! 僕の、目……!」
メカクシは俺たちの撤退を察して、こちらへ向かって魔法の赤い稲妻を放つ。
しかし、その稲妻が俺たちへと届く事は無かった。
稲妻の着弾よりも早く、俺たち二人は『転移』の波に乗って、飛ばされて行った。
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