本と創作の国⑧
目を覚ますと、左手には温かく心地よいさらさらとした肌の感触。
隣で寝ているエルの細くて白い指が、俺の指に絡まっていた。
その手の温もりが、あの夢は言葉通りの夢ではなく、現実の物なのだと解らせてくれた。
夢――峡谷の龍との再会。
このアルヴに居てなお、あの夢の世界へ誘われる事になるとは正直思っていなかった。
きっと、龍は俺たちの事を見ていたのだろう。
このエルの右目を通して。
「エル、おはよう」
俺は隣で「すぅ……、すぅ……」と寝息を立てて“寝たふり”をしているエルの方に視線を向け、朝の挨拶をする。
「あ……。あはは、おはよう、ございます」
エルが、目を開き、照れ臭そうに笑う。
あの龍の夢の世界に一緒に居たのだ。
俺が起きているのならば、エルも起きていないとおかしい。
自分が真実の目を継承していたのを隠していた事で、顔を合わせるのが気まずかったのだろう。
寝たふりで問い詰められるのを先延ばしにしたかったのだろうが、どうせすぐに顔を合わせるのだから無駄な抵抗だと言うのに。
俺は絡めていた指を解いて身体を起こし、エルの髪をくしゃりと撫でてやる。
くすぐったそうに身体を捻る姿が可愛くて、ずっとそうしていたくなるが、そんな朝の一時を邪魔する慌ただしい物音。
ダッダッと勢いよく廊下を走る音が近づいて来る。
そして、その足音の主は部屋の前で止まり、息を整えているのだろう、少し間を置いてからコンコンと部屋の扉をノックする音がした。
「おはよう、もう起きているか!?」
俺はエルと顔を見合わせる。
そして、聞こえてきたのは家主のエレナの声だ。
一息置いてある程度取り繕ってはいるのだろうが、それでもどこか興奮を隠し切れない声色だった。
起床後。
お供にエレナの入れてくれた珈琲を添えて、俺たちはまた書斎に集まっていた。
余談だが、エルは珈琲より紅茶派だ。
森の家ではいつもふわふわと紅茶の入ったポットとカップが浮いてきたのを思い出す。
「え? エレナさんも、龍に会ったんですか?」
「そうなんだ! お爺様と同じ、あの龍に! 私も!」
エルが驚きの気を上げ、エレナが熱を上げて答える。
これが今朝、エレナが興奮気味に部屋まで起こしに来た理由だ。
俺たちが昨晩の夢の話をすると、エレナも同じく龍と夢の世界で出会ったのだと言う。
「……」
隣でエルが思案する。
俺はそんなエルの思考の内容を、何となく察する事が出来た気がした。
そして、思考をまとめたエルがおもむろに、発言権を求め挙手をし、
「一つ、質問してもいいでしょうか」
と、口を開く。
「ああ、勿論だ」
「エレナさんのお爺様は、エレナさんと同じ“瑠璃色の瞳”をしていたのではないでしょうか?」
自然とエレナの顔の方へ視線が向く。
その長く尖った耳、如何にもエルフらしい金色のショートヘア。
そして、どこかボーイッシュさを感じさせる容姿。
その綺麗な白い肌の上で輝く、“瑠璃色の瞳”。
「瞳の色? ――そうだな、確かにうちの家系は皆同じ目の色をしていたよ。それが?」
「やっぱり……。あの龍の左目も、同じ瑠璃色でした」
エレナは未だ合点のいかない様子だ。
しかし、ここまで聞けば、俺にはもうエルの言いたい事が理解出来た。
「エレナさん。あなたが出会った龍――、その右目は、何色でしたか?」
そして、エルの右目が一瞬“真紅”に染まる。
目の錯覚かと思わせる程の一瞬。
しかし、エレナもそれを見てその意味を、そしてエルの言いたい事を理解した様だ。
「その目は……」
「ええ。わたし“も”、真実の目を継承しました」
エルは峡谷で龍に出会い、真実の右目を継承していた。
俺が龍に出会った時、龍の右目は真紅だった。
しかし、昨晩会った龍の右目は“紫紺色”だった。
そして、以前に龍に出会った時、つまりはエルが右目を継承した時点で、既にあの龍の左目は“瑠璃色”だった。
そのエルの例を見るに、おそらく変化した龍の目は真実の目の継承者の、元の目の色を表している。
つまりは、エルが真実の右目を継承するよりも以前に、龍に出会っていた人物。
そして尚且つ、瑠璃色の目を持つその人物が真実の左目を継承している可能性が有るのだ。
その人物とは、つまり――、
「――おそらく、あなたのお爺様が、真実の左目の継承者です」
「お爺様が――。でも、お爺様はもう亡くなっている。じゃあ今、その左目はどこに有るって言うんだ?」
真実の目は継承されて行く。
ならば、その行先は――、
「エレナさん自身は、自分が真実の目を継承しているっている感覚は無い?」
俺は、もしかしたらエレナが祖父から左目を継承しているのではないか、と踏んでいる。
理由は二つ。
一つは、真実の目の権能をこの世界に残す為に、龍がエレナの祖父を継承者に選んだからだ。
龍が自分が天寿を全うする前に、相応しい誰かに継承させようとした真実の目。
それをエレナの祖父が誰にも継承させずに、自分の死と共に葬るとは考えにくい。
エレナの祖父がそういう人物だったならば、真実の目を持つ――未来すらも知る事が出来る龍が、継承者に選ばなかったはずだ。
エルが継承者選ばれたのもそういう部分が理由の一端になっていそうだ。
『永遠』の魔法により不老不死を得ているエルならば、真実の目をこの世界へ残す為の器として最適だろう。
二つ目は、エレナの夢にも龍が現れたからだ。
俺たちの元に最後の刻を迎える龍が現れたのは分かる。
何故なら、エルが右目の継承者だからだ。
では何故、エレナの元にも龍が現れたのか。
それはエレナの祖父が左目の継承者だからであり、その左目は今――。
「私が? まさか、今まで私の左目がそんな様子を見せた事も無いし、お爺様から頂いた覚えも無い」
自覚が無いのか、本当にエレナは左目を継承していないのか、俺には判断が付かない。
エルの方へ視線を向ける。
エルも「分かりません」と言った様に、首を振った。




