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【完結】少し遅れた異世界転移 ~死者蘇生された俺は災厄の魔女と共に生きていく~  作者: 赤木さなぎ
第二章 旅の物語

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本と創作の国⑦

 結局、俺たちは何も分からず手詰まりになり、その日の会はお開きとなった。

 その日の晩はエレナの家に泊めてもらい、夕食もご馳走になった。


 そして、「エルさん、よかったらこれ使ってよ」というエレナの計らいで、エルは新しいローブを貰った。

 エレナの御下がりらしいのだが、落ち着いたデザインでエルにもよく似合っている。


 この国の中では『認識阻害』の必要は無いが、『空間』に仕舞っている荷物を取り出せず困っていたので、新しいローブはありがたかった。


 例の古い魔導書は「私が持っているよりは、何か分かるかもだから」という理由から、今はエルが所持している。


 今もベッドの上でゴロゴロしながら、その古い魔導書のページを捲ってみたり、上下逆さにしてみたり、うんうんと唸りながら趣向を凝らしていた。

 

「アルさん、左目ってどんな人が持っていると思います?」


 明日に備えてもう布団に入ろうかという頃。

 ベッドの上に転がっていたエルから、唐突にそんな質問が飛んできた。


「人?龍じゃなくて?」


 真実の目を持っているのは龍だ。

 だから「真実の左目を持つ龍はどこに居るか」なら分かるが、「どんな人が持っているか」という問いになるのはよく分からなかった。


「あー、まあ、どちらでも、です」


 エルはそんな歯切れの悪い返事をする。


「うーん……。龍の峡谷にもう一匹別の龍が居る、とか?」


「ふふっ、二匹も居るなら、物語でそう描かれていそうですけどね」


 俺が思いついた事を適当に口に出すも、エルに一蹴されてしまった。

 まあ、俺も本当に龍が二匹も居るなんて思ってはいない。


 それに、そもそも「目なんだから二個あるだろう」というのは、俺の中に謎めいた確信があるだけの、ただの思い付きだ。

 こういうのを天啓が降りてきたと言うのかもしれないが、実際にはただの妄想かもしれない。


「まあ、本当に左側の真実の目が存在しているのかも分からないしね」


「いいえ、有りますよ。――きっと」


 エルはこの時だけは何故か確信めいた物言いをした。

 俺と同じ様に、彼女の胸中でもそう思わせる謎めいた確信が有るのだろうか。


 そんな無駄話を挟みつつ、俺たちはアルヴでの夜を過ごし、程なくして訪れた微睡に身を任せるのだった。

 そして――、



「――」


 ――誰かが、語りかけてくる。


 しかし、正確には音として言葉が発されている訳では無い。

 耳にではなく、心へと語りかけられているという事を、自然と理解した。


 この感覚には覚えがある。

 俺はそれに誘われるまま、目を開ける。


 左目は瑠璃色、右目は紫紺。

 美しい純白の鱗と、大きな翼。

 目の前に佇む、圧倒的存在感を放つ巨躯。


 デジャヴすら感じさせるこの状況。

 見間違うはずがない。

 眼前には、あの龍の峡谷で出会った龍の姿が有った。


 状況から、ここはあの時と同じ様に夢の世界という事だとすぐに理解した。

 しかし、以前とは状況が違った点が幾つか有る。


 一つ目、それは龍の目だ。

 以前は真紅に輝いていた右目――真実の目。

 それが今は見ていると吸い込まれる様な、澄んだ紫紺の瞳に変わっていた。


 ――俺は、この色を知っている。


 二つ目、以前この夢の世界へ来たときは、物語の中の龍の峡谷を思い起こさせる様な、自然豊かな洞窟の様な景色だった。

 しかし、今眼前に広がる光景はそれとは違っていた。


 “崩壊”――この光景を表すならば、その二文字が表現として適切だろうか。


 確かにあの洞窟の面影は残っている。

 しかし、地は裂け、崩れた壁面の岩が宙を浮き、静かに崩壊の一途を辿っていた。


 そして三つ目、俺は左隣へと視線を移す。


「エル――」


 そこには峡谷の時にはそこへ居なかった、エルの姿が有った。

 あの時にこの龍の夢の世界へ招待されたのは俺一人だったが、今回は彼女も一緒に来られたようだ。


 しかし、エルの様子はいつもと違っていた。


 こちらをゆっくりと振り向いたエル。

 その右目はいつもの見慣れた紫紺――ではなく、真紅。


 真紅の右目、それは龍の持っていたはずの“真実の目”だ。


 エルは俺の視線から、俺がその目の色の変化に気付いた事を察すると、ばつの悪そうに笑って見せた。


 そんなエルの反応を見て、彼女もまたあの龍の峡谷での夜に、俺と同じく龍に出会っていたのだと理解した。


 そして、正面の龍の右目は紫紺。

 隣のエルの右目は真紅。


 龍とエルの瞳の色が入れ替わっている。

 この事からも、エルが龍の峡谷で真実の目を得ていたのだと、継承したのだと、察する事が出来た。


 エルが隠し事をするのなんて、出会った時からずっとそうだ。

 惚れた弱みというやつなのだろうか。

 今更それを咎める気なんて少しも湧いて来なかった。


 俺は「気にするな」の意味を込めて、エルへ微笑みを返し、手を握る。


 それに、俺だけが龍に夢の世界へ呼ばれて、一緒に居たエルが呼ばれなかったというのはおかしな話だった。


 俺よりもエルの方が相応しい。

 魔法の腕前だけでなく、全てにおいて、真実の目に相応しいのは俺では無いと、そう思っていた。


 そんな思いから、真実の目そのものをエルが継承していた事に、どこか納得している自分が居た。


 そして、改めて龍の方へ向き直る。

 左は瑠璃色、右は紫紺。

 真実の目を失っても、その輝く二色の宝玉は美しい。

 右目の紫紺はエルの色だ。

 では、左目の海の様に深い瑠璃色は誰の物だろうか。


 よく見ると、龍の表皮もボロボロと崩れ落ち、その周囲の崩壊は龍の身体にも同じ様に起こっている様だった。


 いや、この崩壊の発生源こそが龍なのだろう。

 今、龍は天寿を全うしようとしている。

 そして、龍の精神世界たるこの夢の世界も、それを追う様に、崩れ去り、消え行くのだ。


 俺たちが再びこの夢の世界へ招待されたのは、きっと龍からの最後の別れの挨拶のつもりだったのだろう。


「オオオォォォン――」


 もう力が殆ど残っていないであろう龍の雄叫び。

 その叫びで大気が震え、崩れ行く世界は更にその崩壊を進行させて行く。


 最後の刻が迫る。

 崩れ行く龍は、もう動かない。


「――」


 そして、心へ語り掛けてくるその声も、峡谷で最後に聞いた龍の声と同じ様に、俺には何を言っているのか認識することが出来なかった。


 あの時と同じ様に、視界はぼやけ始め、意識が遠のいて行くのを感じる。

 夢から覚める時間だ。


 俺はその手を離すまいと、繋いでいたエルの手を強く握る。

 薄れ行く意識の中、視界の中で輝く、瑠璃色と、紫紺色。


 ――その瑠璃色にも、どこか見覚えがある気がした。

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