本と創作の国⑤
一瞬の逡巡。
そして閃き――いや、これは突飛な思いつきの方が表現として正しいだろう。
口八丁の出鱈目に肉薄する様な、その思考。
「片目だった……」
そんな俺の思いつきから、漏れ出た呟き。
「え?」
「片目だけだったんだ。龍の“真実の目”は右目だけだった」
それは俺の記憶の中に、今も鮮明に残る龍の姿。
左目は瑠璃色、右目は真紅。純白の鱗。
「どういう、事ですか?」
エルが問う。
「あの龍が真実の目の権能を使った時、光り輝いていたのは右の真紅の目だけだったんだ。あの右目が真実の目で、あの龍が持っていた権能は半分だけなんじゃないかな」
そんな思いつきからの突飛な発想。
エレナの期待へ応えようという思いからの、無理やりなこじ付けかもしれない。
しかし、俺の胸の中には確信めいた何かが有った。
“真実の目はもう一つ有る”という確信が。
エレナも驚いた様で、俺の唐突な言葉に、口を開け一瞬呆けていた。
しかし、すぐに俺の発言の意図をエレナは察した様で、
「では、もう半分の、真実の左目を見つける事が出来れば――」
「――ああ、『勇者アルの冒険』の史実の証明になるはずだ」
その言葉を聞き、エレナの表情がみるみるうちに変わって行き、目を輝かせる。
「でも、どうやってその左目を見つけるんですか?」
そんなエルからの素朴な疑問。
実際、“真実の左目”の捜索に当たって、俺たちには何の取っ掛かりも無いのだ。
「それなんだが、こっちの本は何か役に立たないかな」
エレナが指した“こっちの本”とは、最初に彼女が原稿の束と一緒に持って来た“古い本”だ。
俺はその本を受け取り、慎重に開いてみる。
何せかなり古い本だ、角は傷んでいて、丁寧に触らないと破ったりしてしまいそうだ。
ぱらり、ぱらりと、ゆっくりとページを捲る。しかし、
「これって――」
「ああ、白紙なんだ」
ページを捲れど捲れど、何も書かれていない。
頭から尻まで全てが白紙の本だった。
白紙と言っても、古くなった紙は白ではなく黄ばんで小汚い色をしているのだが。
しかし、白紙の本と言うと、思い当たる物が有る。俺たちには馴染深い――、
「――魔導書か」
エレナが頷く。
魔導書――魔法を使用する為の魔法式が記された本。
それには無暗に中身を流出させない為に『隠匿』の魔法がかけられており、その本の著者と所有者以外、つまりは許可されていない者には白紙の本にしか見えず、中身を読む事は出来ない。
つまり、著者でも所有者でも無い俺は、この“古い魔導書”を読む事が出来ないのだ。
しかし、エレナにも白紙に見えている。
という事は――、
「エレナさんも、この魔導書の所有者じゃ無い」
「ああ。私にも、今誰がこの本の所有者なのか分からないんだ」
基本的に売買等の形で、所有者が譲渡の意志を持たない限りはその『隠匿』を看破して中身を読む事は出来ない。
そんな風に俺が魔導書を眺めていると、エルが俺の横で早く自分に魔導書が回ってこないかと、うずうずしていた。
「ああ、ごめんごめん。エルもどうぞ」
俺はエルならばこの魔導書の『隠匿』すら看破して魔導書の中身を解読出来るのではないか、という淡い期待も込めて、エルに魔導書を手渡した。
「あ、はい! では、失礼します」
エルは魔導書を受け取ると、嬉しそうにページを捲って行く。
どうせ『隠匿』の所為で中身を読む事は出来ないのだろうが、それでも謎の魔導書に好奇心を高鳴らせている。
魔法オタクの魔女様はご機嫌だ。
ぱらり、ぱらり、と部屋の中に響くページを捲る音。
「エル、どう?」
そんな俺からの淡い期待を込めた確認に、少しの間を置いて、ぱたんと本を閉じたエルからの返答は、
「駄目ですね。わたしにも読めないみたいです」
だった。
「そっか」
「いや、仕方ない。この中身が解読出来れば、何か分かるかも、と思ったのだが」
「すみません、お力になれず……」
エルは眉をへの字に曲げて、申し訳無さそうにしていた。




