本と創作の国④
「お爺様、ですか?」
エルがエレナの呟きに反応した。
「ああ、実はうちの家は、このアルヴで代々作家業をやってきた家系だ。
私は子供の頃から祖父に『勇者アルの冒険』の物語を読み聞かせられ、育ってきた。
私もその物語の世界が好きだった。
いつか、自分もこの物語の世界を書いてみたいと思った。
祖父はかつて“真実の目を持つ龍”に出会った事が有ると言う。
その話は私の胸を高鳴らせた。
大好きな『勇者アルの冒険』の世界が現実に有るという事が、私は嬉しかった。
しかし、そんな事を言う祖父を周囲の人は嘘吐き呼ばわりした。
私は大好きな祖父が噓吐きだと罵られるのが、そして『勇者アルの冒険』の世界は空想の物だと否定されたのが、悔しかった。
だから、私の夢はその時から『勇者アルの冒険』の世界の証明になった。
祖父の嘘吐きという汚名を晴らす為に。
そして、私の大好きな世界をこの目で見る為に――」
そのエレナの話を聞いて、俺は一つの違和感を感じた。
“真実の目を持つ龍”の存在が世間的には架空の物であるのならば、「真実の目を持つ龍に出会いました」なんて話をすれば噓吐きの烙印を押されて笑い者になるのならば、だ。
何故あの時であった商会の会長は、俺たちに龍の峡谷の話をしたのか。
実際、俺は龍に出会い、前世の記憶を取り戻している。
龍の実在が現実なのは俺自身が知っているし、あの会長も同じ様に龍と出会っているのだろう。
しかし、そんな扱いをされるのならば、普通は他人にその事を話さないはずだ。
俺だってそうするだろう。
俺たちが旅の者だったからだろうか。
それとも、人と成りを見て話したのだろうか。
信じてもらえると思ったのだろうか。
考えても、分からない。
俺は考えをまとめる意味も込めて、エレナに龍に出会った事を打ち明ける事にした。
「――俺は、その龍に会った事が有る」
そして、龍の峡谷で有った出来事を話した。
商会の会長に教えてもらい峡谷へ行った事、夢の中で龍に出会った事。
そして、確かに俺は真実を得た事を。
得た真実の内容――前世の記憶の話まではしていない。
しかし、エレナの勇者の剣を探していた事情を聞いて、協力したいと思ったのもあり、殆ど全てを包み隠さずに話した。
そんな俺の様子をエルはじっと見つめていたが、特に静止する事も無く、静かに俺が話終わるの待っていた。
「勿論、私も龍の峡谷へは行った事が有る。泊まり込みで探した事も有る。しかし、私は龍に会う事は出来なかったよ」
当然だが、俺のした体験は誰にでも該当する訳では無いらしい。
あの峡谷の中を歩いて探し回ろうが、峡谷の中で眠りに付き夢の世界へ入ろうが、必ずしも龍が会ってくれる訳では無い。
全ては龍の気分次第という事だろうか。
「――なあ、アルさん。あんたその商会の名前って憶えているかい?」
そして、俺の話を聞き終えたエレナの口から初めに出たのは、そんな言葉だった。
「名前……。いや、憶えてないな。――エルは覚えてる?」
もしかすると聞いたかもしれないが、商会の名前も、その会長の名前も、記憶にない。
「いえ、わたしも覚えていません。――顔も、覚えていないかも、です」
俺とエル、二人居て、そのどちらもが商会の会長の名前も、顔も、覚えていない。
それは流石におかしい。
あの会長は、一体誰だったんだ――。
「そうかい。――いや、その会長さんから話の裏が取れるかと思ったんだが、仕方ない」
「悪いな、何故だか思い出せないんだ」
「いいや、構わないさ。――龍は実在した! お爺様は噓吐きじゃなかった! 『勇者アルの冒険』は史実だった!」
エレナは少しずつ熱を上げる様に、語り出す。そして、上がって行った熱が少しずつ冷める様に、
「……そう思えただけでも、私は嬉しかった」
もしかすると、エレナは俺たちの話の全てを信じている訳では無いのかもしれない。
自分に同情して話を合わせてくれているのだと、そう思っているのかもしれない。
勇者の剣はもうこの世に無く、龍に出会ったと言っても、それを証言できる会長の事も覚えてない。
残念なことに、俺たちは何の証拠も用意出来ないのだ。
期待をさせて、それを裏切ってしまったかもしれない。
何とかしてエレナに、何か一つでも、確証を得られる何かを――。




