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【完結】少し遅れた異世界転移 ~死者蘇生された俺は災厄の魔女と共に生きていく~  作者: 赤木さなぎ
第二章 旅の物語

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龍の峡谷⑧

 左目は瑠璃色、右目は真紅。

 その表皮は美しい純白の鱗に包まれている。

 大きな翼を折りたたみ、目の前に佇む、その圧倒的存在感を放つ巨躯。


「龍――!」


 気づけば、眼前には白い龍の姿が有った。

 おそらく、こいつが俺たちの探していた“真実の目”を持つ龍だ。


 俺は驚きの余り、一歩後ずさる。

 すると、ザッと草葉を踏みしめる音がする。


 おかしい。

 俺はさっきまで岩山の上の乾いた大地の上で、エルと一緒に寝ていたはずだ。

 だが、今俺は一人で、二足の足で草葉の上に立っている。


 先程まで居た峡谷の乾いた空気はどこにもない。

 周囲の湿度は高く、新緑の草葉と色とりどりの花々。

 水の流れる音も聞こえて来て、まるで絵本の中の様な美しい景色を見ている様だ。


 少し遠くの岩山には緑の合間に見覚えの有る色の岩肌が見え、ここが岩山に囲まれた空洞の様な場所だという事が分かる。


 上を見上げると洞窟の天井は吹き抜けで、空の月と星明りが差し込み、龍の白い鱗に光が反射し、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 エルはどこだろうか。

 辺りをきょろきょろと見回してみるが、一緒に傍で寝ていたはずのエルの姿が見えない。

 途中で逸れてしまったのか、それとも俺だけここへ連れてこられてしまったのか。


 俺よりも実力は遥かに上のエルならば、心配せずとも一人でも何ともないと分かってはいても、やはり心配してしまう。


「――真実の目を求める者よ。――それが、貴様の問いか」


 俺がそんな事を考えていると、頭の中に声が響き、龍が問いかけてくる。


「え? ――ああいや、ちょっと待ってください」


 どうやらこの龍は俺の心を読んでいるらしい。

 エルの事は心配だ。

 しかし、たった一回きりの龍への問い、その使用権を使ってエルの居場所を問うのは、やはり違うだろう。


 それに、おそらくここにエルは来ていない。

 ここは俺だけの世界――夢の中だろう。

 何故か、そんな気がした。


 俺は口元を片手で覆い、一瞬の逡巡。

 俺が求める物、龍へ問う真実、それは――。


「――それが、貴様の問いか」


 俺が心の中で龍への問いを決め、それを告げる決心をする。

 それと同時に、その心を読んだ様なタイミングで、先程と同じ言葉を龍は繰り返す。


 俺は頷き、心の中で龍へ「はい」と承諾の返事をした。


「――真実を、与えよう」


 龍の真紅の右目が、一瞬光る。

 それと同時に、俺の頭の中に“記憶”が流れ込んできた。


 それは靄の掛かっていた景色が晴れる様に、それは塞き止められていた水が流れ出す様に。

 本のページが一気にパラパラと捲れ、その読めなかったページに物語が浮かび上がる。



 ――これが、俺の記憶。

 産まれ、育ち、そして、異世界転移のその瞬間までの。


 自分の記憶なはずなのに、久しく自分の中に無かった所為か、まるで絵本の中の物語の様な、そんな他人事の様な気さえする。


 しかしそれでも、やはり懐かしさを覚える。確かにこれが俺の人生の軌跡だ。


 エルの魔法によって失っていた、俺の記憶。

 相手の心を読む『読心』の魔法に、更に追加で様々な命令を加えて事で成立させた、記憶にすら干渉するエルのオリジナル魔法。


 正確には記憶を消して白紙にする訳ではなく、読み取った記憶を上から塗り潰す、とか出鱈目に継ぎ接ぎにする、というイメージらしい。


 確かに、薄っすらと思い出せそうで思い出せない、靄の掛かった様な感覚だった。

 どちらにしても、俺からすれば記憶が消えたのと変わりは無かったのだが。


 別に、エルに直接頼めば記憶を返してくれたかもしれないが、どうやら彼女自身がそれを望んでいない様だったので、俺も敢えて記憶を取り戻そうとは思ってはいなかった。


 俺は今のこの世界でのアルとしての人生に満足しているし、記憶を取り戻したところで元の世界に帰れる訳でも無い。

 特段急ぎで必要な物でも無かったし、過去へ固執する事はエルへの裏切りの様な気がして、少し気が引けていた。


 しかし、真実の目を持つ龍の存在。

 そして、心変わりした何よりのきっかけは昨日久方ぶりに起動したスマートフォンだ。


 破損していて見る事が出来なかった写真やメモ帳の様な思い出のデータ、それらが俺の中に眠っていた過去を知りたい、思い出したいという欲求をくすぐって来たのだ。


 龍の権能“真実の目”によって記憶を取り戻した俺は、改めて自分の過去と向き合う。


 ――ああ、俺が記憶を取り戻す事をエルが躊躇っていた理由が分かった。

 それにはもちろんエルにとっての損得勘定も有っただろうが、それ以上に俺の事を慮った彼女の優しさだったのだと理解した。


 取り戻した記憶を咀嚼し、余韻に浸るのも束の間。

 視界はぼやけ始め、意識が遠のいて行くのを感じる。


 もう、夢から覚める時間か。

 遠のく意識の中、龍の声が頭へ響いてくる。


「――」


 しかし、もはや龍が何を言っているのか、俺は認識することは出来なかった。


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