龍の峡谷⑤
そんな感じで、エルと二人、適当に話をしながら峡谷を散策していた。
周囲を見渡してみる。
本来なら真実の目を求めてもっと人が押し寄せて半ば観光地化しても良いはずなのだが、今の峡谷には他の人の気配は全く無い。
もしかしたら、龍の伝説それ自体が迷信の類なのか、はたまた何人もの挑戦者が龍に辿り着けずに膝を付いた後なのか。
理由は図りかねるが、とにかくこの峡谷には俺とエルの二人きりだ。
そんな訳で、今のエルはローブのフードを取ってその長い耳と長く美しい黒髪を外に晒していた。
旅の道中、人の少ないタイミングでは時折そのフードを取る事は有るのだが、やはり人の多い街中等ではまだ抵抗が有るらしく、『認識阻害』のローブのフードを被ったままだ。
新王都から離れれば、大災厄自体がもう二〇〇年以上も前の事だし、他所で暮らす者にとっては対岸の火事だ。
当時を生きていた人だってもう生きてはいないし、黒髪のエルフを災厄の魔女と結び付けて敵視する人間なんて殆ど居ないだろう。
後は、エル自身の心の持ち様次第なのだ。
俺としては、俺の嫁のこの可愛い素顔を――紫紺の瞳と美しい黒髪を携えたこのエルフ美少女を、周囲に自慢してやりたいところなのだが、なかなかそうもいかないのが現状だ。
風に髪を靡かせるエルの横顔を眺めながらそんな事を考えていると、
「アルさんは、もしも龍に会えたら、何を知りたいですか?」
そんなエルからの問い。
「うーん。そう言われると――」
――難しい。
龍に会えたら何を知りたいか。
たった一つ、それだけで何を得るのか。
“真実の目”――この世の全てを見通す事が出来る、峡谷に身を潜める龍だけが持つ権能。
その権能の使い方というのが、龍への質問というのが問題なのだ。
質問の結果、自身に利益をもたらせるかどうかは当人次第。
質問の仕方や方向性が悪ければ、それは無駄に終わる。
例えば、富を得ようとしたとしよう。
元居た世界でその権能を利用出来たならば、未来の当たりの宝くじを知ってそれを買えば良いかもしれない。
だが、この世界に宝くじなんてものは無い。
賭博場なんかは有るだろうが、果たしてそれ一つで大金を得られるだろうか。
商売を成功させる為に使うのはどうだろうか。
次に売れる商材を知って先に安く仕入れておく、その市場を独占出来れば儲けられるだろう。
しかし、結局その商売の継続は当人の力量次第という事になる。
やはり、難しい。
一つだけの、一回きりの質問だからと大きく得をしようと考えると、それだけで数年悩み続けられそうだ。
「ふふふ。なかなか思いつきませんか?」
俺が途中で言葉を止めて逡巡していると、エルに笑われてしまった。
しかし、何も欲深くて龍への問いを選び難いという訳では無い。
考えてはみたものの、特にこれといって求めるものが無かっただけなのだ。
「考えてみたけど、難しいね。そういうエルはどうなの?」
「そうですね。――アルさんが教えてくれないのなら、わたしもひみつ、です」
自分の回答が思いつかないので質問を返してみると、そう言って悪戯っぽく笑うのだった。
別に俺は教えたくなくて誤魔化したのではなく、本当に思いつかなかっただけなのだが。
まあいいか、今日もエルの可愛い笑顔が見られたので良しとしよう。
ただ、後から思えば自分でも意識していない内に、エルには言い辛い自分の望みを誤魔化していたのかもしれない。




