霧の村③
――翌日、俺は一人で村の畑まで来ていた。
何故一人で来ているのか、何故エルと別行動なのか、その理由はアンナだ。
エルは今日、アンナと一緒だ。
なんでも村の案内をしてもらうらしい。
やはり女同士の付き合いに男の俺は邪魔だろうという事で、俺は今日は一人畑へ使い走りをする事になった。
昨日の雰囲気だと二人は仲良さげだったし、任せておいて大丈夫だろう。
「すみませーん。村長から言われて、畑の様子を見に来ました」
俺は畑仕事をしていた人達に向かって“怪しい者では無いですよ”というアピールを込めて声をかけた後、調査を進める事にした。
おそらく村長から話は通っていたのだろう、彼らは手を挙げて軽く挨拶を返してくれた。
昨晩、夕食の最中に村長から聞いた話によると「村の畑で不自然な不作が続いている」との事だった。
この村は農業で生計を立てていたが、直近では思うように作物が育たず、収穫量も減って来ていた。
そこで村の存続の為に、隣のラルク村との合併の話が持ち上がったという訳だ。
アンナの婚約の話もその一環だ。
曰く、その不作がこの村を包み込む霧の前触れだったのではないか、という事だ。
畑の不作と村の中へ人を閉じ込める霧、どちらの事象も村の発展を妨害するという目的で一貫している。
どちらの原因も魔法である場合、それはおそらく術者の特定に繋がるだろう。
また、この霧が魔女の森と同じ様に天然に根付く魔法だった場合も、この不自然な不作の原因を取り除くだけで、霧もまた連鎖的に解決するかもしれない。
さて、ひとまず辺りを見回してみる。
なるほど、確かにこれは変だ、少しおかしい。
一目見ただけで、村長が“変わった事”としてこの不作を挙げた事が分かる。
畑の作物は帯状に抉れた様に、一部分だけ土の表面を露わにしていた。
これはまるでミステリーサークルだ。
これが不作の原因。
土地の一部だけ不自然に不毛の大地と化している。
一見何の問題も無い土地、その一部だけ何故か作物が育たない。
普通ならお手上げだ、そんな怪現象の所為で不作が続くのではどうしようもない。
しかし、この状況はエルの推測通りだ。
魔法については俺が考えるよりもエルに聞いた方がずっと早い。
昨晩、村長に話を聞いた後の事だ。
俺たちは部屋へ戻り、ベッドに入った。
そして寝る前にこの畑の不作の件についてエルに相談をしたところ、回答はすぐに返って来た。
「それはきっと、地脈の所為ですね」
「地脈?」
「大地の下で脈打つ魔力の流れの事です。この村はその地脈上に有るんですよ」
「その地脈が土地に悪さをしている?」
「きっと魔力が自然に流れていないんでしょうね。偶々流れが詰まってしまったのか、誰かの干渉が有ったのか、そこまではわたしには分かりませんけど」
過剰な魔力が悪さをするという例は旧王都での人間の異形化現象でも有ったように、それが土地に対しても同じ様に起こったという訳だろう。
自然に流れていたはずの魔力が詰まり、その土地に滞留、過剰な魔力が作物を枯らしていたのだ。
「じゃあその魔力の流れを正してやれば良い訳だ」
「アルさんがちょいと魔力で流れを促してあげればすぐ解決しますよ。――多分、地脈の位置は土地に帯状の跡が出来ているはずなので、見ればすぐに分かりますよ」
そこまで話すと、
「それじゃあ、わたしは明日もアンナさんと出かけますので」
と、エルは言い残し、ふわぁと小さく欠伸をして、ベッドに入り込む。
「ああ、おやすみ」
そのまま、エルは俺の腕に頬擦りをしながら目を閉じた。
――つまり、使い走りの俺の仕事はエルに言われた通り、地脈の流れを正すだけだ。
俺は畑の帯状の跡の上に立ち、足元の魔力の流れに意識を集中させた。
目を瞑ると、確かに滞留した魔力を感じる。
魔力の流れを辿ると、どうやらこの地脈は近くの山の上から流れて来ている様だ。
ここへ俺の魔力を少し流し、促してやるだけでいい。
膝を付き、手の平で地面に触れる。俺のやる事はそれだけだ。
魔力を流すと、俺の魔力に促され、滞留していた魔力が再び流れ出す。
身体を吹き抜けていく風の様に、詰まっていた分、足元の魔力が勢い良く流れ出すのを感じた。
これでこの村の不作は解消されるだろう。
その後、改めて周囲の状況を見る。
しかし、村を覆っている霧は依然そこに在り、晴れる事は無かった。
地脈からの魔力の流れを解消しても、霧は晴れない。
それはこの霧自体が天然の魔法では無く、霧と不作は無関係である事を示していた。
ならば、霧を晴らすには術者を探し出すしかない。
つまりは、また振り出しである。




